広島カープブログ

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    カープOB

     昨季まで楽天でプレーしたキャム・ミコライオ投手がツインズとマイナー契約を結んだとメジャーリーグの移籍情報サイト「トレード・ルーモア」が伝えている。


     2012年から3シーズン広島でもプレーした33歳はNPBで通算214試合に登板し、11勝11敗51ホールド、73セーブ、防御率2.42をマーク。205センチの大型右腕について記事では「このそびえ立つ投手はNPBで素晴らしい成績を残した」と紹介している。

     また、元巨人のフアン・フランシスコ内野手はマイナー契約を結んでいたオリオールズを解雇となり、元DeNAのジェイミー・ロマック内野手はパドレスから放出されたことも伝えられている。ロマックは今月、韓国のSKワイバーンズと契約を結んだことが米国内でレポートされていた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170517-00010003-fullcount-base

     「奥のテーブルにスライダー2つ!」-。

     店内に威勢の良い声が響く。その主は5度のリーグ優勝、2度の日本一に貢献した元広島の木下富雄氏だ。現在は広島市内で焼き鳥店「カープ鳥きのした 十日市店」を経営している。

     広島市内に13店舗ある「カープ鳥」は、1980年にオープン。2010年に球団オーナーの了承を得て「野球鳥ひろしま」から現在の名前に改名した。その売りは、店内がユニホームやサインなどで飾ってあるだけではない。選手の名前を付けた串があること。「スライダー」とは生ビールのことで、飲み物にも数多くの野球用語が使われている。

     メニューは45種類。毎年、選手が入れ替わる中で、開幕前には全店舗の店長などが集まり、今季のメニューに載る選手を決める「編成会議」が開かれる。昨年の成績や近年の活躍度合い、そして将来への期待値…。木下氏がキャンプ中に日南を訪れ、選手の情報を収集。今季、活躍しそうな選手を見つけて進言することもある。今年は2度、いずれも約1時間の熱い議論が交わされ、栄えある「1軍メンバー」が決まった。

     今季は9種類が新たに入れ替わった。例年、エース級の投手が担う3番人気の「ヒナ皮」はジョンソンに。ドラフト1位・加藤(慶大)は「手羽先」、同2位・高橋昂(花咲徳栄)は「笹身しそ巻」になった。メニュー表で最も存在感を示すのが「焼鳥9本セット」になっている「男気コース」。かつては「ホームランセット」として売り出されていたものだ。名前の由来は、もちろん昨季限りで現役を引退した黒田氏。日米通算203勝もさることながら、巨額オファーを蹴り古巣復帰を選んだ生きざまが“男気”と言われ、社会現象までになった。「これは絶対に外せなかった」と木下氏。カープ鳥では、今季も現役を続けている。歴代の名選手も、もちろんメニューにある。ミスター赤ヘル・山本浩二氏は「コウジ」の名前で「つくね」、大野豊氏は「オオノ」で「ナス」だ。

     カープは、原爆が投下され廃虚から立ち上がる、広島市民の希望の光だった。今もそれは変わらず、街ではカープのロゴや選手のポスターなどを見かけない場所はないほどだ。昨季は25年ぶりにリーグを制覇。カープ人気は最高潮に達し、店内はいつも満員状態だった。今季も首位こそ阪神に明け渡したものの上位に位置する。「土曜日のデーゲームの後なんか予約でいっぱい。忙しいね」。木下氏は汗をぬぐいながら、目尻をさげた。(デイリースポーツ・市尻達拡)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170517-00000055-dal-base

     今季は37年ぶりのリーグ連覇を狙う広島。開幕戦に敗れた直後から引き分けを挟んで10連勝するなど好調を維持し、セ・リーグ首位に立っている。スタートダッシュの勢いもそのまま、昨シーズンに続きリーグ優勝を果たすのか

     かつて広島で5度のリーグ優勝、3度の日本一を経験し、黄金期を牽引した高橋慶彦氏も、古巣の躍進に期待を寄せる1人だ。現在は福島・郡山に本社を置く住宅販売・設計施工会社「ウェルズホーム」で広報部長を務める高橋氏は、俊足を武器に盗塁王を3度獲得。プロ入り後にスイッチヒッターに転向し、1979年には33試合連続安打の日本記録を樹立した。

     昨季、圧倒的な強さでリーグ優勝した広島は、盗塁やエンドランなど機動力を生かした攻撃をチームカラーとした。1979年、80年、85年と3度盗塁王に輝いた高橋氏は、盗塁成功のカギについて「失敗を恐れず、走れる時はどんどん走ればいい」と話す。

    「僕は盗塁死の数も多いです。失敗を恐れず、走れる時はどんどん走ればいい。選手はアウトになるのが怖いです。『ここでアウトになったらチームに迷惑をかけてしまう』と考えてしまいますから。自分が走塁コーチを務めていた時には選手にもよく言いましたが、失敗を気にすることはないと思います」

