広島カープブログ

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    福岡ソフトバンクホークス

     広島の赤松真人外野手(36)が11日、「甲斐キャノン」への挑戦を、来季復活への発奮材料に掲げた。広島市内で開催された「第1回がん経験者の文化祭 キャンフェス2018」に出席し、日本シリーズでチームが6連続盗塁阻止されたソフトバンクの甲斐に対抗心を見せた。

     会場には「甲斐キャノンには赤松選手しかいない!」という応援ボードも設置されていた。「すごい捕手。配球や投手の癖を盗まないと(盗塁が)決まらない。(日本シリーズは)俺だったらここで走るとか、そういう目で見ていた」。3年ぶりの1軍復帰を期す来季へ、08年から7年連続2ケタ盗塁を誇る足のスペシャリストの血が騒いだ。

     16年に胃がんを公表し、昨年1月に胃の半分を切除。実戦復帰した今季は2軍で55試合、打率2割3分7厘で5盗塁の成績を残した。「今年の1年をどう生かすか」。オフは足の筋力強化に励み走力向上に努める。近日中に契約更改に臨むベテランが甲斐との対決に思いをはせ、プロ15年目の完全復活を目指す。(小松 真也)

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181111-00000339-sph-base

     【鯉と鷹の物語】(5)

     広島の抑え投手として活躍後、病魔と戦ったのが「炎のストッパー」として知られた津田恒美氏だ。社会人・協和発酵からプロ入りした1982年に11勝し、新人王。闘志あふれる投球が持ち味で86年に抑えへ転向し、89年には40セーブポイントをマークして最優秀救援投手となった。

     91年の開幕後に頭の痛みを訴え、治療に専念するため同年限りで引退。福岡市内の病院へ入院した。広島のかつての同僚で、同い年で仲のよかった森脇浩司内野手は当時ダイエー(現ソフトバンク)でプレーしており、親友の見舞いへ足しげく通った。

     一時期、快方へ向かった津田氏は「俺、ダイエーへ入れるんかなあ」と森脇氏へ再起の夢を語っていた(津田晃代著『最後のストライク』)が、オールスター戦が東京ドームで行われた93年7月20日、脳腫瘍のため、32歳で死去。もう一度マウンドへ立つ夢はかなわなかった。

     津田氏と左右のダブルストッパーとして活躍した広島の大野豊投手は「投手には珍しく優しくていいやつ」と早すぎる死を悼んだ。(浦)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181101-00000668-san-base

     鯉と鷹の物語(6)

     1975年10月15日、後楽園球場の巨人戦。広島初優勝の瞬間にマウンドへいたのは下手投げ投手の金城基泰氏だった。20勝を挙げてエース格となった前年オフに自動車事故で視力低下の危機に見舞われたが、75年はシーズン途中に復帰。

     この巨人戦の試合前には古葉竹識監督へ「最後は私に投げさせてください」と直訴した。七回途中から先発の外木場義郎投手を救援し、九回は最後の打者・柴田勲外野手を左飛に仕留め、願い通り胴上げ投手となった。

     77年にトレードで南海(現ソフトバンク)へ移籍してからは主に抑えとして活躍。セーブポイントを79年には20、80年には19稼いで2季連続最優秀救援投手となった。

     下手投げの守護神は珍しいが、牽制(けんせい)やフィールディングも得意。80年10月2日、大阪球場での阪急(現オリックス)戦では九回2死から登板。同年盗塁王の福本豊外野手が一塁から走ったのに気づくと振り向きざまに二塁で刺し、打者へ投げずにセーブをマークする球界初の“0球セーブ”を記録した。(浦)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181102-00000587-san-base

    <ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム:CATCH!!>

    <SMBC日本シリーズ2018:ソフトバンク9-8広島>◇第3戦◇30日◇ヤフオクドーム



    何色の糸で結ばれているか分からないが、ホークスと広島は昭和の時代からリーグは違っても、つながりの深い球団だった。日本シリーズ初の顔合わせ。ホークスが福岡に移転して30シーズン目。ようやく大舞台で出会った。

