広島カープブログ

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    ニュース

     広島の赤松真人外野手(36)が13日、広島・廿日市市の大野練習場で自主トレを行い、背水の覚悟で今季へ臨む決意を明かした。2017年1月に胃がんの摘出手術を受け、昨季は約2年ぶりにウエスタン・リーグで55試合出場も1軍出場なし。今季こそ1軍に昇格し、チームの勝利に貢献することを自らに課した。

     青空の下で赤松の笑顔がはじけた。明るい表情は、自主トレが順調に進んでいることを物語っている。「今年は(動きが良いから)誰も僕が病気をしたと思わなくなった。だから自分から言うようにしている」とジョークも交えるほどだ。

     母校・立命大で元日から始動。10日から大野練習場で体を動かす。9時に到着するとキャッチボールを行い、ティー打撃、フリー打撃とメニューをこなした。同時に練習する初々しい新人選手に劣らない軽快な動きだ。

     強い決意で臨む1年になる。「1軍で活躍して優勝に貢献するのが一番。戦力にならないといけない」と力を込めると「結果が出なければ、状態が良かったとしても年齢的に覚悟がある。引退とかもあるし」と続けた。昨季、現役引退が脳裏をよぎった。結果を残すことが何よりもの恩返し。その気持ちが体を突き動かしている。

     37歳となる今季は、シーズンを通して初めて筋力トレを継続する方針。筋力の維持に加え、ケガを防止する狙いだという。昨季は2軍で55試合に出場し失敗なしの5盗塁を決めた。完全復活への手応えがある。

     2軍スタートが濃厚な春季キャンプは、初日から全体練習に加わりアピールする。「早いうちに1軍に上がれたらベスト。呼ばれるようなパフォーマンスを見せたい」。マツダスタジアムで大歓声を浴びる日を目指して全力疾走する。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190114-00000031-dal-base

     2018年ドラフト会議で104名(育成21名を含む)が指名され全員が入団、今季よりプロ野球選手としてのキャリアをスタートさせます。指名順位が高かろうと低かろうと入団してしまえば横一線でのスタートとは言いますが、指名順位によってプロ野球選手として生き残れる年数に差が生じるものなのでしょうか。また、ポジションごとの差や、高校からの入団、大学・社会人からの入団での差はあるものなのでしょうか。そこで、1993年から2008年のドラフト会議で指名された選手がどのくらいプロ野球選手としてNPB、MLBに在籍していたかの年数を分析してみました。


     まずは1993年から1999年のドラフト会議で指名され入団した選手がどれだけの年数以上、在籍していたかを紹介します。

     1993年のドラフトで入団した選手が10年以上在籍した確率は59.4%であり、ほぼ6割の選手が10年以上プロ野球選手であり続けたことがわかります。そして15年以上の在籍が3割、20年以上の選手も1割弱いたことがわかります。なお1993年ドラフトで最後に指名されたのがロッテ7位指名の福浦和也。福浦は26年目となる2019年シーズンもプロ野球選手として過ごします。

     なお1994年から1996年のドラフト入団選手はすべて引退しましたが、1997年のドラフト入団選手ではソフトバンクを戦力外となった五十嵐亮太の獲得を古巣ヤクルトが発表。今季も現役を続けることになりました。1998年ドラフト入団では松坂大輔、福留孝介、上原浩治、藤川球児、實松一成の5人が今季も選手として契約を結んでいます。また、1998年ドラフト入団の選手の10年以上在籍確率は50%、20年以上も9.5%と近年では高い現役続行確率となっています。その印象もあってか「選手の寿命は年々伸びている」と思われがちなのですが、1999年のドラフト入団選手を見てみると、10年以上在籍確率が4割と6年前に比べて大きく減少しています。両年のデータの代表値を比較しますと、

    ○1993年
    平均在籍年数 11.2年 中央値 11年 最頻値 11年

    ○1999年
    平均在籍年数 9.0年 中央値 8.5年 最頻値 7年

     と平均在籍年数が2年ほど短くなっています。

     また最頻値(最も度数が大きい在籍年数)の推移を見てみると、

    1993年 11年
    1994年 8年
    1995年 5年
    1996年 9年
    1997年 8年
    1998年 4年
    1999年 7年

