広島カープブログ

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     「広島6-3中日」(22日、マツダスタジアム)

     広島が快勝し、この日敗れた2位・阪神とのゲーム差を再び「9」に広げた。試合は広島4点リードの九回、中日攻撃中の1死走者なしの場面で、大雨のため中断。40分超のインターバルを挟んでの再開となり、そのままマウンドに上がった今村はビシエドに特大ソロを浴びたものの、後続を断って試合を締めた。

     先発の薮田は6回2失点で9勝目をマーク。2桁勝利に王手をかけ「10勝で終わるつもりはないですし、まだまだ通過点だと思っています」と力強く宣言し「ウチの打線なら大量得点をしてくれると信じて投げた。感謝しかないです」と、味方打線への信頼を口にした。

     広島打線は四回、2死一、三塁から松山の内野安打で先制。一塁ヘッドスライディングで、ヘルメットもサングラスも吹っ飛ぶ激走だった。1点リードの五回には、会沢の適時二塁打と丸の満塁走者一掃タイムリーで4点を追加して試合の大勢を決め、5-2の七回にも安部のタイムリーで1点を追加した。

     中日は、5点ビハインドの六回にゲレーロがキング独走の27号2ラン。最終回のビシエドとの助っ人アベック弾も勝利には繋がらなかった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170722-00000142-dal-base

     二匹目のドジョウとなるか。広島は20日、アレハンドロ・メヒア内野手(24)と支配下選手契約を結んだ。契約金10万ドル(約1120万円)、年俸3万5000ドル(約392万円)プラス出来高(いずれも推定)。6年契約で背番号は96。マツダスタジアムで会見に臨んだメヒアは「今までの頑張りを認めてもらえ、とても幸せ」と話した。

     一足先に支配下登録され、一軍で7本塁打を放っているバティスタと同じドミニカ共和国のカープアカデミー出身。2015年秋に練習生として来日し、昨年3月に育成契約を結び、二軍で汗を流してきた。20日現在、ウエスタン・リーグでは打率3割4分、51打点と2部門でトップに立つ。7月31日の期限前に支配下契約を決めた鈴木球団本部長は「一塁、三塁と内野も守れる。(シーズン中に)何が起こるか分からないし、バックアップ要員として」と期待を寄せるが、外国人枠の問題もあって即一軍というわけにはいかない。それでもメヒアは「レギュラーとして活躍できるように三塁の守備も強化していきたい」と鼻息を荒くしている。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170721-00000045-tospoweb-base

     昨年12月末に「初期の胃がん」を公表し、今年1月に手術で胃の半分を摘出したプロ野球・広島の赤松真人外野手(34)が17日、TBS系で放送された「壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち」に闘病を支えてくれた妻・寛子さん(35)とともに出演。がんは「ステージ3」だったことが明かされた。

     赤松は昨年12月の人間ドックで胃がんが見つかり、同28日に会見して「初期の胃がん」を公表。今年1月5日に手術を受け、胃の半分を摘出した。

     術後、「傷口がふさがって、(リハビリして)普通に野球できるもんだと思ってました」という赤松。しかし、摘出した胃の細胞や組織を顕微鏡で検査したところ、リンパ節に微細な転移が複数見つかった。

     担当医は「正直なところ、僕たちが予想していたよりも、(がんは)進行した状態でした。最終的にはステージ3a期ということになります」と説明。赤松は飲み薬と点滴を併用する半年間の抗がん剤治療を選択をした。

     ステージ3と宣告された赤松は「(昨年12月に)『がん』と言われた時よりもショックでした」と振り返った。がんは最も進行した段階がステージ4で、6月22日に亡くなったフリーアナウンサー・小林麻央さん(享年34)はステージ4を公表していた。

     赤松は半年間の壮絶な抗がん剤治療を乗り越え、今月11日から3軍に合流。術後、初めてのキャッチボールを行うなど、軽い練習を再開した。今後通院を続けながら、がんからの復帰を目指している。


    引用元 https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2017/07/17/0010379934.shtml

    ◆広島5―8中日(21日・マツダスタジアム)

     広島のクリス・ジョンソン投手(32)が、来日3年目で最短の2回1/3で6失点KO。3敗目を喫した。

     初回は無失点と上々のスタートだったが、1―0の2回に3四死球で2死満塁のピンチを背負い、投手のバルデスに左中間を破られる走者一掃の逆転二塁打。3回には1死一、三塁でビシエドに左中間への3ランを浴びた。続く松井佑を歩かせたところで降板となった。「初回はいい入りができた。2イニング目に何が起きたか分からない」と首を振った。

     今季は4勝3敗、防御率4・73と安定感を欠く昨季の沢村賞左腕だが、緒方監督は「また次、しっかりとした姿を取り返して投げてくれると期待しています」と変わらぬ信頼を寄せた。


    引用元 http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20170721-OHT1T50217.html

