広島カープブログ

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    内田順三

     熱烈な鯉党で知られるチュートリアル・徳井義実が29日、MBSの情報番組「せやねん!」にVTR出演。「かけなあかんのはお金じゃない。手間と愛情です」と広島の強さを解き明かすと同時に、阪神に耳の痛い提言をした。

     「まさかの3連覇!正直、1年目の高揚感があるかと言われれば…だけどつらい時代があったので、6連覇までは喜べる。まさかこんな強いチームになるとは」と相好を崩した。広島の強さを「若手がどんどん出てきてブレークする。新井選手が引退しても次々いる」と解析。「結局、どこから取ってくるといっても限界がある。地道に育てた方が、ドドっとくる」と育成の大切さを改めてアピールした。

     「フランソワとかカープアカデミーから来て、かなり貢献している。ドミニカの選手は広島出身(笑)」と、ファンは親近感を持っていることを明かした。さらに「バティスタは2000万円。すごく広島に、日本になじもうとしてくれている。大金をはたいた人はドライになる」と持論を展開。「ロサリオは3億円超え。かけなあかんのは手間と愛情なんです」とばっさり。それでも「阪神にもいた新井選手が、CSでも必ず活躍するので、応援してほしい」と阪神ファンに訴えた。

     番組では推定年俸2000万円のバティスタは25本塁打で1本あたり単価は80万円。同3億4000万円のロサリオは8本塁打で1本あたり4250万円と紹介していた。

     そんな徳井の分析に、阪神ファンのトミーズ・雅は「ぐうの音も出えへん」とため息。「あなたの言っていることが正しいです」と肩を落としていた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180929-00000055-dal-ent

     37年ぶり2度目の連覇を成し遂げた広島は、26年ぶりに2軍とともに“兄弟優勝”を達成した。2軍は7日、宮崎市の宮崎サンマリンスタジアムで元広島2軍監督の内田順三2軍監督が率いる巨人とファーム日本一をかけて戦う。2軍の命題でもある「育てながら勝つ」を実践した水本勝己2軍監督は、就任2年目で1軍へ選手を供給しながらウエスタン・リーグの頂点に立った。

     「ファームが優勝したということは結果的にもいいこと。そういった部分ではいい1年間だったのではないかな」

     1軍での選手実績は皆無だが、持ち前の指導力でチームを優勝に導いた。故三村敏之元監督を慕いブルペン捕手からコーチ補佐、3軍統括コーチに2軍バッテリーコーチから2軍監督となったのは有名な話。プロの選手として実績がないことがクローズアップされているが、アマチュア球界ではプロ野球選手の例に漏れず名をはせた。

     もう30年以上前の話である。1986年夏、高校野球岡山大会の決勝・岡山南戦で倉敷工の主砲は右翼席に本塁打を放った。水本2軍監督は「カーブを狙って打った」と今も鮮明に覚えていた。倉敷工の18年ぶり7度目の甲子園出場に強打の捕手として貢献した。

     この年は群雄割拠の岡山高校球界だった。3年生にはのちにプロ入りした選手が5人もいた。岡山理大付には86年度ドラフト2位でロッテに指名された森広二投手、関西には阪神からドラフト6位指名された関西・真鍋勝己投手。2投手ともプロでは大成できなかったが、真鍋は今もNPB審判員として活躍している。

     そして岡山東商には社会人・川崎製鉄水島を経て経て89年度ドラフト2位で巨人に入団した吉原孝介捕手、倉敷工が決勝で破った岡山南には90年度のドラフト外でダイエー(現ソフトバンク)に入団した岡山南・坊西浩嗣捕手がいた。水本、吉原、坊西の3人は、捕手三羽がらすとして岡山球界では有名な存在だった。

