広島カープブログ

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    カープOB

     プロ野球・広島の元エース、北別府学氏(60)が22日、自身のブログを更新。6日に行われた学生アメリカンフットボールの試合で日大の選手が無防備な関西学院大選手に後方から悪質なタックルをして負傷させた問題について言及した。



     北別府氏は「アメフトの件で思う事」とのタイトルでブログを更新。「同じスポーツ界にいて、どうしても書きたいことがあります」と切り出し、「スポーツには厳しいルールがあり、それを守らないと命に関わることがあるのです」「スポーツはエキサイティングであればあるほど観る方もやる方も楽しめるものです。しかし、それにはルールに則りプレイしなければ、命を守れない」と今回の騒動を“断罪”した。

     その一方で、北別府氏がこの件についてブログを書くことにしたのは加害者側の日大選手が会見をすると聞いたからだとし、「この騒ぎの中、会見に出るというのはどんなに勇気がいった事だろうか」と日大選手の胸中を思いやり、若者の将来を案じる文章も。

     「チーム内で大変有望で優秀と言われたこの選手がしばらく干されていることもあったと聞く。その中で犯してしまった反則。どんな条件が重なったとしても犯してしまったことは自分で償っていかなければならないのですが、厳しい練習、人間関係の中今まで頑張って来た事を胸に、心からの謝罪をした上で今後の人生を乗り越えて欲しい」とエールを送った。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180522-00000130-spnannex-base

     「サイトウユウキ」はマウンドを降りた後も第一線で奮闘している。元広島の齊藤悠葵さん(30)は14年に現役引退後、同12月に株式会社ドームユナイテッドへ入社。バッティングセンター、人工芝のグラウンドが併設され、野球教室も開催される「アンダーアーマー ベースボールハウス 川崎久地」に配属された。


     16年2月から店長に昇格。「これからも人に夢を与える仕事がしたいと思っています」。日本ハム・斎藤佑樹と同姓同名で注目を浴びたプロ時代の経験を生かし、お客様対応や野球指導に励んでいる。

     齊藤さんは福井商から06年高校生ドラフト3巡目で広島に入団。1年目の10月1日の巨人戦で、球団史上初の高卒新人による初登板初先発初勝利を挙げた。同日には1学年下の早実・斎藤佑樹が国体で完封勝利。齊藤さんは巨人戦後に赤いハンカチで汗を拭き、「赤いハンカチ王子」として注目を浴びた。

     その後は09年に9勝を挙げるなど活躍。そのたびに同姓同名の全国区スターを引き合いに出されることも多かったが、感謝しかなかったという。「彼のおかげでいろんな人に名前を覚えてもらえたので、ありがたかったです。ずっと仲良くなりたいと思っていましたから」。結局、現役時代に会うことはできなかったが…。

     昨年12月、ついに広島・福井の結婚式で初対面。「斎藤くんも僕を分かってくれていて、一緒に写真を撮ってインスタグラムにあげたら反応がすごくて(笑)。同じ名前がニュースに出てくるので注目してますし、頑張ってもらいたいですね」。今もプロで活躍する“恩人”を陰ながら応援しているという。

     社会人生活は4年目に入った。当初はメールの書き方からつまづき、3カ月かけてパソコンの使用方法を勉強。地道に努力を重ねた。「プロは自分が頑張ればいい面があったけど、今は責任がある。元プロという肩書きは指導に生きるけど、接客方法とかは考えていかないと」。現役時代に同僚だったドジャース・前田健太や広島・中田廉らは今も店に訪れてくれるという。かつて大舞台で戦った仲間たちに刺激を受けながら、ハンカチで汗を拭く暇もないほど忙しく働いている。(デイリースポーツ・西岡 誠)

     ◆齊藤さんが店長を務める「アンダーアーマー ベースボールハウス 川崎久地」では現在、バッティングセンターで「ホームランダービー2018」を開催している。同所でバッティングをした全員が対象。5月から2カ月単位で累計ホームランを競ってチャンピオンを決めるもので、豪華賞品も用意されている。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180508-00000045-dal-base

     日本野球機構(NPB)は8日、17年シーズンに戦力外となった選手と引退した選手(日本人のみ)、合計126人の追跡調査結果を発表した。126人の平均年齢は29・4歳、平均在籍年数は8・1年。


