広島カープブログ

広島カープのまとめブログです!試合速報、日程、選手、グッズ情報など広島カープに関連する情報を配信していきます!

    中日ドラゴンズ

    「中日-広島」(11日、ナゴヤドーム)  広島・堂林が今季3度目の猛打賞をマークした。

     チームが球団タイ1イニング11安打をマークした三回に、中前打と投手強襲の適時打。そして、七回には中前適時打を放った。  前日は無安打だったが、好調はキープ。この時点で打率・407に上昇した。

    20200711-01970307-tospoweb-000-11-view




    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/186f90da7796e4eba5b61b3b52910212cfddbf00

    ◇セ・リーグ 広島10―3中日(2020年6月28日 ナゴヤD)  【森繁和 視点】広島・森下の投球は非常に立体的だ。全ての球種の制球が良く直球、カットボールなどでストライクゾーンの内外角、高低と「四隅」を突く。チェンジアップは縦の変化は少ないが、直球との球速差を利用して「前後」の緩急でタイミングを外す。


    20200629-00000117-spnannex-000-16-view



    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/308762bd7ac60e614ef379ccbc804912d843fcaa

     27日の中日戦(ナゴヤドーム)に先発する広島・床田寛樹投手(25)が26日、今季初勝利に向け意気込んだ。  前回登板、20日のDeNA戦(横浜)では5回6安打3失点で勝ち星はつかず「無駄な四球でリズムを悪くした。次回は修正したい」と課題を挙げた左腕。1年目にプロ初先発した思い出深いナゴヤドームでは2試合未勝利。「まだこの球場で勝ったことがないので、チームの勝利に貢献できるような投球をして勝ちたいです」と闘志を燃やした。

    20200626-00000022-dal-000-3-view




    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/13484f87763a922eebea7e8c68966be9b8f76890


    プロ野球の開幕を19日に控え、本紙の評論家10人がセ、パ両リーグの順位を予想した。8年ぶりのAクラス進出が期待される中日は3人がリーグ優勝を予想。
    巨人とDeNAの「2強」を追う存在とみている。

    【森野将彦さん】  6月開幕という異例のシーズンは、点の取り合いになるとみている。投手はただでさえ調整が難しいのに、春先とは違って暑さが体力を奪うからだ。今季を占う上で大事なのは打力。となると優勝に近いのは中日だ。  打線は昨年と代わり映えしないが、それこそが魅力。各選手に伸びしろがあるし、特に来日5年目のビシエドはキャリアハイの成績を残せる状態にある。不安は救援陣だが、東京五輪が延期されたことでキューバ代表のR・マルティネスが常にいるのは朗報。点を取り合っても、最後を締める投手陣がいれば十分に戦える。  優勝候補として最後まで迷ったのがDeNA。投打とも隙がない。あえていえば筒香が抜けた穴だが、佐野で埋まるとは言わないが、気にならない程度にはなると思う。

    kayama-1




    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/40b16b97ca7ad91ed3fce819356e035b1e45c679

    ◆ 上々の復帰戦  コンディション不良で三軍調整を続けていた広島の松山竜平選手が12日、ナゴヤ球場で行われている中日とのファーム練習試合に「3番・指名打者」で先発出場し、実戦復帰を果たした。

     2年目右腕・勝野昌慶の前に2打席凡退後も、6回の第3打席、イニングの先頭打者として打席に入ると、3番手・山井大介の外角高めを中前へ運び復帰後初安打。直後に代走を送られて、この日は3打数1安打でベンチに退いた。

    d52467-250-244288-0


    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/401c9ac8c20c601a3b505e562df5772d592357ef

     米カリフォルニア州ロサンゼルスの自宅で自主トレを続けるツインズの前田健太投手(32)が26日深夜放送のフジテレビ「石橋、薪を焚べる」(火曜深夜0・25)にゲストとしてリモート出演し、広島在籍時に参考としていた投手について語った。

     日本のプロ野球時代で1番苦労したのは、8勝14敗に終わった09年だと振り返った前田に、MCの「とんねるず」石橋貴明(58)は「この09年の時に、いい投手だなって思ったのは誰でした?」と質問。すると、前田は「中日ドラゴンズの吉見(一起)さんですね。何回も負けましたね。いつも当たって、必ず勝てないんですよ。僕と吉見さんの違いは何だろうというのは、いつも考えていた」と振り返った。

     石橋が「答えは何だったんですか?」と聞くと、「大事なところ、勝負どころで絶対に点を与えないっていうのが、僕が出した答え。流れの中でこの回が勝負ってところっで、僕は点を取られて、吉見さんはしっかり抑えてくる。勝負どころを自分の中でつくって“ここは絶対に点を与えない”っていうのを試合の中で自分で感じるようにした」と話し、翌10年の15勝8敗の好成績につなげたことを明かした。




    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/977d6d82cb0c6bc9b08fd737d6f74a2c92b7c3ba

