広島カープブログ

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    2019年01月

     プロ野球のキャンプインまで10日を切り、国内外で自主トレを積んできた12球団の選手たちは追い込み段階に入っている。春季キャンプでは中日のドラフト1位・根尾昂内野手、日本ハムのドラフト1位・吉田輝星投手ら黄金ルーキーに注目が集まるが、まだまだ復活や再ブレークを期す選手たちもいる。Full-Count編集部では、2019年シーズン中の復活を目指す選手を球団ごとにピックアップ。今回はセ・リーグ編をお届けする。


    ○広島:堂林翔太内野手
     2009年に中京大中京のエースとして甲子園に優勝し、ドラフト2位で広島へ。2018年は野間峻祥の台頭もあり、63試合出場、打率.216、5打点。3年ぶりに本塁打ゼロに終わった。チームは丸佳浩が巨人へFA移籍したものの、人的補償として長野久義が加入。鈴木誠也、野間に加え、西川龍馬が外野に挑戦するなど競争は激しい。12年には全試合出場するなどポテンシャルは十分。再ブレークを果たしたい。

    ○巨人:アレックス・ゲレーロ外野手
     17年は中日の主力として130試合出場、打率.279、86打点。35本塁打を放って本塁打王に輝いたものの、巨人1年目の昨季は82試合出場、打率.244、15本塁打、40打点と低迷。4月に5本塁打を放ったが、2軍調整やスタメン落ちが目立った。チームには2年連続MVPの丸がFA加入。強力打線を形成したいところだ。

    ○ヤクルト:館山昌平投手
     右肩や右肘など9度の手術を受けた通算85勝右腕。08年から5年連続2桁勝利をマークしてきたものの、17、18年は未勝利。勝ち星は16年7月22日の中日戦が最後だ。昨季は5試合登板し、0勝4敗、防御率6.86。日大の同級生だった村田修一、杉内俊哉ら80年生まれの“松坂世代”が続々と引退。中日・松坂大輔のように復活を遂げたい。

    ○DeNA:梶谷隆幸外野手
     17年は137試合出場。打率.243に留まったが、21本塁打、21盗塁をマークし、2年連続のクライマックスシリーズ、日本シリーズ進出に貢献した。だが、2018年は右肩痛、腰痛など度重なる故障に苦しみ、8月下旬に右肩のクリーニング手術を受けた。1軍出場はわずか41試合にとどまり、打率.268だった。パンチ力のある打撃で再び上位打線に定着したい。

    ○中日:大野雄大投手
     2010年ドラフト1位で中日入りし、13年から3年連続2桁勝利をマーク。16、17年と2年連続で開幕投手を務めたものの、昨季は開幕ローテ入りも逃して6試合登板、0勝3敗、防御率8.56だった。まだ30歳。与田剛新監督の信頼を掴むために、2年ぶりの白星はもちろん、かつてのエースとしての姿を取り戻したい。

    ○阪神:藤浪晋太郎投手
     甲子園で春夏制覇し、2012年ドラフトで4球団競合の末、阪神入り。13年から3年連続2桁勝利をマークしたものの、17年は3勝、昨季は5勝止まりだった。復活の鍵は制球難の克服。17年は59イニングで53四死球、18年は71イニングで51四死球だった。昨季限りで金本知憲監督が退任し、今季から矢野燿大監督が就任。猛虎復活へはエースの奮闘が期待される。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190122-00285111-fullcount-base

    広島中田廉投手が8年ぶりの先発に意欲だ。技術練習と体のメンテナンスに重点を置いた都内での自主トレを打ち上げ、広島に帰ってきた。

    佐々岡投手コーチが中崎と一岡以外は先発調整をさせる方針を打ち出していることに「報道でそう出ているので、先発をやるつもりでやっている」と気合十分。12年以降は中継ぎを主戦場としてきたが、パワーカーブを新たな武器に先発争いに名乗りを上げる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00454310-nksports-base

     広島のアドゥワ誠投手(20)が21日、マツダスタジアムに隣接する屋内練習場で行われた合同自主トレに合流した。昨秋キャンプから1軍に昇格した佐々岡投手コーチが、今春は中崎、一岡らの一部選手以外に先発調整をさせる方針を打ち出している。アドゥワも先発調整をする方向。覚悟を決めて春季キャンプを戦い抜く。