     となっており、年による振り幅はありますが、いわゆる「壁」と呼ばれる年数が徐々に短くなっている様子が伺えます。特に10年以上在籍確率が高かった1998年ですが、4年でNPBを去る選手が最も多かったという側面もありました。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190113-00280146-fullcount-base

    平成の記録を不定期で振り返る4回目は、三振を取り上げます。1993年(平5)にブライアント(近鉄)が史上初の200三振を喫し、98年には石井一久(ヤクルト)が奪三振率11・05の新記録をマーク。平成のプロ野球は三振が増えました。

         ◇   ◇

    昭和時代にプロ野球は3万6682試合行われ、三振が34万1595個。両軍合わせた1試合平均の三振数は9・3個だった。これが平成時代は2万4867試合で33万1768三振となり、1試合平均は13・3個に増えた。奪三振率で計算すると、昭和の4・69から平成は6・73へアップした。シーズン三振のチーム最多記録は14年西武の1234個で、シーズン奪三振のチーム最多記録は10年ソフトバンクの1244個。昭和時代は三振、奪三振が1000の大台を超えるチームがなかった。

    シーズン奪三振の上位は300イニング以上投げていた昭和時代の投手だが、奪三振率は10傑のうち9人が平成時代。奪三振率9・00以上は昭和時代の9人から68人に増え、68年江夏しかいなかった奪三振率10・00以上は、平成に入って17人がマークした。投手の記録は昭和時代のものが多く残っているが、奪三振に関しては95年野田(オリックス)の1試合19奪三振、90年野茂(近鉄)のシーズン21度の2桁奪三振、17年則本(楽天)の8試合連続2桁奪三振など、平成時代に記録が更新された。

    打者のシーズン三振記録は平成時代の選手が上位を独占。100傑に昭和時代の選手は5人しかいない。日本人選手のランキングでは、1位の04年岩村(ヤクルト)から36位の11年中田(日本ハム)まで平成の選手だ。シーズン100三振以上は昭和時代の73人から平成時代は461人と、6倍以上に増えた。

    投手側から考えられる三振増の要因は変化球と分業制。昭和時代の変化球はタイミングを外すカーブと打球を詰まらせるシュートが中心だったが、現在は空振りを奪うフォーク、スライダー系が全盛。速球だけでなく、変化球で空振りさせる時代になった。加えて分業制により、短いイニングを全力で投げることが三振増につながった。

    打者側からは、意識の変化が大きいかもしれない。川上(巨人)や張本(ロッテ)に代表されるように、昭和時代は三振が少ないことが好打者の条件だった。追い込まれたら何とかバットに当てようとしたが、最近は強く振ることが重要で三振でも内野ゴロでもアウトは同じと考える打者が多くなった。打者が三振を気にしなくなった結果、三振の多い3割打者が続々誕生。昭和時代にはわずか6人だった100三振以上の3割打者が、平成時代は90人いる。柳田(ソフトバンク)は15年に101三振、18年に105三振で首位打者を獲得するなど、昭和時代にはいなかった100三振の首位打者も生まれた。【伊藤友一】


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190113-00443702-nksports-base

     2007年師走。夕暮れ時だった。西武新宿線・新狭山駅の改札口。寒風吹きすさぶ中、私は1台の車を待っていた。「新春ドラフト特集」の準備のため、ホンダの強打者・長野久義の取材に訪れていたのだ。

     合宿所の最寄り駅には、マネジャーさんが迎えに来てくれる予定だった。ホンダのワゴン車が止まり、運転席から日焼けした若者が出てきた。

     「報知の記者さん、ですよね。遠路はるばる、ありがとうございます」

     驚いた。長野本人だった。「すいません。マネジャーが急用で」。23歳は自らハンドルを握り、合宿所へと招き入れてくれた。

     応接室で二人。「缶コーヒーしかないんですけど…」。ありがとう。ごちそうになります。「加藤さん、いい時計していますね」。実は2年前、冬のボーナスを全部ブッ込んで買った自慢のアイテム。うれしくなった。初対面なのに、話は弾んだ。気配りができる男。私は長野が好きになった。

