広島カープブログ

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    メディア

     【球界ここだけの話】

     ソフトバンクから広島にトレードで加入した曽根海成(かいせい)内野手(23)が27日、広島市のマツダスタジアムで入団会見を行った。背番号「59」のユニホームに袖を通して決意を語った。

     「昨日、ユニホームを着て鏡を見てみると似合っているなと。1からではなくて0からのスタート。守備と走塁でアピールしていきたい」

     大阪市出身。2014年に京都国際高から育成ドラフト3位でソフトバンクに入団した。17年3月に支配下登録され、2試合に出場。同年7月のフレッシュオールスター(静岡・草薙球場)では二塁打を2本を放って、育成ドラフト出身の選手としては史上初のMVPを受賞した。

     今季1軍での出場はないものの、ウエスタン・リーグ39試合で打率・316、8打点とアピール。50メートル5秒9の俊足と遠投115メートルの強肩が武器で、守備力には定評がある。

     トレード決定後、ソフトバンク・工藤公康監督(55)とのあいさつでは「緊張するなよ。緊張するとパフォーマンスが落ちる。おじけずにがんばって」とエールをもらって、「田中さんや菊池さんに追いつけるようにやっていきたい」と闘志を燃やす。まずは2軍での争いを勝ち抜いて、1軍昇格を目指す。

     曽根に代わって、ソフトバンクへ移籍したのは美間優槻内野手(24)だ。右の長距離砲として昨季の日本一軍団に加入した。その練習熱心さはチーム随一で春季キャンプでは毎クール休日返上し、黙々と振り込みを敢行。2月の春季沖縄キャンプの休日には宿舎から球場までのタクシー代を“自腹”で払ってまで練習をするまさに“練習の鬼”だ。同期の鈴木について「打球の質が違う。メジャーリーガーみたい」と語り、1軍で一緒に活躍することを目指した。

     「カープでは優勝に貢献することができなかった。ソフトバンクでは優勝に貢献できるようにしたい」と美間。昨年のセ・パの優勝チーム同士のトレードで、2人の有望株が新天地で羽ばたこうとしている。(柏村翔)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180729-00000577-sanspo-base

     後半戦に入っても勢いに陰りは見られず、チーム史上初の3連覇に向けて突き進む広島。2位に6ゲームの差をつけて折返しを迎えると、今やその差は「10.5」まで拡大。いよいよマジックの点灯も秒読み段階に入っている。

     今年も圧倒的な強さを見せている一方で、順風満帆かと言われると実はそうでもない。野手陣では開幕前に精神的支柱の新井貴浩が故障で離脱。さらに開幕後も鈴木誠也や丸佳浩といった不動のレギュラーたちも故障で離脱を強いられた。

     加えて、昨季ブレイクした安部友裕は打撃不振で6月に二軍降格。在籍7年目になる大砲ブラッド・エルドレッドも結果が残せず、未だ一軍復帰を果たすことができていない。

     昨年の主力メンバーが故障や不振で離脱した中、ラインナップに彼らが揃わない状況でも現在の位置にいるのは“やりくり”の賜物だ。特に西川龍馬や野間峻祥といった若き力が躍動し、サビエル・バティスタやアレハンドロ・メヒアといった育成出身の外国人選手が奮闘を見せている。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180809-00162063-baseballk-base

    【赤坂英一 赤ペン】広島3連覇の可能性が高まる中、気になるのがベテラン「新井さん」の去就だ。昨季も優勝マジックが点灯したころ、来季も現役を続行するのかと本人に質問。「やれるし、実際にできてますから、辞める理由はないです」と言われてホッとした。

     さて、今年はいつその質問をしようか、さすがにまだ早いよな、と思案していたら、チーム関係者にこう耳打ちされた。

    「選手もコーチも、新井さんには来年も現役を続けてほしいと望んでいます。スタメンは1週間に一度ぐらいでも、シーズンを通して右の代打の切り札になる。いや、ベンチにいるだけで敵にプレッシャーを与えられる。それぐらい存在感があるんですから」

     その新井の存在感を誰よりも恐れているのが、実は阪神の金本監督だという。今季の広島は阪神に10勝4敗と大きく勝ち越しているが、その原因のひとつは「金本監督の新井に対する意識過剰にある」のだそうだ。

     試合終盤、広島のチャンスで左の松山に打順が回ると、大抵の相手は左のワンポイントリリーフを出してくる。が、金本監督は同じケースでも右投手を引っ張り、松山に痛打されることが少なくない。

