広島カープブログ

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    倉義和

     広島は18日の日本ハムとのオープン戦(マツダ)を、「黒田博樹特別ユニホーム」を着用する特別試合にすると発表した。

     緒方監督、コーチ、選手が昨季限りで現役引退した黒田氏が入団した当時のユニホームをモチーフに、金の刺しゅうが施されたユニホームを着用する。左胸には「黒田博樹ワッペン」がつく。デザインは13日にお披露目される予定。試合前セレモニーでは、黒田氏による始球式、黒田氏のレリーフ除幕式、選手らへのチャンピオンズリング贈呈式が行われる。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170311-00000066-spnannex-base

     広島ドラフト1位の加藤拓也投手(22=慶大)、ドラフト2位の高橋昂也投手(18=花咲徳栄)、ドラフト3位の床田寛樹投手(21=中部学院大)の新人3投手が15日、広島・廿日市市の大野練習場で、年明け初めてのブルペンに入った。

     加藤はドラフト4位坂倉将吾捕手(18=日大三)を座らせて32球。スライダー、フォークもまじえた。「最初の方は体のタイミングが合わなかった。ベストな状態に持っていきたい。これからも毎日のように投げていきたい」と話した。【池本泰尚】


    引用元 http://www.nikkansports.com/baseball/news/1765585.html

     ◇決断2016」ユニホームを脱いだ男たち=広島・倉義和捕手(41)

     25年ぶりのリーグ優勝が、広島・倉に現役引退する時を告げた。9月10日。胴上げをテレビの前で迎え、チームの一員としての喜びと同時に、「自分はもう必要な戦力ではない」という思いが胸に去来した。

     「去年から引退を意識していたけど、優勝の輪の中にいられなかったことで、やめなきゃいけないと思った」

     広島一筋19年間。現役選手生活に区切りをつけた瞬間だった。40歳を超えてまで現役を続けることができた要因の一つに、同じく今季限りで現役を退いた1学年上の黒田の存在があった。

     「黒田さんがいなかったらこんな長い間、現役をできなかった」

     1軍に定着した05年にエースから信頼を得て、専属捕手を務めた。07年オフ、黒田がFAでドジャースに移籍してからも、その活躍を喜びながら、広島で帰りを待ちわびていた。

     「向こう(米国)に行っても、また広島に帰って来るはず。また、試合で受けたいという思いがあった。そのためには頑張らないといけないという気持ちにさせられた」

     強い思いで待ち続け、15年にエースが念願の広島復帰。だが、同年は会沢の1軍定着もあり、コンビを組むことはかなわなかった。さらに今季は2軍バッテリーコーチ兼任となったこともあり、選手としても2軍生活に終始した。

     それでも最後にご褒美が待っていた。引退試合となった9月25日、本拠地でのヤクルト戦。打者1人限定で先発マスクをかぶり、黒田と9年ぶりにバッテリーを組むことになった。結果はストレートの四球となったが、久々の感触をかみしめた。その後、試合は降雨ノーゲームとなり、引退試合は記録に残らないが、それは大きな問題ではなかった。

     「最後に黒田さんの球を受けさせてもらったことが記憶に残るから」--。

     来季からはコーチ専任となる。「これまでは自分のことを考えるのと、他の選手のことを考えるのとで半々だった。これからは選手のことだけを考えればいい」。次代を担う捕手の育成に尽力する覚悟だ。 (柳澤 元紀)

     ◆倉 義和(くら・よしかず)1975年(昭50)7月27日、京都府生まれの41歳。京都成章から京産大を経て、97年のドラフト5位で広島入団。8年目の05年には自己最多の109試合に出場。この年から07年まで黒田の専属捕手を務めた。16年は2軍バッテリーコーチを兼任。1メートル79、90キロ。右投げ右打ち。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161215-00000076-spnannex-base

     25年ぶりの優勝で沸いた広島でひとりの選手が静かにユニフォームを脱いだ。同年に引退した黒田博樹の専任捕手を務めるなど、石原慶幸とともに正捕手争いを繰り広げてきた倉義和── 。広島低迷期を支えてきたいぶし銀のベテラン捕手が、新たな黄金期到来を予感させた今季、引退を決めた。懸命に駆け抜けた19年間の現役生活を振り返ってもらった。



    ──  19年間の現役生活お疲れ様でした。

    「ありがとうとございます。小学1年生から始まった野球人生。プロに憧れ、広島に入団できて19年間ユニフォームを着させていただいた。本当に幸せな野球選手だったなと思います」

    ──  97年、京都産業大からドラフト5位で広島に入団し、プロ野球人生が始まりました。

    「プロに入って一から捕手として勉強していったようなものでした。大学がそこまで強くなかったので、捕手としての技術、心構え、何をやらないといけないのかわかっていなかったように思います」

    ──  当時はヤクルトの古田敦也氏など打てる捕手が台頭してきた時代でした。

    「最初は打つこともアピールにつながると思ってやっていましたけど、やっぱり甘かったですね。打撃にはある程度の自信を持って入ったつもりでしたけど、レベルの違いを感じました。このままでは2、3年でクビになるなと感じたのを覚えています」

    ──  入団当初は打力が買われて捕手以外のポジションで起用されることもありました。

    「捕手は守りがしっかりしていないと試合に出られないポジションなんです。プロでやっていくためには、”打てる捕手”というよりも”勝てる捕手”を求めてやってきました」

    ──  “勝てる捕手”とは?

