広島カープブログ

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    赤松真人

     7月9日大阪。埋め立て地に立地するオリックス二軍の本拠、舞洲バファローズスタジアムは、数日前までの豪雨が嘘のように、灼熱と言っていい暑さに包まれていた。

     開門の11時45分。人気のカープ戦とあって、500人しか収容しない小さなスタンドはすぐに埋まった。フィールドでは赤い練習着に身を包んだビジターチーム、カープの選手たちが試合前のアップをしている。フィールドの実際の気温は何度だろうかと思うと、若いファームの選手たちのタフさに今さらながらに感心する。

     そういう若い選手に交じって、一軍で結果を残せなかった、あるいは故障していたベテランもファームには在籍する。彼らにとって、この暑さは、若手以上に耐えがたいことは間違いない。この灼熱地獄から抜け出し、カクテル光線と大勢の観客のもとで再びプレーするため、彼らは今、大粒の汗を流している。


    ◆ 打線の起爆剤となる日を待ち望んで

     試合前練習が終わったスタンド下の狭い通路に、大声が響き渡る。

    「アツイ、アツイネ!」

     大男たちの群れにあって、ひときわ大きな体躯をゆすりながらベンチから出てきたのは、エルドレッドだ。開幕戦にはスターティングラインナップに名を連ね、早速ホームランをかっ飛ばした来日7年目のベテラン助っ人も、38試合の出場で打率.213、ホームラン5本という成績にファーム落ちとなってしまった。

     もちろんホームランは魅力ではあるが、昨年から台頭してきた同タイプのバティスタが同数のホームランを打ち、打率.273という成績を残している中、ベンチはどうしても彼を持て余すことになる。

     それでも、日本になじみ、ファンからも愛されている37歳のベテラン助っ人は、腐る様子もなく、前向きにファームでのプレーに取り組んでいる。

    「まあ、仕方がないね。これだけは、僕にどうにかなるものでもないからね。でも、僕にはホームランがあるから、またどこかでチームを助ける時がくるよ」

     日本で現役を終えたいと話す助っ人は、あと何年プレーできるかはわからないと言いながら、灼熱の中、一軍でチームを助ける時に備えて汗を流している。


    ◆ 檜舞台への復帰を目指して

     この試合、カープはゲーム後半に1点ずつ計3点を挙げ、完封リレーで理想的な勝利を飾った。その試合の中で、一番大きな拍手をスタンドから浴びたのは、9回に代走で登場した35歳の赤松真人だった。

    「まだ全然。一番遅い選手よりまだ遅いんじゃないですか。今は違和感しかないと言う感じです」

     プロ14年目のベテランは、プレーヤーとしての復帰以上に、人生の崖っぷちから這い上がろうとしている。

     2016年オフに受けた健康診断で発見された胃ガンは幸い初期のものだった。抗がん剤治療で野球を続けるか、手術を受けて野球を諦めるかの選択に、赤松は迷うことはなかった。

    「みなさんもそうでしょう。僕も生きる方を選んだんです」

     しかし、胃の半分を切除した彼の復帰を信じた球団は、彼と選手契約を結んだまま、リハビリを見守ることにした。それから1年半。赤松自身、そろそろ答えを出さねばならないことは十分にわかっている。

    「クビを切られる前に結果を出さないとね。プロだから当然のことです」

     プロである以上、競争は当たり前、それは二軍でも同じことだと赤松は言う。そこで、病気はいいわけにはならない。ファームであってもポジションや出番は自分で勝ち取らねばならない。

    「みんな頑張っているのは一緒。なんでがんばっている自分が出れなくて、がんばっていない赤松さんがって若い選手に思わせたらだめでしょ」

     とは言え、復活への道は険しい。リハビリに時間を要する胃ガンの切除という常人の社会復帰にさえ大きく立ちはだかる困難であるのに、赤松はプロアスリートとしての復活を目指している。

    「筋力は落ちていなんです。でも、体調はずっと悪いですね。風邪をひき続けている感じって言えばわかってもらえるでしょうか。疲れが取れないんです。なんと言っても、感覚的なものがなかなか戻らない」

     ただでさえ戻らない体調に、夏の灼熱。若い選手が虎視眈々と一軍を狙いがむしゃらにプレーする中、ベテラン・赤松の復帰への道は平坦ではない。

     2点リードの9回、1アウトからの安打の後、赤松は代走としてファーストベースを踏んだ。これ以上点差をつけられたくないオリックスは執拗な牽制球を投げてくる。頭から帰塁する赤松。そして続くライト前ヒットで一気にセカンドベースを蹴ってサードベースに駆け込んだ。そして続くこの回3本目のヒットで赤松はゆっくりとホームベースを踏んだ。