     どうしてなのか。広島の選手や首脳陣が首をかしげていると、広島が阪神に勝った翌日、その疑問を氷解させる金本監督のコメントが新聞に掲載された。なぜ松山に左のリリーフ・岩崎をぶつけないのかと記者に質問され「そしたらすぐ新井が代打で出てくるやないか」と答えていたのだ。

     金本監督と新井との絆の強さは、ともに広島の先輩後輩だった選手時代から有名な話。金本監督が阪神へFA移籍したあと、新井もFA権を取得すると、すぐ阪神へ移ったほど。現在も仲の良さは変わらないが「それだけに余計、金本としては新井に活躍されたくないんじゃろう」と、ある広島OBはこう解説してくれた。

    「広島に復帰した新井に目の前で打たれると、金本は悔しくて腹立たしくてならんらしいんよ。普段は仲がいい者同士ほど、試合になると絶対に負けたくないと思うもんじゃろう。それに加えて、金本は新井に何か複雑な感情があるんじゃないかな」

     とはいえ、金本監督も、内心では新井の来季現役続行を願っているはずだ(と思いたい)。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180808-00000007-tospoweb-base

     「第100回全国高校野球選手権・1回戦、木更津総合10-1敦賀気比」(10日、甲子園球場)


     兄を超えることはできなかった。敦賀気比(福井)の西川剣之介外野手(3年)は聖地で無安打。チームも1-10で木更津総合に敗れ、初戦を突破できなかった。「勝ちたかった。打席では力が入ってしまった」と言葉を絞り出した。

     OBで広島で活躍する兄の龍馬は、3年春に出場したセンバツで安打を放つことができなかった。大会前には「そんなに甘くないからなって言われました」。その言葉に奮起して打席に立ったが、五回2死一、三塁で左飛に倒れるなど、兄と同じ3打数無安打に終わった。

     龍馬は卒業後、社会人王子製紙に進みプロの世界に飛び込んだ。剣之介は大学に進学する予定だ。「悔しさの方が大きい」。雪辱を新たな力に変えて、社会人野球でのプレーを目標に歩み出す。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180811-00000018-dal-base

     1966年(昭41)、大阪大会の準決勝で快速左腕・江夏豊を擁する大院大高は公立校・桜塚に0-1で惜敗した。決勝点は3回に出た内野手の3失策によるものだった。もう1歩のところまでに迫った甲子園にわずかに届かなかった。自身が打ち込まれたわけでもない。しかし江夏は今はもちろん、その頃も不満を示すことはなかったという。


     江夏 ウチも桜塚の奥田(敏輝)を打てなかった。1回裏1死一、三塁。ここで4番打者のオレが二ゴロ併殺に倒れた。チャンスらしいチャンスはここだけだったな。それに野球にエラーはつきものだしな。そういう考えは、もう頭に染み込んでいた。だからプロ野球の世界に入った後も野手のエラーにそんなに怒った記憶はないんや。

     大院大高3年になったころ江夏の名前は高校球界にとどろいていた。「学院に江夏あり」。そう言われた。向かうところ敵なしの状況に慢心も生まれていった。味方が失策すると滑り止めのロジンバッグをマウンドにたたきつけ、けっ飛ばしたりもしたという。

     江夏 3年になったころかな。試合中にエラーが出て、そういう感じになっていたら塩釜監督が飛んできて、はり倒された。そして試合の後に懇々と諭されたわ。野球にエラーはつきもの。それにロジンは自分の味方なんやぞ。グラブとロジンは投手にとって最後の味方なんや、ということだったな。そのことをしっかり染み込まされた。だからオレは野手のエラーに怒ったことはないと思うよ。

     多くの人たちの力があっての野球人生だと、江夏は振り返る。慕った大院大高監督の塩釜強も、その1人だ。塩釜は野球の技術論はほとんど教えなかったが、野球に対する考え方をしつこく指導した。失策に不満顔を示した江夏を叱責(しっせき)し、指導したのも塩釜だった。

     江夏 このトシになるまでオレは好き放題に生きてきたよ。バカな失敗もやらかしたしな。でも本当にいい人たちに恵まれたと思う。人との出会いがよかったんだな。

     夢を砕かれ、のちに阪神で同僚になった奥田、高校の練習試合で打ちのめされた兵庫・育英の同じ左腕だった鈴木啓示もライバル視した。プロに入ってからは同じ背番号「28」を背負っていた衣笠祥雄も意識していた。

