広島カープブログ

広島カープのまとめブログです!試合速報、日程、選手、グッズ情報など広島カープに関連する情報を配信していきます!

    コーチ

     昨季限りで現役引退し、今季から広島の2軍外野守備・走塁コーチに就任した赤松真人コーチ(37)が10日、東京・銀座のひろしまブランドショップ「TAU」で行われたトークショーにゲスト出演した。

     京都府出身の赤松コーチは、平安高、立命館大を経て2005年にドラフト6巡目で阪神に入団。その後、08年にFA移籍した新井貴浩(現スポニチ本紙評論家)の人的補償として広島に移籍した。持ち前の俊足と強肩で外野手として活躍した赤松コーチを一躍有名にしたのが、10年8月4日にマツダスタジアムでの横浜戦で、村田修一が放った本塁打性の飛球をフェンスによじ登っての好捕。米国でも衝撃プレーとして取り上げられるなど、世界に名をとどろかせた。

     しかし、25年ぶりのセ・リーグ優勝した16年オフに胃がんを公表し、翌17年1月5日に胃の半分を切除する手術を行い、その後は抗がん剤投与など治療やリハビリをこなし、18年春季キャンプに参加、1軍復帰に向けトレーニングを重ねてきたが、昨季限りで現役を引退した。

     来場者から花束を受け取った赤松コーチは昨年9月27日に行った引退セレモニーに関して「実は僕が球団に(セレモニーを)やらなくていいですと言ったんです。実際に凄い成績を残した選手でもなかったし。でも、病気になってから声援してくれた全国のファンの人たちに最後の姿を見せるためにはいい場所だと思ったんです。やってみて凄く良かったですね」と話した。

     続けて、引退を決意した理由を聞かれると「引退って言ったら格好良いんですけど、引退じゃないんです。力及ばずなんです。1軍にはいない、いても試合にほぼ出ないのであれば、身を引くべきだと思います。あと1年できたかもしれませんが、そうなると1人の選手が枠に入れなくなる訳で、自分から引退するって言いに行きました」と説明した。

     今後は2軍外野守備・走塁コーチとして後進の育成に携わることになるが「野球選手にとって、やりがいのある仕事だと思います。コーチ業って皆さんが思っている以上に体力を使うんで、選手あがりの方がやりやすいと思います」と、現在はノックを打つための練習を行っているという。

     最後に来場者に対して赤松コーチは「今後、コーチ業をしますが、たぶんコーチングという(ような)大きなことを言えないと思います。しっかりとサポートをして選手の意見を聞き、やりやすい環境を作ってあげることに重点をおいてきたいと今年は思っています。年ごとに僕もレベルアップしていきたいですし、ファンの方々にもレベルアップしていただき、諦めない心で今後も野球を、そしてカープを応援していただければありがたいですね」と、熱いメッセージを送った。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200110-00000209-spnannex-base

    広島横山竜士1軍投手コーチ(43)が5日、ドラフト1位の明大・森下暢仁投手(22)の実戦デビュー戦が宮崎・日南キャンプで開催する2月9日の初紅白戦(天福)になる可能性を明かした。広島・廿日市市内の商業施設で行われたトークショーに参加。開幕ローテーション候補と期待する右腕により多くの実戦経験を積ませ、調整を進めていく方針を示した。



       ◇   ◇   ◇

    即戦力右腕が、異例の早さでベールを脱ぐ可能性が出てきた。今年は東京五輪の影響で開幕戦が3月20日と早く、先発投手陣は例年よりも調整を前倒しする必要がある。森下は開幕ローテーション候補の1人で、2月春季キャンプ1軍スタートが内定。開幕までにプロ相手に多くの実戦経験を積むことが必要だ。

    チームとしても2月9日の紅白戦が今季初実戦となる。既に秋季キャンプに参加していた若手投手数人には紅白戦への調整の指示は出ており、横山コーチは「ルーキーにそこまで求めはしないにしても、(2月22日から始まる)オープン戦辺りをめどに、実戦の回数、球数とイニング数もこなしていかないといけない。そこを逆算した中で考えていかないと」と説明した。

    今月8日から新人合同自主トレが始まり、横山コーチも同期間中に視察する予定。「自主トレを見て、どれくらい投げられるのか、体の状態がどうなのか、そこは自主トレからキャンプにかけての状態を見ていく中で、監督、投手コーチ含め判断していくことにはなる」。近年の大卒ドラフト1位右腕の初実戦は大瀬良が14年2月16日、岡田が16年の同日、矢崎が17年2月14日だった。異例の早さでの初実戦へは1月中のアピールが重要だ。