    世界の王が博多にやってきてからホークスは着実に「常勝」の道を歩み始める。1994年(平6)10月12日、ダイエー王監督が誕生。古巣巨人を離れ、九州の地で背番号「89」のユニホームに袖を通した。「打撃を中心にした打ち勝つ野球」を掲げつつ、巨人時代からその「強さ」に一目置いていた広島の「機動性」「守備力」を生かしたスキのない野球を目指した。約1カ月後に発表された王第1次内閣は広島OBの寺岡(ヘッドコーチ)達川(バッテリーコーチ)高橋(打撃兼走塁コーチ)の3人のコーチが就任した。当時のフロントも王監督の意外な人選に驚いた。広島出身コーチの招へいに向け球団幹部は広島まで足を運び、松田耕平オーナー(故人)に面会。組閣入りの内諾を得た。その後も水谷(打撃コーチ)らも加わり「総合力」の高いチーム作りを目指した。

    昭和の時代までさかのぼれば広島を球団創設初のAクラス入りさせ「赤ヘル軍団」の礎(いしずえ)を築いたとされる根本監督(故人)がいる。のちにダイエー監督となりGM的立場で王監督を招へい。こちらもホークスの常勝の礎を築いた。

    ホークスは「逆転の広島」に強烈に追い上げられたが、何とか本拠地ヤフオクドームで星を拾った。これで1勝1敗1分けの五分。因縁深い両チームはさらに激戦を展開しそうだ。【ソフトバンク担当 佐竹英治】


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181031-00378119-nksports-base

    【日本シリーズ】鯉と鷹の物語(1)

     1975年、広島を悲願のリーグ初優勝へと導いたのが古葉竹識監督。広島の選手時代は走攻守三拍子そろった内野手として活躍したが、70年から現役最後の2年間は南海(現ソフトバンク)でプレーし、引退後は捕手を兼任する野村克也監督のもと、まずは2軍でコーチ修行に励んだ。

     当時の南海はデータや基本重視の“シンキング・ベースボール”を旗印とし、「いろいろ勉強させてもらった」と古葉氏。1軍コーチとなった73年にはパ・リーグ優勝も経験し、「われわれチームだけでなく、南海ファンの喜ぶ姿が印象的だった」と振り返る。

     翌74年も野村監督に留任を求められたが、広島の新監督に就任した専大の先輩、森永勝也氏に請われて古巣へコーチとして復帰。75年シーズン途中の5月に39歳で監督へ昇格し、大胆かつ細心の采配でペナントレースを制した。

     「僕が引っ張ったのではなく、選手が僕を引っ張ってくれた」が優勝当日のコメント。その後3度の日本一に輝いた古葉野球の源流は南海にあったといえそうだ。(浦)

        ◇

     広島-ソフトバンクという初の顔合わせとなった今年の日本シリーズ。実は両チームは昔から人的交流が盛んで双方にゆかりがあり、球界に足跡を残した人物も少なくない。その歴史をひもといてみた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181027-00000546-san-base

     恐れ入りました。今年の日本シリーズは「打高投低」の打撃戦になると思っていたら、とんでもなかった。両チームとも投手が凄くいいんだ。第2戦まで完全に投手力が上回っている。

     特に広島。パのCSファイナルS5試合で44得点を奪い、強打の西武を破って勢いに乗るソフトバンク打線を第2戦まで21イニングを3点に封じ込めている。

     先発の大瀬良、ジョンソンもいいけど、リリーフ陣が凄い。延長12回の末に2―2で引き分けた第1戦。5―1で快勝した第2戦。リリーフ陣は計9イニングを無失点だよ。こんなにレベルが高いとは思ってなかった。

     中でも第1戦の2イニングに続いて第2戦も1イニング投げた左腕フランスア。疲れを見せるどころか、連投でMAX157キロをマークするんだもんね。今後もその使いどころがキーポイントになるんじゃないかな。

     広島の投手陣はソフトバンクの主砲、柳田に対する攻め、配球も徹底している。第1戦で十分に内角を意識させ、第2戦の第1打席は外角中心。そして4回1死一、三塁の場面ではまた内角を攻めた。最後は内角低めのツーシームで空振り三振。ここまで6打数1安打3四死球と眠らせている。捕手が内角に構え、投手がしっかりそこへ投げ切る。バッテリー間の信頼関係を感じるね。

