広島カープブログ

広島カープのまとめブログです!試合速報、日程、選手、グッズ情報など広島カープに関連する情報を配信していきます!

    カープOB

     前阪神監督の金本知憲氏が7日、TBS系「サンデーモーニング」に出演した。

     張本勲氏(79)とともに「週刊 御意見番」に助っ人として登場。司会の関口宏が、金本氏が久々の出演と紹介した後に、「どうなんですか?監督辞めて気は楽になりました?」と直球質問。金本氏は笑いながら「まっ、気は楽ですね」とぶっちゃけた。

     悩みはある?と聞かれると「今はないですね」と話していた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190707-00000035-dal-base

     広島弁の軽快なトークでおなじみの野球解説者、達川光男さん(63)。昨季までの2年間、ソフトバンクのヘッドコーチを務め、日本一を置き土産に退任した後、子どもたちに「捕手」の技術を伝授しようと、日本全国を駆け回っている。【聞き手・中村有花】



     ――2015年に中日を退任した後、学生の指導ができる資格回復を申請した。研修会を受け、16年2月に資格が認定された。プロに戻ると、再申請する必要があり、ソフトバンクを辞めた後にすぐ手続きを取った。

     ◆何人かから「(資格が)あった方がいいよ」とアドバイスを受けた。持っていないと活動が制限される。もっと言うと、自分の息子が高校生、大学生の場合、野球を教えることができない。「プロに入るから、プロの練習を教えてほしい」というケースでも教えられない。(資格を回復して)自宅近くの高校や母校(広島商高)でお手伝いができればいいかなと。今は呉市立、広島新庄、広陵などの各高校で教えている。先日も午前10時ごろから午後3時半ごろまで広島商で教えていたよ。

     ――資格回復研修会は3日間、朝から夕方まで講義がある。

     ◆まじめなじゃろ。びっくりするじゃろ。指導者の資格は、運転免許みたいなもの。免許がないと車に乗れないのと一緒。野球しとるもんが、なんで野球を教えたらいけんのじゃ、って思うだろうけれど、そういうとらえ方をしてもらえたら、一般の人はわかりやすいと思うんじゃけど。

     ――なぜ、捕手の指導をしようと考えた?

     ◆母校は甲子園にしばらく出ていない。ただ、甲子園に出るとかじゃなくって、一番大きな理由は、捕手を教えられる指導者の絶対数が少ない。広島県内でも捕手出身の指導者って数名しかいない。

     ――達川さんが教えに行くと、高校生らは驚くでしょう。

     ◆最初はそういう感じだけど、広島商高では、今は「普通のおじさん」いう感じ。面白いことがあったんじゃけど、生徒が「チェンジアップとフォークの投げ方を教えてくれ」と言うわけよ。「ちょっと待ってくれえ」と。ワシ、受けたことはあるけど、投げたことはない。「聞いてくる」と言うて、OBでフォークのいい投手に教えてもらってきたんよ。資格回復していないから直接指導できないし、動画もだめだから、ワシが教わって、実践して「なるほど、こんな感じなんかな」と。直球は指先で投げるけど、フォークは指の腹で投げる感じ。それを伝授したんよ。ワシは全然、知らんかった。大発見じゃった。

     ――その高校生はなぜ、捕手の達川さんに変化球の投げ方を聞いたのか。

     ◆たまたま投手に「こういう球があったら、打者は抑えやすい」という捕手目線からの話をした。それで「落ちる球があったらやっぱりいいぞ。持っているか?」と聞いたら、「持っていない」と答えた。そして、逆に「どうやって投げるんですか?」と質問された。ワシの盲点というか、何というか……。

     ――いつから捕手をやるようになった?

     ◆高校1年の秋、ちょっと捕手に挑戦させてもらって、1年もたたないうちにクビになった。その後、3年春のセンバツに合わせて捕手に戻った。センバツのベンチ入りメンバーは当時14人。捕手じゃなかったらメンバーから外されるところじゃった。今は18人? ええなあ。

     ――高校時代、捕手で「こういう指導をしてもらったらよかった」という点があるか?

