広島カープブログ

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    <阪神5-4広島(20日)>21日未明に終わった長時間ゲームに敗れた広島にも収穫はあった。試合がなかった17日~19日までの3日間で改めて徹底した“走塁意識”の実践だ。「シーズンは長い。走塁がおろそかになる時もある。過去2年はしっかりできていた。練習から足を使うこと徹底したいと思った」と玉木内野守備・走塁コーチ。この日足元がぬかるむ中、初回に野間が盗塁を敢行したのもその意識付けからだった。

     9月5日以降は今季初の6連敗を喫するなど3勝8敗と黒星が先行。球団初のリーグ3連覇へ足踏みが続いているが、最終目標である34年ぶりの日本一奪回に向けて「凡事徹底」で足元をしっかりと固めている。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180921-00000031-tospoweb-base

     優勝マジックを「4」としている広島は、20日からの“マツダスタジアム9連戦”で1991年以来27年ぶりとなる「本拠地胴上げ」を狙うが、超人的な二塁守備と勝負強い打撃でチームを牽引する菊池涼介内野手(28)が地元を中心に異例の“経済効果”を及ぼしている。



     菊池のイラストが描かれた「サントリー烏龍茶 菊池涼介ボトル」。昨年の6月と9月に中国・四国地方限定&数量限定で発売され、瞬く間に鯉党の人気アイテムに。今年も5月下旬と今月11日にそれぞれ絵柄を変えて販売されると、「昨年比300%増(4倍)の売り上げ」(発売元サントリーフーズの担当者)を示した。

     今年は菊池の兄貴分で今季限りでの現役引退を表明した新井貴浩内野手(41)と共演したテレビCMも3本制作され、なおさら話題を呼んでいる。

     19日に本紙記者が広島市内のスーパーで探したところ、菊池のサインが印刷された特製ケース1箱(24本入り)が2280円(1本当たり95円)で販売されていることが確認できたが、某大手ショッピングサイトでは、販売エリア以外に住むファンの購入を当て込んでいるのだろう、3本1400円という5倍近い“ぼったくり価格”でも売られていた。

     前出のサントリーフーズ担当者は「これまで特定のカープの選手に特化した飲料水は記憶にない」。しかも、ペットボトルのウーロン茶の売り上げは、ここ数年の“緑茶ブーム”に押され、15年前の1割未満と低迷しているという。菊池を前面に押し出したことで“起死回生”の売り上げを示し、「足を向けて寝られないです」と最敬礼だ。現在全国から連日商品の問い合わせがあるが、今のところ通信販売などの予定はない。

     一部始終を聞いた菊池は「オレは関係ないでしょ。(売り上げ増は)新井さん(のCM共演のおかげ)だと思うよ」と謙遜。一方、新井は「300%増? それってスゴいことでしょ。買って応援していただいていることは本当にありがたい」と感慨深げだ。

     球団史上初のリーグ3連覇の“プレ・フィーバー”がこんなところにも現れている。(山戸英州)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180920-00000019-ykf-spo

     優勝マジックを「4」としているプロ野球の広島が3年連続でリーグ制覇した場合、約459億3421万円の経済効果が広島県内にもたらされとの試算を関大の宮本勝浩名誉教授が20日、発表した。

     2連覇を果たした昨年より約60億円増加している。さらに一昨年よりは130億円増。また、34年ぶりの日本一を達成すると、約465億8966万円の経済効果があるという。

     前年からの増加は、観客動員の上向きや「カープ女子」をはじめ、全国にファン層が拡大しているなどと分析。地元のもみじ銀行が広島の順位に応じ、最大で金利を0・1%上乗せする「カープ預金」からは、約131億7900万円の投資効果があると試算した。

     宮本名誉教授はリポートで「広島県にとって非常に大きな経済効果であり、地元にとって素晴らしくまた誇らしい出来事である」と指摘した。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180920-00000586-san-base

     広島が19日、マツダスタジアムで全体練習を行った。現時点で優勝マジックは4、最短の優勝決定は21日だ。歓喜の瞬間が近づいてきたが丸は涼しい顔。「気持ち的に落ち着いている。変わらないです」と話していた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180919-00000067-dal-base

     プロ野球・広島カープの球団史上初のセ・リーグ3連覇が目前に迫り、広島市スポーツ振興課の職員16人が10日から、カープのユニホームやTシャツを着て勤務する応援企画を始めた。