     NPB球団、社会人野球、評論家など野球関係の職業に就いた人は70%にあたる88人。調査開始から過去11年の平均は71%で、例年通りの傾向となった。コーチや球団職員を含めてNPB球団へ進んだ人は62人で全体の49%。

     独立リーグや社会人野球、外国のプロ野球に進んだ人は24人で19%。軟式野球の相双リテックに進んだ前ロッテの脇本直人外野手、米独立リーグのゲーリーと契約した前DeNAの久保康友投手、オランダリーグに進んだ前ヤクルトの中島彰吾投手が含まれる。

     野球関係以外の道に進んだ人は38人で全体の30%。就職は18人、起業は2人。前広島の江草仁貴氏はデイサービス施設を立ち上げ、前DeNAの小杉陽太氏はイベント企画などを行う会社を起業した。前西武の木村昇吾氏はクリケット選手に転身している。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180508-00202491-nksports-base

     「イニシャルD」だ。西武の新外国人デュアンテ・ヒース投手(32)が15日、埼玉県所沢市の球団事務所で入団会見を行った。1年契約で、年俸17万5000ドル(約1925万円)プラス出来高払い。

     14、15年に広島でプレーして6勝6敗、防御率2・36。今季は独立リーグ、BCリーグ・富山に所属していた。

     背番号68のユニホームに身を包んだヒースは「NPBに戻ることが目標だった。感謝の気持ちでいっぱいだ」。あす16日にさっそく1軍に合流する予定で「バッターを攻めていく。ピッチングの時は常に戦う」と闘志も満点。ファンには「ニックネームは(デュアンテの頭文字の)D、と呼んでほしいね」と笑顔で話した。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180515-00000090-spnannex-base

    <ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム:CATCH!!>

     東京・神田にあるニコライ堂は五月雨にぬれていた。ホークスの監督でもあった故根本陸夫氏(享年72)が今も静かに眠っている。「母の日」でもあった13日、隆子夫人と親族らが19回目の祈りをニコライ堂の緑青色のドームの中に眠る故人にささげた。4月30日の命日から2週間。スケジュールを調整して隆子夫人ら親族は久々にそろった。



     「球界の寝業師」とも呼ばれた根本さんが世を去って19年の歳月が過ぎた。あの世から今のプロ野球界をどう見守っているのだろうか…。根本さんが生前、こっそりと話してくれたことがある。

     「ヤクルトを辞めた栗山くんがいるだろう。彼をなあ、西武の時、球団に誘ったんだ。彼はしっかり勉強もしとるしなあ。でも残念だったなあ」。根本さんが人を誘った話をするのは珍しかった。だから深く記憶に残っていた。そしてこの日、ヤフオクドームにいた日本ハム栗山監督も鮮明にその出来事を覚えていた。いや、今でも根本氏の言葉を肝に銘じているような話しぶりだった。

     「現役を辞めて、マスコミの仕事をすることになっていたので、根本さんから誘われましたが、西武球団まで行って丁重にお断りさせていただきました。すると、根本さんは『マスコミの人がどんな感じで仕事をしているのか、しっかり勉強しなさい。君のためになるから』と言われて…」。もう30年近く前の話である。根本氏は当時の栗山監督を編成部門を統括するフロントマン、自らの後継者として育てたいと思っていたようだった。縁とは不思議なものだ。その栗山監督は日本ハムの監督に就任する際に球団幹部から「根本陸夫になりませんか?」と口説かれたという。

     今季、連覇を狙うホークスにとってライバルになりそうな栗山ハム。一昨年は日本ハムに大逆転Vされ昨年はホークスが雪辱V…。故人をしのびつつここ数年を振り返ってみると、何とも因縁深いではないか。【ソフトバンク担当 佐竹英治】



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180514-00208311-nksports-base

    “側近”から見た鉄人とは――。23日に上行結腸がんのため71歳で死去した衣笠祥雄氏を現役時代に支えていた広島の福永富雄球団トレーナー部アドバイザー(75)が、故人の我慢強さと医者をも驚かせたエピソードを明かした。

     筋肉の柔らかさは一級品だったという衣笠氏が一塁でレギュラーに定着したのは入団4年目の1968年のこと。福永氏によれば「実は太ももの肉離れを発症していた」そうだが、せっかく巡ってきたチャンスを逃すわけにはいかない。当時の根本陸夫監督に「試合に出るつもりなら盗塁のサインだって出す。当たり前だが、走ってもらいたい場面では走ってもらうぞ」と言われた衣笠氏は「もちろんです。できます」と二つ返事で試合に出続けたという。