     自らの可能性を広げるキャンプになるかもしれない。アドゥワは今春、昨季の中継ぎというポジションに固定されるのではなく、先発として調整していく。任された場所で全力を尽くすことに変わりはないが「やらないといけない」ときっぱり。新たな挑戦に気合を入れた。

     大胆なプランは佐々岡投手コーチの発案だ。現役時代、同コーチは史上2人目の先発100勝100セーブを達成するなど先発、抑えの両方で活躍した。その経験から「先発調整をしておけばリリーフもできる」。中崎と一岡ら限られた選手以外はすべて先発としてスタートさせる方針で、実戦を重ねる中で役割を決めていく。

     アドゥワは昨季、開幕から一度も1軍を外れず53試合に登板。敗戦処理からリリーフ陣に欠かせない存在へと成長し、プロ初勝利を含む6勝をマークした。「まだまだ伸びしろがある」と佐々岡コーチ。先発は何人でもそろえておきたいだけに、20歳にかかる期待は大きい。

     コンディションは順調に仕上がっている。「疲れはないです」と右腕。14日までは地元・熊本で筋力トレやランニングなどを主体に汗を流してきた。この日のキャッチボールでは「指のかかり具合を見た」。きれいな回転で伸びる投球が、順調な調整ぶりを物語っている。

     年明けに自宅から1時間、ハンドルを握り向かった先は釈迦(しゃか)院御坂遊歩道。釈迦院へ続く石段は3333段あり日本一を誇る。新年早々に“日本一”を制覇し御利益を授かるなど、精神面の準備も整えてきた。さらに「去年も丸刈りで(キャンプに)入ったので」とこの日の朝、自らバリカンを手に取って頭を丸めた。気持ちを本番モードへ切り替え、キャンプインを見据える。

     25日からは日南での先乗り自主トレに参加する予定。「去年、成績を残したと言われても、しれている。とにかく、がむしゃらにやる。去年よりもチームに貢献したいんです」。先発挑戦で持ち味とする低めへの制球力にさらに磨きをかけ、首脳陣の心をわしづかみにする。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190122-00000018-dal-base

    ナマ菊池涼に感激! 広島ドラフト1位小園海斗内野手(18=報徳学園)が菊池と初対面した。静岡での自主トレを打ち上げ、廿日市市の大野練習場を訪れた名手が急きょ、合同自主トレのノックに参加。小園と同組に入り、軽快な動きを披露した。

    赤松にうながされるように菊池の後ろに並んだ黄金新人は、球界トップクラスの名手の動きにくぎ付け。「すべてにおいて柔らかい。しっかりとステップして足を使ってノックを受けていた」。一流を目の当たりに意識を高めた。

    1軍キャンプ参加が内定しており、菊池と再び顔を合わせる。キャンプ前に対面できたことに「光栄です。プロになったんだなと実感しました。(オーラも)すごかったです」と野球少年のような表情で喜んだ。「しっかり見て、いいところを盗んでいきたい。まだまだ足りないところもありますが、聞きながら補っていきたい」と弟子入りも希望した。一方の菊池は「今は気を張っているところだろうし、緊張感もあると思う」と先輩らしい気配りであえて声をかけず、エールを送った。【前原淳】



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00454322-nksports-base

     広島の赤松真人外野手(36)が21日、広島・廿日市市の大野練習場で自主トレを行い、菊池涼介内野手(28)との“再会”に感慨深い表情を浮かべた。

     2016年12月に胃がんを公表して以来、一緒に練習するのは初めて。「菊池のプレーを見ることがなかったので、変な感じでした。あいつ、ここ(大野練習場)には来ないのに。まあ、俺に会いたかったんでしょう。楽しくできました」と終始笑顔で捕球を繰り返した。

     予定外で現れた菊池の姿に、ドラフト1位・小園海斗内野手(18)=報徳学園高=や、同7位・羽月(はつき)隆太郎内野手(18)=神村学園高=はガチガチ。あいさつするのがやっとの状況だったが、赤松が羽月を指さして「ルーペ! ルーペ!」と呼びかけ、そのニックネームの意味を理解した菊池が爆笑すると、高校生ルーキーの緊張も一気にほぐれた。