     リーグ優勝した昨年、一昨年に続き、カープの優勝へのカウントダウンを盛り上げようと、3年連続で企画した。スポーツ振興課の職員は全員がカープファンで、ユニホームやTシャツはすべて自前。リーグ優勝まで、ユニホームなどを着ての勤務を続ける。

     また、優勝時には、中区役所などに「祝カープ優勝 感動をありがとう!」と祝福のメッセージを記した幅84センチ、長さ5・53メートルのジャンボ懸垂幕を掲げる準備を進めている。

     山本将矢・スポーツ振興課長は「7月の西日本豪雨では多くの人が被災した。広島を明るく元気づける意味でも、カープには目前のリーグ3連覇を果たし、今年こそ日本一を成し遂げてほしい」と話している。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180911-00000519-san-life

     「この間、神宮で試合前にティー打ってたから、少し茶々を入れてやろうと思って。いくつまでやるの? って聞いたんですよ。そうしたら『60歳までやろうと思っています』って。そりゃ無理だろう! って話をした翌々日に引退会見。じつにカワイイ後輩ですよね(笑)」

     9月5日に引退を表明した広島の新井貴浩内野手(41)について、野球解説者の谷繁元信氏(47)が言及。2000本安打を達成した二人だからこそ理解し合える胸の内、さらには二人のエピソードを明かした。

     「努力をし続けたことじゃないですかね」

     しばしの沈黙を破って、谷繁氏は口を開いた。ともにプロ野球の第一線で長く活躍した二人。谷繁氏は現役生活で2108本のヒットを放ち、新井もまた2201本(9月8日時点)のヒットを放っている。その陰には「努力しかなかったはず」と話し、今までの労をねぎらった。

     「自分のことを話すようで気が引けますが、僕もそうですけど、彼についても、多くの人が2000本を打ったという認識をあまり持っていないはずなんです。それでも打ったという事実がある。そこには、相当の努力が必要なんです。そして新井は、それをやり続けた男なんです。だから悔いは残っていないと思いますよ」

     さらに現役当時の対戦を振り返った谷繁氏は、「打席でのやりとりが面白かったな」と笑顔を浮かべながら次のように続けた。

     「例えば初球、ボールから入った時に新井がグッと打ちに来た。そんな時は『おっと危ない。今の初球をストライクで入ったら、打たれていたな』とか言うんです。そうすると新井が、ニヤッと無言で笑うんですね……」

     対戦成績を思い返して「どちらかと言えば打たれていたかな」と話す谷繁氏に、「打者・新井」を表現してもらった。

     「当初はストレート一本狙いで、変化球はからきしダメ(笑)。そんなバッターでしたけど、年を追うごとに変化球も狙ってきて。自分の打てるポイントをしっかり持っているバッターでしたね。誰からも憎まれず、愛される。愛嬌のあるいい男でしたね」

     谷繁氏の話したように、引退会見で「自分は大したセンスもないし、練習することでここまで来させていただいた」と自身の現役生活を謙虚に振り返った新井。個人、チームとして、今シーズンどのようなフィナーレを飾るのか。広島ファンはもちろん、野球ファンの注目が集まっている。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180910-00010000-abema-base

     人事の秋である。9月9日、BCリーグの栃木に籍をおく村田修一が現役引退した。横浜DeNAから巨人にFA移籍。数々のタイトルを獲得してきた強打者もチームの若返り策の前に昨年、退団を余儀なくされた。

     栃木のユニホームに袖を通した後もNPB復帰の道を模索したがついに声はかからなかった。涙ながらの引退劇は、ファンへの感謝はもちろんだが無念の悔しさがあったことも間違いない。さらにその古巣・DeNAでは「ゴメス」の愛称で人気を博した後藤武敏の今季限りの退団も明らかになっている。この2人に共通するのは松坂世代。ひとつの時代は間違いなく最終章に向かっている。

     それよりも一週間ほど早い今月5日に広島の新井貴浩が今季限りの引退を発表した。41歳、プロ20年生の顔に涙はなかった。チームは首位を独走中。頼もしく成長した後輩たちの姿を見るにつけ、「今年がいいんじゃないか?」と決断したという。「日本一になってかわいい後輩たちとうれし涙で終われれば最高だと思う」。実現できればこれ以上の去り際もない。

