広島カープブログ

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    ブラッド・エルドレッド

     侍ジャパンの主砲として国際大会「プレミア12」に臨む広島の鈴木誠也外野手(25)が2日、自身のブログを更新。「頂点目指し全力で戦ってきます」と意気込んだ。


     エルドレッド氏の引退セレモニーについてつづった9月25日以来38日ぶりに更新したブログで「皆さんこんにちは、こんばんは。お久しぶりです笑」といつも通り茶目っ気たっぷりに書き出した鈴木。「全国の野球ファン野球少年の夢を心に日本代表侍ジャパンの一員として頂点目指し全力で戦ってきます。皆さんも全力応援で力を下さい」と意気込みをつづった。

     だが、そんな真面目な意気込みだけで終わらないのが、この男。続いて、若者を中心に流行しているスマホのカメラアプリ「SNOW」による“そっくり診断”の結果も報告し「なんか違うよなぁ笑笑」と、自身の顔とそこからだんだん変わっていった先の米俳優トム・クルーズ(57)の顔写真を載せ「まっいいか笑笑」「ほな皆さん行ってきまーす!」と締めくくった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191102-00000216-spnannex-base

     広島・松長洋文通訳(41)がエルドレッドとの秘話を明かした。12年6月から7年間、間近に接し、「いろいろ教えられました。彼の方から歩み寄って信頼関係を築いてくれました」と感謝を口にする。最も印象に残っているのが昨夏。「19年も現役を続行するか、引退するか、自問自答していた姿」と言う。


     「常に悩んでいる時期がありました。暑い由宇で汗を流しながら葛藤と戦っていた。でも『まだホームランを打てる自信がある』と伝えられて、一緒に頑張っていこうという話をしました。晩年のカントリーにつけたことは幸せに感じます」

     グラウンドを離れてもナイスガイだった。帰国前、エルドレッドが突然、松長氏の自宅を愛車で訪れた。松長氏の愛娘2人へ、使い終えた子供用のベッドを贈るためだった。

     「山奥の郊外に住む僕のところまで来てくれました。冗談だと思っていたら『今向かっている』と電話がかかってきて。家にベッドを運んで、手際よく組み立ててくれました」

     エルドレッドは『庭を借りていいか』とバーベキューを始めた。大好物のステーキを焼くと、驚いた近所の人も一目見たいと、野菜を持ってきてくれた。

     「家族団らんで過ごしたのがすごくいい思い出です。そういう人柄が愛されるのだと思います。チームのムードメーカーであり、人柄によって、人をつなげる力がありました」

     現役時代はナインと日本語で会話し、タクシー迎車、ピザ注文も積極的にトライした。今後は米国駐在スカウトと通訳という立場となる。「一緒に働けると聞いて本当にうれしい。カープの10年後、20年後を支えてくれるようなスカウトになってほしいです」。松長氏は晴れやかな顔でエールを送った。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190916-00000023-dal-base

    <eBASEBALLプロリーグ2019:eドラフト会議>◇16日◇BASEQホール

    広島の駐米スカウトに就任するブラッド・エルドレッド氏(39)が、早速初仕事を行った。

    前夜に広島で引退セレモニーを行った後、休む間もなく東京に移動。お笑い芸人アンガールズの山根良顕とともにeドラフト会議に参加。2選手を指名し、11月3日に開幕するeペナントレースへの戦力をそろえた。

    スーツ姿で円卓につくと山根氏と綿密に相談。「初めてこういう機会に参加できてうれしい」と指名戦略を練った。今後はeスポーツだけでなく、実際に球団を強化していく立場。「カープの求める選手を見つけたい。日本の選手を見てきているので広島にフィットする選手を見つけたい」と意気込んだ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190916-09160293-nksports-base

     ソフトバンクのデニス・サファテ投手が自身のツイッターを更新。広島で昨季までプレーし15日のヤクルト戦後に引退セレモニーを行ったブラッド・エルドレッド氏に祝福のメッセージを送った。


     現在、米国でリハビリ中のサファテは自身のツイッターで、引退セレモニーでエルドレッド氏が自転車に乗っている姿をリツイートし「僕はこれをとても愛しているよ。全ての成功を祝福しているし、引退後の生活をエンジョイしてよ!」と祝福のメッセージを送った。

     サファテは広島時代の2012年にエルドレッド氏と同じユニホームを着てプレー。エルドレッド氏は現役時代にサファテから譲り受けたママチャリで子供を送り迎えし、球場への通勤にも使用していた。懐かしの“ママチャリ姿”にサファテも大喜びの様子だった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190917-00541184-fullcount-base

