広島カープブログ

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    野手

     ◇セ・リーグ 広島0―4巨人(2018年10月4日 マツダ)

     今季限りで現役を退く広島・天谷宗一郎外野手(34)が4日に出場選手登録され、巨人戦(マツダ)に「1番・中堅」で先発出場した。試合後の引退セレモニーでは涙ぐみ、9回宙に舞って17年間の現役生活に別れを告げた。試合は0―4で今季7度目の零敗を喫した。

     試合後の引退セレモニー。大歓声を浴びながら別れの言葉を紡ぐ34歳は、込み上げる涙を抑えられなかった。「広島に来て本当に良かった。家族のようなチームの一員になれて誇りに思う」。小窪から花束が贈られ、最後はチームメートの手で9度宙に舞った。

     「1番・中堅」で先発出場。初回の先頭・坂本勇の飛球を無難にさばき、その裏の先頭打者では菅野のカットボールに捕ゴロに倒れた。「ナンバーワン投手と真剣勝負できて、ありがたかった。捕ゴロもボクらしい」。2回の守備から退いた。

     必死に駆け抜けた17年間だった。攻守走そろうバイプレーヤー。「今やれと言われて、できるかどうか。当時の自分に“やってくれてありがとう”と言いたい」。10年8月22日のDeNA戦、右中間フェンスによじ登って本塁打性の打球を好捕したスーパーキャッチが記憶に鮮烈だ。

     代名詞とも言える驚異的なプレー。一方では、前のめりになって失敗も。それもまた天谷らしい態様。前ソフトバンクの川崎宗則氏から「アマハチ」という言葉を贈られた。天谷は8割ぐらいがちょうどいい、余裕を持て…という意味。以来ずっと心に刻んでいた。

     気持ちを前面に出すプレースタイルに心酔し、神と仰ぐ“師”は今春、病気のため現役を引退。くしくも同じ年に同じ道を歩むことになった。今回の決断に川崎氏からは「よく頑張ったな」とねぎらいのメールが届いた。

     「戦力になりたいと思って過ごしてきたけど、今年は1度も1軍に上がれず潮時と思った。野球小僧が大人になった様な、しょうもない選手だったけど、毎日が充実していた。感謝しています」

     緒方監督は「現役時代に一緒にプレーしてきた。自分の世界に入った時の爆発力が印象に残る」と称えた。記録よりも記憶に残る背番号「49」。不遇の時代を支えた選手がまた1人、惜しまれながらユニホームを脱いだ。(江尾 卓也)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181005-00000022-spnannex-base

     広島が17日からのCSファイナルSへ向け、マツダスタジアムで調整していくことが5日、分かった。主力選手は8日に開幕する「みやざきフェニックス・リーグ」には参加しない方針。7日にペナントレースが終われば短期決戦まで9日しかない。期間の短さや移動時間などを考慮して派遣見送りを決めた。

     CS突破へ向け、マツダスタジアムでじっくりと調整する。昨年に続いて「みやざきフェニックス・リーグ」に主力の派遣予定はなし。緒方監督は参加見送りについて「移動とかを考えたらメリットはない」と説明した。

     順調なら7日のDeNA戦(マツダ)でレギュラーシーズンが終了。17日開幕のCSファイナルSまで9日間しかない。フェニックスLが行われる宮崎・天福球場まで半日がかりで移動しなければならず、往復で実質2日間は練習ができないことになる。

     さらに雨などで試合が中止になった場合は練習環境が限られる。一方で本拠地ならば制限はかからない。気になる試合勘の維持は「実戦形式の練習をやる」と指揮官。基本的に練習ごとにシート打撃を行う予定で、感覚を保たせる構えだ。

     日本一への夢が絶たれた昨年は、シーズン終了からCSファイナルSまで16日間も時間が空いた。今年は9日間と短い。“ぶっつけ本番”で挑む短期決戦へ、万全の準備を整えていく。

     開幕前から34年ぶりの日本一を目標に掲げてきた。過去2年はセ界の王者となりながら、手が届かなかった。リーグ3連覇を成し遂げ、黄金期を迎えているチームは広島で牙を研ぎ澄ましていく。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181006-00000028-dal-base

     広島・天谷宗一郎外野手(34)が4日、広島市のマツダスタジアムで会見を開き、今季限りでの現役引退を改めて表明した。

     引退を決断した理由を「チームの戦力になりたいと思って春のキャンプから過ごしていた。丸、野間がけがをしたときに1軍に上がれることができなかったので引退を決めた」と説明した。

     2002年に福井商高からドラフト9巡目で広島に入団。“北陸のイチロー”と称される巧打と俊足を武器に3年目の04年8月20日の巨人戦(広島市民球場)で1軍デビュー。08年には主に中堅手として135試合に出場した。近年は代走、守備固めとしてチームを支えていたが、今季は1軍出場ゼロだった。プロ17年で通算843試合に出場し、打率・255、27本塁打、159打点、81盗塁だった。

