広島カープブログ

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    野村謙二郎

     ◇セ・リーグ 広島3―5DeNA(2017年4月20日 マツダ)

     敗戦には得てしてミスが絡みがちだ。9回を打者3人で退けた今村が、2イニング目に2四球を与えるまさかの変調。終盤に追いつき、今までの勢いからすると、今日も勝つかな…と期待したファンは多いだろうが、自滅ではもったいない。

     思えばこの3連戦、あれほど活発に打った打線が援護できなかった。初戦の浜口に今永、井納。ルーキー以外の2人には相性もよくない。カープは去年のセ・リーグ王者だ。交流戦前後や球宴明けにはローテーションを再編し、3人を当ててくる可能性がある。対策を練り、早期に苦手意識を拭い去る必要がある。

     先発した大瀬良にも触れておきたい。試合を壊すことはないものの、やられるパターンは常に同じだ。ボールが先行し、甘い球を痛打される。ボール先行は、打たれてはいけない気持ちがそうさせるのか、ただ単にストライクが入らないのか。

     昨季まで在籍した偉大な大先輩は“打たれることを恐れない。最終的にホームを踏まさなければいい”と言った。失点しても、それ以上やらなければいい…という切り替えが大事。もう一度その言葉を思い出し、気持ちを整理してほしい。 (スポニチ本紙評論家)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170421-00000068-spnannex-base

     広島前監督でスポニチ本紙評論家の野村謙二郎氏(50)がこのほど広島大大学院教育学研究科に合格した。

     4日から大学院生として一歩を踏み出すにあたり、「僕らはスパルタで育ったが、今は違う。カープの監督時代も指導の難しさを感じた。コーチングには以前から興味があり、学んだことを今後に役立てたい」と抱負を語った。

     専攻は健康スポーツ教育学。2月に社会人特別選抜試験を受けた。教員や教育学の研究を目指す学生と一緒に2年間学ぶ。担当教官で、柔道の全日本女子ジュニアヘッドコーチも務める出口達也教授(54)は「ご本人が望む環境を提供しながら一緒に勉強していきたい」と歓迎した。

     プロ野球OBが引退後に大学院に進んだ例としては、桑田真澄(巨人→早大大学院)、谷沢健一(中日→早大大学院)などがあるが、監督経験者は極めて異例だ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170404-00000076-spnannex-base

     昨年、25年ぶりのリーグ制覇を成し遂げた広島“不動の1番打者”田中広輔内野手(27)が感動の2016年を振り返りつつ、今季のタイトル取りを予告した。さらに同学年のチームメート・菊池涼介内野手(26)、丸佳浩外野手(27)との“タナキクマル”トリオや、東海大相模高、東海大で同級生だった巨人・菅野智之投手(27)とのライバル関係、憧れの阪神・鳥谷敬内野手(35)についても赤裸々に語った。

     ――昨季を振り返って

     田中:良かった部分も、全然ダメな部分もありました。特に三振(119)、失策(18)と盗塁の失敗(19)の数は減らさないと。

     ――高橋慶彦氏、野村謙二郎氏に続き、遊撃手として球団史上3人目の全試合フルイニング出場

     田中:それは開幕からの目標。監督、コーチも僕が目標にしているのを知っていたので、使ってくれた感じです。

     ――キツかった時期は

     田中:夏の終わりぐらい。体の面もあったけど、成績がうまくいかなかった期間が長く、精神的につらかった。

     ――どう盛り返したのか

     田中:練習しかない。当然怠ることはなかったのですが、練習が良くても試合で結果が出ないと「あれあれ?」となる自分がいた。コーチからも「しっかりやれ」と注意された。未熟さを感じたし、今年に生かしたい。

     ――昨季の活躍で菊池、丸の“キクマル”コンビに割って入り“タナキクマル”の名称が定着

     田中:正直言うと別に僕自身“キクマル”に入りたいとは…(笑い)。ただ、周りの方に認められた証しだし、そう呼んでもらえるのはうれしい。自信になってるのも確かです。

     ――“キクマル”はゴールデン・グラブ(GG)賞の常連

     田中:センターラインでしっかり結果を残すという意味でも、僕もGGは取りたい。それに菊池と一緒にGGを取るというのは、意義のあることだし、また違う喜びもある思う。

     ――田中選手から見て“キクマル”は

     田中:2人は人一倍勝ちたい気持ちも、チームを思う気持ちも強い。同学年として「俺もやらなきゃ」「引っ張らなきゃ」という思いにさせられる。

     ――クライマックスシリーズでは打率8割3分3厘でMVP

     田中:あれはでき過ぎです。一生に一度ですね。

     ――日本シリーズまで戦ってオフが短い。調整が難しいのでは

     田中:それは仕方のないこと。オフは練習も大事ですけど、休むのも大事。(ここまでは)軽めの練習で激しいことはやってません。結婚して家族もいるし、シーズン中は一緒にいる時間が少ないので、そっちを大事にしたいというのもある。でも、毎日毎日「誰が何をやった」と聞くので「練習しなきゃ」とつい思ってしまう(笑い)。