     江夏 鈴木には高校時代、てんぐの鼻を折られたからな。サチ(衣笠)は高校時代から知ってたよ。「平安の衣笠」は有名だ。あとになって広島でいっしょに戦ったんだけどな。そんな連中と、のちになって親友といえる存在になるんだからな。

     そんな人々とのめぐり合いも野球をやっていればこそだ。その原点は江夏本人も強調するように高校野球にあった。大院大高での3年間は江夏豊という男の基礎をつくった。そして失策で甲子園を逃した桜塚との試合も忘れることはない思い出だ。

     江夏 高校野球、プロ野球、それにメジャーリーグとそれぞれ技術の次元は違うだろう。でもな、1つのボールを追いかける思い、情熱はみんな同じなんだ。だから高校野球はいいんだ。

     今年も夏の大会がやってくる。江夏は自宅のテレビの前で、痛む膝をかばい、少しだけ申し訳ない気持ちになりながら球児たちの行進を見守る。(敬称略=おわり)【高原寿夫】


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180727-00278365-nksports-base.view-000

     「第100回全国高校野球選手権大会・2回戦、二松学舎大付5-2広陵」(12日、甲子園球場)

     昨夏、準優勝の広陵(広島)が、初戦で甲子園を去ることになった。2-2の同点で迎えた七回、エースの森悠祐(3年)が、3安打に3犠打を絡めたスモールベースボールを展開した二松学舎大付(東東京)に3点を勝ち越された。

     打線は初回に1死一塁から三振併殺、二回は無死二塁からバント失敗併殺、三回は2死満塁も無得点と序盤三回までにつくった好機を逃すなど、相手を2本上回る10安打を放ちながらも、2点しか奪えなかった。

     中井監督も「あっと言う間に終わってしまった。力を出し切らせてあげられなかったのは監督の責」と初戦敗退の責任を背負い、「130人の大所帯で、控えの3年生が裏方としてチームを支えてくれた。みんなで勝って校歌を歌いたかった」と肩を落とした。

     さらに「(広島では西日本豪雨の)ニュースを数多くやっている。野球ができることに感謝の気持ち。みなさんに元気を与えられるプレーをしたいと思っていました」と話した。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180812-00000054-dal-base

     NPBの斉藤惇コミッショナーは10日、前日9日の広島―中日戦(マツダ)で、ボールカウントを間違えて四球の宣告をしなかった津川力球審(45)と塁審の森健次郎(54)、嶋田哲也(51)、名幸一明(49)、控えの橋本信治(45)の各審判員に対して「厳重注意」の制裁を科した。

     当該のプレーは、3回の広島の攻撃で打者・鈴木がフルカウントからボールを選びながら四球を宣告されず、プレーが続行されて二ゴロに倒れたもの。野球規則により、記録は二ゴロのまま変更されない。

     また、NPBでは6月22日のオリックス―ソフトバンク戦(ほっと神戸)で、本塁打判定を巡って審判団が試合後に“誤審”を認めるなど、審判を巡るトラブルが相次いだことから、13日に全審判員を都内に集めて注意喚起を行う。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180811-00000022-sph-base

    <広島3-2中日>◇9日◇マツダスタジアム

     広島が延長11回に菊池のサヨナラ打で5連勝とした。2回に2点を先制されるも、4回までに追い付き、その後は投手陣が踏ん張った。阪神が勝利したためマジック点灯はお預けとなったが、今季5度目のサヨナラ勝利で貯金を21まで増やした。緒方孝市監督(49)の談話は以下の通り。



     -最後はサヨナラ

     緒方監督 キクがよく難しい球を打ってくれたね。

     -中継ぎもしっかり抑えた

     緒方監督 ピンチとチャンスが交互に来る中で、11回表は厳しい場面だったけど、そこを抑えてくれたしね。

     -投手陣が踏ん張った

     緒方監督 今日は岡田が久しぶりにいい投球をしてくれたので、行けるところまで。もう少し投げさせても良いかなと思ったけど、もう十分。次回も期待の持てる投球だった。こうやって勝ちきるというのは、ここに来てチームの底力というのが出ている結果だと思う。

     -3回、鈴木の打席はカウント4-2からの二ゴロだった。

     緒方監督 やっぱり四球だった。ベンチの大きな責任です。すみません。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180809-00294753-nksports-base

