広島カープブログ

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     ケンタッキーフライドチキン、サーティワンアイスクリーム、モスバーガー、ピザーラに築地銀だこ。プロ野球の球場に足を運べば、どれか1つはある「球場フード」の定番ブランドだ。だが、これらおなじみの店舗が1つも見当たらない球場もある。広島東洋カープの本拠地、マツダスタジアムである。



     マツダスタジアムのフードメニューはバラエティに富んでいる。丼ものやめん類、定番の唐揚げなどのオーソドックスなおじさん御用達メニューから、ピザやピタパン、リゾットなどの小洒落たメニューや、クレープ、パフェといった、カープ女子や子どもたちに喜ばれそうなメニューが、聞いたことがないような名前のフード店舗で売られている。

    ■他球場と一味違う!  広島カープの「球場フード」

     なぜなのか。マツダスタジアムの場合、球場内のフード店舗はほぼ全店、大手総合商社・三井物産のグループ会社が手掛ける直営店だからだ。飲食店舗運営受託を行う、その会社の名称はエームサービス。メニュー開発から販売スタッフの採用、教育、店舗名の考案まですべてエームサービスが自前で行っている。

     例外は旧広島市民球場時代の名物「カープうどん」と肉の串焼きの「はなおか」。この2店舗だけは、エームサービスから再委託を受ける形で出店している。

     エームサービスは三井グループ各社が1976年に米国アラマーク社との合弁で設立。三井物産の新社屋が完成した際、三井物産の社員食堂の質を日本一にする目的で誕生している。

     合弁相手の米国アラマーク社は、英国のコンパス社、フランスのソデッソ社と並び立つ、世界3大飲食施設運営会社の1つ。エームサービスは設立から早40年、社員食堂以外でも、病院や高齢者施設、大学などで多くの導入実績を上げている。国際的なスポーツ大会での受託経験も豊富で、長野五輪では選手村の食堂運営を受託している。

     「球場フード」といえばプロ野球観戦を楽しむうえでかなり重要なアイテムだ。なのに、そのレベルは球場ごとにかなりの落差がある。店舗の数は多いのに、どの店も同じようなものばかり売っていて、バリエーションに欠けると感じたことがある人は少なくないだろう。


    引用元 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170302-00159927-toyo-soci

     広島の新外国人、ラミロ・ペーニャ内野手(31)が15日、来日し、広島市のマツダスタジアムで会見した。背番号は5。打率3割を目標に掲げ、シュアな打撃と堅実な守備を武器にチームのリーグ連覇と悲願の日本一に貢献することを誓った。

     あごひげをたくわえた顔に柔和な笑みを浮かべて会見に臨んだペーニャ。自身のプレースタイルには「オーバーアクションをするような選手じゃない。冷静沈着にプレーするタイプだと思う」。来日を決めた理由は「米国ではメジャーとマイナーを行き来していたので、(広島から話をもらい)いいチャンスだと思った」と語った。

     メキシコ代表で二遊間を組んでいた巨人・クルーズからも日本の野球についての情報を得ており、「日本の投手に慣れることが大事」と助言を受けた。

     持ち味はシュアな打撃だ。昨季、メジャーでは30試合の出場で打率・299、1本塁打、10打点。今季の目標には「打率3割」を掲げた。「自分は体がそんなに大きくないので本塁打は10本ぐらい。。二塁打を多く打ちたい。打率にこだわって3割をマークしたい」と意気込んだ。

     今季の支配下外国人はエルドレッド、ペーニャの野手2人に、投手はジョンソン、ジャクソン、ヘーゲンズ、ブレイシアの6人態勢となった。し烈な外国人競争、さらに安部ら日本人選手との正三塁手争いも待っているが、「ベストを尽くすことができれば大丈夫。自信はある」と目を光らせた。17日に春季キャンプ地の宮崎・日南に入る。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170215-00000097-dal-base

     広島は2日、米大リーグ、ジャイアンツ傘下3Aサクラメントに所属するラミロ・ペーニャ内野手(31)=1メートル80、91キロ、右投げ両打ち=の獲得を発表した。契約金は10万ドル(約1126万円)、年俸は65万ドル(約7319万円)で、背番号は「5」に決定した。

     ペーニャは昨季、ジャイアンツで30試合に出場し、打率・299、1本塁打、10打点。3Aでも57試合に出場し、5本塁打、24打点だった。昨秋の侍ジャパンの強化試合ではメキシコ代表として来日。「2番・遊撃」で2試合に出場し、打率・333、2打点とインパクトを残していた。