    森下は1年目の目標として「新人王」、「開幕ローテーション入り」を掲げる。横山コーチは「彼が高い目標を持ってくれているのは、こちら側としてはありがたい」と感謝。最速155キロの直球を誇る大学NO・1右腕とあって、「実力ある投手だと思う。先発の競争の中に加われば、他の投手にも刺激にもなるし、チームの底上げにもつながる」と相乗効果にも期待した。背番号18の黄金ルーキーが目標達成へ、初実戦で剛腕をみせつける。【古財稜明】

    ◆森下暢仁(もりした・まさと)1997年(平9)8月25日生まれ、大分県大分市出身。大分商では1年夏に背番号11で甲子園ベンチ入り。3年夏はU18W杯で10回を投げ無失点。明大では大学日本代表で17年ユニバーシアード優勝、18年ハーレム国際大会優勝に貢献。4年時には全日本大学選手権でエースとして38年ぶりの日本一に導いた。180センチ、76キロ。右投げ右打ち。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200105-01050980-nksports-base

    昨季まで巨人で巡回打撃コーチを務めた内田順三氏(72)が、社会人野球のJR東日本で外部コーチを務めることになった。

    6日に指導を開始した。同氏は82年の現役引退後もユニホームを脱ぐことなく、37年間にわたり、広島、巨人でコーチ、2軍監督などを歴任。野村謙二郎、前田智徳、高橋由伸、阿部慎之助ら数多くの好打者を育て上げた。JR東日本は元ヘッドコーチの浜岡武明氏(47)が新監督に就任。内田氏にとって駒大の後輩にあたる。名門のさらなる強化に、名伯楽が協力する。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200106-01060218-nksports-base

     広島の朝山東洋打撃コーチ(43)が30日、理想の1番打者像を明かした。来季も4番・鈴木を軸に打線を組むが、得点力アップのためにはリードオフマンの働きが重要だと強調。2番以降に勇気を与える打撃ができる選手を起用する方針だ。来年の春季キャンプ、オープン戦を通じ、適任者を見極めていく。

     得点力アップには1番打者の活躍が欠かせない。朝山打撃コーチはリードオフマン像を言葉にした。「一番初めに打席に入る。みんなが見ているし、その打者が打てば『行けるぞ!』という雰囲気になる。勇気をもたらしてくれる打者を置きたい」と力を込めた。

     攻撃的な姿勢を求めている。状況に応じ、四球を選ぶこともチームのプラスになる。それでもまずは積極的なスイングを心掛けてほしいという。「1球も振らずに見逃し三振などで終われば、その後の打者が受け身になる」。理想の結果は「1点を取れば、雰囲気が明るくなる。先頭打者ホームラン」だ。

     リーグ4連覇を逃し、4位に終わった今季は1番探しで混迷した。田中広が開幕から絶不調。一時、存在感を示した野間も定位置をつかむことはできなかった。勝ち切れなかった前半戦は、9人(16、17年=2人、18年=4人)が入れ替わった。

     春季キャンプから競争の幕が開ける。右膝の手術を受けた田中広は万全の状態で臨める見通しが立ち、野間は秋季キャンプでパンチ力を見せつけた。西川も打撃力はチーム屈指だ。この3人が有力候補で、もちろん新たな選手の台頭も待ち望んでいる。

     不動の4番・鈴木を軸に組む来季の打線。「攻撃的なメンバーを置きたい」と青写真を描く。サバイバルレースから切り込み隊長の座を勝ち取ってほしいと願っている。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191231-00000022-dal-base

    広島朝山打撃コーチが来季構想の一端を明かした。27日に菊池涼が残留を発表したことで、大きな戦力ダウンを免れた。チーム内競争が激しくなる中、三塁のポジションは空席状態となっているが、新戦力ホセ・ピレラ外野手を推した。「ホセが内野を守れるのなら、三塁を守れると大きい。キャンプで試すことになると思う」。

    同コーチは獲得前に映像をチェック。「(候補6選手の中で)スイングが一番速かった。走塁もアグレッシブで手を抜かない。一塁まで全力疾走するし、広島のカラーにあっていると思った」と太鼓判を押す。ピレラは米国では外野と一塁のほか、二塁の経験もある。広島の三塁は今季、安部やメヒア、小窪らを日替わりで起用。秋季キャンプでは西川に再挑戦させるほど手薄なポジションだ。そこに長打もある新外国人がはまれば、より攻撃的な打線を組むことができる。

