広島カープブログ

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    カープOB

     広島ひと筋にエースとして通算213勝をマークした野球解説者の北別府学さん(62)が12日、自身のブログを更新。同日のプロ野球12球団合同トライアウト開催を受け、球界の後輩にあたる参加者たちへの思いをつづった。

     北別府さん自身は正確無比なコントロールを武器に名球会入りを果たしたレジェンド中のレジェンド。トライアウト受験の経験はないが、「毎年、野球を続ける事が出来る選手が少しでも多くいるようにと祈るような気持ちで見ています」とし、「しかし、このトライアウトがあるお陰でもしダメだったとしてもやり切ったと気持ちを切り替える事ができるかもしれません。若くして引退する事がほとんどですから、その後の永い人生を思うと頑張れよとこの時期は、同じく引退を経験して野球関係以外に就職をしているOBは皆、そう思っていると思います」と優しい眼差しで文章をつづった。

     現在もプロ野球の解説、アマチュア選手の指導に野菜づくり…と精力的に動き回っている北別府さん。「私は野球関連に携わっているとはいえ、野球しか知らず常識も知識も何もかも足りぬまま解説者の道に進みました」と自身の引退時を振り返り「どれほど迷惑をかけた事かと思いますが、幸いに周りの方々に助けられながら仕事を続けて来ることができました」と周囲の支えに感謝していた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191112-00000169-spnannex-base

     広島ひと筋にエースとして通算213勝をマークしたプロ野球解説者の北別府学さん(62)が7日、自身のブログを更新。広島の菊池涼介内野手(29)がポスティングシステムを利用し、米大リーグへの移籍を目指すことを球団が容認したことについて言及し、エールを送った。

     「シーズン中はカープに、日本にとどまって欲しいと願っていました」という北別府さん。だが、現在、菊池涼が侍ジャパンのメンバーとして出場している国際大会「プレミア12」での攻守にわたる大活躍を目の当たりにして「大リーグでも十分に活躍出来るだろうなと頭をよぎっていた所にこの報せでした」と冷静に受け止めた。

     今季まで7年連続でゴールデングラブ賞を獲得し、世界から“忍者”と称された守備範囲の広さ、捕球してからのスローイングの速さや正確性は折り紙付き。今季は優勝を逃したものの昨季までリーグ3連覇の原動力となった中心選手の1人で、今季もシーズン途中まで長くセ・リーグ得点圏打率のトップを走った勝負強い打撃も光る。

     それだけに「菊池という素晴らしいセカンドが抜けるのはチームにとってはもちろん痛いこと」とした北別府さんだが、「その穴を埋めるのは自分だと若手の奮起に期待します」とキッパリ。

     仮に獲得に手を挙げる球団がなければ広島残留となる可能性も残されている。「世界に羽ばたいて欲しい気持ちとカープに残留して欲しいという気持ちが錯綜しております」。夢を追いかける後輩へエールを送るとともに複雑な思いも抱えるレジェンドだった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191108-00000198-spnannex-base

     広島ひと筋にエースとして通算213勝をマークしたプロ野球解説者の北別府学さん(62)が27日、自身のブログを更新。今季取得した国内フリーエージェント(FA)権を行使せず、チームに残留する意思を前日26日に表明した広島・野村祐輔投手(30)の決断に安どした。

     「野村祐輔投手残留ありがとう!」のタイトルでブログを更新。改めて「野村祐輔投手、残留ありがとう!とカープファン全員が思っていると思います。もちろん、私も同じ思いです」とつづり、「年間を通じて安定した投球を見せてくれるようになればエースの座は勿論のこと、またタイトルを狙えるような投手である事は間違いありません。2016年のような活躍を期待します!」と野村が最多勝、最高勝率、ベストナインのタイトルを獲得してチームの25年ぶり優勝に大きく貢献した2016年の再現を期待した。

     北別府さんにとって野村は現役時代の自身と重なる部分が多い“気になる”存在。野村が6月11日の日本ハム戦(札幌D)で自己最短となる初回5失点KOされた際には「もう一度自分の立ち位置そしてやれる事が出来ていない事を今夜から寝ないで考えろ。どうせこんな投球した日は眠れないのだから。出来ない投手には怒りも湧かないのだが俺も自分の事のように眠れないよ今夜は」「叫びたくなるほどこの選手には踏ん張って欲しいのです」と熱い声援を送っていただけに、残留決定の喜びもひとしおだったようだ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191027-00000224-spnannex-base