     スター選手と若手の間を取り持った赤松。「僕らの若いときと違って、菊池でも(引退した)新井さんでも、若手にしゃべって和ませるようになっている。チームが家族一丸にならないと連覇できないことを知ってますから」とキッパリ。もちろん“潤滑油”になるだけでは飽き足らない。「去年より確実にできると思う。ギアを上げて試合でトライしていきたい」と3年ぶりの1軍出場に自信を示した。

     菊池は「赤松さんとノックを受けられたことは俺の中で幸せ」と照れ笑い。“ルーペ”ことハズキ…ではなくハツキも「赤松さんにつけていただきました。イジってもらってうれしかったです」とベテランに感謝していた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00000133-sph-base

    1学年上で、のちにロッテに入る薮田安彦らが引退しても、黒田の立場は控え投手のままだった。新チームとなり、それまで野手と併用されていた溝下進崇と西浦克拓が、投手に軸足を置くようになった。決断したのは、コーチから監督になった田中秀昌だった。

    田中 山上烈前監督のままであれば、黒田をそのままエースに立てたかもしれない。でも私が監督となり、甲子園に出ないといけないと感じていた。どうしたら激戦区の大阪で勝ち上がれるかと考えたとき、西浦と溝下も投手としてやらせないと無理だと思った。

    田中は溝下と西浦を呼び「激戦の大阪を勝って甲子園に行くには、黒田1人では無理だ」と伝えた。溝下と西浦に投げ込みを命じるため、練習試合では黒田の登板が増えた。それでも結果を残すことはできなかったが、不思議と黒田に悔しさはなかった。まだ、背番号1を背負う覚悟ができていなかった。

    黒田 自分が1番手になるとは思っていなかった。チーム状態を客観的に見て、自分がもし監督でもそうしたと思う。あのとき自分がエースになるようではいけない。同時に、そこまでの自信がなかった。1番を背負う責任が自分にはなく、不安の方が大きかった。

    溝下と西浦に、投手としても勝てるとは思っていなかった。追い付き、追い越そうとも思えなかった。「その頃は諦めていた。こいつらには勝てないなと。そこまで気持ちを上げられなかった。1日1日を消化して、3年間終わってくれないかという気持ちが強かった」。走らされる日々は最上級生になっても続いた。そんな日々を乗り越えるのに必死だった。

    一方で抜群のコントロールを武器とする左腕溝下と力強い球を持ち味とする西浦は、投手として信頼を勝ち取った。気づけば2人が上宮の2枚看板となっていた。

    ただ3番手に追いやられても、黒田がくさることはなかった。激しくチーム内で争う一方で、部員同士の関係は良好だった。全部員が自宅から通っていたこともあり、練習後は数人で電車を乗り継ぎ帰宅した。新チームの主将に就任した筒井壮(現阪神2軍守備走塁コーチ)は懐かしそうに振り返る。

    筒井 帰りの電車は憩いの場でしたね。お菓子を買ったり。もう楽しくて、(野球のことを)相談し合うとかいう雰囲気はなかった。クロはゲラ(笑い上戸)なんで、笑うのが大好きでおちゃめなキャラでしたよ。

    黒田に勝利するように主戦となった溝下も、黒田と仲が良かった。「クロは優しい。誰かと特別にというよりも、まんべんなく優しかった」と溝下。エース争いに敗れ、ひたすら走らされる日々にあって、黒田は愚痴一つこぼさなかった。

    強豪校の上宮にも一般入部の生徒がいた。スポーツ推薦で入部した生徒には一定のプライドや責任感が伴うため、しばしば距離ができるものだが、黒田は一般入部の生徒とも仲が良かった。上宮野球部に3つある部室も、一般生が使用する「1号」部屋を使用。自然と溝下も輪に加わった。強豪校で見られるチーム内の激しいポジション争いの中にいても、黒田は優しかった。殻を破り切れない黒田の姿を、チームメートはもどかしく思っていた。

    そんな黒田が、ようやく周囲の期待に応えたのは2年秋の近畿大会。上宮の3年間で最も輝いた大会だった。(敬称略=つづく)【前原淳】

    (2017年12月16日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190112-00435977-nksports-base

     広島の一岡竜司投手(28)が20日、沖縄県豊見城市での自主トレを公開。FAの人的補償という同じ境遇で巨人から加入する長野との共闘を誓った。自身は今季、防御率0点台を目標にブルペン陣の中心としてフル回転する意気込み。互いにチームの勝利に貢献してリーグ4連覇と日本一へ突き進む。