     ヤクルトとオリックスが戦った1995年の日本シリーズを思い出す。ヤクルトはこの年首位打者、打点王に輝いたイチローを徹底したインハイ攻めで19打数5安打2打点、打率・263に封じ込め、4勝1敗でシリーズを制した。

     広島の1勝1分け。千賀、バンデンハークで勝てなかったソフトバンクは厳しい状況に追い込まれたけど、第3戦から本拠地ヤフオクドーム。完全アウェーのマツダスタジアムとは雰囲気が全然違うし、DHが使える。守備のリスク覚悟でデスパイネをレフトに入れた第2戦のような無理をする必要もない。

     柳田がカープ投手陣の包囲網を打ち破って流れを変えられるか。せっかく第1戦を引き分けたんだから、これまで1度しかない第8戦を見たい気がするね。(スポニチ本紙評論家・中畑 清)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181030-00000077-spnannex-base

     日本シリーズは28日、マツダスタジアムで第2戦を行い、広島が5―1でソフトバンクを下して1勝1分けとした。

     広島自慢の打線が猛打で本拠地勝利をもたらした。第1戦で無安打だった丸、田中にシリーズ初安打が生まれ、鈴木は猛打賞で3打点。終わってみれば10安打の猛攻に緒方監督も「クリーンアップがいい仕事をしてくれた。しっかりと自分たちの野球ができた」と手応えを口にした。

     ただ、気掛かりは武器である機動力が発揮できていない点だ。シーズンではリーグ断トツの95盗塁をマークしたものの、今シリーズではゼロ。第1戦で上本、野間が刺され、第2戦でも鈴木、田中が封じられ、2戦4盗塁死の惨状だ。

     12球団屈指の盗塁阻止率を誇る甲斐、高谷の強肩自慢に対し、イケイケで走らせるだけではせっかくの走者を“無駄死に”させることにもなりかねない。それでも広島はお構いなしの姿勢だ。

    「じっとしていたままでは安打が出ても一、二塁にしかならない。動いて相手の守備を動かすことも大事。かつては自分たちも『とにかく走れ』と言われてきた。決して『セーフになれ』とは言われていない。逆にサインが出されたのに走らなかったら怒られてきた」(東出打撃コーチ)。結果より、仕掛けることで攻撃の幅を広げるというのが広島伝統の考えだ。

     選手たちも“アウト上等”の精神に変わりはない。「(盗塁に)トライすることが大事。相手はいい投手ばかりなので足を使っていかないとなかなか点が取れない。1回アウトになったからといって怖がることはない」(野間)と3戦目以降も積極姿勢を貫くつもり。

     けん制がやたらと増えるなどこの2試合で相手バッテリーへの重圧を与えることには成功している。今後も“足”を生かした攻撃で34年ぶりの頂点を目指す。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181029-00000043-tospoweb-base

     ◇SMBC日本シリーズ2018第2戦 広島5―1ソフトバンク(2018年10月28日 マツダ)

     3回の犠飛は、広島の丸にとって「大きな潤滑油」になるかもしれない。初回、先制点が欲しい1死三塁で空振り三振。初球の真ん中付近の変化球をミスショットしているところを見ると、やはり本調子ではない。このまま1点も奪えないと精神的につらいが、鈴木が何とか内野安打で1点を奪い、丸は救われた。

     その流れで見ていた3回の第2打席。相手の失策で得た無死二、三塁。ここも無得点に終われば流れが変わりかねない局面だが、丸は3ボール1ストライクからの外角変化球を見逃し。好調時は素直にバットを出して、左翼にもっていく。それでもフルカウントから左邪飛とはいえ、打点1がつく犠飛になったことは大きかった。

     短期決戦は1本出れば、大きく変わることがある。5回の3打席目は球速が落ち始めていたバンデンハークの148キロ直球を見事に右翼にはじき返し、らしい一打が出た。1、2打席目の流れは決して無関係ではないだろう。同じようにソフトバンクも柳田、松田宣に安打が出て、3戦目以降に本来の力を発揮する可能性は出てきた。