     プロ野球もオールスターを迎え、いよいよペナントレースの山場に入っていく。その華やいだ舞台の裏で、その舞台への復帰を目指し、ベテランたちは、真夏の太陽の下、土にまみれている。


    文=阿佐智(あさ・さとし)

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180711-00158707-baseballk-base

    ◆ウエスタン・リーグ オリックス―広島(30日・大阪シティ信用金庫スタジアム)

     胃がんからの復活を目指す赤松真人外野手(35)が今季の公式戦14打席目で初安打初タイムリーを放った。2回2死二塁で山田の内角球を左前に落とした。

     赤松は16年12月に胃がんを患っていることが分かり、17年1月に手術。昨年は治療とリハビリに専念し、今年2月のキャンプから全体メニューに合流していた。練習試合、教育リーグから出場を続けているが、ウエスタン・リーグでヒットを放ったのは初めてだった。

     今年1月には「人と触れあえることに感謝して、復帰してもう一度、恩返しがしたい」と誓っていた。1軍は丸が右太もも裏を痛め、離脱中。外野手が手薄となっているだけに、アピールを続ければ、念願の1軍復帰も現実味を帯びてきそうだ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180501-00000098-sph-base

     「ウエスタン、中日5-0広島」(18日、ナゴヤ球場)

     胃がん手術から再起をはかる広島・赤松が八回二塁の代走で、2016年10月以来1年5カ月ぶりの公式戦出場を果たした。

     そのまま左翼の守備に就き、代打・谷の飛球に体を反転させながらキャッチ。大歓声に包まれた「赤松コール」には「ありがたいことです」と感謝を口にしながらも「第一歩を踏み出したということだけ。まだ体力、筋力とも上げていかないと」と気を引き締めていた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180319-00000042-dal-base

     「ウエスタン春季教育リーグ、中日3-0広島」(4日、由宇球場)

     胃がん手術から復活を目指す広島・赤松真人外野手(35)が、九回無死一塁に代打で出場。術後初めての実戦は3球三振に倒れたが、復帰へ新たなスタートを切った。

     「代打・赤松」がコールされるとスタンドから大歓声がこだました。一昨年11月の日本ハムとの日本シリーズ以来、15カ月ぶりの実戦。初球、144キロのストレートを積極的にスイングしてファウルとなり、最後は空振りの三振に倒れた。

     「声援が聞こえないくらい、緊張しました。長かったですね」。長いリハビリ生活を経て試合に出場した赤松は、偽りざる心境を吐露した。

     15カ月ぶりの打席については「もっとできると思った。力の差、ブランクを痛感しました。点数をつけると100点満点の5点かな」と苦笑いを浮かべた。

     復活のスタートラインに立てたが、赤松にはほんの第一歩。「守備はある程度行けるとは思うけど、バッティングや走塁はこれからしっかりやっていかないと」と今後の見通しを口にした。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180305-00000039-dal-base

     広島の2軍は27日、宮崎県日南市の天福球場で春季キャンプを打ち上げた。山口県岩国市のキズナスタジアムで行ったキャンプ初日には、ドラフト1位の中村奨(広陵)のデビューを一目見ようと、1軍より200人多い1500人のファンが詰めかけるなど“奨成フィーバー”に沸いた。

     16日からの2次キャンプ以降は、新井が1軍に帯同せず2年連続の“日南居残りトレ”を敢行。夫人の四女出産のため来日が遅れていたエルドレッドも、2軍に合流するなど天福球場は豪華なメンバーでにぎわい続けた。

     キャンプ最終日となったこの日の練習終わりには、胃がんからの復活を目指し2年ぶりの春季キャンプとなった赤松が観衆に向かってあいさつ。円陣の中心で「日南でたくさんの人にお世話になったと思います。広島に帰ってからも、その人たちに恩返しできるようにがんばりましょう」と決意を表明し、一本締めを行った。

     新井は広島に戻り、1軍に再合流する見込み。中村奨は、このまま2軍で開幕を迎えることが濃厚だ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180227-00000105-spnannex-base

     胃がんからの復活を目指す広島・赤松真人外野手(35)が21日、春季キャンプ中の実戦復帰に意欲を見せた。2軍スタートとなるキャンプでは全メニューを消化する意気込みで、2月中旬に「代走」として復帰する姿を思い描く。この日は岩本、薮田と共に広島県江田島市大柿町の大柿高校で野球教室に参加。18チーム、総勢277人の小中学生に指導し、1軍復帰を約束した。



