広島カープブログ

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    山本浩二

     野球解説者の田淵幸一氏(73)が9日放送のTBS系「サンデーモーニング」(日曜前8・00)に生出演。7日に約10カ月ぶりに公の場に姿を見せ、がんで闘病していたことを告白した法大時代の同期・山本浩二氏(73)についてコメントした。

     山本氏は肺がんと膀胱がんを患い、昨年だけで計4度の全身麻酔を伴う大手術。田淵氏は18年に亡くなった盟友・星野仙一氏の名前も挙げ「昔からタバコやめろと言ってきたけど、星野と山本は絶対にやめなかった。(山本氏から)連絡ないなと思ったら肺がん。次は膀胱がん。昨年はひどい年だった」と話した。

     田淵氏によると、山本氏は闘病で20キロやせたという。番組MCの関口宏(76)が「これからいろんなことをやって元気になってもらえれば」とコメントすると、田淵氏も「これからは大丈夫だと思う」と“ミスター赤ヘル”の完全復活を願っていた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200209-00000134-spnannex-base

     白血病のため入院中の元広島・北別府学さんが7日、自身のツイッターで巨人キャンプを訪れた山本浩二元監督について「山本浩二先輩の復活の報せ」と題してコメントした。山本元監督は昨年がんの手術を受けたことをこの日、公表していた。
     ツイッターによると、昨年名球会の会合で北別府さんが会ったときは、(病状が)あと一歩という感じだったそうで、「キャンプ視察が嬉しくてたまらないのでは」とつづった。


     また自身は7日から無菌室に入る予定だったが、このまま投薬治療などで経過観察することになったと報告。いまだに吐き気も脱毛もほぼないという。




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200207-00010042-chuspo-base

     元広島監督で病気療養中だった野球評論家の山本浩二氏(73)が7日、巨人の宮崎キャンプを訪問。「ぼうこうがん」と「肺がん」を患っていたことを明かした。


     昨年4月、公の場から姿を消していた山本氏は「2つのがんにかかりまして、4回手術を」とそれぞれ2回ずつ手術したことを告白。続けて「別々で転移はしていなかったみたいです。4度の手術っていうのは珍しいらしくて、体力がないとできない」と振り返った。肺がんはステージが「2か3」だったとしたが、「ただ進行が早いんですぐやらなきゃいかん」と、判明後すぐに手術したという。

     手術は胆のうや気管支など「細かいのがいろいろあった」とし、1年間で7度も手術したという。痩せた様子だったが笑顔もみせ、「おかげさんでこうして元気で」とうなずいた。

     山本氏を襲ったぼうこうがんや肺がん、そして1年間で7度の手術という壮絶な闘病生活について、兵庫県芦屋市にある「松本クリニック」の松本浩彦院長に聞いた。

      ◇  ◇

     「ぼうこうがんの手術は表層型と浸潤型に分かれます。浸潤型は全摘する必要があり、キャスターの小倉智昭さんはこのタイプです。2度の手術をしたというのであれば、山本さんは表層型なのではないでしょうか。

     表層型はカメラを入れてがんを取るんですが、手術後は三カ月に1度くらいで検査をします。ただ、全部取っても繰り返し(がんが)出てくるのが特徴です。いわゆるモグラたたきのようで、出てきたら表層を削るということになります。表層型は、一生付き合わなければいけないと言えるでしょう。

     肺がんは膵臓がんに次いで怖いがん。2回手術したというのであれば一度目で取り切れなかったか、大きすぎて2度に分けたか、再発したか、ということが考えられます。

     他にも手術をしたということですが、がんの手術によりもろくなって気管支に穴が空くということは非常に考えられるケースではあります。

     いずれにしろ、7度の手術は体力がある山本浩二さんだからできたことではないでしょうか。野球殿堂入りをするような功績を残した方で、鍛え方が違う。70歳をこえているとはいえ、基礎体力がある。常人なら、2回の肺の手術は耐えられない。人並み外れた頑健な体があるからこそでしょう」




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200207-00000133-dal-base

     法大OB会が18日、都内のホテルで開かれ、野球殿堂入りした田淵幸一氏(73)、侍ジャパンの稲葉篤紀監督(47)らが出席した。


     田淵氏は壇上で、同級生の山本浩二氏(73)の現状について「今朝電話で話して、4月から解説に復帰すると話していた」と説明。昨年は体調不良で療養していたが、同氏は「だいぶ良くなって、毎日30~40分散歩をしているそう」と、うれしそうに話した。

