広島カープブログ

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    カープOB

     野球で泣いたのは、プロ入り後、初めてのことだった。広島・江草が15年間の現役生活に終止符を打った9月27日のウエスタン・リーグ、阪神戦。同じく引退試合に臨んでいたかつての盟友・狩野と1打席限定で真剣勝負をした。渾身(こんしん)の134キロ直球を投げ込み、結果は左翼線二塁打。慣れ親しんだ甲子園のマウンドを降りると、涙が自然と頬を伝った。


     「プロは負けても終わりじゃない。負けても打たれても、また次の日がある。でも、あの日は本当に最後だったので」

     引退しようと思ったのは今年が初めてではない。8試合の登板に終わった昨季もシーズン途中から何度となく頭をよぎった。「体がしんどかったというのが一番。痛いところが増えてきた。出番も減って成績も伴わなかった」。思いとどまったのは連覇を目指すチームの戦力になりたかったからだ。05年に阪神でリーグ制覇した時は中継ぎの一角として貢献。桟原、橋本、江草の頭文字を取り「SHE」として投手陣を支えた。あの喜びを再び味わいたい。球団から契約更新の意向を受け、現役続行を決断した。

     「強いチームでもう一回、優勝の輪に入りたい。契約をしてくれるなら、もう1年やってみようと思った」

     思い通りにはならなかった。今季中盤に調子を上げた時期もあったが、長く続かない。「いつもなら、その感覚の後もう一段階上がる。でも、その状態になる前に打たれだしてしまった。それで限界なんだな…と」。8月。自らと向き合い、けじめをつけた。若手の台頭も決断を後押しした。ブルペンで同じ左投手と並んで投げると、球質や球威が劣っていることを感じるようになった。中でも1年目・高橋昂の投球には圧倒された。

     「何か全然違う。ショックというか、消えていくしかないな…という感覚だった」

     折しもチームは連覇を目指して一直線の時期。広島県福山市生まれで生粋のカープ男子は、偉業に水を差したくはなかった。阪神に勝ち、優勝を決めたのは9月18日。その2日後に会見を開いた。人懐こい心優しき左腕らしい気遣いだった。

     今後は広島市内でリハビリ型デイサービス事業所を経営する。来年にはロンドン五輪バレーボール女子で銅メダルを獲得した佳江夫人との間に第2子が誕生予定。15年間、ブルペンを支え続けたように家族を支えていく。(柳澤 元紀)

     ◆江草 仁貴(えぐさ・ひろたか)1980年(昭55)9月3日、広島県福山市生まれの37歳。盈進、専大を経て、02年ドラフト自由枠で阪神入団。シーズン50試合以上登板を4度こなした。11年5月にトレードで西武移籍。12年3月に再びトレードで移籍した広島では6年間で通算52試合に登板した。1メートル78、83キロ。左投げ左打ち。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171212-00000083-spnannex-base&pos=5

    【赤坂英一 赤ペン!!】少々気の早い話だが、来年のカープは“正妻”争いが面白そうだ。今季は会沢が初の100試合以上(106)に出場、初のベストナインを獲得したが、来季も安泰かとなるとそうはいかない。あるチーム関係者はシーズン中から言っていた。

    「正直なところ、会沢はまだ首脳陣から盤石の信頼を得るには至っていない。ベテランの石原が常時スタメンで出場することが難しく、打撃で会沢が上だから出場機会が増えた面もある。来年、若い捕手が伸びてくれば、緒方監督は積極的に起用するはず。会沢にとっては、来年が本当の勝負どころでしょう」

     そんな若手の筆頭が、来季2年目でまだ19歳の坂倉だ。9月23日に一軍デビューすると、9月30日のDeNA戦で初安打初打点を記録し、二軍でもリーグ2位の打率2割9分8厘をマーク。巨人とのファーム日本選手権でも3ランを放って、見事MVPを受賞した。

     そこへ、今年のドラ1、甲子園1大会6本塁打の新記録をつくった中村が絡む。新人とはいえ、持ち前の爆発力に加え、全国区の人気者。こと打撃での期待度では、日本ハム・清宮にも引けを取らない。打撃の調子次第で、坂倉と同様1年目で一軍に抜てきされる可能性もある。