     ――今年も1番打者にこだわる

     田中:1番打者はチームの顔として、一番最初に打席に立つ。今までは打順にこだわりはなかったけど、その面白さを実感したし、今年も1番で出続けたい。

     ――チームは今年、連覇&日本一を目指す。個人の目標は

     田中:タイトルに対して少しずつ欲が出てきた。一番は盗塁王。去年手に届くところまで来たし、失敗を減らせば40近くはいけるという感覚も持てた。その上でGGも取れたら最高ですね。

     ――高校、大学の同級生の巨人・菅野は今年もライバルとなる

     田中:周りからはライバルと思われるんですけど、個人的にはそういう感じじゃない。実際、仲もいいですし。勝負しながらも、それをお互い楽しんでいる部分がある。向こうが登板日じゃない時は会話もしますし。

     ――菅野から放った7月28日(京セラドーム)の2打席連続弾の話も

     田中:はい。シーズン終わった後に「やってくれたな」と言われました。「そういえば」って思い出したように(笑い)。

     ――ベストナイン、GGともに遊撃手は巨人・坂本が選ばれた

     田中:球界を代表する選手。目標ですね。目の前に生きたお手本がいるわけですから、お話を伺いにいくこともあります。「調子が悪い時はどうしてますか?」とか。

     ――遊撃手として667試合連続フル出場した阪神・鳥谷は憧れの存在

     田中:内野で出続けると体の面で1年間いろいろあるんですが、その中であれだけ出続けた。さらに記録がかかってるから出させてあげる、じゃなくてしっかり結果も残されている。すごいとしか言いようがない。

     ――その記録を超えたい

     田中:超えたいというより一つの目標。一番は野球をやめるまでケガなく、ずっと出続けたい。

     ☆たなか・こうすけ 1989年7月3日生まれ。27歳。神奈川県厚木市出身。右投げ左打ち。2005年に名門・東海大相模高に入学し、2年の06年にセンバツ出場。08年からは東海大、12年にはJR東日本に進む。ドラフト3位で広島に入団し、1年目の14年から開幕一軍入りして110試合に出場。2年目の15年にはレギュラーに定着し、オールスターにも初出場した。3年間通算で394試合出場、打率2割7分4厘、30本塁打、118打点、44盗塁。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170112-00000010-tospoweb-base

    <2016年ブレークした男:広島田中広輔内野手>

     広島のビッグレッドマシンガンと呼ばれた強力打線をけん引したのは、赤ヘル伝統の機動力野球を体現した田中広輔内野手(27)だった。

     遊撃手として全試合フル出場を果たし、主に1番として打率2割6分5厘、13本塁打、39打点、28盗塁。リーグ10位の出塁率3割6分7厘で塁上をかき回し、同学年のキクマル(菊池、丸)と形成した上位トリオは、他球団の驚異となった。102得点はリーグトップタイの数字だ。

     強気な上、気持ちの切り替えのできる強い精神力は1番打者向きだった。相手の執拗(しつよう)なマークに死球はリーグトップの17を数えた。それでも内角攻めに果敢に踏み込み、逃げなかった。12球団最多となる679打席立っても集中力を落とさず、粘り強い打撃を徹底した。「難しかったですけど、シーズン中盤からやりがいを感じた。あまり打順にこだわりはなかったが、1番をこれからもやっていかないといけない。一番打席に立った中ではしっかり塁に出られたかなと思う」。駆け抜けた1年に手応えと自信を感じた。

     17年は「1番・遊撃」としてフルイニング出場を目標に、三振減と失策減を誓う。大下剛史や高橋慶彦、野村謙二郎など、広島の黄金期を彩ったリードオフマンの系譜に、自分の名前を刻む。【広島担当=前原淳】


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161230-01756956-nksports-base