     1980年代のカープ黄金期に貴重な中継ぎ左腕として、いぶし銀の活躍を見せた山本和男さん(65)。現在は広島市内で「焼肉・らーめん かずさん」を営んでいる。昼はラーメンや定食、夜は焼き肉を売りにし、中華料理などのメニューも豊富だ。94年にオープンして今年26年目。広島では知る人ぞ知る人気店だ。



     カープOBというのに、店の中にはカープグッズは一つも置いていない。「プロ野球選手といっても、そんなに大した選手じゃありませんでしたから」と謙そんするが、一番の理由は「カープで商売しても長続きしない。やっぱりおいしいものを作ってお客さんに喜んでもらうのが一番。味で勝負したいと思っているんです」。

     カープには81年から8年間在籍し、89年にオリックスに移籍。引退後は広島に戻って建築会社に勤務していたが、その時に昼食で通っていたラーメン店の味に魅了される。「特にホルモン炒めが最高においしくて、親父さんに『作り方を教えてください』ってお願いしたんです」。弟子入りが認められ、3カ月間修行した後、現在の店をオープンした。

     お勧めはとんこつしょうゆのスープとレモンの酸味がマッチした「レモンラーメン」。「師匠から受け継いだ味です。今はいろんなお店であるみたいだけど、お客さんは『ここのレモンラーメンが一番おいしい』って言ってくれますね」。こだわりの焼き飯、師匠から譲り受けた秘伝のタレで炒めた焼き肉なども人気がある。

     現役時代は貴重な中継ぎ左腕として活躍した。社会人時代にプロからの誘いを2度断っていたため、カープ入団は26歳の時。日本ハムに移籍した江夏豊がつけていた背番号26を背負い、1年目から30試合に登板。日本一に輝いた84年は46試合に登板し、5勝2敗、防御率2・93という好成績で貢献した。

     スリークオーターからシュート、カーブ、シンカーなどの変化球を巧みに操り、左の強打者相手に“左キラー”ぶりを発揮した。「ヤクルトの若松さんは僕の顔を見るのも嫌だったみたいで、僕を見つけると『向こうにいけ!』ってよく言われました」と笑う。「一番怖かったのが阪神のバース。打席でギンギラギンのすごい目をして、こちらをにらんでくるんです。パワーもすごくて、市民球場で打ち取ったと思った当たりがホームランになった時はびっくりしました。球場が狭かったこともあるんですけど、向こうも“ホワイ?”って感じで両手を広げていました」。

     当時のカープは北別府、大野、山根、川口らを擁する投手王国。救援陣も津田や小林誠二らがいて1軍争いはし烈だった。「オープン戦に入ると、みんなピリピリして口もききませんでした。1軍に生き残るために毎日必死でしたね」。球場の強烈なヤジも忘れられない思い出だ。「打たれた時はボロクソに言われました。試合後、怒ったファンの人に追いかけられたこともありましたよ」。実働8年で通算193試合に登板した。

     引き締まった太い腕は現役時代をほうふつさせるが、「いえいえ、毎日、フライパンを振っていたら、こんなに太くなったんです」と苦笑い。納得の味を求めて試行錯誤の日々は今も続く。「お客さんから『おいしかった』と言ってもらえた時が一番うれしいね」。かずさんから柔和な笑みがこぼれた。(デイリースポーツ・工藤直樹)

     ◆山本和男(やまもと・かずお)1954年2月15日生まれ。山口県熊毛郡大和町(現光市)出身。左投げ左打ち。現役時代は181センチ、80キロ。柳井学園高から社会人の新日鉄光を経て、80年オフにドラフト外で広島に入団。89年にオリックスに移籍し、同年限りで引退。通算成績は193試合登板、8勝4敗、防御率3・53。家族は妻と一男一女。

     ◆「焼肉・らーめん かずさん」 広島市南区皆実町1の17の15(TEL082・254・0970)、営業時間は11時30分~14時、17時~22時。定休日は月曜。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190910-11000610-maidonans-life