     ◆ワンバウンドの捕り方なんて知らなかったもん。必死に我流で止めるだけよ。後ろに行かさんことだけ考えとった。今のように両膝をついて(落ちる球を)捕るとかいう基本動作は全然、知らない。大学(東洋大)でも知らなかった。プロに入って、初めて教えてもらったわけだから。

     高校時代、うちのエースは左腕だったから、一番捕球が難しいのは(右打者の内角低めに)落ちるボールなんよ。球を捕る時、手首を返してミットを下に向けないといけない。左投手のスライダー、カーブを捕る方法と、両膝のつき方を教えてもらっていたら随分、近道になっていた。非合理的な練習をしていたから、ちょっと時間がかかった。でも、結局はそれが違うトレーニングになったかもしれないけど。

     ◇「動画、こんな便利なものはない」

     ――指導している中で達川さんの時代とは「変わったな」と感じることは?

     ◆ワシらの時には指導者に対しては「ハイ」しかなかった。「投げるとき、肘が下がっとるぞー」と言われたら、「ハイ」言うて。今の子は「肘が下がっとるぞ」と言ったら、「いやー、上げてますよ、大丈夫ですよ」と言う。だから、今は動画を見せる。見せると、「ホントですね、下がってますね」と納得する。ビデオは文明を進化させたと思うよ。

     ――映像を使った指導をいつから始めたのか。

     ◆03年の阪神のバッテリーコーチのころから、そういう指導がいるんじゃろうなと思っていたけど、その後、少年野球や野球教室で指導した時に、やっぱりそうじゃなと思った。(見学していた)お母さんに動画を撮ってもらって子どもに見せたら、納得する。これが一番いいんだなと思って、14年に中日に行った時、それが確信に変わった。ワシも選手時代から、スコアラーが撮ってくれていたんよ。VHSのテープでくれていた。でも、ビデオが1台しかなかったから、全員のプレーを撮ることができなかったから。今の子のハートをつかむためにはそういうのも大事よのう。「(スマートフォンで)テレビゲームばっかりせずに、違うことに生かしてみいと。動画、撮っちゃるけえ、自分の動画を見い、と。何回も何回も見とけえ」と。使い方さえ、間違えんかったら、こんな便利なものはない。

     ――1月の指導者向けの講習会では、軽快なトークとともに正確なキャッチングを披露して会場を沸かせた。

     ◆03年のころ、ワシも40代だったから、本塁から二塁まで送球が届いていた。山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」でやっていた。今でも見本は見せるけど、「走る、投げる」は衰える。でも、捕ることは忘れていない。うまかったろう、この前の講習会。ポンポン(球を)捕れて……。目は衰えるし、それなりのスピードある投球は捕れないけど、捕り方は忘れん。箸の持ち方だって、一回覚えたら、年とったからって忘れんじゃろ。字の書き方だって。ワシは自転車だって乗れる。速くこげないけどさ。ただ、技を覚えるときに、悪い癖がつかんようにした方がええよ。そのためには早めに矯正した方がエエ。小学生は、まだ楽しくやる時代じゃけど、中学、高校ぐらいからは。プロに行く、行かないは別として、プロに行ける練習を全員にさせてあげたい。

     ――元プロの選手が教えるメリットは?

     ◆プロとアマチュアの違いはスピード、パワー、正確性。その3要素が一般の人より優れている。それは、練習量の違いで、練習量というのは経験値が違ってくるいうこと。そういうふうに、アマチュアの子たちには繰り返し練習の大事さを教えてやらなきゃいけない。こうしたら上手になるよと。

     ――達川さんには、指導要請が多く来るのではないか。

     ◆まだ遠慮してこないんよ。ワシは特定のチームに所属しない。よそに行けなくなるから。ワシはいろんな所で、教えてほしい人に教えてあげたい。捕手について教えるならどこでも行こうと思っている。それぞれの個性があるからワシも勉強になるよ。

