広島カープブログ

広島カープファンが作る、広島カープのまとめブログです!

    ニュース

     25年ぶりのリーグ優勝を果たした広島が8日、11月5日にマツダスタジアムで行われる優勝報告会で、「あなたに見せたかった~25年間に亡くなったファンの関係者をご招待~」を企画すると発表した。

     同企画は、前回優勝した1991年以降に亡くなったファンにも、晴れ姿を見ていただきたいというもの。同日の優勝パレード後、マツダスタジアムで開催される優勝報告会に、故人の写真を持参した200組、最大1000人を招待するという。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161008-00000028-dal-base

    【越智正典「ネット裏」】土曜日からCSである。セでは広島が、この次のファイナルステージに、巨人が来るか、DeNAが来るか、待ち構えている。JR山手線目白駅近くの四輪馬車ビル、3F「CAFE HAGI」に、巨人、広島(1976→82年)、ヤクルトの萩原康弘を訪ねた。47年11月17日、横浜子安生まれ。ハマッ子らしくさっぱり男である。

     目白は学習院、川村学園…静かな町だが「HAGI」ではおっとりしている人たちがお茶をしている。飲みものは全500円。チョコレート、ケーキ…食べもの持ち込み自由、二杯目からはフリー。すると彼はチーズ、煎餠雪の宿をスイと添えて行く。カウンターで私もお茶。ひょいと見るとカープ優勝(レギュラーシーズン)の号外が。となりにカープの地元中国新聞社の封筒。わざわざ送ってくれたのだ。これだけでも彼の広島での奮闘がわかる。

    「カープ女子も来てくれるんです。ネールは黒田、黒田黒田…。彼女たちから情報を貰いました。どんな練習をしているか、わかりました。広島の優勝は練習の勝利です」

    「凄い町でした。試合が終わってからはずれで飲んでいてもお客さんにひっぱたかれました。“飲んでるヒマがあったら練習せい”」。そこで彼は仲がよかった江夏豊(阪神、南海、広島、日本ハム、西武)と、よくシュークリームを食べていた。「居残り練習をして市民球場から三篠町の合宿所に帰るとき、タクシーに乗ると運転手さんがちゃんとわかっていて“練習ご苦労さんです。オカネはいりません”。タダになりました。お客さんがボクたちを育ててくれました。ポジションを与えられるのはダメです。ポジションを取ると、うれしくなって練習しちゃうんです」。大きな窓から広い空が見える。居心地がいいので長居をしたが彼の口から何十回「練習」が飛び出したことか。

     カープが3度目の優勝を決めることになる80年10月17日。ナインはM2で甲子園球場で対阪神最終戦。午後2時試合開始。高橋慶彦、山崎隆造、ジム・ライトル、山本浩二、萩原康弘、衣笠祥雄、一軍昇格がウエスタン・リーグ阪急戦で4打数4本塁打だった水谷実雄、萩原の中央大の先輩水沼四郎、ベンチ→マウンド全力疾走の“トンちゃん”こと池谷公二郎。萩原は0―1の6回、あの江川事件で巨人→阪神の小林繁の内角球を右翼に逆転満塁ホームラン。広島6―3。これでM1。ナインは新神戸から新幹線で帰広。ひかり号が姫路に近づいたときナイターの2位ヤクルトが中日に敗れた。カープは“車中優勝”であった。その写真が店に飾られていない。もう一度カウンターを見ると、号外の下に中国新聞の復刻紙があった。写真を見ると、彼の頬は大福餠のようではなかった。やつれていた。真にペナントレースを戦った男の顔であった。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161007-00000010-tospoweb-base

    【広島カープLOVE著名人「旨酒をくみかわそう」】あの日は25年分、喜びましたね。もちろんわが広島カープが優勝を決めた日のことですよ。9月10日の東京ドーム・巨人戦は夜の誘惑にも負けず、広島の自宅で家族とともにテレビ観戦をすると最初から決め込んでいました。地元での胴上げも見込んで8日の中日戦、15日の巨人戦の両ホームゲームのチケットは当然のように押さえていたのですが、たとえ敵地でも栄光のVに変わりはない。だから感慨もひとしおでした。黒田選手と新井選手が涙を流しながら抱き合った瞬間は、もうもらい泣きしていましたね。

     広島生まれでウチの父が大のカープファンでしたから、もう自分も気付いたころには自然と鯉党になっていました。昭和50年の初優勝の時のこともよく覚えていますよ。ちょうどボクがアイドルとして活動していた年でTBSの番組「ぎんざNOW!」の生放送があった日に、カープが後楽園球場の巨人戦で胴上げを決めたんです。それで生放送が終わった後、当時のマネジャーに頼んで後楽園球場までクルマで向かい、球場近くの道路に止めてもらった。せめて雰囲気だけでも味わいたいとカープファンの人たちが喜ぶ姿を車中から見ていたんです。もう、うれしくてね。もちろん、その時も大泣きでした(笑い)。