     日本のプロ野球では「代打の切り札」という言い方をよくする。チャンスで殊勲打を打つ代打専門の打者のことだ。かつては「代打一本」で世渡りをする選手がいたが、今は「代打の切り札」と言える選手はなかなか見当たらない。


     プロ野球に入った野手は、ほぼ例外なく「レギュラー」を目指している。最初から「代打」を目標にする選手はいない。たまたま「代打」で起用されてタイムリーヒットを打つことがあっても、選手は「代打でこれからも活躍しよう」とは考えない。「これをきっかけに、レギュラーの座をつかみ取ろう」と考える。

     つまり現代のプロ野球では「代打の切り札」の多くは「レギュラー途上にいる選手」だと言ってよいだろう。

     ここ3年、抜群の代打成績を残しているのは、阪神の中谷将大だ。2017年は20打数8安打、2018年は10打数5安打、2019年は13打数5安打。3年間通算で43打数18安打。打率.419と高打率だ。中谷は2017年、2018年各1本、2019年は2本とここ3年で代打本塁打を4本打っている。

     中谷は2017年の開幕時には代打起用が多かったが、たびたび殊勲打を打って、シーズン中盤からは外野の定位置を掴んで規定打席に到達。20本塁打61打点を打った。しかし、以後は再び控え野手となっている。代打での勝負強い活躍を虎党もレギュラーとして見たいと願っているはずだ。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200520-00776916-fullcount-base

    <広島5-3中日>◇2006年5月7日◇広島

    14年前の2006年5月7日、就任1年目の広島マーティー・ブラウン監督がベースを投げて退場処分となった。試合後「ベースをぶん投げたのは、ほかに投げるものがなかったからだ。生涯で初めてだ」とコメント。日本での退場はこの試合が初めてだったが、5年間で監督史上最多の通算12回(広島で8、楽天で4)の退場処分を受けた。

    日本で最後の退場となったのは楽天時代の10年9月23日の西武戦。日本新のシーズン4度目の退場に「記録にトライしようとやっているわけじゃない。ベースを抜こうと思ったけど、抜けないようになっていた」と”オチ”をつけた。

    【復刻記事】

    広島マーティー・ブラウン監督(43)が、メジャー流で退場した。中日攻撃の3回表、併殺の判定をめぐり、まず広島先発マイク・ロマノ投手(34)が審判に暴言を吐いたとして退場処分を受けた。納得しない同監督は、退場覚悟で一塁ベースを引っこ抜き二塁方向に投げつけ、侮辱行為でダブル退場となった。同監督は日本式のお辞儀を繰り返し、最後は帽子を高々と掲げるパフォーマンスでベンチに消えた。指揮官らの退場が号砲になったのか、5回に広島が6安打を集中して一気に逆転勝ちした。

    5月に入って2カード連続の勝ち越しは、ブラウン監督のパフォーマンスから始まった。

    3回表、1死一塁から中日荒木が打った遊ゴロ。併殺を狙い遊-二-一と転送されたが、一塁判定はセーフ。怒ったロマノが、審判に暴言を吐いたとして、退場処分となった。ブラウン監督はベンチを飛び出し、激しく抗議した。怒りは収まらず、一塁ベースを引っこ抜き、それを二塁方向へ放り投げた。これが侮辱行為と判断され、ロマノに続き、退場処分となった。

    パフォーマンスはこれで終わらなかった。ブラウン監督は、帽子を取り、審判団、さらに内外野のスタンドに深々と日本式のお辞儀を繰り返した。最後は帽子を高々と掲げて、ベンチに消えた。その間、試合は7分間中断したが、ゴールデンウイーク最後の日に集まったファンからは、喝さいも起きた。

    ブラウン監督 ロマノと審判のコミュニケーションミスだ。彼は決して体をぶつけて、不満を審判に言ったわけではない。文句はいったが、マウンドに戻ろうとしていたのだから、退場はおかしい。

    興奮状態にあるように見えたが、退場覚悟の行動は冷静だった。「ベース投げ」を行う前に、リブジー打撃コーチに代理監督を命じ、ロマノに代わる投手として広池を指名。その後、一塁ベースへ向かった。

    ブラウン監督 ベースをぶん投げたのは、ほかに投げるものがなかったからだ。生涯で初めてだ。

    「選手を守るためなら退場もOK」と口にするブラウン監督は、アメリカの3Aの監督時代の3年間で22回の退場処分を受けている。その闘志がナインにも通じた。0-2の5回、連打で一、二塁とし、倉のバントを中日ドミンゴが三塁に悪送球し1点。そして、代打末永が中前に逆転の2点適時打。投手陣もロマノの後を4人でしのいだ。

    試合後の会見で、ブラウン監督は「いろんな経験をさせてもらってありがとうの気持ちを日本式のお辞儀に変えたんだ」と説明した。横を通りかかった松田オーナーからは「ナイスジョブ」と声を掛けられた。「今日は来日以来はじめて(代理監督の)リブジーより先にシャワーを浴びることができるよ」と、陽気に会見場をあとにした。