     あの日から11年の歳月が経つ。09年ドラフト1位で巨人に入団した長野は、10年に新人王、11年に首位打者、12年に最多安打のタイトルを獲得。中心打者として12年からのリーグ3連覇に貢献した。昨季は116試合に出場し、打率2割9分、13本塁打、52打点の成績を残した。

     しかし、長野が成し遂げてきた「仕事」はこれらのバットが生み出したものだけではない。チームが一つになるため、勝つために、ずっと心遣いを重ねてきた。中でも期待と不安を胸に海を越えて日本にやってきた、助っ人たちへの配慮は特筆に値するだろう。

     マシソンはかつて、こんな話をしてくれた。

     「珍しい人だね。あれだけすごい選手なのに、みんなに気を遣ってくれるんだ。僕が来日して間もない時も、言葉の壁を越え、真っ先に自己紹介してくれたんだよ」

     14年から3年間、巨人でプレーしたアンダーソンは言った。

     「長野さんは僕が今まで出会った中で一番、心が清らかで、温かい人だよ」

     長野の新天地は広島に決まった。快活で謙虚な人柄だけに、カープでもナインやファンに愛される存在となることは間違いない。

     そして今後の巨人には、長野が長年務めてきた「数値化されないファインプレー」を遂行できる後継者の出現が求められる。助っ人にさりげなく声をかけ、笑顔で励ます。長野の背中を見続けてきた若きG戦士の中で、誰がそのような役割を担うのか。グラウンドの内外に熱視線を送っていきたい。(野球デスク・加藤 弘士)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190114-00000116-sph-base

     広島の皆さん、お世話になります――。巨人にFA移籍した丸佳浩外野手(29)の人的補償によりカープ移籍が決まった長野久義外野手(34)が本紙の直撃に応じ、電撃発表後初めて自らの口で現在の心境を明かした。両軍ファンの心を打ったあのコメントに込めた思いと、前を向いて新天地に臨む決意。球界全体に波紋が広がり続けるなか、遠く離れた異国の地で男は今、何を思うのか。

     丸を失った心の穴を埋めてくれるようなヒーローの誕生に、広島は球団の枠を超えて街全体が沸いている。市内では地元紙が号外を発行し、地元テレビ局は急きょ特番を放送。カープナインも続々と歓迎の声を上げた。そんな熱狂は遠く米国・ロサンゼルスで自主トレ中の長野にも届いていた。

    「うれしいですよね、本当に…。カープの皆さんはもちろん、広島の街の知り合いの方々も、皆さん口々に『困ったことがあれば何でも助けになるから』と言ってくれているんです。ありがたいことですよね」。いつものちゃめっ気は封印して、長野は素直な思いを口にした。

     思い焦がれて入団した巨人を思わぬ形で去ることになった。傷ついていないはずがない。それでも「僕は大丈夫ですよ」と記者のしんみりムードを穏やかな口調で制すると「伝えたいことはあのコメントに込めました」と短い言葉を発した。

     球界に衝撃が走った直後、巨人を通じて発表された長野のコメントは両軍ファンの心に響いた。その始まりは「3連覇している強い広島カープに選んでいただけたことは選手冥利に尽きます」。続けて巨人のチームメートやファンら、全ての関係者へこれまでの感謝を述べ「ジャイアンツと対戦することを楽しみにしています」という言葉で結んでいた。

     長野によると、自ら紙にペンを走らせて何度も推敲を重ね、数時間考え抜いたのだという。

    「『驚きましたが…』というような言葉は絶対に使いたくありませんでした。まずは選んでいただいたカープの方々への思いを一番初めに伝えるべきだろうと思いました。それからファンの方々やジャイアンツの皆さんへの感謝も。どう受け止められたかは分かりませんが、自分なりにしっかり考えたつもりです」