    今オフはFA選手が全員残留となった。だからこそ、朝山打撃コーチは若手の奮起を求める。「今年は前年までサブとして支えた選手がレギュラーとして出たことで、控えの層が薄くなった。チーム力が落ちていることは間違いないので、底上げがないとチーム力も上がらない」。控え選手、2軍選手の成長があってこそ、チーム力は向上する。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191231-12300456-nksports-base

     野球人生“終活”の場と言っていいだろう。12月1日に広島の古豪・呉港の監督に就任した片岡新之介氏は「甲子園で勝てるチームを作りたい。あとは指導者を育てていきたい」と72歳の野球人は目を輝かせた。

     「高校、大学、社会人、プロで選手としてやらせてもらった。そしてプロ、社会人、専門学校、高校の指導をさせてもらっている。野球界になにか恩返しできれば」-。

     プロでは捕手として活躍したが、倉敷工時代には平松政次(元大洋=現DeNA)、松岡弘(元ヤクルト)、森安敏明(元東映=現日本ハム)と並んで岡山四天王と呼ばれる投手としても活躍した。

     芝浦工大、社会人のクラレ岡山を経て1969年度ドラフト会議で西鉄(現西武)から捕手として5位指名を受けた。社会人・クラレ岡山で70年はプレーし、71年から西鉄のユニホームを着た。一時はレギュラー捕手として活躍したが75年オフに阪神へトレード。田淵幸一、若菜嘉晴らの控え捕手として活躍、80年オフに阪急(現オリックス)に移籍し、86年限りで現役を終えた。

     87年から広島のバッテリーコーチに就任し、指導者へと転身した。17年間1、2軍のバッテリーコーチを務め、西山、倉、石原らを指導してきた。2004年から社会人・JR九州のコーチ、07年からはMSH医療専門学校の監督を務めた。

     今は選手として歩んだ道を指導者として逆に歩んでいる。「もうこの年だから最後やろうね」と呉港での指導生活が、野球人生最後の場とする覚悟でいる。ただ、体力、気力は衰えることはない。JR九州のコーチ時代に胃がんを患ったが「その後は一切病院にかかっていない」と胸を張った。ノックバットを握り、ときには捕手の構えを見せ選手をハッとさせる。

     負けられない相手がいる。呉港の監督に就任した12月、長男・寛典氏が社会人野球の名門・JX-ENEOSの投手コーチになった。広島商、駒大を経てJX-ENEOSとアマ球界の名門で投手として活躍。野球を引退してからは社業に専念していたが、この12月に大久保秀昭監督の復帰とともに投手コーチとなった。

     「最初は仕事にも慣れ、野球部に戻るのは複雑だったみたい。それがオープン戦を終えて野球人としての血が騒いだようだ。メールに“勝つチームにする”と力強く書いてきたよ」と、目を細めた。野球人のDNAを受け継ぐ息子のメールは、大いに刺激になったようだ。

     呉港は、広島の高校野球界はもちろん阪神OBにとって特別な高校だ。初代ミスタータイガース・藤村富美男さん(故人)の母校である。また片岡新監督にとっては、阪神時代に指導を仰いだ富美男さんの弟・藤村隆男さん(故人)の母校でもある。「阪神時代にはお世話になったし、縁を感じるよね」という。

     近年、甲子園から遠ざかっているものの、戦前は夏の選手権大会で全国制覇を果たすなど、春夏11度の甲子園出場を誇る古豪である。「古豪復活の力に少しでもなれればと思っている。まずはみなさんから『ごこう』と読んでもらえるようにしないと。『くれみなと』としか読まんから」。倉敷工で硬球を握って50年以上がたつ。選手として指導者として野球人生を歩み、最後の働き場とする呉港の今後に注目したい。(デイリースポーツ・岩本 隆)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191230-00000065-dal-base

    目指せ20発!! 広島野間峻祥外野手(26)が24日、マツダスタジアムで約3時間汗を流した。例年通り、年内は広島市内のジムと本拠地で筋力強化と技術練習を続ける。年明けにはプロ入り初の合同自主トレを同僚の鈴木らとともに宮崎県内で予定する。秋季キャンプで好感触を得た新打撃フォームを確立させていく。