     プレーのやり方にハヤリもある。今は(捕る前に)左足を前に踏み出す選手が増えている。(ソフトバンクの)甲斐の影響。やっぱり王(貞治=ソフトバンク球団会長)さんが出てきた時に一本足打法がはやったように、長嶋(茂雄=巨人終身名誉監督)さんが出てきた時に、長嶋さんのまねをして守ったりさ。甲斐があれだけ盗塁を刺したら、皆、甲斐の動画をずっと見るんよ。あの左足の踏み出し方はワシも甲斐に聞いたけど、難しいのよ。ものすごい足腰がいるのよ。

     ――捕手の指導者が少ないのはなぜでしょう。

     ◆捕手の絶対数が少ないから。ドラフトで獲得していない球団もあるでしょう。(アマチュアで)捕手はどこのチームも課題。少年野球で自分から捕手になりたいというのはほとんどいないよな。ずっと投手の球を受けて座っているのが嫌とか、そんな暇があったら打ちたいとか、投げたいとか。

     ――そんな子どもに捕手をやらせるための誘い文句は?

     ◆ない、ない。試合に出やすいとか何か言わなきゃいけないんだろうけどさ。サッカーのゴールキーパーになりたい選手が少ないのと同じ。点を取りたいよな。野球でも、受けるより、投手で投げたいわな。

     ――話は変わるが、達川さんは「ささやき」で有名だった。

     ◆高校生は打者にささやきはしちゃあいけないよね。高校の時は投手にしゃべりよった。頑張れよとか、低く来いよとか。投手に指示をする。

     ――マウンドで、投手へのアドバイスの仕方のポイントは?

     ◆相手の性格を知って、気合入れた方がいい人には気合を入れるし、バックがいるから打たれても大丈夫と、優しく言った方がいい場合もあるし。いろいろよ。それは自分で学ぶしかない。恋の仕方がこうだよ、なんて習ったか? 自分で経験して。例えば、デートするんでも、手をつないで歩くのっていいなと思って手をつなぐ。肩を組んだ方がいいなと思って肩を組んだり、いろいろするわけじゃけ。野球でも自分で見よう見まね。ワシらでも野球を見て、あのキャッチングがいいなとか、打ち方がいいなとか勉強する。

     ――最後の質問。今年のプロ野球の注目点は?

     ◆セ・リーグはカープが4連覇できるかどうか。他の5球団からしてみたら、3年連続でやられているわけで、どう阻止するか。今年は2人が新監督でしょう。原(辰徳=巨人監督)君がどう巻き返してくるのかにも注目したい。パ・リーグはどうかなあ。ソフトバンクは強いよ、やっぱり。今年も強いと思う。「甲斐キャノン」は相当、成長しているよ。バットを持たせたら、まだまだ平凡な選手だけど、ミットを持たせたら世界一だよ。ホンマに。それから、今年、去年と高卒の若い選手がたくさん出てきている。清宮、吉田輝(日本ハム)、安田、藤原(ロッテ)、村上(ヤクルト)、根尾(中日)。それに、今年の新人は東洋大の三羽ガラス(上茶谷=DeNA、甲斐野=ソフトバンク、梅津=中日)をはじめ、即戦力が多い。世代交代の時が来たのかなと思うね。

     ◇たつかわ・みつお

     1955年7月13日、広島県出身。広島商で73年のセンバツで準優勝、同年夏の甲子園で全国制覇を果たした。東洋大から77年のドラフト4位で広島に入団。現役時代はプロ15年間で1334試合に出場。北別府学、川口和久、大野豊らを擁した「投手王国」を捕手として支え、ベストナインとゴールデングラブ賞をそれぞれ3度受賞した。

     引退後は広島2軍監督などを経て、99~2000年に1軍監督。15年に中日のコーチを退任後、学生の指導ができる資格を回復した。17年からソフトバンクのヘッドコーチを務め、昨秋の退団後に資格を再申請。現在は高校野球の臨時コーチなどを務めている。

     今年3月に初めての著書「広島力」(講談社、税別1000円)を出版した。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190418-00000040-mai-base&pos=2

    ■ロッテ 12-6 オリックス(3日・京セラドーム)