    【赤ペン・赤坂英一】かつてのカープの4番・エルドレッドが、広島の駐米スカウトになる。となれば、期待したいのは“エルドレッド2世”の獲得だ。あの長打力と勝負強さに加えて、広島の街にもなじみ、ムードメーカーになれる助っ人を連れてきてほしい。

     エルドレッドは2012年のシーズン中に来日したが、その年は打率2割6分2厘、11本塁打、35打点。期待されたほどの成績を残せず、危機感を抱いて当時の野村謙二郎監督に教えを請うている。

    「ヒットを打とうと焦るあまり、体が前に突っ込み過ぎている。もっとフォームにタメをつくれ(ステイバック)!」

     そんな野村監督の教えが14年に実を結び、37本かっ飛ばして本塁打王のタイトルを獲得。それでも打率が2割6分と振るわず、169個で三振王だったため、一時は解雇されそうになった。

     すると、この年のCS直後に留任が決まった野村監督が、「エルドレッドを残してください」と球団に直訴。こうして残留が決まったと人づてに聞かされると、エルドレッドは感激して人目をはばからず号泣したという。

     196センチ、126キロの巨体ながら、愛車はママチャリ。これで自宅マンションと球場を往復する姿は地元ファンにはすっかりおなじみとなった。妻と娘3人を広島に呼び寄せ、長女をアメリカンスクールではなく日本の小学校に通わせていたのも、地元では有名な話。

     元広島捕手・達川光男さんは「エルドレッドの娘さんは英語より広島弁のほうがうまいんじゃ」と言っていた。その真偽のほどはともかく、エルドレッドも家族も大いに広島の生活をエンジョイしていたのは確かだ。

     カープが16年に25年ぶりに優勝する前から、エルドレッドは「カープは強くなっている。優勝できるだけの力がある」と発言。そんな頼もしいセリフがまた若い選手を勢いづかせていた。

     緒方監督が就任した15年はグスマン、シアーホルツら、エルドレッド以上のメジャー成績を誇る大リーガーが加入した。が、どちらも結果を残せず、チームの中心的存在にもなり得なかった。広島で成功するには力や技術だけでなく、自ら日本野球を勉強し、地元の街になじもうとする姿勢が必要なのだ。

     そんなエルドレッドの後継者を連れてきてほしい。彼ならきっと、自分の“2世”を見つけられるはずだから。

     ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。毎週金曜朝8時、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」出演中。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」(講談社)などノンフィクション増補改訂版が電子書籍で発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」(PHP文庫)など。最新刊は構成を務めた達川光男氏の著書「広島力」(講談社)。日本文藝家協会会員。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190911-00000005-tospoweb-base

    ■広島 – ヤクルト(15日・マツダスタジアム)

     昨年まで広島でプレーしたエルドレッド氏が15日、引退セレモニーのため、マツダスタジアムを訪れた。



     エルドレッド氏は、広島の試合前練習が終わった後、昨年までのユニフォーム姿で打撃練習を行った。18時試合開始の開門後に行われたため、大勢のファンがエルドレッド氏の最後の勇姿を見守った。

     大きな歓声を受けてグラウンドに入ったエルドレッド氏は、ティーバッティングを行なった後にバッティングゲージに入り、鈴木や菊池涼ら多くの選手が見守る中、約30球スイングした。現役時代の豪快なスイングは変わらなかったが、なかなか柵越えが出ず。自らバットをへし折るパフォーマンスを見せるなど、試合前にも関わらずスタジアムは声援に包まれた。10球を過ぎたあたりでようやくレフトへライナー性の当たりで柵越えが出ると、観客からは大きな拍手が起こった。

     エルドレッド氏は「久しぶりにマツダスタジアムで打撃練習ができて楽しかった。1本は必ず(柵越えを)打とうと思っていた。打つまではゲージを出ないつもりだったので、打ててよかったよ」と笑顔を見せた。

     7年間、プレーした日本の思い出は「いろいろあるが、初めて日本に降り立った日、初めてクライマックスシリーズ出場が決まった日、初めてリーグ優勝した時」の3つを挙げた。「7年間、広島でプレーして、チームが変わっていくところを経験できた。自分がその中にいたことを誇りに思う」と感慨深そうに話した。

     チームは2位争いを続けているが、長年チームに貢献した“ビッグパパ”は「自分も現役時代にやっていたことだが、最後まで諦めずに一生懸命プレーしてほしい。これから全力を尽くせば、まだ何かが起こる位置にいると思うので、1試合1試合、必死に戦ってもらいたい」とエールを送った。

     試合後には、最後の挨拶や記念撮影など、セレモニーが行われる予定となっている。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190915-00539510-fullcount-base

     「広島-ヤクルト」(15日、マツダスタジアム)

     広島のブラッド・エルドレッド氏が15日、引退セレモニーを前にマツダスタジアム内で記者会見を行った。一問一答は以下の通り。

     -引退を決めたのはいつ?