     甲子園に出場しなくても「伝説」は生まれる。阪神のエースから優勝請負人と呼ばれ、球界の伝説(レジェンド)とも言うべき存在である江夏豊(70)は高校時代、あこがれの甲子園大会への出場はかなわなかった。大阪府大会6試合で計81三振を奪った「あの年」を江夏が振り返る。


       ◇    ◇    ◇   

     毎年8月の甲子園大会、その開会式を江夏は自宅テレビの前で正座をして見守るという。阪神のエースから日本ハム、広島で不敵な面構えからの投球術で相手打者を翻弄(ほんろう)した江夏が、だ。

     江夏 70にもなってな。恥ずかしいんだけど。最近は膝が痛いので正座はなかなかできないんだ。それでも背筋を伸ばして真剣な気持ちで見ているのは本当だよ。そりゃあ、そうだろ。甲子園はあこがれだったし、夢だったし。出ることが最終目標だったよ。あれが、やっぱりオレの原点なんだな。

     プロ野球選手として、江夏はいくつも伝説をつくった。阪神のエースから南海、「江夏の21球」を生んだ広島、そして日本ハム時代。さらに西武を最後に日本球界を去った後、85年には当時では考えられなかったブルワーズの春季キャンプに参加してのメジャー挑戦で世間を驚かせた。そんな男が高校野球になると少年のように目を輝かせる。

     高校は当時、有名ではなかった大院大高。その頃の話になると、江夏は「オレたちは『私学6強』と言ってたな」と述懐する。PL学園、明星、興国、大鉄(現阪南大高)、北陽(現関大北陽)、そして浪商(現大体大浪商)…。大阪で甲子園に出るのはこの学校のうちのどこかに決まっていた、と強調する。

     そんな有名どころには行かず「のんびり野球をやっていそうや」という理由で選んだのが大院大高だった。甲子園にもっとも近くまで迫ったのは1966年(昭41)3年夏の大会。江夏の活躍で準決勝まで進んだ大院大高を始め、北陽、大鉄、そして公立の桜塚が残っていた。大阪・豊中市にある桜塚は、下手投げのエース奥田敏輝を中心に勝ち上がってきていた。

     江夏 どこと当たるんかなと思ってたな。抽選で桜塚に決まったとき、みんな、いや~な気分になったもんだ。PL、北陽、大鉄なら練習試合もしていたし、どんなチームか知っていたから。自信もあった。でも桜塚か。元々は女学校だったらしいぞ。勉強はできるらしい。いろいろな話をした。勉強では負けるけど野球では負けんぞ。そう思っていたけど、みんな、いやな感じは受けていた。奥田はそこまでオール完封。相手が桜塚に決まったとき、みんな、下を向いてたわ。

     江夏は66年のドラフトで阪神入りしたが、この奥田もその年にドラフトで指名されて阪神入り。同期生になっている。プロでの成績は大きく差がついたが2人は親友と呼べる仲になった。故人となった奥田の話をするとき、江夏は柔和な顔になる。だが、このときは甲子園を目指しての真剣勝負だった。

     大阪・日生球場。その3回だ。大院大高は遊撃の失策で走者を出してしまう。江夏は一塁にけん制球を投げ、走者を誘い出すことに成功したが一塁手が二塁に悪送球。次打者は送りバント。三塁手がさばき、三塁カバーに入った江夏に送球したが、これも悪送球になった。これで走者は生還。決勝点になり、0-1で江夏の夢は散った…。(敬称略=つづく)【高原寿夫】

     ◆大阪の夏甲子園 通算166勝87敗。優勝12回、準V5回。最多出場=PL学園17回。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180726-00277573-nksports-base

    「カープは去年も一昨年も良い中継ぎがいっぱいいたんですけど、左ピッチャーが手薄でしたよね。4番・筒香の場面で起用できるというのは、緒方監督としては貴重な左腕ですよね」

     5日に放送された『ニッポン放送ショウアップナイター DeNA-広島戦』で解説を務めた真中満氏は、同日に行われたDeNA戦の1点リードの7回一死一塁、打者・筒香を迎えた場面でこのように語った。

     フランスアは150キロを超える真っ直ぐと、スライダーで筒香を追い込み、最後は155キロのストレートで空振り三振に斬って取った。続く8回も無失点に抑え、真中氏は「三嶋のピッチングで完全にDeNAに流れがいくかというところですけど、全く隙を見せないそんな投球ですね」と絶賛した。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180807-00161768-baseballk-base

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