     ロッテの三家和真外野手が3日、京セラドームで行われたオリックス戦でプロ初安打となる二塁打を放った。



     2011年育成ドラフト4位で広島に入団し、プロ野球の世界に入ってから8年。ようやく訪れた待望の瞬間だった。

     6回裏の守備から今季2度目の出場となった三家に9回1死で打席が回った。今季2打席目。プロ通算でも7打席目だ。マウンドにはオリックス4番手左腕・山田。右打席に入った三家は初球、真ん中高めのスライダーに思いっきりバットを振り抜くと、打球は左翼線を破りフェンスまで到達。スイングの勢いでスリップしてからの走塁だったが、俊足を飛ばして一気に二塁へ滑り込み、記念すべきプロ初安打を飾った。

     2011年にプロ野球の世界に入った三家だが、広島時代は支配下登録されることなく2年で戦力外通告。再びプロの舞台に立つべく、2014年には信濃グランセローズ、2015年と16年には石川ミリオンスターズと計3年間、独立リーグであるBCリーグで自らを磨き続け、2016年オフにロッテの入団テストに合格。プロの世界に戻ってきた。

    「ちょっと野球をどうしようかなと思っている時もありましたけど、親を含めていろんな人に支えてもらいましたので、『本当にやるんだ』という気持ちもありましたし、トライアウトも受けましたし、独立リーグに入ってからでもっていう気持ちもあった中で、今となってはですが、そういう周りの人がいて、後押しをしてくれたっていうのが、パッと思い浮かぶことですね」

     ここまで自分を支えてくれた多くの人々への思いを試合後に改めて語った。

     いろいろな思いがあっての初安打となった三家だが、試合後のベンチ裏ではなぜか川越投手コーチに「俺のおかげだろ」と冗談交じりの笑顔で言われ、握手を交わす場面があった。初安打の打席前に、こんなやりとりがあったのだという。

    「後ろで準備をしている時に声をかけられて『(井上と)ハイタッチしたら、昨日、晴哉がホームラン打ったんだよ。だからお前もハイタッチしとけよ!』って、言われたのでハイタッチしたんです。そしたら『これで打てるぞ!』って言われて」

     三家は「緊張がほぐれるとかはなかったんですが『頑張ってこいよ』って意味を込めてこれたんだと思う」と、担当の違う川越コーチからの思いにも改めて感謝していた。

     球団ホームページにある今季の目標に「初ヒットを含むキャリアハイ」と記した三家。一つの目標を超え、プロ生活での確かな一歩を記したこの日から、また新たな挑戦に向けて歩みを進める。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190704-00428666-fullcount-base

    【大下剛史 熱血球論】5月を20勝4敗1分けで駆け抜け、6月1日には今季最大の貯金14を誇った広島が、交流戦で5勝12敗1分けの単独最下位と急失速した。それでもセ・リーグ首位の巨人とは1ゲーム差。まだ勝負はこれからだが、ちょっと心配な面もある。

     大きく負け込んだ理由には、5月の反動という側面もあるだろう。しかし、それだけが原因ではない。ここへきて露呈している選手層の薄さは深刻だ。特に不安なのは内野手で、リーグ3連覇の原動力となった菊池涼、田中広の二遊間と、三塁手の後継者がまったく育っていない。現時点で可能性を感じさせるのは、このほど20日のロッテ戦でデビューしたルーキーの小園ぐらいだ。

     いまや広島はAクラスに入っただけでファンが喜んでくれるチームではなくなった。今年も優勝して当たり前ぐらいに思われている。この先は、一戦必勝でリーグ4連覇に向けた目先の勝利を追い求めると同時に、過渡期を迎えたチームの再編にも取り組まなければならない。現場を預かる首脳陣にとっては難しいかじ取りになるだろうが、これは常勝球団の宿命でもある。

     緒方監督は小園をデビューさせるにあたって、連続フルイニング出場をしていた田中広を636試合ぶりにスタメンから外した。翌21日は出番もなく、連続試合出場も636試合で止まった。本人にとっては残念なことかもしれないが、これによって用兵の自由度は広がった。状態や体調が優れないときに休めるようになったのは、田中広にとってもプラスに作用することだろう。小園は二軍戦で2度ほど三塁を守ったことがあるだけで基本的に遊撃に固定されているが、視野を広げる意味でもファームで二塁や三塁にも取り組ませて可能性を探ってみてもいい。球宴明けからは待ったなしの勝負となる。交流戦休みも含めた約3週間で、どれだけ戦力を整備できるか注目したい。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190626-00000034-tospoweb-base