     【球界ここだけの話】

     広島・新井貴浩内野手(41)が5日、広島市のマツダスタジアムで今季限りでの引退を表明した。レギュラーシーズン残り20試合以上を残しての引退発表。鈴木球団本部長は「広島に戻って優勝に貢献してくれた。日本シリーズまで目いっぱい、頑張って欲しい。残りのすべて真剣にやる“引退試合”と思ってやってほしいね」とエールを送る。

     本拠地マツダスタジアムはもちろん、敵地でも7日からの中日3連戦(ナゴヤドーム)、16日のヤクルト戦(神宮)、29日の巨人2連戦(東京ドーム)が残っており“全国行脚”をする。引退発表した5日の阪神戦(マツダ)では五回に代打で登場し、かつて在籍した阪神ファンからも大歓声が起こり「(声援は)聞こえました。ありがたいです」と感謝の言葉を述べた。

     元気いっぱいの新井は球団OBで尊敬する“ミスター男気”こと黒田博樹氏の背中を追うように「見事な引き際」を選んだ。黒田氏はかつて、新井に引き際のついて相談したときに「ファンは(引退を)知っているのと知らないのでは最後の勇姿の焼き付け方が違う」と助言を受けて、2016年の日本シリーズ開幕直前に引退を発表した。

     その黒田氏は日本ハムとの日本シリーズ第3戦(札幌ドーム)に登板し、六回裏に打者・大谷(現米大リーグ、エンゼルス)をフォークで左飛に打ち取った直後に右ふくらはぎの異変を訴えて降板。その後シリーズでの登板はなく、大谷との真剣勝負、“最後の1球”は後に名シーンとなった。

     会見で新井は「最後日本一になって、みんなとうれし涙で、終われれば最高かなと。最後の最後まで全力で頑張りたいと思います」と意気込みを口にする。赤ヘルの歴史に残るスラッガーの“最後の一打”は鮮やかなヒットか、それとも豪快なホームランか。例え平凡なゴロでも、新井らしく一塁へ全力疾走する。(柏村翔)【関連記事】



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180909-00000567-sanspo-base

     「中日6-5広島」(8日、ナゴヤドーム)

     広島の新井貴浩内野手(41)が、引退表明後初めて「6番・一塁」でスタメン出場し、1安打1打点。五回の右犠飛で通算1300打点とした。通算80犠飛は、恩師でもある山本浩二氏を抜いて歴代単独10位となった。チームは今季3度目の4連敗を喫し、優勝へのマジックは「10」のまま。9日は今季最後のナゴヤドームでの一戦。勝利で飾り広島に戻る。


     スタンドから聞こえる「新井さ~ん」の声に燃えないはずがない。大きな背中で、大歓声を受け止めた新井が1安打1打点だ。一塁の守備や走塁でも視線を独り占めする全力プレー。「声援?もちろん届いている。ありがたい」。5日の現役引退表明後、初スタメン出場となる「6番・一塁」で、その存在感は際立っていた。

     二回の第1打席で中前へクリーンヒット。五回は同点とし、なお1死満塁で一時勝ち越しとなる右犠飛を放った。「最低限の仕事ができて良かった」。1打席1打席が、日本野球史に刻まれる。史上17人目の節目の1300打点。通算80犠飛は、尊敬するミスター赤ヘル・山本浩二氏を抜いて歴代単独10位になった。

     どんな状況でも一切手を抜かないのも新井らしさ。五回無死一塁では大島の打球をダイビングキャッチ。八回の打席では歯を食いしばって一塁へ走り、振り逃げを勝ちとった。「当たり前のことだから」。サラリと言ってのける姿が頼もしい。

     ナゴヤドームには思い出がいっぱい詰まっている。ルーキーだった99年4月3日の中日戦。代打でプロ初出場したのがこの球場だ。さらに苦い記憶も。同年9月21日。五回無死満塁から小山田がゴメスを投ゴロ併殺打に仕留めた。だがアウトカウントを間違えていた一塁手・新井はチェンジと勘違い。中日・仁村一塁ベースコーチに球をトスしてしまった。一塁ファウルゾーンに球が転々とする間に二塁走者が生還した。

     「仁村さんが体をくの字にして球を避けてね。アッと思った。達川監督にめちゃめちゃ怒られたよ。(相手の)星野監督には『お前、良いヤツだな』って言われたのを覚えている(苦笑)」。19年前の出来事を懐かしそうに振り返った。