     山本氏と田淵氏は故・富田勝氏とともに「法大三羽がらす」と呼ばれた。現役引退後は2008年北京五輪では星野監督の下で2人そろってコーチを務めた。東京五輪では法大OBの稲葉監督が率いる侍ジャパンの金メダルが期待されるとあって、田淵氏は「北京は4位でいい思い出がないが、今年の五輪では、何十年たっても『あの時、稲葉は良くやった』と言われる結果を出してほしい」と後輩を激励していた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200118-01180167-sph-base

     ◇田淵幸一氏 野球殿堂入りエキスパート表彰

     田淵氏の法大時代の同期で「三羽ガラス」として活躍し、北京五輪でともに星野監督をサポートした山本浩二氏(73)も、殿堂入りを喜んだ。

     山本氏が田淵氏と出会ったのは1964年、東京五輪が終わった直後の12月、兵庫県洲本市で行われた法大のセレクションだった。そこからチームメートとなって56年。東京五輪イヤーに田淵氏は殿堂入り。「ブチ、野球殿堂入りおめでとう。もっと早く入っても良かったと率直に思う。間違いなく天国の仙(星野仙一氏)も喜んでいるだろう。長い付き合いになった」と自分のことのように喜び、祝福した。

     法大で富田勝氏とともに「法大三羽ガラス」として、しのぎを削ったが、入学当初は違った。「春のリーグ戦が始まると神宮球場で切符切りしていた私たちを尻目にブチは1年春からベンチ入り。そんな姿はうらやましかったし、ブチへのライバル心は私の支えになった」と振り返る。投手として、65年6月4日に行われた新人戦の慶大戦(東大球場)で投手を務めた山本氏は人生で1試合だけ、田淵氏とバッテリーを組んだ。「なぜか真っすぐしか要求してこない。“何でや?”と文句を言うと“オヤジさん(松永怜一監督)から真っすぐしか投げさせるなと言われてるんだ”という。打たれて投手を諦めさせたかったらしい」。2年から山本氏は野手に転向。プロでは「ミスター赤ヘル」として通算536本塁打を放った。

     「2008年の北京五輪で星野仙一監督の下、ブチと私でコーチを務めたことは一生の宝物」と話す。悲願の金メダルには届かず4位に終わったが、東京六大学時代からの盟友と同じユニホームで日の丸をつけた戦いの記憶は鮮明に残る。

     「昨年、私が体調不良の間も気に掛けて何度も電話をしてくれた。ブチの姿を見ながら、野球界に少しでも恩返しできればと思っている」

     2人の絆は昭和、平成、そして令和の時代に入っても色あせることはない。 (倉橋 憲史)

     ◆山本 浩二(やまもと・こうじ)1946年(昭21)10月25日生まれ、広島県出身の73歳。廿日市―法大を経て、68年ドラフト1位で広島入団。MVPを2度、本塁打王を4度獲得するなど、強打の外野手として活躍。通算536本塁打は歴代4位。広島の監督を計10年務め、91年にリーグ優勝。08年北京五輪で日本代表守備走塁コーチを務め、同年、野球殿堂入り。13年の第3回WBCでは侍ジャパンの監督を務めた。現日本プロ野球名球会理事長。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200115-00000062-spnannex-base

     ◇セ・リーグ 広島―ヤクルト(2019年9月3日 神宮)

     広島の鈴木誠也外野手(25)がヤクルト戦(神宮)の5回に二塁盗塁を決め、自身初となるシーズン20盗塁をマーク。すでに25本を放っている本塁打と合わせて「20本塁打&20盗塁」を達成した。

     鈴木は「3番・右翼」で先発出場。2―0で迎えた5回、ヤクルトの先発左腕・高橋から中前打を放って出塁すると、続く4番・長野の2球目に二盗に成功した。

     「20本塁打&20盗塁」は球団では2016年に20本塁打&23盗塁した丸佳浩外野手(現巨人)以来3年ぶりで、25歳シーズンまでの達成は1970年に当時24歳だった“ミスター赤ヘル”山本浩司(1975年に浩二と改名)がマークして以来49年ぶり2人目の快挙となった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190903-00000181-spnannex-base