     「広島-中日」(21日、マツダスタジアム)

     広島県がん検診啓運動のPRのため、アーティストのデーモン閣下が始球式を行い、悪魔を表す666の背番号が入ったユニホームを着てマウンドに立った。


     ダイナミックな投球フォームから投じられたボールは京田の背中を通る大暴投に。6年連続の大役を終え「キャッチボールもする機会も少なく、稽古不足というところ。年々、ストライクが入らなくなってきている」と振り返った。

     広島では、赤松が胃がんを発症。1月に摘出手術を受け、現在は3軍で体力作りに励んでいるが「早く見つかってよかったよね。焦らずに体を作り直して、来季復活してもらいたい」とデーモン閣下はエールを送った。


    引用元 https://www.daily.co.jp/baseball/2017/07/21/0010391935.shtml

    <広島5-8中日>◇21日◇マツダスタジアム

     先発ジョンソンの乱調で序盤から大量リードを許した広島は、菊池のソロなどでジワリジワリと点差を縮めたが追い付くことはできなかった。連勝は2で止まり、今季マツダスタジアムで中日戦初黒星となった。緒方孝市監督の談話は以下の通り。



     - 先発ジョンソンが乱調だった。

     緒方監督 そこに目を向けるのではなく、最後までしっかりと野手が攻撃してくれたし、2番手九里にしても、高橋(樹)にしても、ジャクソンにしても投げきってくれた。試合を壊さずにね。結果は負けだけど、最後までしっかりした試合をできたので、また明日頑張りましょうというところ。

     - 先発ジョンソンは前回はいい投球だった。

     緒方監督 後半戦(に向けて)名指しで、投手陣ではジョンソンと(野村)祐輔がしっかりとした形で投手陣を引っ張って欲しいと期待していると言っているわけだから、今日の内容、結果は残念。また次しっかりした姿を今日の分を取り返して投げてくれると期待しています。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170721-01859541-nksports-base

     広島・新井貴浩内野手(40)が16日、4番経験者として「4番・鈴木」の全面バックアップを約束した。チームを背負う22歳の姿に「すごく頑張っている」と目を細め、この先、壁にぶち当たれば助言も惜しまない。球宴明けのこの日は休養。17日からは2位・阪神との直接対決だ。最短22日のマジック44点灯へ、まずは虎をたたく。


     誰よりもその重圧を知るからこそ、言葉に重みがある。若き4番として奮闘する誠也へ-。新井が温かいメッセージを送った。

     「十分に頑張っているよ。あの若さで4番に入って、ずっと打っている。自分から見てもすごいと思う。潜在能力が高いからもっと期待されるけど、何も言うことはないよ」

     開幕当初は40歳の新井が4番を務めたが、4月下旬からは22歳の鈴木がその座を守り続けている。前半戦の鈴木は83試合に出場し、打率・296、17本塁打、64打点。本人は納得していなくても、新井は「十分な成績」と太鼓判を押す。だから後半戦も「今やっていることを続けていってほしい」と願う。

     緒方監督は「彼を育てる1年ではなく優勝を目指す1年。ただ、4番バッターとして成長してほしい気持ちはある。期待もある」と話す。リーグ連覇と同時に4番打者の育成もチームのテーマ。もちろん新井も手助けは惜しまない。前半戦からさりげなくアドバイスを送ってきたが、「何かあれば、向こうから言ってきたらサポートしてあげたい」とバックアップを約束した。

     17日からは甲子園で2位・阪神と3連戦。新井は「まずはいいスタートを切れるように一戦一戦、戦ってきたい」とナインの思いを代弁した。自身はスタンスを変えず、後半戦へ向かう。「まだ60試合残っている。何があるか分からない」と気を引き締め、「言われたところで結果を出したい」と力を込めた。

     ここ最近はスタメン機会がめっきり減少したが、勝負どころでの集中力はケタ違い。7日・ヤクルト戦(神宮)でも九回に代打3ランを放ち、最大6点差の逆転勝利に貢献した。勝負強さは健在だ。

     「いつも言ってるけど、チームが苦しいときにチームを救う一打を打てるようにしっかり準備していきたい」

     40歳で迎える夏場も不安はない。ダッシュやウエートトレなどで準備万全。4番・誠也を助け、チームの窮地も救う。唯一無二の存在感で、首位を独走するチームを支えていく。


    引用元 https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2017/07/17/0010377556.shtml

     18日に放送された『ニッポン放送ショウアップナイター プレイボール』で大矢明彦氏が、広島の戦いぶりについて語った。

     79年、80年以来となるリーグ2連覇を目指す広島。投手陣は昨季10勝を挙げた黒田博樹が現役を引退し、開幕投手を務めたジョンソンが咽頭炎で約2カ月離脱。昨季34セーブを記録した中崎翔太も、シーズン序盤に戦線を離脱した。