    引用元 https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/10/29/kiji/20181028s00001173420000c.html

     ◇SMBC日本シリーズ2018第2戦 広島5―1ソフトバンク(2018年10月28日 マツダ)

     初回、広島の攻撃で勝負のアヤを見た。先頭の田中が放った左翼への飛球に対して、デスパイネが前進してきたが捕球できず、左前への二塁打。これが先制点につながり、結果的に決勝点になった。

     実は試合前は左翼から右翼へ吹いていた風が、試合開始から逆になり、左翼方向へ吹いていた。マツダスタジアムでは珍しいことで、私も気になって何度か確認した。今季外野での出場がわずか4試合で、屋外球場にも不慣れなデスパイネは気がつかなかったかもしれない。丸や(鈴木)誠也は、風向きなどは何度も声を掛け合い、確認している。

     さらに深めに守っていたことで、押し戻された打球に対して追いつかなかった。元々、守備に不安のある選手は「頭の上を越えていく打球」に対して恐怖感がある。深く守ることはその一例。第2戦は、右翼グラシアル、左翼デスパイネという攻撃重視の布陣を組んだ。第1戦を見る限り、本来の右翼手・上林は大舞台の緊張から、自分の感覚で野球ができていなかっただろう。上林を外せば、チームのスピード感は落ちる。工藤監督は、それを踏まえた上でリスクを背負ってデスパイネを起用したのだから、これは仕方ない。

     広島は地元から始まったシリーズだけに、絶対に欲しい1勝だった。マツダスタジアムではシーズン中に貯金20をつくっており、広島にとっては他の球場とは雰囲気が格段に違う。カープに「風」が吹いていたわけだ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181029-00000067-spnannex-base

     ◇SMBC日本シリーズ2018第2戦 広島5―1ソフトバンク(2018年10月28日 マツダ)

     広島の左腕ジョンソンは、右打者よりも左打者をやや苦手としている。しかし、4回1死一、三塁のピンチで柳田を空振り三振に仕留めた内角低めのツーシームは完璧だった。スポニチ本紙評論家の野村謙二郎氏(52)は、シーズン終盤に左打者対策として練習していたと指摘。また、試合開始直後にマツダスタジアムの風向きが変わったことも、不慣れなデスパイネの守備に影響したと分析した。(構成・鶴崎 唯史)

     ジョンソンは今季でも3本の指に入る内容だった。直球の切れ味が良く、精神的にも安定していたように見えた。4回1死一、三塁で柳田を空振り三振に仕留めた場面は特に好投を象徴していた。

     実は、シーズン最後の2、3試合前に、ジョンソンはモデルチェンジしている。右打者の内角には目標物があって投げやすそうにしていたが、課題は右の外角、左打者の内角に対して制球がアバウトになるところ。その弱点となる右打者の外に対して、ツーシームを使い始めてからリズムが変わった。つまり左打者のインコースだ。

     柳田に対しては、ツーシームで初球に見逃し、2球目に空振りを奪い、早々と追い込んで4球目にまたもツーシームで空振り三振。パ・リーグ随一の打者に思い通りの投球ができた。元来、対左打者に対しての被打率(・265。右は・249)が高かったことも、ツーシーム多投の裏にはある。石原と話し合って決めたことだろうが、制球が格段に上がったことが好投の一因であるのは間違いない。

     4回は先頭打者に四球。さらに味方の失策もあり、ピンチが広がった。石原は盗塁阻止率も高くなく、ジョンソンもけん制が速くないので、走者に大きなリードを取られると、途端にセットポジションのバランスが崩れ、ストレスを感じるシーンは多々見てきた。しかも柳田を空振り三振に取り、リズムが出てきた時に、投手コーチがマウンドに行き、ジョンソンが「なんで出てきたんだ?」というポーズを取った。私もヒヤヒヤして見ていたが、それでも崩れなかったのは、ツーシームという新たな武器があったからといえる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181029-00000066-spnannex-base

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