     広島ひと筋にエースとして通算213勝をマークしたプロ野球解説者の北別府学さん(62)が22日、自身のブログを更新。8月に誕生した初孫の将来としてラグビー選手が候補に急上昇していることを明かした。

     「孫の将来」とエントリー。「うちの孫、平均の大きさのグラフからはみ出し気味にデカいらしい」と乳児身体発育曲線の平均をはるかに上回る孫のグラフを載せ「ならばいけると思ったらしい我が家の女性陣、大分には良いラグビースクールがあると調べているし」と、愛妻や大分県で暮らす初孫の母親である長女の“思惑”に触れた。

     8月5日のブログで「初孫が産まれました!!」と報告し、翌6日には「感動で胸が震えました」とおじいちゃんになった喜びを率直につづっていた北別府さん。今月15日には「我が家に天使がやって来たーー(^○^)」と長女と孫の里帰りを伝え、同17日には「プロ野球選手になるんだよー色々教えちゃるからなどと話しながら抱っこしてドラフト会議を観ました」と微笑ましいおじいちゃんぶりをつづっていた。

     だが、おじいちゃんの願いとはうらはらに、日本列島を感動させたラグビー日本代表の影響は北別府家でも大きかった様子。「女性陣に負けぬよう私は絶対キャッチボールに励もうとこっそり思っとる」とひそかに“反抗”を誓う大投手だった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191022-00000141-spnannex-base

     「秋季高校野球中国大会・準々決勝、倉敷商10-9矢上」(28日、コカ・コーラジャパンスポーツパーク野球場)

     元カープ捕手の山本翔監督(35)が指揮を執る矢上(島根1位)は延長の末、倉敷商(岡山2位)に敗れたものの、選手は驚異的な粘りを発揮した。

     2点を追う九回裏、2死走者なしから適時打と敵失で同点に追いつくと、延長十回も3点を取られながらその裏、2本の適時打で再び試合を振り出しに戻した。十一回に1点を失い、その裏も2死走者なしから一、二塁の好機を作ったが、あと1本が出なかった。

     山本監督は「選手は一生懸命頑張ってよく追いついたが、最後は残念な結果になってしまった。勝てなかったのは私の責任」と無念の表情。力を出し切った選手には「どんな状況になっても決してあきらめないことを言い続けてきた。その言葉通り、だれ一人あきらめることなく、後ろにつなぐ意識を持って頑張った」とたたえた。

     山本監督は福岡・東筑高から01年度ドラフト5位でカープに入団。9年間在籍したものの1軍出場はなく、10年限りで現役引退。その後、会社員をしながら広経大の監督や少年野球の監督を務めた。17年4月に島根県邑南町の職員となり、教育委員会生涯学習課に配属。豊富なキャリアを買われて、同年7月に同町にある矢上の監督に就任した。

     「“カープ大学”で9年間、いろんなことを学ばせてもらった。すべてが今の指導に役立っている」。チームは着実に力をつけ、今秋の県大会で優勝。中国大会に24年ぶり2度目の出場を果たし、26日の1回戦では盈進(広島3位)を延長十三回タイブレークの末に6-3で下した。

     4強入りを逃し来春のセンバツ出場は厳しい状況となったが、確実に甲子園は近づいている。「今回、広島や岡山の学校と対戦して、また違った野球を見せてもらったので、(来夏に向けて)もう一度、しっかりとチームを鍛え直していきたい」。高校時代は縁のなかった山本監督にとっても甲子園出場は悲願。選手とともに夢へのチャレンジは続く。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191028-00000119-dal-base

     フラッシュライトに照らされた会見場に、菰野高・岡林勇希投手(17)は、やや緊張した表情で現れた。地元中日からの5位指名。「ホッとしました。そこまで上位ではないと思っていた。5位指名を受けてすごくうれしい」と、安堵(あんど)の表情を浮かべた。

     投手としては最速153キロを投げる本格派右腕、野手としては高校通算21本を放つ強打者。中日からは投手として指名を受けた。どちらで勝負したいか聞かれた岡林は「はじめは投手として頑張りたい」。野手としての可能性は残しつつ、まずは「勝てる投手」という理想を追い掛ける。