     坊西の岡山南は、この年のセンバツ大会でベスト4に入っていた。水本は甲子園で開幕日の第3試合で後に巨人に入団する川辺忠義投手率いる秋田工に1-11で敗れ、早々に姿を消した。卒業後は社会人野球の名門・松下電器(現パナソニック)に入社。ここでは89年度ドラフト1位で西武に入団した潮崎哲也投手(現西武コーチ)とバッテリーを組んで3年連続で都市対抗野球に出場した。

     高校、社会人と名門を歩んだ水本は、高校の先輩でもある当時広島のコーチを務めていた片岡新之介コーチ(現MSH医療専門学校監督)を頼ってテストで広島に入団した。

     アマ時代まで順風満帆だった野球人生もプロでは2軍でわずか39試合、2年の選手生活だった。ちょうど26年前、福山・みろくの里神勝寺球場で故三村敏之2軍監督が胴上げされた年に現役を引退した。

     プロ野球選手として花を咲かせることはできなかったが、プロ入りまではエリートコースを歩んだといっていい。現役を引退した年以来にファームの優勝。これも何かの縁かもしれない。

     ファーム選手権を前に「イースタンのレベルも分かるし、自分たちがどのレベルにいるのかも分かる。とてもいい経験になるので、やるからには当然、全力を尽くす。巨人2軍監督は内田さんなので、選手の成長した姿を見せられたらいい」と語った。宮崎の地で水本ヤングカープがどのような結果を出すか注目だ。
    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171007-00000035-dal-base

     二匹目のドジョウとなるか。広島は20日、アレハンドロ・メヒア内野手(24)と支配下選手契約を結んだ。契約金10万ドル(約1120万円)、年俸3万5000ドル(約392万円)プラス出来高(いずれも推定)。6年契約で背番号は96。マツダスタジアムで会見に臨んだメヒアは「今までの頑張りを認めてもらえ、とても幸せ」と話した。

     一足先に支配下登録され、一軍で7本塁打を放っているバティスタと同じドミニカ共和国のカープアカデミー出身。2015年秋に練習生として来日し、昨年3月に育成契約を結び、二軍で汗を流してきた。20日現在、ウエスタン・リーグでは打率3割4分、51打点と2部門でトップに立つ。7月31日の期限前に支配下契約を決めた鈴木球団本部長は「一塁、三塁と内野も守れる。(シーズン中に)何が起こるか分からないし、バックアップ要員として」と期待を寄せるが、外国人枠の問題もあって即一軍というわけにはいかない。それでもメヒアは「レギュラーとして活躍できるように三塁の守備も強化していきたい」と鼻息を荒くしている。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170721-00000045-tospoweb-base

     広島にシンデレラボーイが現れた。3日・中日戦(マツダ)でプロ初登板初先発したプロ4年目の中村祐太投手は、打線の援護もあり5回3失点でプロ初勝利を挙げた。昨年25年ぶりにセ・リーグ制覇した広島は、10勝を挙げた黒田博樹投手が現役を引退。戦力ダウンは否めないが、次から次へと若手が出てきてセ・リーグ首位にいる。


     ペナントレースで好位置をキープするが、チーム状況は決して明るいわけではない。特に投手陣はエースのジョンソンが咽頭炎の影響で長期離脱。守護神・中崎もいない。加えて開幕から先発ローテーションに入っていたドラフト3位・床田(中部学院大)も左ひじ痛で出場選手登録を抹消されている。野手も2日に松山が故障離脱した。

     そんな有事にもすぐに新外国人ペーニャが1軍に昇格し、結果を残している。故障者が出ても1軍に次々と戦力を供給する2軍は、人員不足に悩まされる。2軍のローテーション投手が足りないほどだが、水本勝己2軍監督は「1軍が勝てばいい」と愚痴の一つもこぼさない。

     昨年から2軍の指揮を執る。名前になじみがない。それもそのはず。プロでの現役生活はわずか2年。1軍実績ゼロである。昨年、2軍監督に阪神は掛布、中日は小笠原、オリックスは田口と一流選手ばかりが就任した。昨年の開幕前に「トラウマはあるよ」とポツリともらしたこともあった。