    JR広島駅からマツダスタジアムへ続く「カープロード」沿いに30日、「津田恒美記念館」がオープンする。広島の守護神として活躍し、脳腫瘍のため1993年(平5)に32歳の若さで他界した「炎のストッパー」、津田恒実さんゆかりの品100点あまりが展示される。


       ◇   ◇   ◇

    広島の現背番号14、大瀬良大地投手は、津田さんの魂を引き継ぐ覚悟を改めて示した。入団1年目の14年10月に墓参りをした際は、津田さんの親族の厚意で生家を開けてもらい、今回広島に持ち込まれたトロフィーなどを特別に見せてもらっている。「カープの14は重みのある番号です。津田さんの前にも、偉大な方がつけてこられた。そういう思いをしっかり背負って投げていきたい」と話した。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190528-05280028-nksports-base

     デイリースポーツ評論家で広島OBの横山竜士氏(43)が、残り7試合となった交流戦で巻き返しを目指すチームに提言した。ここまで3勝7敗1分け。11試合を戦い終え見えてきたパ・リーグ球団を攻略するための糸口とは。これまでの戦いを投打で分析しながら語った。


      ◇  ◇

     交流戦は好調だった打線に当たりが止まった。パ・リーグのチームは、広島をとても研究しているという印象を受けた。鈴木を封じるために、セ・リーグのチームは内角球が多い。交流戦でもその傾向は続く。一方で他の打者に対しても積極的に内角を攻めていた。これに各打者は苦しんでいるように感じた。

     得点するヒントは、7日からのソフトバンク3連戦で見た相手の姿にあったように思える。主力が故障で離脱している中、出場機会をもらった真砂がセーフティーバントをしたり、甲斐がスクイズをしたり。とにかく広島が嫌がるような攻撃をしてきた。

     16日の楽天戦は新たに組み替えた打順で勝利した。研究されている中でどうやって点を奪っていくか。相手が嫌がる攻撃を状況に応じてやりながら、粘り強く1点を奪う攻め方もしてほしい。

     投手に関しては、内角球の使い方がカギになると思う。パの右投手は、右打者と対する場合でも、内角のボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるカットボールやスライダーを投げていた。セの投手ではあまり見られない配球だ。

     体に近い球は最も打ちにくい。結果が出ている島内や遠藤は、腕を振って直球を内角へ投げ切れているからこそ、フォークや縦のカーブといった落ちる球が生きている。

     チームは四球を出さないことを課題にしている。だからといって何でもかんでもストライクを取りにいくと打ち返される。次の1球につながる、意図ある球をどれだけ内角へ投げ切れるか。それが大事だ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190618-00000028-dal-base

     広島東洋カープに91年から11年間在籍し、96年にはサイドハンドから繰り出すキレの良い球を武器に、4完封を含む9勝を挙げる活躍を見せた山崎健さん(46)。その後、ロッテに移籍し、07年に現役を引退。現在は千葉市幕張の自宅でリラクゼーション(もみほぐし)の店を経営している。

     山崎さんの経営する「健s Treatment」は2016年1月にオープン。完全予約制で、全身をもみほぐしてくれる「リラクゼーション整体」と「足のオイルトリートメント」の2コースがある。元プロ野球選手の経験を生かした丁寧な施術が評判で、山崎さんは「選手時代は肩、肘、腰など故障ばかりでしたから、どうすれば体が楽になるかというツボは心得ているんです」と笑う。

     広島とロッテで通算17年の現役生活を送り、引退後はロッテの投手コーチ補佐も務めた。退団後、1年間、介護の仕事に就き、その後、全国展開するリラクゼーションの店に就職した。「知人から『選手時代に病院の先生やトレーナーにさんざん体を診てもらったんだから、今度は診る方になってみては』と言われ、それも面白そうだなと思って、この仕事を選びました」。さらに別の店でも“修行”し、しっかりとした技術を身につけて3年前に独立した。