     オフに球団は25年ぶりのセ・リーグを制覇に貢献した三塁手のルナを故障のためリリース。小窪、安部と候補はいるものの、レギュラーは不在だった。三塁を守れて、打撃も期待できる待望の助っ人獲得となった。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170202-00000566-sanspo-base

    <ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>

     新人合同自主トレを眺めながら、広島の小松剛広報(30)は故人に思いをはせていた。ルーキーだった8年前。「右も左も分からない1年生。プロとしての礼儀とか、一義さんにお世話になった」。法大とカープの大先輩で昨年10月に亡くなった山本一義さん(享年78)だ。すでにユニホームは脱いでいたが、気さくで、面倒見のいい人だった。

     キャンプ中には部屋に呼ばれて「プロとは、カープとはっていうのを教えてもらった」と言う。2時間にも及んだ話だったが「全然苦痛じゃなかった。話がおもしろいからかな。ひきつけられた」。故障の時も、育成選手になって独立リーグに派遣された時も、戦力外通告を受けた時も。大学の、広島の、人生の先輩として助言をくれたという。

     小松広報によれば法大OBのヤクルト大引も同様に一義さんを尊敬。訃報を耳にした際には2人で電話で泣き合ったという。タイミングが合えば、2人で墓参りをするという。「僕は人にものを言える立場じゃないけど、出会いを大切にしてほしい。一義さんもよく言っていたから」。そう言うと小松広報はネクタイを締め直し、新人の取材現場をさばき始めた。【広島担当=池本泰尚】


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170125-01768727-nksports-base

     ◇球団トップに聞く!広島・鈴木清明球団本部長(下)

     リーグ連覇と日本一を目指す今季、大黒柱の黒田博樹が抜けた。戦力として、精神的支柱としてチームをけん引し、25年ぶりセ界制覇の原動力となったベテラン。存在に比例するごとく喪失感も小さくない。復帰に尽力した鈴木清明球団本部長は若手に注文を出す。

     「黒田がいた時のメンタルの部分や考えを、忘れずに自分たちで実行できるかどうか。そこが一番心配なところ。そのまま受け継いでほしいね」

     メジャーから古巣に帰ってプレーした2年間。投手陣はその姿から多くを学んだ。その中でも、積極的だったのが野村祐輔で、昨季は最多勝、勝率1位のリーグ2冠を達成した。「最も結果が出た。言葉ではなく、体で引っ張れるかどうか」。後継者を目指す27歳へのエールにも、自然と力がこもる。

     鈴木本部長は球界のご意見番としても活躍する。83年の転職当初は「野球に興味がなかった」と言うが、03年から参加する12球団の実行委では最古参となった。球界再編騒動が起きた04年には毎週上京するハードワークの中、往復8時間の新幹線車中で野球協約を頭に叩き込んだ。

     目下の懸案は、大リーグの「ルール5」ドラフトをモデルとした制度の導入可否だ。出場機会の少ない選手の移籍を活発化させようと、プロ野球選手会が求めているが、選手関係委員長を務める同本部長は「難しい。日米では人数構成からして違う」と言い切る。

     頭ごなしに否定しているわけではない。同様の趣旨で実施しながら機能せず消滅した過去の事例や、FA補償に及ぼす影響など問題点を熟知した上での見解だ。「球界にとってプラスかどうか」。利己主義に走らず、12球団全体の視点から議論を尽くす。その姿勢は不変。自戒も忘れない。

     「自分が障害になっていないか。実行委の中では最年長で、言い方がきついから(話が)ひっくり返ることがある。反対の議論はあっていいんだけど、最近はあまりないから気になる」

     誠実な人柄。3月には63歳になる。「もういいかなと思う」と笑うが、黄金時代を築こうという組織に、懸案が山積みの球界に、その存在はまだまだ欠かせない。(江尾 卓也)

     ◆鈴木 清明(すずき・きよあき)1954年(昭29)3月6日、広島県呉市生まれの62歳。修道高から慶大に進み、77年東洋工業(マツダ)に入社。83年に広島東洋カープに転職し、商品販売部長、球団部長などを歴任。取締役球団副本部長となった03年から12球団の実行委員会に参加し、球界再編など諸問題の解決に当たる。05年から常務取締役球団本部長。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170111-00000082-spnannex-base

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