     しかし、現役引退後にブルペン捕手を長く務め、ブルペンコーチ補佐、3軍統括コーチ、2軍バッテリーコーチなどを歴任した苦労人は熱いハートで2軍を引っ張る。あるチーム関係者が水本2軍監督のことを「だれにでもモノが言える人」と評した。曲がったことの嫌いな人間で、だれにでも平等に接する。

     若手にもベテランにも平等に接し、多角的な目でチームを見る。1軍予備軍の調整、将来への若手選手の育成、そして試合での勝利。3つのバランスを保ちながら指導する。

     現在、2軍には来年以降の助っ人となる可能性があるバティスタ、メヒアのドミニカからの育成選手がいる。「向こう(ドミニカ)ではなかなか試合ができる環境がなく、野球を知らなかった。去年から野球を教えている」。試合では2枠さいて、実戦を積ませながら来季以降の戦力になるように育てている。

     2軍で勝敗にこだわらないわけではない。それでも同級生の緒方監督が求める戦力補充に努める。水本2軍監督は「1軍が強かったらなんでもいいんよ。1軍が強くなるために、何を補うかを考えながらやっている。パズルをするように」と話す。1軍へ選手を送り、将来を見据えて若手を育成。常勝球団を目指すチームにおいて水本2軍監督の役割は重要だ。

     今、1軍の選手はベテランと呼べるのは新井と石原くらい。投打とも20代の選手がほとんど主力で2軍選手にとっては厚い壁もある。「だからこそチームは強くなる。厚い壁を打ち破って入っていけるのかどうか、そこの差でしょ」と熱く語る。次なる中村祐になる選手を1人でも多く1軍に送り込むために、水本2軍監督は熱い気持ちで指導している。(デイリースポーツ・岩本 隆)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170505-00000056-dal-base

     【球界ここだけの話】

     人生には分岐点となるタイミングが何度かある。9日の西武-巨人戦(西武プリンスドーム)。一塁側ベンチから西武の試合前練習を眺めていた巨人・内田打撃コーチが、懐かしい思い出を語ってくれた。

     「嶋と出会ったのは、僕が広島に帰った年(2003年)。なかなか芽が出なくて、その年の秋は、クビになる寸前だった。『赤ゴジラ』なんて呼ばれる前の話だよ」

     目を細めて話し出したのは、広島時代の教え子でもある西武・嶋打撃コーチとの話だ。2004年に首位打者と最多安打のタイトルを獲得。元巨人の松井秀喜氏と同じ背番号55を背負っていたことから『赤ゴジラ』と呼ばれた好打者だ。

     投手として東北高から広島に入団した嶋は打撃を買われて、1999年から野手に転向していたのだが、1軍では活躍できずに2軍生活が続いていた。持病の腰痛にも悩まされており、03年秋には戦力外が検討されていたという。

     「でもね、僕は勝負できる選手と思った。だから嶋に、『俺はお前ならできると思う。ついてくるか』と聞いた。球団にも給料が安いんだから残してくれ、って言ったし、秋のキャンプから本当につきっきりで練習をした。厳しい練習をしたのに不思議と腰痛も出なかった」

     運にも恵まれた。翌04年のオープン戦では序盤で結果が出なかった。チーム内には木村拓(故人)、森笠、朝山ら外野のライバルを起用する声が出ていたが、故障で次々と離脱。正念場となった試合で活躍し、山本監督もシーズンでの起用を決断したという。

     そこからブレークしたのは、本人の力と周囲の協力があったからこそだが、内田コーチとの出会いがなければ、今もプロ野球の第一線に身を置いているか、どうかは分からない。

     その後、内田コーチはひとしきり話し終えると、あいさつにきた元赤ヘルの木村昇に優しく語りかけた。

     「おい、昇吾。嶋コーチのいうことを聞くんだぞ。あいつは苦労してここまで来た。どうやってはい上がったか、よく聞いておくんだ。きっと、お前の役に立つから…」

     こうやって、野球界のよき伝統は後輩たちに受け継がれていく。

    (巨人担当・桜木理)