     「昨年シーズンオフに再契約をしないということがあって、自分の気持ちとしてはどこかNPBのチームでやりたいなという気持ちがあったので、春先はそれに向けて準備をしていました。契約ができるデッドラインが近づいてくるに至って、何もオファーが来ないと。その期限の日が来た時に『じゃあもうこれでおしまいかな』と決断しました」

     -米国の生活でも日本の言葉は出るか。

     「時々ちょろっと言葉が漏れることがあります。子どもたちも自分の応援歌を口ずさんでいる時がありますし、言葉は思い出せませんが、そういうことはありますね」

     -打撃練習中、応援歌は聞こえていたか。

     「もちろん聞こえていました。やっぱりあの曲を聴くと、自分の応援歌だなと思い出しますし、耳に入ってくると現役時代の記憶が戻ってきます。本当にそういうのが聞こえなくなるというのはさみしいですけど」

     -打撃練習中に折れたバットはひびが入っていたのか。

     「そうです。折れていました。現役時代に彼(山下打撃投手)には何本もバットを折られたので、見返してやろうと。倉庫に折れたバットがあると聞いたので、それを持ってきて、『折れた』として、困らせてやろうと、演出です」

     -17年の優勝決定日に鈴木をおんぶしたのが印象的だが、今日は鈴木と言葉を交わしたか。

     「その場面のことの話はしていませんが、今日球場で誠也といろんな話をしました」

     -実際に使っていた自転車の今後は。

     「皆さんが自転車と自分をリンクさせてくれて、思い入れを作ってくれているのはうれしいです。それだけ日本の一つの文化に溶け込んでいるのかなと見てくれていると思うので、うれしいです。自分も最近自転車に乗っていないし、子どもを自転車に乗せていないので、もう一回やってみたいという気持ちもあります」

     -午前中の広大病院慰問とチャリティーオークションについて。

     「自転車をチャリティーオークションにかけると聞いて、いいアイデアと思いました。病気で苦しんでいる子どもたちに何か手助けできればやっていきたいと思っていたので、喜んでいます。病院の慰問は、子どもたちが笑顔で迎えてくれたので、彼らの中に少しでも明るい気持ちが芽生えたのであれば行ってよかったと思います」

     -カープのユニホームに袖を通した心境は。

     「おそらくカープのユニホームに袖を通すのは今日が最後。いろいろ考えていたけど、これから着ることをできないと考えるとさみしくなるけど、残り少ない時間を楽しもうと思います」


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190915-00000152-dal-base

     「広島-ヤクルト」(15日、マツダスタジアム)

     広島のブラッド・エルドレッド氏が15日、引退セレモニーを前にマツダスタジアム内で記者会見を行った。一問一答は以下の通り。

     -カープ歴代最長外国人。

     「7年間やるということは自分でも想像できなかったですし、7年間このチームに自分なりにインパクトを与えられて、同じチームでやったことは誇りに思います。7年できるとは最初は思ってなかったんですけど、できたということは誇りに思ってます」

     -スカウトのオファーを受けて。

     「詳しくはいつオファーが来たか覚えてないんですけど、選手としてのオファーがなくて今後どうしようかなと考えていた時にカープ球団の方から『スカウトの仕事をやってみないか』という打診を受けて、新しく気持ちが高ぶったというか、うれしかったです。なぜかというと自分の愛着のある球団ですし、その球団が新しい仕事をくれて今後も一緒にやっていこうと言ってくれたことに対して感謝の気持ちが表れてきましたし、今後も一緒にやってきた選手、組織に働いてる方とまた一緒に仕事ができる機会を与えてくれたことに感謝しています」

     -スカウトとしてどんな仕事を。

     「もちろんスカウトとして初めて仕事をするわけで、いろいろ今から勉強していかないといけないことがあると思います。2人の駐米スカウトにまずは手ほどきをいただいて、どういうことをするかを学ばないといけないと思います。2人のスカウトもこのチームにいい選手を連れて来ました。そういうことが自分にもできるようにいろいろと勉強していくわけですが、ただ選手としてのタレントがそろった選手だけでなく、日本で野球をやって長年日本のチームに在籍したい、そういう気持ちを持った選手を探したいと思います。そういう気持ちがないと日本で成功するのは難しいと思うんでね。1年だけやって帰るような選手がいてもチームのためにならないと思うので、まずはスカウトの勉強をしながらそういう存在を発掘できたらなと思います」