    ◆ロマノは試合後、コメントを差し控えたが、一塁塁審の真鍋は「明らかに暴言を口にしたので退場を宣告した。内容は本人に聞いて欲しい」と話した。この日の責任審判の谷は「ブラウン監督の抗議は冷静でした。一塁ベースを投げつけた行為が退場理由です」と、一連のダブル退場劇を説明した。

    ◆中日荒木(自身の打球の判定の退場劇中、一塁ベースを投げつけたブラウン監督の真横にいて)「(ブラウン監督に)僕が何かを言われるのかと思った。そしたら投げたんで…。びっくりしました」

    ◆リブジー代理監督 彼と長いこと仕事をしてきたが、いつかはこの日が来ると思っていた。監督の退場で勢いがつくと思ったら、そうなったね。

    ▼広島はロマノとブラウン監督が退場。外国人監督の退場は、73年10月5日与那嶺監督(中日)75年4月27日ルーツ監督(広島)81年5月5日ブレイザー監督(南海)82年6月19日ブレイザー監督に次いで4人、5度目。ルーツ監督は審判への暴行で退場となったが、この退場がきっかけでチームを退団した。

    <メジャーの退場パフォーマンス>

    ◆ベース強奪 01年6月、パイレーツのマクレンドン監督は一塁塁審の判定に抗議し退場になると、一塁ベースを引き抜いてベンチに持ち帰った。この行為に1000ドルの罰金を科せられた。

    ◆変装 ロッテのバレンタイン監督はメッツ監督時代の99年6月、退場後につけヒゲとサングラスで変装し、Tシャツに着替えて再びベンチに姿を現した。本人は否定するもテレビカメラが証拠現場をとらえており2試合の出場停止処分。マイナーでは93年、パドレス傘下3Aのフラナリー監督が退場後に、球団マスコットの縫いぐるみの中に潜んで出現。怪しい動きでサインを出し続けたが、ナインは誰も気付かなかった。

    ◆砂掛け イチローの「元上司」でマリナーズのピネラ元監督は02年5月、退場宣告に怒り、ホームベース上に土をかぶせて引き揚げた。これに対し、球審はマ軍捕手にブラシを渡し土を掃除させてファンは大喜び。

    ◆決めポーズ 退場の常連監督は決めのポーズも多彩。マーチン監督(元ヤンキース)は審判に向かって土を蹴り上げるのが癖で、オリオールズの名将ウィーバー監督は帽子を後ろ前にかぶり直し、顔と顔が当たりそうな猛抗議がトレードマークだった。退場の回数もケタ違いで、歴代2位2763勝を誇るジョン・マグロー監督(ジャイアンツ)は史上最多131回の退場処分を受けた。

    ※記録と表記などは当時のもの



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200507-25040182-nksports-base

     「裏方の一日を。元選手で誰がいる?」。そんな読者の問いにドラ番が答える4回連載。第2回は通訳とブルペン捕手を取り上げる。この2役に加え、打撃投手、国際渉外担当も兼ねるのが、ドミニカ共和国から来日24年目のルイス・フランシスさん(43)。チームに欠かせない「4刀流裏方」はどうやって生まれたのか。

      あるときはブルペンで球を受け、あるときはフリー打撃に登板する。またあるときは投手コーチとともにマウンドへ向かう。来日24年目。今では「スーパー裏方」とも称されるルイスさんがしみじみと言った。

     「日本にこんなに長くいるなんて思ってもみなかった。奇跡です。あのとき断っていたら日本にはいないだろうし、どうなっていたか分からない。あの判断が一番良かったですね」

     あのときとは1998年秋。広島の練習生として2年目が終わる際に球団からこう告げられた。「ブルペン捕手として残ってくれないか」。ジャパニーズドリームがついえたにもかかわらず、22歳の青年は即答した。「喜んでやりますよ」。裏方人生が始まった。

     肩書に通訳が加わったのは鶴の一声がきっかけだった。「お前、日本語うまいな」。声の主は松田元オーナー代行(現オーナー)。2軍の由宇球場を視察した際、片言のあいさつに驚いた総帥はさらにこう続けた。

     「日本語勉強したいの? それなら球団が費用を出すから日本語学校に通って来いよ」

     試合のない月曜に広島市内の学校に通うこと3年。「5年くらい日本で勉強して、その後ドミニカでカープアカデミーのディレクターをやってほしい」。裏方に転身する際、球団からはそう言われたが、実現することはなかった。日本に欠かせない存在になっていた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200426-00010012-chuspo-base

     野球の世界には「松坂世代」を始め、有力選手が集まった世代を「〇〇世代」と形容する流れがある。毎年12名のドラフト1位が生まれるので、平均すれば各世代に12名のドラ1がいることになるのだが、多い世代、少ない世代というのが出てくる。そこで世代別にドラフト1位を集計し、その現在地を見ていきたい。今回は大卒ルーキーたちがプロ入りした97年世代だ。





    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200421-00010000-hbnippon-base

    このページのトップヘ