     穏やかな瀬戸内海に浮かぶ江田島で、赤松が2年ぶりに大柿の子どもたちと再会した。小学生には優しく、自身の経験から「難しい時期」と語る中学生には時折厳しい声をかけ熱心に指導した。約3時間の野球教室を終えると爽やかに笑った。

     「元気と勇気をもらいました。1日1日を大事にしているので、生きていること、人と触れあうことに感謝しています。たくさんの人に励ましてもらったので、恩返しできるように。早く1軍に復帰して勇気を与えられる存在になりたいです」

     2月1日のキャンプインを前に、早期1軍復帰を約束した。キャンプは2軍スタート。「まだ全体練習に入っていないので、ついて行けるか分からない」と慎重に話すが、「全部のメニューをやるつもり。今は不安より楽しみの方が大きい」と声を弾ませる。疲労と相談しながら「無理せず、ゆっくり、自分のペースで」復帰への道のりを歩んでいく。

     キャンプでは第1、2クールで肉体的、体力的な不安を取り除き、その後は「技術を求めていきたい」と言う。見据えるのは2月中旬の実戦復帰。例年、練習試合などが組み込まれる時期だ。「徐々に上げていって実戦に入る準備をしていかないといけない」と青写真を描いた。

     1軍戦力として「求められるのは走力と守備。どれだけ勘を取り戻せるか」と力を込める。代走での途中出場を想定し、「そこで一発で走れるのか」を最大のテーマとした。手術後、走力のタイムは測っていないという。だが「走塁、盗塁は技術。ごまかしがきく」ときっぱり。足のスペシャリストには通算136盗塁の経験がある。投球モーションを盗むなど「そこを磨いていけばいい」と自信たっぷりに言い切った。

     野球教室の開始前、総勢277人の少年少女から「赤松選手、お帰りなさ~い!」と、大歓声で迎えられた。昨年1月5日の胃がん手術から約1年。抗がん剤治療など苦しい過去も「大したことなかった」と今は振り返ることができる。「もともと打たれ強い。野球の方がしんどい」と赤松。再び全力疾走できる日が来ると信じて、前に進むだけだ。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180122-00000017-dal-base

     2016年12月に胃がんがわかったプロ野球・広島カープの赤松真人選手(35)。17年1月に胃の半分を切除して半年間、抗がん剤治療を受けました。「病気やけがと闘う人に、勇気を届けたい」。その思いでトレーニングに励みます。支えてくれた周囲や病への思いを聴きました。



    ■野球ができる喜び

     仲間と汗を流して、野球ができる。いま、チームメートと野球ができることが本当にうれしいです。1年前は考えられませんでした。「野球ができない」という去年があったからこそ、野球ができることがうれしいのです。

     例年、健康診断を受けている医療機関で2016年12月、胃カメラの検査を受けました。妻が予約していて、「ただ待っているのもな」と思って自分も受けたらがんが分かった。

     自覚症状も全く無かったので「うそでしょ?」と思いました。先生からは、「これ、風邪」っていうぐらいに簡単に「あ、がんだね」と言われました。初見では悪いがん細胞でもないという話だったので、そこまで深刻に受け止めていなかった。手術で胃をちょっと切って、治ればまた戻れる、合流できると考えていました。

    ■つらい治療

     もしもあのとき、検査を受けなかったら、40歳まで生きていなかったかもしれません。胃を全摘出する必要があっただろうし、野球もできていなかったと思います。

     父が肺がんになったんですが、どこか他人事でした。後から新聞で「がんは2人に1人がかかる」と知って驚きました。なのに「自分だけはかからない」と思っていた。浅はかだったなと思います。

     でも「抗がん剤はつらい」という知識はあったんですよ。だからリンパ節への転移が分かり「ステージ3」と言われ、「抗がん剤治療が必要です」と言われたときが一番ショックでしたね。

     抗がん剤は、再発率や生存率を聞いて、半年間の治療を選びました。でも副作用が手足に残ると言われました。

     点滴と飲み薬を併用し、8セット繰り返す治療でした。1回目が終わった時は「これなら耐えられるだろう」と妻と話した記憶があります。でも抗がん剤って、治療が始まった直後にがくっと体調が悪くなる。インフルエンザにかかったみたいになり、下痢と嘔吐(おうと)も続く。治療が始まった日の夜は、眠るのが本当に怖かったですね。

     「やめたい」と思うこともありましたけど、スポーツ選手なので、元々しんどいことをやってきているんですよ。つらい治療も慣れてくる。とにかく「頑張ろう」と思っていたかな。ただ、8回目の終わりが一番きつかったです。ボールを持っても握っている感覚はないし、投げられない。「もうダメだ、野球はできないな」と思いました。