     この日の巨人戦(マツダ)で1軍に昇格して“引退試合”として出場する見込み。試合後には引退セレモニーが予定されている。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181004-00000534-sanspo-base

     広島は3日、今季限りでの引退を表明した天谷宗一郎外野手(34)の引退セレモニーを、あす4日の巨人戦(マツダスタジアム)の試合終了後に行うことを発表した。現役を振り返る映像を場内スクリーンで流し、小窪から花束が贈呈される。

     雨天などで試合中止の場合は、予備日のあさって5日同戦で実施される予定だ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181003-00000148-spnannex-base

     「ウエスタン、広島-ソフトバンク」(28日、由宇球場)

     広島2軍が今季最終戦に臨んだ。前日27日に今季限りでの現役引退を発表した天谷宗一郎外野手は「6番・中堅」でスタメン出場。フル出場し4打数無安打だった。


     試合終了後、一塁側ベンチでのミーティングが終わると、チームメートに促されマウンド付近へ。ナインの手で胴上げされ、記念撮影も行われた。

     10月4日にマツダスタジアムで引退会見に臨む。その後、出場選手登録され同日の巨人戦に出場する見込みだ。「僕らしく全力プレーをしたい」と闘志を燃やした。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180928-00000100-dal-base

    広島は27日、天谷宗一郎外野手(34)の現役引退を発表した。

    天谷は01年ドラフト9巡目で福井商から入団した。俊足強打の外野手として期待され、08年には135試合に出場。10年8月22日横浜戦では、ホームラン性の打球をフェンスによじ登って好捕するビッグプレーで沸かせた。ただ、丸や鈴木ら若手の台頭により、ここ数年は出場数が激減。今季はここまで1軍出場がない。10月4日に引退会見を行う。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180927-00344072-nksports-base

     白熱した試合が続いた「第100回全国高校野球選手権大会」が、21日に幕を閉じる。広陵出身の広島・上本崇司内野手(27)は2年の春と夏(07年)、3年夏(08年)に甲子園に出場。現在守備と走塁のスペシャリストとしてチームに貢献するプロ6年目が、平成最後の夏に強豪で過ごした3年間を振り返った。


     喜び、感動、さまざまな思いを胸に聖地に足を踏み入れた。グラウンドから見渡す景色、雰囲気、声援-。全てが最大限のパフォーマンスを引き出してくれた。

     「高校球児にとっての一番の場所。感動しましたよ。うわ~すげ~、と。注目を浴びるので、すごいモチべーションが上がる。力以上のものが発揮されるというのは本当にあると思います」

     最も心に残っているのは2年の夏。現在もチームメートである野村、土生、巨人・小林らが1学年上におり、準優勝した89回大会だ。上本は全試合に「2番・遊撃」で先発出場。決勝では佐賀北に4点リードから逆転負けを喫したが、佐賀北戦よりも1回戦の駒大苫小牧戦の方が強く印象に残っているという。

     相手は前年まで3年連続決勝に進んでおり、優勝候補の一角にも挙げられていた。緊迫した展開となり、2-3で九回の攻撃に入った。先頭だった上本は中前打で出塁し、後続の適時打で同点のホームを踏んだ。その後、内野安打と敵失が絡んで勝ち越し。見事な逆転勝利を収めた。

     「土壇場でした。みんなでつないで。あれが一番激しかった。大きな勝利でした」。チーム一丸となって強敵を倒したことで勢いに乗り、決勝まで勝ち進んだ。

     3年夏の大会でも2回戦の横浜戦で先頭打者アーチを放つなど活躍。チームは3回戦に進めなかったが、上本は「1番・遊撃」として計9打数6安打4打点をマークし、非凡な才能を見せつけた。

     広陵での3年間は「私生活、人間力」も学んだという。「当たり前のことですけど、あいさつ、返事、勉強」。中井哲之監督から口酸っぱく言われたことは、現在も生きている。また、中井監督と両親からは「大学は絶対卒業しなさい。野球人生は短いから」と助言されたことも記憶に残っている。その後、明大を経てカープの一員に。現在は守備固めや代走での出場が中心だが、8日の中日戦(マツダ)では1年目の13年以来5年ぶりに先発し、三塁守備で勝利に貢献していた。

     汗と泥にまみれ続けた広陵時代。「甲子園での緊張はなかったですけど、先輩が怖かったのでその圧はすごかった。3年間はいい思い出です」。鯉の背番号0は爽やかな笑顔で振り返った。(デイリースポーツ・田中 哲)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180821-00000080-spnannex-base

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