     そう考えますとね、カープの優勝と自分の人生は不思議なことにいろいろリンクするんです。25年前のVイヤーは結婚した年だったから、今年優勝して大喜びしていたら、ふと「ああ、そういえば今年は銀婚式か」と思い出した。カープの優勝に気を取られていて、すっかり忘れていたもんだから、さすがに奥さんには怒られちゃいましたけどね。ハハハ。

     FAでいい選手を他球団に持っていかれちゃったりしながら苦しい暗黒時代がありましたけど、その間にも生え抜きの選手たちがめげず着実に力をつけていったからこそ今がある。育成のカープ、ここにありですね。CSを突破して、32年ぶりの日本一も当然達成してくれると信じています。(歌手)

     ☆じょう・みちる 1957年11月18日生まれ。58歳。広島県音戸町(現呉市)出身。73年、当時の伝説的番組「スター誕生!」(日本テレビ系列)で第7回のチャンピオンに輝く。同年に「イルカにのった少年」で歌手デビューし、50万枚の大ヒットを記録。一躍トップアイドルとなるが、20歳で芸能活動を休止。86年から芸能活動を再開。現在は地元・広島を拠点に幅広く活躍している。「ミチル殿のこれ見て一件落着」(毎週日曜日・午後8時55~59分)も広島テレビで好評放送中。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161005-00000011-tospoweb-base

     広島・黒田博樹投手(41)が10月3日から宮崎で開催される秋季教育フェニックス・リーグに参戦することが20日、決まった。同12日から始まるクライマックスシリーズ(CS)のファイナルステージに向けての調整が目的。秋季教育リーグでの登板となれば、入団2年目の1998年に投げたハイサイリーグ(沖縄開催)以来、18年ぶり。男気右腕が若手に交じり、日本シリーズ進出へ汗を流す。

     10月12日から始まるCSファイナルステージへ、41歳ベテラン右腕が異例の調整に入る。畝投手コーチが「もちろんクロ(黒田)にも投げてもらう」と10月3日から始まる宮崎フェニックス・リーグに参加することを明かした。実戦感覚を保ち、体の状態を上げるために、メジャーで79勝した年俸6億円右腕が、18年ぶりに秋季教育リーグに登板する。

     25年ぶりの優勝を決めた10日の巨人戦(東京D)で勝利投手となり、翌11日に出場選手登録を抹消。緒方監督も「これまで満身創痍(そうい)で戦っていた」と古傷の首痛や、それに伴う右肩痛を改善するために時間を与えた。

     体のメンテナンスが完了すれば、25日のヤクルト戦(マツダ)で7年連続の2桁星をかけて戦列に復帰する予定。レギュラーシーズンが終われば、宮崎へ。わずか1勝に終わったプロ2年目、前身のハイサイリーグの1998年10月13日の日本ハム戦(沖縄)以来の教育リーグ登板となる。

     CSのファイナルステージではジョンソン、野村と続いて3戦目の14日での登板が有力。フェニックス・リーグでは6日の西武戦(天福)で最終登板し、中7日でCSに向かうことが濃厚だ。

     黒田はこの日はリフレッシュのため、マツダスタジアムでの投手指名練習には参加しなかった。

     「CS、日本シリーズとね、短期決戦になってくるので、今まで以上にチーム一丸となって、戦っていきたいなと思います」とすでに気持ちは日本一へ向いている。ベテラン右腕が異例の調整を踏み、32年ぶりの日本一へ全力を注ぐ。


    引用元 http://news.yahoo.co.jp/pickup/6215117

     広島が出場するクライマックスシリーズファイナルステージ(10月12日~・マツダスタジアム)のチケットが23日、発売され、わずか10分ほどで全試合が完売となった。

     午前11時にコンビニ、プレイガイドで発売。コンビニには早くから長蛇の列ができた。発売開始と同時に全国からアクセスが殺到したため、一部のコンビニでは発券システムがダウン。球団ホームページも一時つながりにくい状態が続いた。ツイッターなどでは「朝からコンビニに並んだけど、チケット取れなかった!」「先頭に並んでいた人でも買えていなかったみたい」などカープファンが悲鳴をあげた。

     チケットは早くもヤフオクなどネットオークションサイトに続々と出品されており、転売目的での購買を問題視する声も上がっている。

    引用元 http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20160923-OHT1T50064.html