     カープには関東一高から90年度ドラフト4位で入団。ブレークしたのは6年目の96年だった。前年夏にオーバースローからサイドハンドに転向したことで変化球の曲がりが良くなり、先発ローテに定着。小気味よい投球でリーグ最多タイの4完封を含む9勝を挙げる活躍を見せた。「お手本にしたのが(巨人エースの)斎藤(雅樹)さん。お手本というより物マネといった方がいいかもしれません。何度もビデオを見て必死に斎藤さんのフォームに近づけようと努力しました」。5月の巨人戦では、その“本家”にも投げ勝ち、4安打完封勝利を飾った。

     だが、その後は故障もあって振るわず、00年に6勝3セーブを挙げたものの、01年に戦力外に。翌年、拾われたロッテで再び大きな花を咲かせ、リリーフ陣の一角として実働4年間で128試合に登板。05年にはリーグ優勝にも貢献した。

     カープには11年間在籍。「練習は厳しかったですけど、紀藤さんや西山さんら先輩にもかわいがってもらって、楽しいこともたくさんありました」と懐かしむ。緒方監督との思い出もある。「普段は投手と野手ってほとんど接点がないんですけど、偶然、緒方さんと街で会った時はごちそうしてもらいました。すごく怖いんですけど優しい先輩でした」。

     野球への情熱も持ち続けている。今年4月に都内の野球スクール「パムズベースボールアカデミー」と契約し、講師として少年野球を指導している。自身の店でもお客さんと野球談義で盛り上がることが多く、球界の裏話を楽しみに足を運ぶ人もいる。

     店にはカープ時代のユニホームやプロ初勝利のウイニングボールが飾られている。昨年もカープOB会に出席するなど、広島を離れて18年たった今も“カープ愛”が消えることはない。「リーグ4連覇は間違いないと思うので、今年こそ日本一をかなえてもらいたい」と熱いエール。「夢はカープとロッテの日本シリーズです」と、古巣同士の対決を熱望していた。(デイリースポーツ・工藤直樹)

     ◆リラクゼーション整体「健s Treatment」 千葉市花見区幕張町5の236の1の101(TEL090・3008・3781)。場所はJR幕張駅、京成幕張駅から徒歩10分。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190618-00000071-dal-base

    昨シーズン限りで広島カープを退団したブラッド・エルドレッド氏が、5日に続き12日、広島ホームテレビの『カープ道』(水曜深夜放送)に登場。
    現在アメリカ合衆国フロリダ州に家族と暮らすエルドレッド。釣りが好きで愛船の『ブラックパール号』を操って大西洋でよく釣りをしているという。この日も約8キロのキングフィッシュを釣り上げた。

    次女のケンジーちゃんはソフトボールスクールに通っている。ちなみに、ユニフォームの背番号はエルドレッドの「55」ではなく、大ファンの菊池涼介選手の「33」。
    グラウンド横にある施設では、近くに住む元広島カープのミコライオ投手と一緒にロングトスなど練習をしていた。「ここでバットを振るのはママチャリに乗るくらい自然なこと。10日前にも練習した」とのこと。
    「広島時代はチームメイトと仲良くなること、日本の文化を尊重することで全て上手くいくようになった」と語る。
    2017年カープV8の瞬間、ケガでベンチに入れなかった鈴木誠也選手をみんなとお祝いが出来るようにと気付いたら自然にオンブしていたと語る。鈴木誠也選手はエルドレッドの事を「パパ」と呼び、自身も息子のように思っていた。


    最後に今後の野球人生について語った。「カープ以外でプレーすることを考えたくない。38歳で現役を続けるのは大変。現役でいたいと自分を売り込んでもどの球団も僕を必要としないかもしれない。誰にも望まれなくなった時に引退することになる。でも希望を捨てたことはないよ。広島の皆さんやカープファンを忘れることはない。みんなから受けた恩や思いを返せるように、また広島にいける日を待ち望んでいるよ」
    カープファン同様に、エルドレッドもまた、広島に行ける日を待ち望んでいる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190613-00010002-hometvv-l34

    このページのトップヘ