     あふれるほど抱えているはずの巨人への思いは封印し、代わりに最後口にしたのは新天地に臨む前向きな思いだった。

    「なぜカープはあんなに強いのか、ずっと知りたかった。中に入ればきっとそれが分かるでしょう。新しい野球を勉強できるのは、本当に楽しみです」

     天才・長野が王者の野球を吸収したとき、どんな化学反応が起こるのか――。愛したG党の涙に見送られ、赤く染まった広島の街にもうすぐ飛び込む。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190111-00000006-tospoweb-base

     広島は9日、2019年度のホームランガールの募集概要を発表した。活動内容は、本塁打を放った選手へのスラィリー人形の贈呈やセレモニー、イベントの進行サポート。地域イベントへの出演など多岐にわたる。

     採用人数は3名で、応募資格は広島市および近郊に住む野球、スポーツが好きな18~29歳までの女性だ(高校生は応募不可。ただし19年3月までに卒業する人は可)

     応募期間は1月10日から2月3日必着。

     詳細は広島東洋カープまで。電話082・554・1000


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190109-00000088-dal-base

     広島・飯田哲矢投手(27)が結婚していたことが5日、明らかになった。昨年11月28日に婚姻届を提出。約3年の交際期間を経て、1歳年下の一般女性とゴールインした。人生のパートナーを得て、自覚十分。鯉の“左殺し”が勝負の1年へさらなる飛躍を誓った。


     最愛のパートナーと結ばれ、飯田が表情を引き締めた。「結婚したから頑張るのではなくて毎年勝負。チームに貢献したい」。今季はプロ5年目。愛する人のため飛躍を誓う。

     お相手は1歳年下のしっかり者だ。約3年の交際期間を経て、昨年11月28日にゴールインした。「すごくしっかりしていて、物事の善しあしが分かるし、ずっと居てもらいたい存在」。好きな手料理は「しょうが焼き」。愛妻の人間性にも惹(ひ)かれ、ポジティブな言葉にいつも背中を押してもらっていたという。

     「打たれた時も抑えた時も変わらずに『また次、へこんでも明日は来るから』と。『切り替えが大事』と話してもらっています」

     献身的なサポートを受け、17年秋には一大決心をした。サイドスローへの転向だ。昨季は14試合に登板し、0勝0敗、防御率6・23だったが、6月15日のソフトバンクとの交流戦(ヤフオク)では、まばゆいばかりの輝きを放った。2回を投げて無安打無失点、5奪三振の快投。中村晃、松田、柳田から3者連続三振を奪うなど、チームにとっては貴重な“左キラー”として、強烈にアピールした。

     サイドスロー挑戦の1年を終え、方向性は定まった。「抑えた試合も打たれた試合もフォームや(コースに)投げ切れているかが明確」と分析。「やられた時にうまく切り替えていくことが大事。やられっぱなしではなく、相手は人間という気持ちで負けないように」と覚悟をにじませた。

     理想は昨季限りで現役引退した元巨人の山口鉄のような投球スタイルだ。シーズン中に丸から「左投手は外だけじゃダメ。内角のボールがあれば左打者は意識する」と助言を受け、今オフはシュートの完全習得に着手。スライダー、カーブなどの持ち球を磨きつつ「サイドにしたので左打者を抑えられるように」と、さらなるレベルアップを図っている。

     左腕にとって、2019年が勝負のシーズンとなる。すでに新婚生活もスタート。高いモチベーションと共に、“左殺し”のポジションを奪いにかかる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190106-00000022-dal-base

     ダウンタウンの浜田雅功がMCを務めるフジテレビ系『ジャンクSPORTS プロ野球一斉調査SP』が、来年1月6日に放送される(後7:00~9:00)。2019年最初の『ジャンクSPORTS』は、プロ野球界を代表する選手たちを招き、すごいプレーの裏側から今まで聞いた事がない本音や、知られざる真実までを探る。



     スタジオには、阪神タイガース・福留孝介選手、東京ヤクルトスワローズ・青木宣親選手、福岡ソフトバンクホークス・柳田悠岐選手、甲斐拓也選手、千賀滉大選手、広島東洋カープ・田中広輔選手、鈴木誠也選手、横浜DeNAベイスターズ・山﨑康晃選手、北海道日本ハムファイターズ・西川遥輝選手、近藤健介選手といった2018年に大活躍した選手陣。なんと、年俸総額20億円超えのスター選手が勢ぞろい。