     今年のプロ野球の発展に最も貢献した監督、選手に贈られる「正力松太郎賞」の選考委員会が20日、都内ホテルで行われ、ソフトバンクを2年連続の日本一に導いた工藤公康監督が選ばれた。工藤監督は通算3度目の受賞となった。


     選考では広島をリーグ3連覇に導いた緒方孝市監督、3度目のトリプルスリーを達成したヤクルト・山田哲人内野手、パ・リーグ覇者の西武・辻発彦監督も候補に挙がったという。特に緒方監督に対して中西太氏が「3連覇はすごい」、杉下茂氏が「育成しながら3連覇に持っていった」など、絶賛の声もあがったという。

     だが、最終的に決め手となったのは広島OBの声だった。“ミスター赤ヘル”山本浩二氏もその手腕を評価しながら、「日本一にならなければいけない。工藤監督にすべき」と意見。日本一に導いた実績を重視し、工藤監督に決まった。

     作家でジャーナリストの門田隆将氏は、工藤監督の日本シリーズでの采配を評価。ベテランの内川に2度の送りバント、第6戦ではスクイズで決勝点を奪うなど、勝負に徹した采配を振り返り「今年はいろいろな面で工藤監督の手腕があった」と称賛。ソフトバンク・王会長も「山田君も日本一になったらあり得たかもしれない。正力賞はやはり、チーム全体の成績が大きい」と、語った。

     選考委員は以下の通り

     王貞治氏

     杉下茂氏

     中西太氏

     山本浩二氏

     門田隆将氏


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181120-00000100-dal-base

     ◇セ・リーグ 広島10―0ヤクルト(2018年9月26日 マツダ)

     球団史上初のリーグ3連覇を達成した広島に、歴代の監督から祝福の声が寄せられた。

     元広島監督の山本浩二氏は「3連覇はすごい」と称え、「すごいチーム力。各選手が状況を考え、自分の役割を全うした。日本一のチャンスは十分あると思う」と絶賛した。

     前広島監督の野村謙二郎氏は「今年が一番厳しく、難しかった」と振り返り「この3年間で変わっていないのは、しっかりとした育成システムから成す選手層の厚さ。手応えのある、うれしい優勝だと思う。おめでとう」と祝福した。

     広島・松田元オーナーは「ようやくマツダスタジアムで胴上げを見ていただけた」と感無量。「建設されて10年の節目の年。その年に3連覇を果たし、その瞬間を見ていただけた。良きファンの人々に恵まれ、私たち球団は幸せな球団だと思っています」とファンに感謝した。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180926-00000175-spnannex-base

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     (セ・リーグ、巨人5-10広島、20回戦、広島14勝5敗1分、28日、東京D)

     天国と地獄の両方を見た男は強い。広島の首位独走の立役者の1人が6年目の鈴木誠也外野手(24)。28日の巨人戦でも「4番・右翼」で先発し、26号2ランを含む3安打3打点。それでも試合後は「(3番の)丸さんが打ってくださるので楽な気持ちで(打席に)入らせてもらっている」と先輩を立てた。

     昨季は4番を務め打率・300、26本塁打、90打点と主軸として結果を残す一方で、8月下旬に右足首の骨折で戦線離脱。今季もコンディション不良や自打球の影響で離脱、欠場を余儀なくされる時期もあったが、リーグ2位の打率・341。チーム内ではこの日4安打を放った丸(同4位)とともにタイトル争いを演じている。

     球団関係者は鈴木が短期間で「天国と地獄」を経験したことが「大きな成長へとつながった」とみる。

     「去年も4番に起用されて頑張っていたけど、その重要性や責任を本当の意味で背負うようになったのは、昨夏にケガで離脱してから。そこから試合で打てず悔しがる言動をひとつ見ても、明らかに変わりましたよ」

     これだけ立派な数字を残せば天狗(てんぐ)にもなりそうなものだが、「それがないんですよ。練習でも『まだやります!』とおかわりするし、妥協も満足もしない。それが今の成績を残す原動力だと思いますね」。鯉の4番は並の男ではない。(山戸英州)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180829-00000015-ykf-spo

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