    【越智正典「ネット裏」】1950年、市民球団として発足した広島カープはすぐに球団の台所がきびしくなり苦闘を続けていた。49年に1リーグ8球団だったのに、この50年から2リーグ15球団。けわしい現実にぶつかるのは当然であった。選手の給料は遅配。連盟加盟金の支払いも待ってもらっていた。

     東洋工業の社長、松田恒次が球団を引き受けオーナーになったのは62年11月27日であった。松田は静岡県焼津の、4番興津達雄の父親の人柄に心打たれ、興津だけには、少年時代、野球をやっていたのがどんなにたのしかったか…と語っている。興津は広島を訪れると必ず松田恒次の墓参りに行く。同行者によると、1時間も手を合わせている…という。松田は、といって、翌日の先発メンバーにまで口を出すオーナーではない。

     就任すると、翌63年春は県外キャンプを実施するように要望し内示した。それまでカープはオカネがないので県外キャンプを実施出来なかった。県内の呉、二河公園球場に決まっていた。松田はもっと暖かいところで練習を…というのではなかった。球団関係者、選手たちの視野を広くしたかったのだ。

     監督白石勝巳は感謝し、のちの育成部長竹内鉄男(中京商=現中京大中京、法政大、マネジャー)を呼び、県外キャンプ地を探すように指示した。竹内も喜び勇んで九州へ。が、見つからない。社会人、大学…の先約も入っている。竹内は鹿児島のグラウンドキーパーから日南に球場があるよ…と聞いた。

     日南? 聞いたこともない。宮崎から行ったらいいよと教わりすぐに宮崎へ。駅の近くの宮田旅館に飛び込み、わけを話し、翌朝日南へ。バスはデコボコ道を走った。当時は2時間。市役所を訪ねた竹内は球場の所管が土木課だったのに驚いた。そんな時代である。

     不安になったが天福球場前に立った竹内は、ここだ! と心のなかで声を上げた。北に小高い山。北風をさえぎる筈だ。樹々は美しく、南に海。黒潮が走っている。グラウンドの土も申し分ない。町を歩いてみると人通りは多くなかったが人情が行き交っていた。映画館は昔の芝居小屋のようで、桟敷に煙草盆。お銚子1本70円。大きなタクシー会社に車がずらり。社長外山勇二は義侠心を胸に、カープを助ける。カープはのちに外山にキャンプ部長を要請する。

     63年、情報提供のお礼もあってバッテリーが1月なかばから鴨池球場で合同トレーニング。野手は1月25日、広島から空路鹿児島に向かった。これも松田恒次の計らいである。空路キャンプインはカープにとって一大“壮挙”であった。搭乗機が離陸しべルト着用のサインが消えると、どっと歓声があがった。カープの、結団以来初優勝のドラマが始まろうとしていた。

     ナインは鹿児島からバスで日南へ。天福球場のスコアボードのポールには鯉のぼりが泳いでいた。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)


    引用元 http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/592857/

    ◆DeNA―広島(19日・横浜)

     高卒2年目左腕の広島・塹江(ほりえ)敦哉投手(19)がプロ初先発のマウンドに上がり、5回を2安打2失点と及第点の内容だった。プロ初勝利は逃したものの「一人一人思い切っていく」と話していた通り、気迫あふれる投球を見せた。

     初回に先頭・桑原にヒットを許すと、1死からロペスに30号2ランを被弾。いきなり窮地に追い込まれたが、その後は最速150キロの速球を武器にヒットを許さず、5回まで投げきった。

     プロ初登板した11日の巨人戦(東京D)では1死しか奪えず6失点KO。防御率は162・00まで膨れ上がった。緒方監督からは「次は2つアウトを取れ」と励まされ、16日の中日戦(マツダ)では1回無失点とステップアップ。この日は15アウトを奪った。ポストシーズンでの起用は白紙の状態だが、将来のエース候補が確かな可能性を示した。


    引用元 http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20160919-OHT1T50115.html

     俺がやらなきゃ誰がやる。広島・野村祐輔投手(27)が自己最多、僚友ジョンソンと並ぶリーグトップの14勝で25年ぶりの優勝に貢献した。入団1年目の2012年に9勝をマークして新人王に輝き、翌13年は12勝。順調にエースの階段を上りながら、昨年までの2季は7勝、5勝と右肩下がり。そんな5年目右腕がどんな思いで完全復活を遂げたのか。悔しさや周囲への感謝を自らの言葉でつづった。

     皆さんのおかげで優勝することができました。正直、マジックが1桁になっても優勝への実感は湧かなかった。25年ぶりだし、事が大きすぎるというか。「本当にできるのかな」という感じでした。入団5年目で優勝するなんて、プロ入り直後は想像してなかったかも…(笑い)。