     リーグ3連覇、そしてその先にある日本一へ向けての戦いが続く。引退試合は予定されておらず、真剣勝負の1試合1試合が自身にとっての引退試合だ。プロ20年目。9日は今季最後のナゴヤドームだ。「全力で駆け抜けたい」。すべてを出し尽くし勝利を呼び込む風となる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180909-00000021-dal-base

     質問すれば必ず2、3秒の静寂が生まれる。その空間はいつも、新井選手と僕の真剣勝負だ。たまらなく好きな時間でもあった。プレースタイル同様、取材にも常に全力の人。発言の影響力を理解した上で、一貫してファンに向けた答えを探した。受け流された記憶はない。座右の銘でもある、「球の心は正直者」を地で進んだ。



     担当記者として、僕が密に接したのは15、16年。「どの面下げて」と言いながらカープに戻り、涙で宙を舞った2年間だ。「震えるくらい感動した」と話すのが移籍後、マツダスタジアムでの初打席。だが、同時に「本当にうれしかったな」と言うのが、初めて敵として立った甲子園球場の歓声だった。

     「厳しい声援も財産。いや、違うな。宝物じゃけえ」。広島ファンだけじゃない。必ず阪神ファンに向けてもも、感謝を伝えてほしいと、何度頼まれたことだろうか。そんな人だった。グラウンドでも外でも、変わらぬ魅力があった。

     時を同じくして広島に戻った1人、盟友・黒田博樹氏はかつて新井を、「プライドを捨てるプライドがすごさだ」と表現していた。

     「彼のすごさを感じたのは、日本に戻った年ですね。どうしても年齢がいって過去の実績がある人は、それを捨てられない人がたくさんいる。特に新井は広島に戻って、プライドを捨ててまた一から野球をやるんだ、というのをすごく感じた。だから彼のすごさを語る時、ただ単純に、体が強いというだけでは、片付けてほしくないですよね」

     2人の出会いは新井がドラフト6位で入団した1999年シーズン。黒田氏は「デカいな…と思った」と初対面の印象を語る。投手と野手。接点は多くない中、仲を深めたのは2003、04年。山本浩二監督(当時)の下、エースと4番として投打の柱を託された。

     「あの年は2人で結構、参っていた時期も多かったですね。ちょっとお互いに、自分自身も勝てなくて、新井も全然打てなくてヤジも飛ばされて、という時があった。そのころから、置かれた立場も同じような境遇。そういう部分で親近感というのは、あったのかもしれないですね」

     2人で頻繁に飲みにも出掛けた。「その時は結構、飲んだのは覚えています」。選手会長も務めていた黒田氏は新井と、ファンサービスの方法も話し合った。観客が1万人を割ることも珍しくなかった時代だ。「特に2000年台前半とかは市民球場にお客さんが入らない中で、ずっとお互いプレーしてきましたからね」。黒田氏、新井がグラウンドで見せる必死な姿、勝利への執念の背景には、当時の記憶があった。勝つことに飢えていたのだ。

     わらわれて

     しかられて

     たたかれて-

     大野寮とオーナー室には、球団方針を記す額縁が飾られている。愚直に強く、前向きに。「あいつはあの言葉そのものだな」。鈴木清明球団本部長は言っていた。FA移籍した選手の復帰。球団では過去に例がなく、内部にも少なからず反発もあった。「どの面下げて帰れば…」。困惑する新井に何度も電話を掛け、根気よく復帰を説得した。

     プロ生活20年。ドラフト6位以下の大卒選手で史上初めて、2000安打を成し遂げた男は、野球人生の矜恃(きょうじ)をこんな風に語っている。「負けん気があるんだと思います。中央に負けるか、巨人には負けんぞ、と。みとけよ、広島の小さな町かもしれないけど、人気球団には負けないぞという負けん気。だからこそ誇りを持っていますよね。広島という町に、チームに」。反骨心は常に原動力だった。

     冗談か、本気か。黒田氏は引退する前、「新井が監督をやるなら、オレが投手コーチをやる」と言って笑っていた。反応を聞きに行くと…。「アホ。オレにできるわけがないじゃろ。でも、クロさんが監督をやるなら、オレが監督付。監督付広報か、マネジャーをやらせてもらうよ」。実現するのはどちらだろうか。去りゆくさみしさは消えないが、野球人生の第2章も楽しみでならない。(デイリースポーツ・田中政行)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180907-00323537-nksports-base

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