     -広島の街やファンは。

     「長年ファンの方は自分の家族を非常に大切にしてくれたと思っています。言葉では表せないぐらい感謝しています。今回広島に来た時も街を歩いていると必ず声をかけてくれて、温かい声援をしてくれたんですけど、それは自分だけでなく自分の家族に対しても優しい声援をしてくれたので、この場を借りて非常に感謝していることを伝えたいと思います」

     -今のチームにメッセージを。

     「私も現役時代にやってきたことなんですけど、最後まで諦めずに一生懸命プレーをしてほしいと思います。まだまだ試合も残ってます。諦めてる選手は1人もいないと思います。そこでこれから全力を尽くせばまだ何が起こるかわからないポジションにいると思うので、とにかく自分がやってきたように毎試合毎試合、1試合1試合を必死に戦ってほしいと思います」


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190915-00000145-dal-base&pos=1

     「広島-ヤクルト」(15日、マツダスタジアム)

     昨季まで広島でプレーしたブラッド・エルドレッド氏(39)が五回終了後にグラウンドに登場。真っ赤に染まるスタンドからは大きな声援を送られた。

    【写真】家族4人 仲良く行進!ファン声援!

     左翼側から背番号55のユニホーム姿でママチャリをこぎ、家族とともに現れたエルドレッド氏。スタンドには背番号55のユニホームや、「ありがとう エルドレッド」とプラカードを掲げるファンの姿もあった。その後右翼まで移動すると、「CCダンス」も披露した。

     エスコートしたのは、カープデザインの赤い上衣と白のスカートに身を包んだ美しい愛妻と、4人の娘たち。外野でダンスを踊ると、そのかわいらしさにファンは大歓声を送っていた。

     試合終了後には引退セレモニーが行われる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190915-00000182-dal-base

     「広島-ヤクルト」(15日、マツダスタジアム)

     広島のブラッド・エルドレッド氏が15日、引退セレモニーを前にマツダスタジアム内で記者会見を行った。一問一答は以下の通り。

     -久々にマツダで打撃練習をした。

     「非常に楽しかったです。久しぶりにマツダスタジアムで打撃練習をして、久しぶりにバットも振ったんですけど楽しんでバットを振ることができたので良かったと思います」

     -バットが折れた。

     「自分の一番大好きな山下打撃投手を打って、毎回毎回、いつも折られていたんですけど、やっぱり今日もきっちりと折られましたね。というのはジョークですけど、もともと折れてました」

     -今日のために練習は?

     「しばらく打ってなかったです。バットも握ってなかったので。2~3カ月はバットを一切触っていなかったです」

     -チームメートが見守る中で。感想はもらった?

     「みんな自分がスイングしているのを楽しんで見ていてくれたと思います。自分も楽しくスイングできたので、それを見てみんながハッピーになってくれればいいかなと思ってました。このチームはああいう風にみんなが集まって練習でも何でも楽しくやるのが特徴だと思うので、今日もそれが出て本当に自分もうれしかったです」

     -柵越えもあった。

     「1本だけは必ず打ってやろうと思って、1本ホームランを打たない限りケージから出ないと思っていたので、みなさんのために打てて良かったです」

     -広島での日々は。

     「7年間広島にいてこのチームで7年間プレーできたことは素晴らしいことだと思いますし、この7年でチームが変わったことも経験できました。あまり強くないチームから優勝ができるチームまで。そういう過程を全部見てきたので、チームの一員として7年間やったことは自分にとっても誇りに思います」

     -最も思い出に残っていることは。

     「7年間という長い間で1つだけ選ぶのは非常に難しいですが、その時々で非常にいい記憶があります。本当に初めて日本に降り立ったその日その時から初めてCSに出た時、そしてカープで初めて優勝できた。本当にその時その時その場面で思い出の瞬間ができているので1つというのは言えないですけど、本当にたくさんにいい思い出があります」

     -思い出のホームランは。

     「引退式に参加する前にもたくさんの方からどのホームランが記憶に残っていますかと聞かれて、自分の中でよく考えて思ったのが名古屋でカープが初めてCS進出を決めたホームランが非常に自分の中でも記憶に残ってます。その時のファンの方の反応、そしてチームの反応。いろんな反応が一発にこもったのかなと。自分にとっても記念になる、記憶に残るホームランだったと思います」


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190915-00000146-dal-base

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