     アマチュア時代から高校、大学とどこのステージでも優勝を目指してきました。そして、それが難しいことだというのも体験してきている。それがプロで達成でき本当にうれしい。特に短期決戦の学生野球と違って1年を通しての戦いなので格別なものはあります。

     学生時代といえば皆さんからよく夏の甲子園での佐賀北戦(※1)の話をされます。ただ、僕は昔のことを振り返らないというか「次へ」と考えるタイプ。あそこで負けた後もすぐ「次、絶対大学で日本一になってやろう」と思いました。だから今回の優勝は「あの時の雪辱を果たした」というより「あの時から成長できて良かった」というのが率直な思いです。大学でも日本一(※2)になれましたし、立ち止まることなく成長できたかな、と。ここ2年ふがいない成績(※3)だったので、今季は期するものがありました。オフには金田正一さんや東尾修さん、江川卓さんといった大投手の映像を見てフォームの研究もしました。いろんなことを試したかったし、同じことをやっていたら、また同じ結果になってしまう。何か変えないといけないと思いました。

     ブルペンでは30球程度投げますが「1回15球」と意識して、15球ずつを2回に分けて投げるようにしました。試合の初回が「3イニング目」という考え方で、これは黒田さんからのアドバイス。立ち上がりが良くなったかなと感じます。

     黒田さんにはいろいろアドバイスをいただきました。特に紅白戦、オープン戦の時期は投球のたびに「ここはどうだったでしょうか?」と自分なりに感じたことをぶつけました。ただ技術面はもちろん、精神面での相談が多かった気がします。

     ここまで14勝させてもらっていますが、勝った試合でも必ず課題を持つようにしています。課題とその克服を繰り返すことで、さらなる成長があるというのが僕の考え。勝っても満足することはまずないです。

     なので、自分が投げたなかで心に残る試合はありません。ただ、シーズン通してローテを一回も飛ばさなかったのは大きい。今年が初めてですから自信になりました。

     後半戦初戦(※4)では腰の張りを覚えたこともあります。でも1年ローテを守る上では、それとも付き合っていかないといけない。「ベストの状態じゃないから試合がつくれない」では話になりません。

     あえて印象に残る1試合を挙げるならプロ初完封(※5)でしょうか。これもゼロに抑えたことより、最後まで投げきれたことが自信になりました。うちは中継ぎ陣も盤石ですが、先発投手である以上、一回でも多く投げたい。

     今年は前田さんが抜けて「戦力が落ちた」という声が多かったと思います。正直、優勝を予想された方も少なかった。これにはチームの誰もが悔しさを感じていました。僕自身が“ポスト・前田健太”に指名される存在ではなかった。昨年までの成績を見れば当たり前かもしれませんが、悔しさも感じていました。ただ、言葉は悪いかもしれませんが「見てろよ」という気持ちになれた。当然毎年「見てろ」「やってやる」とは思っていますが、いつも以上に発奮できたのは確かです。

     今年1年よかっただけでは意味はありません。黒田さんや前田さんをはじめ「エース」と呼ばれた方々は5年、10年というスパンでチームに貢献している。今年やっとスタートラインにつけたかなという感じです。

     まだクライマックスシリーズ、日本シリーズと大事な試合が続きます。かといって、ここから急に球が10キロ速くなるわけじゃない。ここまでやってきたことを継続するのみ。それを全うして最終的に日本一になれたら最高ですね。 (広島投手)
    (※1)2007年の決勝。7回まで1安打に抑えながら、8回裏に逆転満塁本塁打を浴びて優勝を逃す。
    (※2)11年の明治神宮大会。3試合連続完封勝利は大会新。
    (※3)14年7勝8敗、15年5勝8敗。
    (※4)7月22日の阪神戦=マツダスタジアム。
    (※5)4月27日のヤクルト戦=神宮球場。


    引用元 http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/592062/

     「広島-中日」(16日、マツダスタジアム)

     広島は今季主催試合の入場者数が200万人を突破したと発表した。2年連続での200万人超えで、主催試合68試合目での達成。

     この日の中日戦も、3万1579人のファンが球場に足を運び、スタンドを真っ赤に染めた。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160916-00000101-dal-base

     9月10日の巨人戦(東京ドーム)で、25年ぶりのリーグ優勝を決めた広島が14日、マツダスタジアムで「セントラル・リーグ優勝セレモニー」を行うと発表した。

     15日・巨人戦の試合終了後に、授与式を実施。セントラル・リーグ優勝ペナントと優勝トロフィーが、プロ野球の熊崎勝彦コミッショナーから、緒方孝市監督に授与される。その後は全員でグラウンドを一周し、マウンド前で記念撮影が行われる。

     なお、同日の入場券はすでに完売。


    引用元 http://www.daily.co.jp/baseball/carp/2016/09/14/0009487859.shtml

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