     日本中に衝撃を与えた広島・黒田博樹の引退。

     広島から夢を追いかけ世界へと羽ばたき、最後は慣れ親しんだ赤いユニフォームに袖を通した。鯉の背番号「15」が見られる時間も、のこりわずかとなった。

     黒田の引退に伴い、広島の背番号「15」を“準永久欠番”に...という声も挙がっている。“永久欠番”ではないものの、ふさわしい選手が現れるまでは球団の“預かり番号”という形に、というのが“準永久欠番”だ。思えば、黒田がメジャー挑戦中の期間もずっと「15」は空き番号となっていた。

     今年でいうと、DeNAも三浦大輔の「18」を“横浜ナンバー”とすることを発表した。“横浜ナンバー”とは、「プレーや振る舞いでチームを牽引する象徴となるべき選手が継承する番号」のことを指し、後継者が現れた際には球団と三浦で協議を行ったうえで継承する。

     このように、近年は“永久欠番”とまではいかなくとも、功労者の背番号を“準永久欠番”とする球団が増加している。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161019-00092967-baseballk-base

     ◇スポーツニッポン新聞社制定「2016年度プロ野球最優秀バッテリー賞」

     選考委員会では22日に開幕する日本シリーズも話題に。第1戦先発が予想される日本ハム・大谷に対し、広島が誰をぶつけるのか。

     最多勝は野村だが、レギュラーシーズンの開幕投手はジョンソン。槙原氏は「左投手の方が日本ハム打線を抑えられる。がっぷり四つの戦いを見たい」と、助っ人左腕とのガチンコ対決を期待。野村氏も「広島はCSでの戦い方もシーズンと同じ。初戦のジョンソンは間違いない」と断言した。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161019-00000062-spnannex-base

     四半世紀ぶりに訪れた歓喜に、広島の街が真っ赤に燃えた。

     高く厚い壁を乗り越えた今だからこそ振り返りたい25年前の記憶...。あの時の広島と今の広島を比較していくこの企画。今日は“3番打者”を見ていこう。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160916-00088891-baseballk-base

     【25年ぶり鯉のぼり5】09年秋、引退から4年を過ぎた野村謙二郎は12年連続Bクラスからの再建を託された。短期間の臨時コーチ以外では指導者歴を経ない監督就任だった。現役当時は7年間に渡って主将を務め、オーナーの松田元から「切り札」と期待を寄せられた。

     最初のミーティングで選手に呼びかけた。「目標は優勝。Aクラスを目指す――はやめよう。笑われてもいいじゃないか。優勝という目標を言葉にしよう」。実際、本当に周りには笑われた。構わなかった。泥臭さ、負けん気、誇り…。赤ヘルの伝統が薄れているという危機感があったから、半ば無理やり、「優勝」と選手に言わせた。

     全力疾走やバックアップなど「当たり前のこと」から説いた。若い選手は特に?って怒った。向かってきた一人が丸佳浩だった。「もっと教えて欲しい――。そんな目をしていた」。11年秋のドラフトで無名の地方大学から加わった菊池涼介には驚かされた。「教えたことがすぐにできた」。堂林翔太は3年目で全試合起用し、鈴木誠也も1年目から抜てき。投手でも中崎翔太や戸田隆矢らを引き上げた。「リスクはある。でも、スカウトの眼を信じた」。代わりに中堅選手を外すときには「はい上がってきて欲しい」と心を鬼にした。

     3位争いに敗れた12年頃から変化に気付いた。優勝したい――。強制ではない自発的な選手の声を聞いた。13年に16年ぶりAクラス入りを果たし、クライマックスシリーズ(CS)に初進出。5年目の14年には秋に巨人と優勝争いを演じた。10年春の開幕戦と14年秋のCS最終戦。最初と最後で、まるで違うチームになった。土台をつくり、退いた。

     区切りをつけたのは激務による心身の消耗以外にも理由があった。「カープは常に人材を見いだして育てていかないといけない球団。監督が代わって視点が変われば、新しい人材がきっと出てくる。だから、長くやり過ぎない方がいい」。後を託した緒方孝市が宙に舞う光景を「見事に“アンカー”を務めてくれた」と心から喜んだ。

     悲願の優勝から一夜明けた11日の巨人戦。2年目19歳の左腕、塹江敦哉が1軍デビューした。1/3回6失点、防御率162・0の出発にもうなずいた。「優勝して終わりじゃない。次の世代の人材を見いだそうという意思表示だと思う。もう25年も待たせるわけにはいかないから」。志が引き継がれたことがうれしかった。=敬称略、終わり=

      (広島取材班)

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