     ただし、そこから一軍に定着できるかどうかとなると、やはり捕手として信頼を勝ち取れるか否かにかかってくる。そこで思い出されるのが、元広島の名捕手で、監督も務めていた達川・現ソフトバンクヘッドコーチだ。1977年に広島入りしたころは、正捕手だった水沼に指導を請うてもいつもけんもほろろ。それならと、ひそかに1人で巨人のキャンプを偵察、リードに生かして投手陣の信頼を得ようと腐心した。正捕手になってから、後輩の山中(現東京国際大監督)、植田(現広島バッテリーコーチ)らに追い上げられると、逆に年下の彼らから長所を盗もうとしたという。

    「特に、山中と植田には、ストレッチの大切さを教わった。最初は彼らがやっとることをバカにしとったが、そのうちに腰を痛めてしもうて、わしもやらざるを得んようになったんよ。これでワンバウンドの捕球もうまくなったんじゃ」

     かくて、達川コーチは若手の猛追をかわし、正捕手として生き残った。カープの若き捕手たちも参考にしてほしい。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171206-00000003-tospoweb-base

     広島から戦力外通告を受けた育成選手の松浦耕大捕手(24)が、プロのユニホームに別れを告げ、第二の人生を歩むことを決意した。「MSH医療専門学校に復学して、柔道整復師の資格を取ろうと思います。ケガに悩む人を助けられるようになりたい」。来年4月から“母校”の専門学校へ通い、資格取得を目指す。

     福岡の八幡南から広島にある社会人野球に所属するMSH医療専門学校に進学。元カープのコーチでもあった片岡新之介監督の下で3年間技術を磨き、晴れて2014年度育成ドラフト1位で広島に入団。同校出身では初のプロとしてカープのユニホームに袖を通した。「マツダスタジアムで新入団発表したときは感動しました」と思い出を振り返った。

     捕球技術は抜群で、捕手出身の片岡監督が「捕るだけならすぐにプロで通用する」と太鼓判を押したほど。プロになるという夢はかなったが、3年間の努力も結果を残すことはできなかった。支配下登録にならないまま育成契約が切れる今オフ、戦力外通告を受けた。

     打撃はもちろんスローイングなどプロの壁は厚かった。プロ入り2年目の16年には実戦経験を積むために四国アイランドリーグplusの愛媛に派遣されるなど成長を期待されていた。しかし、今季はウエスタン・リーグで9試合の出場で6打数無安打。通算でも14試合で9打数無安打に終わった。「何とか1軍に上がってと思っていたんですけど、プロに入ってレベルの高さを痛感しました。いろんな経験をさせてもらった」と3年間を振り返った。

     MSH医療専門学校では、過去にカープOBで阪神、西武にも在籍した石橋尚登氏(00年度広島ドラフト6位)が、プロ生活を終えてから入学。柔道整復師の資格を取り、整骨院を開業している。

     同期のドラフト2位入団の薮田は15勝を挙げ大ブレーク。その一方で、松浦と同じ捕手の同7位の多田は戦力外通告を受けた。結果が伴わなければクビになる厳しいプロの世界だ。

     その3年間で学んだことはたくさんある。「栄養についてやウエートトレーニングでどう鍛えていけばいいのかを勉強することができた。そういったことはこれからのことに生かしていける」。支えられた側から支える側へ。新たな目標に向けて進んでいく。(デイリースポーツ・井上慎也)

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171202-00000058-dal-base

    <ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>

     広島のオスカル、飯田の両左腕が、サイドスローに転向。ワンポイントを目指している。ふと気になり、広島最後の「左殺し」に話を聞いた。現在は広報の河内貴哉氏(35)だ。08年に左肩関節唇と腱板(けんばん)部の再建手術を受けた。大けがから奇跡的に復活。13年には左キラーとして34試合に登板した。


     軽い気持ちで聞きに行ったが「僕は野球選手じゃなかったから」と衝撃的な言葉が返ってきた。今も左肩は上がらず、拳をつくっても小指と薬指は完全には曲がらない。痛みが少なく、投げられる場所。それが横手だった。「そうするしかなかった。1球でも1軍で投げたかったから」。優しい顔で肩をさする。

     とにかく生き残ろうと必死だった。「1人じゃなかったから」。育成選手時代に結婚。コーチ、トレーナー、スタッフにも支えられた。理想追求をやめ、左打者が嫌がることをやり続けた。目線を合わせながら投げたり、直球でも縫い目に掛けずに投げた。先の2人とは経緯も違えば助言する立場でもない。ただ最後は「僕が右腕だったらとっくにクビ。チャンスは広がると思うから頑張ってほしいですね」と心底からのエールを送った。【広島担当=池本泰尚】
    引用元 https://www.nikkansports.com/baseball/column/bankisha/news/201711130000538.html

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