     同じ菰野高出身の兄・飛翔(つばさ)さんは2017年に広島育成1位でプロ入りしたが今月、戦力外通告を受けた。「『プロは厳しいぞ』と言われた。兄が通用しない世界。もっと技術を上げなければ」とプロでの飛躍を見据えた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191017-00010055-chuspo-base

     西武は13日、小野和義投手コーチ(53)が今季限りで退任すると発表。後任に球団OBの豊田清氏(48)が同職に就任することが分かった。

     チームは2年連続で防御率がリーグワースト。CSファイナルSも4戦で32失点と、リーグ3連覇へ投手陣の立て直しは急務となる。豊田氏は92年ドラフト3位で西武に入団。02、03年には最優秀救援投手賞に輝いた。巨人、広島でもプレーし、引退後は12年から昨年まで巨人で1、2軍の投手コーチを務めた。選手としての実績はもちろん、指導者としての経験も豊富だ。

     また、同じく昨年まで巨人で打撃コーチを務めていた小関竜也氏(43)が外野守備走塁コーチとして入閣する。小関氏は94年ドラフト2位で西武に入団。98年に新人王に輝いた。佐藤友亮外野守備走塁コーチ(41)は2軍に配置転換となる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191014-00000067-spnannex-base

     プロ野球の国鉄(現ヤクルト)、巨人で歴代唯一の通算400勝を達成し、ロッテ監督も務めた金田正一(かねだ・まさいち)さんが6日午前4時38分、急性胆管炎による敗血症のため、東京都内の病院で死去した。86歳だった。巨人が発表した。

     豪快なキャラクターで「カネやん」の愛称でも親しまれた金田さんの突然の訃報を受け、広島のエースとして通算213勝をマークした野球解説者の北別府学さん(62)が自身のブログを更新。金田さんとの思い出をつづった。

     「金田正一さんの訃報にあたり本当に寂しい思いです」と切り出した北別府さん。自身の現役時代、夏場に半袖を着ていたところ、巨人戦の解説に来ていた金田さんに「こらっ、投手が半袖を着るもんじゃないぞ!肩と腕を冷やすな」と叱られたことがあったそうで「それから現役の間、私服もアンダーシャツも夏場は長袖を着用することになったきっかけでした。投手に対しての熱い思いを常に持っておられると思った次第です」と大投手を偲んだ。

     また、「私も引退してからですが、広島で美味しいふぐ料理屋を教えてくれとか仕事は大丈夫かとお気遣い頂いたりと思い出は尽きないほどです」と引退後も交流があったことを明かし「金田さんを知り野球への姿勢、ファンの方への姿勢、を学ばせていただきました。本当にありがとうございました。ご逝去にあたり心よりご冥福をお祈り致します」と結んだ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191006-00000267-spnannex-base

     広島ひと筋にエースとして通算213勝をマークした野球解説者の北別府学さん(62)が9日、自身のブログを更新。愛妻と交わしたほのぼのトークの内容を明かした。

     古巣・広島は目標だったリーグ4連覇を逃し、4年ぶりのBクラスでクライマックスシリーズ(CS)進出もならずにオフへと突入。それでも北別府家ではもちろん、CSを熱心に観戦している。

     9日からはCSファイナルステージが始まり、セ・リーグは巨人―阪神戦(東京D)、パ・リーグは西武―ソフトバンク(メットライフD)のカードとなったが「パリーグは楽天が負けたのが残念と家内が申しておりました」と北別府さん。「ベンチにイケメン二人見つけたらしいです」とし、「この人とこの人誰?聞かれてましたが多分平石監督と岸投手かなと思われます」と続けた。

     今年4月には、愛妻が広島の対戦相手ヤクルトのベンチに「物凄いイケメンを見つけたらしい」とブログで明かし、後日、ヤクルトのマスコット「つば九郎」が自身のブログで「ことしからの、つうやく、みずしまくんです」と明かしていたこともあったが、北別府さんは「ゆっくりとテレビ観戦しているといきなり聞かれますからね」と今回も実に楽しそうだった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191009-00000145-spnannex-base

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