     間近で見た一岡の剛球に、偶然居合わせた野球少年たちから「すげー曲がる」「めっちゃ落ちる」など1球ごとに声が上がった。沖縄自主トレの締めはマウンドで60球の投球練習。力強い球は順調な仕上がりを印象づけた。

     「ブルペンにも7、8回は入った。暖かいので肩、肘をつくることができました」

     5日から初めて沖縄で行った自主トレは野球漬けだった。午前8時から練習開始。午後は筋力トレなどを行い治療などが終わるのが午後10時になったこともある。「集中できたので来て良かった」。充実の16日間に表情は自然とほころんだ。

     練習に打ち込めたのは日々、目にしたチームメートの存在があったから。携帯電話などで自主トレの記事を見るたびに「頑張らなきゃいけないと。みんな練習していると思った」という。危機感が体を突き動かしハードなメニューをこなせた。

     「僕とは実績が違い過ぎて同じとは言えない」。1月上旬、思いも寄らない出来事があった。丸の人的補償として長野の加入が発表された。13年オフにFAで巨人へ移籍した大竹の人的補償で広島に移籍するまでの2年間、同じユニホームに袖を通した。

     「右も左もわからない時に気さくに声をかけてもらった。優しい先輩。一緒にプレーできるのはうれしいし頼もしい」。昨季、長野は116試合で打率・290、13本塁打、52打点と力は健在。さらに経験値も豊富。大きな戦力アップに声が弾んだ。

     一岡が今季、目指すのは「ブルペンの中心」としてチームを支え続けること。昨季は59試合で5勝6敗2セーブ、防御率2・88。勝利の方程式メンバーにも入ったが序盤は打ち込まれたこともあり「防御率は0、1点台を目指してやりたい」と力を込めた。好不調の波を小さくして守護神・中崎にバトンをつなぐのが役目になる。

     「みんなで協力して頑張りたい。また笑顔で優勝旅行へ行きたい」。長野の加入で広島ファミリーは強さを増した。12月に笑って広島を飛び立つために右腕を振り続ける。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00000021-dal-base

     プロ野球選手はつかの間の休息を終え、来季に向けて自主トレをスタートしていますね。一人で黙々と練習する選手、他球団の一流選手と合同で練習して技術を習得しようとする選手など動きは様々ですが、最も注目されるのはやはり新人合同自主トレではないでしょうか。中日・根尾昂内野手、ロッテ・藤原恭大外野手、日本ハム・吉田輝星投手のトレーニングの様子をテレビで見ると、17年前に新人だった時のことを思い出して懐かしい気持ちになりますね。

     新人の選手は新しい環境に慣れるだけでも大変な中、たくさんの首脳陣の方や報道陣がいる中で練習するため心身で疲労度が大きいです。僕も疲労困憊になった日々を思い出します。ドラフト7位で巨人に入団したので周囲から注目されていませんでしたが、少しでも首脳陣の方にアピールしたくて、まだ1月なのに常に100%を出してプレーしていました。春季キャンプがいらないぐらい必死に練習していましたね。

     どの球団の新人合同自主トレでも初日に持久力テストがありますが、巨人でも3000メートル走がありました。その練習を終えて、「このしんどい練習が毎日続くのか。プロの練習についていけるかな」と不安になったのは今でも記憶に残っています。練習の合間には先輩方に挨拶もしなければいけません。「あの先輩に挨拶したかな?」と同期で相談もしていました。それぐらい毎日色々な方が球場にいますから、人の顔も覚えきれない状況になってしまいます。中には新人の選手に2回挨拶された人もいると思います。

     挨拶の話を出しましたが、グラウンド外でも新人は神経を使わなければいけないことが多いです。高校、大学時代に寮生活で慣れている選手もいるとは思いますが、寮のルールなども覚えなければいけません。僕はプロに入ってから初めての寮生活だったので、ジャイアンツ寮に入ったときには朝に球団旗を揚げ、新聞をきれいにまとめて、アイシングの氷を用意するなど朝から準備しなければいけないことが多く、本当に苦労したのを覚えています。他にも住所変更、税金の手続き、春季キャンプまでに必要な生活用品の買い出しなどやることが山ほどあり、あっという間に時間が過ぎて春季キャンプインしていました。