      ◇    ◇    ◇

    明確な方向性と両手に残る好感触を持ち、野間はバットを振り続けた。例年通り広島市内のジムで筋力強化を行い、マツダスタジアムではマシン打撃や素振りなどの技術練習を並行するオフを過ごす。手探りだったこれまでのオフとは違い、今年は打撃感覚の変化や確かな手応えを感じられる日々を送っている。

    「(来季から1軍打撃コーチの朝山)東洋さんには20発くらいは、と言われている。年間通して普通にやれば、それくらい打てる力。それを求めてやっていきたいと思います」

    キャリアハイは18年の5本塁打だが、高い潜在能力は誰もが認める。来季から1軍担当となった朝山打撃コーチは秋季キャンプ中に「ロングティーを見てもらえれば分かりますが、飛ばす能力はものすごくある」と柵越えを連発するパンチ力を認めていた。

    苦しんだシーズン終了後に打撃フォームを大きく変えた。チームメートの西川や西武FAの秋山のようにバットを後頭部の後ろに倒して構える形にし、秋季練習で確かな手応えを得た。「(キャンプでは)飛距離も結構出て、今もいい感じで振り抜けている」。周囲の評価も上々だった。年々増加する筋肉量に、確かな技術力も加われば、一気に長打力が開花する可能性も秘めている。

    年明けには鈴木や堂林ら広島5選手で宮崎県内でプロ入り初の合同自主トレに臨む。同世代で仲がいい。ただ、厳しいことも言い合える関係でもある。「みんなで思ったことを言えるメンツだと思うので、いろいろ指摘してもらいながら、いろいろ聞きながらやっていきたい」。打撃投手や栄養士を同行させる徹底ぶりで、妥協は許さない覚悟だ。リーグ優勝を逃し、ここ数年よりもオフ期間は長い。多くのものを吸収し、激しい外野手争いへの臨戦態勢を整えていく。【前原淳】



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191224-12240748-nksports-base

    「投手王国の再建」。
    佐々岡真司新監督のもとで、この大きな任務を背負うのは、来季より一軍投手コーチに就く沢崎俊和氏。
    広島ホームテレビ『ひろしま深掘りライブ フロントドア』では、沢崎コーチをスタジオに招き、2020年カープ投手陣の展望を聞いた。



    カープ一筋23年の沢崎コーチは1996年にドラフト1位でカープに入団。同期のドラフト2位は、後に日米通算203勝をあげた黒田博樹氏。
    1年目の1997年はアマチュア球界No.1の呼び声通りの力を発揮し、先発・リリーフにフル回転。チームトップの12勝をあげ新人王を獲得した。その後は故障に泣き、2度の手術を経て、9年目の2005年に現役引退。翌2006年にコーチ就任。以降14年にわたり一軍から三軍まですべてのコーチを歴任した。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191209-00010001-hometvv-l34

    「4番・鈴木」。
    来季より一軍の打撃コーチに就任する朝山東洋氏は、来季の理想の打順を聞かれて、答えたのは「4番・鈴木誠也」のみ。「ここは絶対変えたくない。あえて加えるなら“6番・會澤翼”。思い描くオーダーはあるが、全て言ってしうまうと選手のモチベーションに関わるので」と気遣う。



    朝山コーチは1994年にドラフト3位でカープに入団。
    走攻守の三拍子そろった野球センスでファンを魅了した。
    プロ5年目に一軍デビューを果たすと翌2000年にはプロ初アーチを含む、5本の本塁打を放って活躍。
    以来毎年一軍で出場するもののケガに泣かされ、2004年に現役引退。
    2005年からカープの二軍打撃コーチ、二軍外野守備走塁コーチなど歴任し、カープが誇る強打者たちを育成した。
    そしてコーチ歴16年目の来季、佐々岡新体制のもと、初めて一軍の打撃コーチに就く。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191216-00010000-hometvv-l34

     広島の畝龍実3軍投手コーチの長男で、育成ドラフト3位の畝章真投手(24)=四国アイランドリーグplus香川=が8日、翌日の新入団選手発表会見に備えて広島市内のホテルに入った。

     来季から尊敬する父の指導を受ける。「ずっと球団に就いている方なので聞いたりしています。やりづらい?現場に行ったらきっちりやると決めています。やりづらさはありません」ときっぱり言い切った。入団後は「コーチ」と呼ぶと決めており、「お父さん」は卒業する。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191208-00000104-dal-base

    このページのトップヘ