    引用元 http://www.sanspo.com/baseball/news/20160617/lio16061713340004-n1.html

     3試合連続サヨナラ本塁打はならなかった。それでも、マツダスタジアムは今日も「セイヤ劇場」だった。

     19日のオリックス戦。前日に史上10人目の2試合連続サヨナラ弾を放った広島の鈴木誠也(21)が、同点の八回に左中間スタンドにブチ込んだ。3戦連続の決勝弾。同期入団の下水流と上がったお立ち台で「何で打てているかは分からないけど、チームが勝てるように必死でやっています」と喜んだ。

     東京の二松学舎大付高から入団して4年目。現在は巨人の貧打解消を託されている内田順三打撃コーチ(68)が、広島二軍監督時代のことである。キャンプでルーキーの鈴木を見ながら、うれしそうにこう話していた。

    「ドラフト2位のヤツなんだけど、あいつはいいよ。(高校時代は)投手だったから肩がめっぽう強いし、潜在能力は抜群。いずれはカープを背負う? そうだね。いや、日本球界を背負うくらいの選手にしないといけないと思っている。それくらいの能力はあるよ」

     巨人と広島で松井、高橋由、阿部、江藤、金本、前田智ら、そうそうたるメンバーを弟子に持つ名伯楽がここまで言う逸材なのだ。

     チームではマスコット的存在だ。

    「食べ物は魚の『白子』が苦手。酒の量はほどほど。でも、体力はあり余っています。キャンプの時、アメリカのドラマにハマってしまい、練習があるのに朝まで見てしまったことがある。でも、ほとんど寝ないで地獄の練習をしても全然平気。菊池も丸も自主トレで弟子入りしたソフトバンクの内川も『セイヤ』と呼んでかわいがっています」(広島の選手)

     自身初の2ケタ本塁打に到達し、打率はリーグ4位の.315。緒方監督が「神ってるね」と言ってあがめる男が、周囲の期待通り、本領を発揮し始めた。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160620-00000007-nkgendai-base

     【球界ここだけの話】

     何年たっても、教え子のことは気にかかるようだ。1983年から始まったコーチ歴がついに34年目となった巨人・内田順三打撃コーチ(68)が、もうすぐ通算2000安打の大台に到達する広島・新井貴浩内野手(39)について、語ってくれた。

     「僕が広島に戻ったのは、2003年。新井にとってはプロ4年目だったかなぁ…」。駒大の後輩でもあるスラッガーとの思い出は、13年前までさかのぼる。

     03年は新井にとって、大きな1年だった。02年にようやくレギュラーに定着し、球宴に初出場。規定打席にも到達し、その名も全国区となっていたが、阪神にFA移籍した金本(現阪神監督)が抜けた穴を埋めることができずに、もがき苦しんでいだ。

     そんな時に出会ったのが、内田コーチ。まだまだ荒削りだった打撃技術はもちろん、初球から積極的に打ちにいく姿勢を植え付けたのも内田コーチだった。

     「とにかく練習をする選手だったね。何よりも体が強かった。新井はカープで育ったから、2000安打という数字にもいくと思うんだ。他のチームじゃあ、試合に使ってもらえたかどうかも分からない。感謝しないとね」

     脳裏に焼き付いているのは、カープ独特の厳しい練習に新井が泥だらけになりながら耐え抜いていた姿だ。名球会入りまで残り13安打(4月6日現在)。今は着ているユニホームも違うが、数々の好打者を育ててきた名伯楽は、苦労人の新井が大記録を達成する日を楽しみにしている。(巨人担当・桜木理)

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