<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>

 広島のオスカル、飯田の両左腕が、サイドスローに転向。ワンポイントを目指している。ふと気になり、広島最後の「左殺し」に話を聞いた。現在は広報の河内貴哉氏(35)だ。08年に左肩関節唇と腱板(けんばん)部の再建手術を受けた。大けがから奇跡的に復活。13年には左キラーとして34試合に登板した。


 軽い気持ちで聞きに行ったが「僕は野球選手じゃなかったから」と衝撃的な言葉が返ってきた。今も左肩は上がらず、拳をつくっても小指と薬指は完全には曲がらない。痛みが少なく、投げられる場所。それが横手だった。「そうするしかなかった。1球でも1軍で投げたかったから」。優しい顔で肩をさする。

 とにかく生き残ろうと必死だった。「1人じゃなかったから」。育成選手時代に結婚。コーチ、トレーナー、スタッフにも支えられた。理想追求をやめ、左打者が嫌がることをやり続けた。目線を合わせながら投げたり、直球でも縫い目に掛けずに投げた。先の2人とは経緯も違えば助言する立場でもない。ただ最後は「僕が右腕だったらとっくにクビ。チャンスは広がると思うから頑張ってほしいですね」と心底からのエールを送った。【広島担当=池本泰尚】
引用元 https://www.nikkansports.com/baseball/column/bankisha/news/201711130000538.html
名無しさん : 2017/11/16 10:16:40
入団当初の本格派の綺麗な投球フォームから、あれだけ変則的な投球フォームに変わった投手を他に観たことがない。

怪我に泣かされたが、達川は何を思うだろうか。
名無しさん : 2017/11/16 10:22:52
2年前ぐらいのキャンプ中継で解説に来た達川の隣にゲストで広報河内が座ったときには、未だに河内に対する後悔の念と申し訳なさがあり、河内の目を見ることができんと言っていたね。
名無しさん : 2017/11/16 13:12:41
達川は自分の非を認めるところが凄いんだよな。
河内と苫米地。
1年目から活躍したこの二人をうまく育てられず故障させてしまったのが暗黒時代の要因の一つ。
上手く育成できず潰してしまったが、二人とも今も球団に残していることがファンとしては嬉しい。
小林幹英なんかも酷使で短命だったが、コーチとしてずっとカープに残しているしな。
名無しさん : 2017/11/16 10:51:05
河内が広報で元気そうにしているのを見られるのがうれしい。入団時は期待が大きかっただけに故障が本当に残念だった。飯田とオスカルにはとにかく頑張ってほしい!
名無しさん : 2017/11/16 10:46:55
生き残る為のサイド転向だとは思っていたが、肩が痛くての転向だったとは思わなかった。
それに比べれば飯田もオスカルも恵まれているはず。
飯田、オスカル共に才能は河内には劣るが、何とか練習と佐々岡塾で物になってくれ。
名無しさん : 2017/11/16 13:41:18
飯田とオスカル、実は生年月日がまったく同じというカープトリビア。
名無しさん : 2017/11/16 11:58:40
河内さんは期待されながらも怪我に苦しんで、しんどい思いをたくさんたくさんした人だから、もがき苦しむ選手の気持ちとか、支えてくれる人への感謝の気持ちなどが人一倍わかるのだろうと思う。
いつもヒーローインタビューの段取りをしながら、活躍した選手を嬉しそうに送り出す姿が印象的。とりわけ新人のプロ初勝利の時など自分のことのように喜んで、フラッシュを浴びるルーキーを優しい眼差しで見守る姿がこちらの涙腺を刺激する。
明るい性格もさることながら、支えられることの有難さを誰よりも知っている河内さんはカープにとって最高の広報だと思う。
名無しさん : 2017/11/16 11:13:47
河内さんに左投手のコーチを
してもらってもええのかなと
思ったり。
選手時代にいろいろと経験してる人やから、
なんかやらせてみたい気もする。
名無しさん : 2017/11/16 10:41:44
確か河内のドラフトでは当時の監督達川が当たりくじを引いたのを覚えてるなぁ

プロ入り後は故障して、育成も経験したけど、晩年は左のワンポイントとして

貴重なリリーフにまで復活よく頑張ってくれました。
名無しさん : 2017/11/16 11:36:34
「ラッキーストライク」を掲げた時ね。
名無しさん : 2017/11/16 12:39:56
「ラッキーストライク」の箱が逆さまになっていたんですよね。
名無しさん : 2017/11/16 13:23:15
高卒競合一位で入団して、投手層の薄さから体作りもロクにさせてあげる事も出来ずに一軍で投げてもらってたんですよね...それでも細い体から150キロに迫るすんごいクロスファイヤーの直球投げ込んでた。
今の高卒入団選手を二軍で焦らせることなく順序立てて成長させれるのも、ウッチーと現トレーナーのベッチーの反省からのおかげでしょう。
ありがとうございます。
名無しさん : 2017/11/16 12:12:26
飯田,オスカル,この記事読んどるかぁ!?
名無しさん : 2017/11/16 11:56:03
奇跡の復活勝利の時には、大竹と今村がヒーローインタビュー後も待ってくれてたっけ
感動的やったなー
名無しさん : 2017/11/16 12:10:14
左の素材としてはピカイチ。
でも他球団じゃなくカープだから長く細くできたところもある。
人柄の良さが仇になった印象。
いろんな人の意見聞きすぎて壊れた印象。。
名無しさん : 2017/11/16 11:02:19
オスカル、飯田の2人は河内広報に色々質問したりすればいいのにと思うんどけど、今はコーチでもない、あくまでスタッフだからアドバイスを求めたりするはダメなのかな?
名無しさん : 2017/11/16 14:08:40
肩というか背中を開けた大手術だったんで
仰向けでも、うつ伏せでも痛いから
ソファーに座って寝てた
そんな状態からでも、辞めようとは思わなかった人
名無しさん : 2017/11/16 11:14:38
2012年に一軍に戻ってきたときは嬉しかったな
名無しさん : 2017/11/16 10:24:48
広島に期待している
左ピッチャーはいるのだが
名無しさん : 2017/11/16 10:53:06
監督がねぇ。
ていうかあの当時の広島はいいピッチャーを酷使していたからなぁ。
名無しさん : 2017/11/16 11:37:49
かつての清川みたいになってくれればブルペンの厚みとバリエーションの幅が増す。
名無しさん : 2017/11/16 11:05:43
昔広島(後クラウン→西武)の永射みたいな投手が欲しい。
名無しさん : 2017/11/16 10:20:28
河内もがんばってくれたが
"広島最後の「左殺し」"といえば
いまだに清川だと思っています。