     傍から見ればわかりにくいかもしれないですが、新人は新しい環境で目に見えない苦労がたくさんあります。ただ僕と違って根尾選手、藤原選手、吉田選手など今の高卒ルーキーはしっかりしているので余計な心配かもしれませんが……ファンの方々も温かい目で見守っていただけたらありがたいですね。プロ野球の世界で活躍する姿が楽しみですし、ケガだけには注意を払ってキャンプインの2月1日を迎えてほしいと思います。(元巨人、日本ハム、DeNA投手)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00284424-fullcount-base

     女子プロ野球の埼玉アストライアに所属する佐々木希内野手が、球界屈指の“名手”である広島の菊池涼介内野手へ“弟子入り”したことを報告した。埼玉アストライアの公式選手インスタグラムに菊池との2ショットを公開し「昨日まで広島カープの菊地選手の自主トレに参加させていただいてました!」と綴った。


     今オフは加藤優外野手らが西武の秋山翔吾外野手らと自主トレを行うなど、男女の垣根を越えた合同トレーニングが活発に行われている。昨季、埼玉で主に三塁手としてプレーしていた佐々木は6年連続でゴールデングラブ賞に輝いた菊池に入門。6日間、トレーニングを共にし、インスタグラムで「私にとってとても貴重な時間でした。見惚れてしまうグラブさばき。菊地選手みたいな人としても素晴らしい人になりたいと心から思いました」と感想を記した。

     プロ野球界の第一線で活躍する菊池の姿勢にも影響を受けた様子の佐々木。「もっともっと自分の体にも繊細に、アスリートとして意識を高めなきゃいけないと思いました。この6日間で教わったことを活かして今シーズンの結果に繋げていきます。この自主トレでたくさんの方にご協力いただきました。本当にありがとうございました。その為にも結果を残し、いい報告ができるように頑張ります。貴重な経験をありがとうございました」と感謝の思いと、今季への意気込みを綴っていた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190120-00284220-fullcount-base

     FAの人的補償で広島に行くことになった長野が巨人を去った元エースの存在を思い出させてくれた。怪物・江川卓獲得の代償として阪神に差し出された小林繁である。

     1979年1月31日、小林は宮崎キャンプに向かう羽田空港からハイヤーで都内のホテルに連れて行かれ、阪神へのトレードを通告された。巨人がボイコットした前年のドラフト会議で阪神が交渉権を獲得した江川との交換だった。時の金子鋭コミッショナーは球界分裂の危機を回避するため「強い要望」を出し、超法規的に江川がいったん阪神と契約してのトレードを認めたのだ。

     76年から2年連続18勝を挙げ、リーグ連覇に貢献したエース。まさかのトレード通告に「一両日考える時間がほしい」と訴えたが、球団は「今日中に決めてくれ」の一点張り。小林が東京・大手町の読売本社で記者会見に臨んだのは日付が2月1日に変わった午前0時18分だった。

     「阪神に請われて行くということは男冥利(みょうり)に尽きます。世間は“小林はかわいそう”と取ってくれるかもしれないけど、同情は買いたくない」

     売り出し中の明石家さんまがモノマネした独特なフォームのサイドスロー。細身ながら下半身のバネを生かして打者に立ち向かっていった昭和のエースの矜持(きょうじ)である。

     タテジマのユニホームを身にまとった細身のエースは鬼気迫る投球を続けた。22勝9敗、防御率2・89。初の最多勝、2度目の沢村賞に輝いた。巨人戦は3完封を含む8勝0敗。前年2位の古巣を5位に沈めた。

     40年後、思わぬ形で巨人を去ることになった長野は球団を通じて「3連覇している強い広島カープに選んでいただけたことは選手冥利に尽きます」とコメントした。平成の終わりに「選手冥利」が「男冥利」を掘り起こしてくれたのである。

     のちに「僕は江川と交換というより野球界を正常に戻すための身代わりだと思えば耐えられる」と話した小林。阪神で5年連続2桁勝利を続け、13勝を挙げた83年シーズン終了後、31歳の若さでユニホームを脱いだ。

     引退後も巨人に戻ることはなく、2009年日本ハムの2軍投手コーチに就任。1軍への昇格が決まっていた10年、キャンプインを2週間後に控えた1月17日、心筋梗塞で突然この世を去った。享年57。あと2日で9年になる。(永瀬郷太郎)=敬称略=


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190115-00000073-spnannex-base

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