     NPB歴代5位となる通算477盗塁を誇る高橋氏だが、同時に通算盗塁刺も206と多く、通算1065盗塁の日本記録を持つ福本豊氏の299盗塁刺に次ぐ歴代2位となっている。盗塁を決めた数は大事だし、成功率は高い方がいい。だが、何より大切なのは「どれだけホームに戻ってきているか」だと話す。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170425-00010004-fullcount-base

     昨季途中に広島でプレーし、今季はインディアンス傘下3Aコロンバスに所属しているスティーブ・デラバー投手(33)が、薬物規定違反により80試合の出場停止処分を科せられた。大リーグ機構が24日(日本時間25日)、同投手に筋力増強剤の一種、オスタリンの陽性反応があったと発表した。


     デラバーは昨年6月に広島と合意。中継ぎで2試合に登板し、2回無安打無失点、4三振と好投したが、契約を延長することなく、米球界に復帰した。

     11年にマリナーズでメジャーデビュー。その後はブルージェイズ、レッズを渡り歩き、メジャー6年の通算成績は190試合、15勝9敗2セーブ、防御率4・07。ブルージェイズ時代の13年には球宴に出場している。

     メジャー昇格まで9年を要し、マイナー時代の08年に戦力外通告、独立リーグ時代の09年には右肘骨折で一時は地元の高校で非常勤講師を務めていた苦労人でもあった。


    引用元 https://www.daily.co.jp/mlb/2017/04/25/0010127521.shtml

     4月中旬の西武第2球場。育成選手で背番号「121」をつけた西武・木村昇は、観客もまばらなイースタン・リーグの試合で三塁を守っていた。37歳のベテランは「右膝前十字じん帯断絶」から約10カ月ぶりに実戦復帰。状態は万全に程遠いが、表情に焦りはなかった。「自分のイメージ通りに体が反応できないときがある。試合に出ていなかったから体もバリバリに張る。未経験なことなのでプラスにできるようにしたい」。

     移籍1年目の昨年6月22日。背番号「0」で新天地への恩返しを誓ったが、悲劇に襲われた。守備練習中に右足で三塁を踏んだ際、足が「逆くの字」に大きく曲がった。大きな痛みもなくそのまま練習に戻ろうとしたが、トレーナーに止められて都内の病院へ。検査の結果、じん帯断絶が判明した。「あまりにもひどくて笑っちゃいましたよ」。ショックがないはずがない。翌日から3日間、自宅のリビングで何もせず、放心状態だった。

     心が折れてもおかしくない。右膝をさすりながらその時を振り返る。「この膝は赤ちゃんなんです。できないことを考えたらきりがない。できることを考えて少しずつ前に進もうと」。2本必要だった松葉杖は1週間後に1本に。1カ月後に歩けるようになった。膝の曲げられる角度が60度、90度、120度と徐々に深くなった。歩く速度が少し上がった。走れるようになった。完治まで気の遠くなるようなリハビリ。ハードルを乗り越えるたびに、右膝を励まして労った。

     「昇吾、心が体を動かすんだ」。10年前の横浜(現DeNA)在籍時。谷川哲也2軍ストレングス&コンディショニングチーフコーチ(現西武チーフメディカルコーディネーター)に掛けられた言葉が、「感銘を受けた。宝物にしている」と今も心の支えだ。広島からFA宣言した15年オフ。移籍先がなかなか決まらず、翌16年の春季キャンプ中に西武への入団が決まった。年俸は4100万円から2000万円にダウンしたが、「自分で決断したことだから。昨年の広島のリーグ優勝も見ていました。みんな凄いなあって。刺激になります」と後悔はない。

     野球人生で味わう初めての大けがも、辛いことばかりではないという。リハビリ中は家で過ごす時間が必然に増える。「お父さんとの距離が近づいた気がする」と3人の子供たちに打ち明けられて心が温かくなった。過去に膝前十字じん帯の故障を乗り越えた中村、牧田、炭谷も相談に乗ってくれた。「サンちゃん(中村)に“昇吾さん、焦っちゃダメだよ。大丈夫だから”って言われて。3人ともバリバリの主力で活躍している。(気持ちを)共有できるのが心強い」と感謝を口にする。

     昨オフに育成選手で再契約を結んだ。支配下昇格の期限は7月末。「そこに意識がないと言ったらうそになる」と前置きした上で続けた。「みんなに笑われるかもしれないけど、僕の野球人生はこれからがピークだと信じている。40、50歳になっても野球をやりたいから」。プロ15年目。まだまだ道半ばだ。(記者コラム・平尾 類)


    引用元 http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/04/27/kiji/20170427s00001173018000c.html

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