    「最初はわからなかったから、練習するしかなかった。当時の片岡(新之介)二軍バッテリーコーチに配球や動きなど、捕手としての基礎を徹底的に教えてもらいました。楽して一軍には上がれないと思っていたので、苦しい練習にも耐えられました。下手くそな自分が技術を上げるため、試合に出るためには、何をしたらいいのか── 。そう考えると、練習しかありませんでした。捕手としての技術を習得するためには数を多くやらないといけない。体に覚えさせることがいちばんの近道だと思ってやっていました」

    ──  8年目に一軍に定着し、正捕手を争う立場となりました。

    「しんどくて、妥協したい気持ちは当然ありました。でも2年目のオフに結婚して、結婚から3年後には子どもが生まれました。守っていかないといけないものができたので、きつい練習中に声には出さないけど『家族のためだ』と心の中で叫びながら踏ん張っていたときもありました(笑)」

    ── 一軍に定着すると、下積み生活とは違う苦労もあったと思います。

    「チーム内でも決して安泰ではないですし、一軍に上がれば自分のチームだけでなく、他球団の捕手にも負けたくないと思うようになります。当時はヤクルトに古田さんがいて、中日には谷繁(元信)さん、阪神の矢野(燿大)さんという素晴らしい捕手がいたので、ああいう捕手になりたいという気持ちが沸きました」

    ──  チームには年下の石原というライバルがいました。

    「ライバルといえばライバル……。でも競争はあったでしょうが、出番を決めるのは監督なので、相手がどうということではなく、自分が頑張って認めてもらうだけと思っていました」


    引用元 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161202-00010002-sportiva-base

     引退した広島の黒田博樹投手(41)が22日、東広島市内で行われたバッテリー会ゴルフに参加。5日の25年ぶりの優勝を記念したパレード、優勝報告会以来、初めて公の場に登場した。

     黒田は倉義和捕手(41、2軍バッテリーコーチ兼任)、石原慶幸捕手(37)、野村祐輔投手(27)と談笑しながら、ラウンドを楽しんだ。

     最終18ホールを終え、合計スコアについて聞かれると「数えていない。ゴルフは数えるスポーツではないので」と苦笑い。引退後初のバッテリー会ゴルフはグロス107に終わった。

     プロ20年間に終止符を打ち、初めて送るオフ。「例年みたいに体を気にしなくていいので、変な感じはしますけどオフシーズンかなと思います」と穏やかな表情を浮かべた。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161122-00000090-dal-base

     25年ぶりのリーグ優勝を飾った広島。日本シリーズでは2勝4敗で日本ハムに敗れ、1984年以来、32年ぶりの日本一とはならなかったが、2016年の野球界を多いに盛り上げた。

     田中、菊池、丸の同級生トリオでチャンスメイクし、新井、そして今季大ブレイクした鈴木で返す得点パターンを確立。投手陣もジョンソン、野村、黒田の3本柱がきっちりと試合を作り、今村、ジャクソン、中崎の勝利の方程式も抜群の安定感を誇った。就任2年目の緒方監督の采配もさえ、低かった前評判を覆し、2位巨人に17.5ゲーム差をつける独走Vだった。

     伸び盛りの若手が多く、早くも来季への期待も高まるが、一方で今季限りでカープのユニホームを脱ぐベテランもいる。

     ここで今季限りで引退、戦力外となった選手のこれまでの実績を見てみたい。

    ○黒田博樹(引退)
    プロ20年目。日本通算321試合に登板。124勝105敗1セーブ、防御率3.55。米国通算212試合に登板。79勝79敗、防御率3.45。

     言わずとしれたレジェンド。1996年ドラフト2位(逆指名)で広島に入団。2001年に12勝を上げると、メジャーに移籍する07年まで6度の2桁勝利。04年のアテネ五輪では銅メダルに貢献。05年には15勝で最多勝。06年には防御率1.85で最優秀防御率を獲得した。

     07年のオフにFAでドジャースに移籍。12年からヤンキース。メジャー在籍7年で5度の2桁勝利をマークした。14年オフには20億円とも言われた巨額オファーを蹴って、広島に電撃復帰。今年7月には日米通算200勝を達成した。日本シリーズ開幕前に今季限りでの引退を表明。背番号15は永久欠番となった。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161109-00010008-fullcount-base

     今季限りで現役を引退した廣瀬純外野手が、優勝パレードを終えて広島への熱い思いを改めて明かしている。
     広島は今季、2位巨人に17.5ゲーム差をつける独走で25年ぶりにセ・リーグを制覇。低迷期を支えた廣瀬は昨季は1軍での出場機会がなく、今年9月25日に引退会見を行った。今季も引退試合の1試合のみの出場に終わった。

     廣瀬は5日の優勝パレード終了後にブログを更新し「セリーグ優勝パレードに参加させていただきました。チームメイトのおかげで素晴らしい経験をさせていただきました。ありがとう(^^) カープ関係者の皆さんをはじめ、パレードに駆けつけてくれたファンの皆さん。そして、パレードに関わってくださった全ての方々に感謝します」と綴った。

     さらに「優勝っていいな。カープっていいな。広島っていいな。ファンの方々のあたたかい声援っていいな(*^_^*)」と、約31万人が集まったパレードで、広島ファンの凄さを再確認した様子。同じく今季限りで現役を引退した倉義和捕手、大瀬良大地投手らと乗車した「5号車」の写真とともに、自身の思いを記している。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161106-00010017-fullcount-base

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