     主力投手が抜けながらも、先発陣では交流戦から先発に転向した薮田和樹がチームトップの8勝、2年目の岡田明丈が7勝、先発に復帰した大瀬良大地が6勝を挙げる。救援陣も中崎が離脱後、今村猛がストッパーを務め17セーブを記録。中田廉、一岡竜司も勝ちパターンの一角に組み込まれるなど層の厚さを見せる。

     野手陣も田中広輔、菊池涼介、丸佳浩の“タナキクマル”が上位打線を牽引し、昨季“神ってる活躍”で大ブレイクした鈴木誠也が4月25日の巨人戦から4番で出場を続ける。エルドレッド、新井貴浩、安部友裕、松山竜平など選手層が厚く、相性、休養を与えながら選手を起用している。

     投打ともに充実し首位を走る広島について大矢氏は「出た人、若手も頑張っていますし、非常にいい状態でゲームをやっている。死角がないと言ってもいい。カープは油断だけですよ」と太鼓判を押す。

     18日の阪神戦は、2回に5点を奪い先制すると、その後も得点を重ね12安打9得点を挙げた。8回と9回に失点したが、9-5で逃げ切り勝利。広島は再び2位・阪神とのゲーム差を8に広げた。

     圧倒的な強さを誇る広島。このまま快進撃が続いていきそうだ。

    (ニッポン放送ショウアップナイター)


    引用元 https://baseballking.jp/ns/124772

     1993年に脳腫瘍のため32歳の若さで亡くなった元広島の津田恒美投手=登録名・恒実=の記念館が広島市内に作られる。津田さんの長男・大毅さんが6月19日からクラウドファンディングで賛同者からの資金集めをはじめたが、1日で目標金額の400万円に達し、現在も1000人以上の支援者が名乗りを上げ、たくさんの支援金が集まっている。

     大毅さんが「津田恒美記念館」設立に向け動こうとしている話を聞いたのは昨年だった。ちょうど広島のリーグ優勝目前に津田さんの妻・晃代を取材した時に「実家を記念館にしたいと言っているんです。これまでは(津田さんの)いろんな行事に行くのも“なんでおれが行くの”と、いやがっていたんです。それが180度違うからもうビックリです」と聞いた。

     25年ぶりのリーグ優勝をきっかけにファンが今でも津田さんのことを思っていることを知った大毅さんが、ファンや父に恩返しと考え、記念館設立を思い立った。大毅さんは現在、自転車で日本一周をして父の記念館設立をPRしている。「来年の命日までには」と開館に向け全力投球している。

     7月20日は、津田さんの命日だ。亡くなって24年がたとうとしているが、いまだにカープファンにとって忘れられない存在である。

     「命日の前後に1年に1回、津田さんを思い出していただこうと思っています」

     山田雅人さんは、7月17日・広島県民文化ホールでかたりの世界「津田恒美物語」の舞台公演を行う。広島での公演は今年で8回目。毎年、満員の大盛況で今年も前売り券は完売だそうだ。公演には津田さんのチームメートだったカープOBがゲストとして駆けつける。

     山田さんは「今年はダブルストッパーが実現するんですよ」と声を弾ませた。公演は二部構成。一つは「津田恒美物語」。もう一つはカープにちなんだ物語を披露するが、今年は「大野豊物語」を予定している。

     昨年は「津田恒美物語」が広島で披露されるきっかけとなった池谷公二郎氏の物語が披露された。これまで山本浩二氏や山崎隆造氏、津田さんの親友だった森脇浩司氏(現中日コーチ)も会場に駆けつけている。

     脳腫瘍が発覚した1991年の優勝は、まさに津田さんがチームを結束させた。それは、元気だった津田さんがみんなから愛されていたからだ。86年の優勝時には胴上げ投手にもなった。先発の北別府学投手が胴上げ投手を譲ったことが、津田さんがどれだけ愛されていたかを証明していると思う。

     当時の投手コーチでデイリースポーツの評論家でもある安仁屋宗八氏は「北別府はマウンドに交代を告げに行っても後ろを向いて代わろうとしないピッチャーだった。自分より力のないピッチャーだったら代わろうとしない」と語ったことがあった。そんな北別府氏が唯一、納得して交代したのが津田さんだったという。胴上げ投手を譲ったときも「北別府が了承しなければ代えてないだろう」と安仁屋氏はいう。

     マウンドで闘志むき出しに打者に向かっていく映像はよく目にする。そんな表情とは裏腹にひょうきんで気遣いを忘れなかった津田さんの人間性にほれこんだ仲間は多い。

     クラウドファンディングの返礼品に現在のユニホームのレプリカ津田バージョンがある。大毅さんは球団に許可をもらうため何度も広島に通ったという。「日本一周が終わったころに返礼品を発送したい」という大毅さん。父の残した功績の大きさを実感しながら、ペダルをこいでいる。(デイリースポーツ・岩本 隆)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170629-00000041-dal-base

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