     世界2位の2215試合連続出場を達成する間に左肩甲骨骨折の重傷を負ったのは有名だが、福永氏は「公にはなりませんでしたが、右手親指や手首、肋骨にひびが入りながらプレーを続けたこともあります。そのことは本人、首脳陣、トレーナーくらいしか知らなかったと思います。今では考えられないことですが…」と振り返る。

     体の丈夫さだけではない。衣笠氏が採血を行った際にはスポーツドクターが「こんなに良い血の色を見たことがない」と驚いていたという。「私もトレーナーをやっていて多くの選手を見てきましたが、そういうことを言われた選手は衣笠以外に一人もいません。なので非常に印象に残っています」(福永氏)

     最後に顔を合わせたのは今年1月で体調が良くないことは知っていた。亡くなる6日前の17日にも電話で言葉を交わしたという福永氏は「時代も違うし、あのような選手はもう出てこないんじゃないか」と言って故人をしのんだ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180428-00000033-tospoweb-base

     元祖・鉄人から教わったプロとして姿勢を、指導者として若手に伝える責務がある。楽天・栗原健太2軍打撃コーチ(36)は、23日に上行結腸がんで急逝した元広島・衣笠祥雄さん(享年71)の魂を、仙台の地で継承することを誓った。

     かねてから、同コーチは何度も口にしてきた。「プロ野球選手として、結果や、いろんな数字も大事ですけど、全部試合に出ること。まずはそれが第一」。本塁打や打率、打点よりも、最大の勲章に位置づけてきたのは出場試合数だった。自身の現役時代、広島の主砲として07、08、11年と3度フル出場を経験。それを何よりの自負としている。2015年オフに右肘手術から再起をかけ楽天移籍に挑んだときも、その入団会見で最初に掲げた目標は「全試合出場」だった。常にグラウンドに立ち続けること。プロ野球選手として、それが最大の使命であり責任でもある。

     「金本(知憲、現阪神監督)さんも、前田(智徳)さんも、新井(貴浩)さんも…皆さんそうでした。多少のけがをしても出る。カープはそれが当たり前だった。それは衣笠さんが築いてこられたものでしょう」。現役時代の16年間をそうした土壌で過ごした栗原コーチは、試合に出続けることの重みを、常に肌で感じてきた。

     たとえばレギュラー選手にシーズン中、休養日を与えながら戦うスタイルもあるが、「自分が試合に出なかったときに、代わりの誰かが活躍したら、自分の居場所がなくなる。そのくらいの覚悟がいります」と話す。将来を背負う若手選手たちを日々育成する中で、栗原コーチの指導はぶれない。「いつも若い子たちに、言っていますよ。だから全部試合に出られるその体力を、キャンプ、練習でつくる。当然、練習量は多くなりますよ。そして、1年間やっただけではだめ。レギュラーで3年間、全部試合に出て、それで一人前なんです」。出場試合数は、勝利に貢献し、必要とされる選手であることの証でもあるのだ。

     5年ほど前、衣笠さんの現役時代も体のケアを施した広島・福永富雄トレーナーとともに、衣笠さんと食事をともにしたことがあったという。「自分はちょうど右肘を手術した後だったんですが、衣笠さんに打撃のアドバイスも頂きました。試合に出続けることの大切さも、お話しして頂いたのを覚えています」。鉄人のスピリットに直接触れたことは、栗原コーチにとって今も財産となっている。その尊い志を受け継ぎ、次世代の鉄人を輩出することを使命としている。(デイリースポーツ・福岡香奈)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180429-00000049-dal-base

     楽天は30日、コーチ人事の発表を行った。チームはここまで26試合を消化し6勝19敗1分け、勝率.240で最下位に沈んでいた。コーチ人事は以下の通り。

     栗原健太2軍打撃コーチ→1軍打撃コーチ

     高須洋介1軍打撃コーチ→2軍打撃コーチ

     真喜志康永育成コーチ→1軍内野守備走塁コーチ

     立石充男1軍内野守備走塁コーチ→育成コーチ



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180430-00125527-fullcount-base

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