    ■妻やチームメートの存在が助けに

     つらい時に何よりも支えてくれたのは、家族。妻と息子2人が本当に支えになりました。長男は風邪を治すぐらいの軽さで「早くがん治してね」って言います。

     自分自身は抗がん剤や手術の傷口の痛みに耐えるだけでいいんですけど、妻はそれ以上のダメージがあると思います。「何でこのしんどさを分かってくれないんだ」と僕が思っても、そりゃあ分かりませんよね。必死で分かろうとしてくれる妻に当たってしまうこともありました。でも、独りで誰にも相談できなかったら、つらかったと思います。妻には本当に感謝しかありません。

     カープの菊池(涼介選手)とは、以前からご飯に行ったり遊んだりしていました。病気が分かった時も、一番最初に打ち明けたのは菊池です。チームメートはみんな明るく話してくれ、ありがたかったですね。

     試合前の休憩時間、球場の菊池からLINEでテレビ電話がかかってくるんですよ。試合前ですよ?(笑)

     「もしもし? 生きてるー? 元気そうな顔してるやん」って言われて、周りにいる選手たち一人ひとりと話して。励みになりましたね。病気になってしんどいと、「外に出よう」と思わなくなります。ほっといてくれ、独りにしてくれ、って思うんです。でも独りだと「抗がん剤がつらい」とか考えてしまう。それって良くないんだな、と思いました。

     菊池からの電話でも、しんどい顔は見せられない。動画なんで、ちゃんと座り直して「おう」と答えて、元気な姿を見せようとする。そうすると、電話した後もちょっと元気なんですよね。

     入院中に「来ないでくれ」って言う人、多いと思うんです。確かに「来ないでいい」と思っているんですけど、来てくれたら来てくれたで、元気な姿を見せようとするんですよね。そうやって振る舞うことで、少しずつ免疫力が上がるような気がします。

     がんって、独りで乗り越えていくにはつらい病気です。僕は、家族やチームメート、ファン、多くの方に励まして頂いて、本当に恵まれているんですよね。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180117-00000017-asahi-soci

     広島・赤松真人外野手(35)が4日、京都市内の立命大柊野グラウンドで自主トレし、胃がんからの復活を目指す今季の目標を「カムバック賞」に定めた。手術から1年。ともに闘ってくれた家族、温かい声を送ってくれたファン、そして必要としてくれた球団への恩返しを改めて期した。

     外は粉雪舞う底冷えの室内練習場。赤松は入念なウオーミングアップを済ませた後、キャッチボール、ノック、マシン相手の打撃練習を次々と軽快な動きでこなしていった。

     「順調と言えば順調ですよ。目標はカムバック賞。今年に限ったことではなく、いつかは取りたいな」

     昨年1月5日の胃がん手術から、ちょうど1年。ぼやけていた視線の先が今は明確に輪郭を帯びてきた。

     チームの勝利を最優先する男が個人的な賞を目標としたことには理由がある。

     「ファンの方に、たくさんの励ましの手紙や声をもらって、それを力にすることができた。球団も、何もしていない僕を戦力としてカウントしてくれた」

     ともに病魔と闘ってくれた夫人と2人の愛息をはじめ周囲の人々への感謝は尽きない。「もう僕の野球人生には恩返ししかない。もう一度、1軍で元気な姿を見せたい。盗塁をしたい」。強固な意思を胸に自慢の快足でダイヤモンドを駆け回る日を思い描いた。

     いまも1カ月に一度の血液検査、3カ月に一度のCT検査は欠かせない。抗がん剤投与の影響で足にはまだ若干のしびれが残り、食欲減退により体重も例年オフの75キロには4キロ程度届かない。「逆に体が軽くなって、いい感じなんじゃないかと思う」と明るく振る舞い、年末年始も故郷・京都で休まず練習を続けてきた。

     「練習は一通りできるけど、チームと一緒の練習をやってみてどうか。どれくらいできるか、早く試したい」

     フルメニューをこなせる状態で春季キャンプを迎えることが現状での目標。今月中旬からは選手会の合同自主トレにも参加する予定で「焦ってはいないです」と言い切った。

     「まずは今、野球ができていることに感謝したい。もちろん復帰が目標だけど、結果を考えずに全力でやれるだけやりたい」。現実と向き合い、一歩ずつ着実に復活への道を歩んでいた。(桜井 克也)

     ◆カムバック賞 1974年に制定された連盟特別表彰で、長期離脱や成績不振から復帰した選手が対象。選手生命に関わる負傷から復活した選手が多いが、01年受賞の盛田幸妃(近鉄)は98年に脳腫瘍摘出手術を受け、3シーズンぶりに勝利を挙げたことが評価された。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180105-00000027-spnannex-base

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