     番組では、ゲストである選手自身が選んだ自画自賛のプレー集「見てくれ! 俺のベストプレー」や、「ヒーローインタビュー名場面」などをVTRで紹介。「すごすぎるぞ! 福留孝介」では、2007年に推定49億円(4年総額)でシカゴ・カブスと契約したことをはじめ年俸総額が74億円にも及ぶ一方で、釣りをするためにバスボートを買ったものの、船舶免許を持っていないため運転してもらっているという意外なエピソードが明らかになる。

     また、青木選手からは、広島東洋カープ・田中選手と鈴木選手から「今度ご飯行きましょう!」と言われるが、いざ誘うとなぜか断られてしまうというプライベートな秘話が語られ、浜田が、田中選手と鈴木選手に断った訳を聞くが、その答え方に「ウソついている?」との疑惑が。「2018年の活躍には満足している」「プロ野球選手は正直おいしい」「生まれ変わるなら大谷翔平・ZOZO前澤社長・浜田雅功のうち誰?」「この中で一番モテるのは誰?」などの一問一答も行われる。

     さらに、昨シーズンプロ野球ファンを熱狂させた、12球団トップの盗塁阻止率を誇り“甲斐キャノン”の異名をとる甲斐選手と、通算盗塁成功率歴代1位・西川選手との熱き戦いを特集。そんな甲斐選手は、幼い頃に親が離婚し、女手一つで育ててくれた母の苦労を母の肉声とともに再現VTRで紹介されると、楽しいスタジオの雰囲気が一転して感動ムードになり、浜田が思わず「カットー!」と叫ぶ。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181226-00000324-oric-ent

     広島・赤松真人外野手(36)が30日、来年も母校・立命大で恒例の“元日トレ”を行うと明かした。胃がんの手術から実戦復帰した今季は、2軍で失敗なしの5盗塁を記録。盗塁企図数に物足りなさを残したというが、夏場以降は筋力が戻り、来季への確かな手応えもつかんだ。通算136盗塁を誇る足のスペシャリストが、完全復活を目指す。

     晴れ晴れとした顔つきが、体調の良さを物語っている。このオフ、赤松はほぼ無休で汗を流している。「去年より全然いい。この時期は速い真っすぐが打てなかったから。目をつぶったら空振りですけど(笑)。それぐらい打てるし、走れる」と明るい表情で話す。

     今季は2軍で5盗塁を決めたが、「けん制アウトがあったし、数も少ない。もうちょっとトライしてもよかった」と不満顔だ。瞬発系の筋力が戻らず、まだまだ本来には程遠かったという。

     だが、夏場以降に筋力が戻り、「自分でも良い感じでスタートを切れたと実感できている。反応が徐々に良くなってきていると思う」と、早くも来季を心待ちにしている。

     胃がん手術からの完全復活を期した今季は大きな注目を集めた。「ちょっとしたリップサービスもあった」とカムバック賞を目標に掲げたが、来季は本気モードだ。「今年より動けるという自分があったので、契約もしていただいた。あとは結果を出す。結果にこだわっていく」と言い切った。

     年明けは母校・立命大で自主トレをスタートさせる。大学の後輩である楽天ドラフト1位の辰己も参加予定という。足のスペシャリストが完全復活へ向け、全力で駆ける。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181231-00000015-dal-base

     昨季限りで現役を引退した前広島の新井貴浩氏(41)がスポニチ本紙評論家に就任した。

     98年ドラフト6位で広島に入団し、20年間の現役生活で通算2203安打、319本塁打を記録。05年に本塁打王、11年には打点王を獲得した。08年からは阪神でプレーし、15年から広島に復帰。翌16年はMVPに選ばれる大活躍で25年ぶりの優勝に貢献した。勝負強い打撃と誰からも愛される人間性でチームを束ね、リーグ3連覇を置き土産にユニホームを脱いだ。今後は評論家として第二の野球人生をスタートさせることになり、「うまく伝えられるかどうか分かりませんが、選手への愛情を持って一生懸命やっていきたい」と意欲を明かした。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190101-00000017-spnannex-base

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