広島カープブログ

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    大下剛史

     ソフトバンク達川光男ヘッドコーチ(62)、柳田悠岐外野手(29)、野球解説者の大野豊氏(62)が12日、盛況のソフトバンクキャンプ地で丁々発止の広島トークを繰り広げた。

     達川ヘッドは広島での現役時代、同い年の大野氏とバッテリーを組むなど気心知れた間柄。広島市出身の柳田を見つけると「オイ、柳田! 広島が生んだ戦後最大のスーパースターにあいさつしたんか」と大野氏のもとへ歩を促した。

     なお大野氏は島根県出身。ここで柳田は満を持して「僕、大野さんの引退試合、見に行きましたよ」と1998年9月27日、9歳当時の思い出を披露した。「父ちゃん母ちゃんに連れられて。満員で、一番上の席でした」と思い返すと、達川ヘッドは「何で、早う言わんのか」と苦言を呈した。

     「わしゃ、あの頃2軍監督じゃったけえ。早よ言やあ、家族席の券を出してやったのにのう」。ちなみにその翌年の99年、達川ヘッドは2軍監督から1軍監督に昇格したが、チームは2年連続5位。投手コーチとして招へいされた大野氏は1年で辞任している。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180212-00010012-nishispo-base&pos=3

    【大下剛史・熱血球論】広島のリーグ連覇の立役者を一人だけ選ぶとするなら、迷うことなく丸佳浩の名前を挙げる。開幕から全試合にスタメン出場し、打率3割8厘、22本塁打、90打点の好成績もさることながら、広い守備範囲、常に先の塁を狙う積極性と、走攻守すべての面でチームをけん引した。リーグMVPは記者投票なのでどのような結果になるか分からないが、十分にその資格はある。

     何より好感が持てるのは野球に取り組む真摯な姿勢だ。決して派手なタイプではないが、オフも黙々とジムで筋力トレーニングに励み、キャンプはもとよりシーズンに入っても練習から妥協しない。まだ28歳ながら“大人のプレーヤー”の風格さえ漂わせるなど、体だけでなく精神面でも着実に成長している。

     昔から野球で重要なのは捕手―二遊間―中堅を結ぶセンターラインだと言われてきた。広島に当てはめると会沢、菊池と田中、丸がその役割を果たしているわけだが、中堅手の丸は守っている姿からチームに安心感を与えている。広島の歴代外野手の中でもトップクラスで、ミスター赤ヘル、山本浩二の全盛期よりも動きはいいと思う。集中力も球際の強さも申し分ない。

     2007年の高校生ドラフト3巡目指名で千葉経大付高から入団して、ちょうど10年目。正直言ってここまでの選手になるとは思わなかったが、広島らしいたたき上げで欠くことのできない野手の大黒柱となった。

     37年ぶりのリーグ連覇を達成し、さらに33年ぶりの日本一へとチームを導けば、選手としてのハクもつく。満足せずに上を目指す姿勢を貫けば、あと10年は第一線で活躍できるはずだ。順調なら来季中に国内FA権を取得するが、OBとしては現役だけでなく、将来的に指導者としても広島一筋でやってほしい。そう思わせる選手である。(本紙専属評論家)
    引用元 https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/770710/

    【大下剛史「熱血球論」】広島は明らかに前日6日の大逆転負けを引きずっていた。どう立て直してくるのか注目していたが、何の抵抗もない。初回に一死満塁のチャンスをつかんだが、5番の新井と6番に入ったペーニャが2者連続で空振り三振。勝ちたいのかどうかも分からないような迫力のなさで、あっさりと阪神に零敗だ。

     ちょうどこのぐらいの時期は開幕からの疲労がピークを迎える。順調に4月を首位で終えて、気の緩みも出ていたのだろう。9点差をひっくり返された6日の試合では象徴的なシーンがあった。6回二死満塁で先発の岡田から中田にスイッチした場面だ。

     リリーフカーに乗ってブルペンから姿を現した中田はグラブで顔を隠しながら、どこかニヤニヤしていて、口もモゴモゴと動いていた。3連投中で出番なしと踏んでいたのか、あってももう少し後だと思って腹ごしらえをしていたのかもしれない。5回まで1失点と快調に投げていた岡田が急に崩れたことによるスクランブル発進だったのだろうが、押し出し四球に適時三塁打を許したのは当然の結果でもあった。ベンチとブルペンの意思疎通も十分にできていなかったようにも思う。

     長いシーズンには山もあれば谷もある。どんなチームでも順風満帆に1年を過ごすことはできない。広島にとっては今が谷で、考えようによっては気を引き締める機会を阪神に与えてもらったとも言える。

     経験上から、こういうときは選手を責めてはいけない。焦って選手の入れ替えなどするより、今いるメンバーで酒でも酌み交わしながら、原点回帰するための話し合いをすることの方が得策だ。

     幸いなことに9日からの神宮でのヤクルト戦に備えて、広島は8日から東京の宿舎に泊まる。それぞれが家族の元へ帰らなければいけない地元と違って選手やスタッフも集めやすく、ミーティングをするには絶好のタイミングだ。

     広島のチーム力はライバルと比べて抜けているが、かといって安心できるほどでもない。悪い流れを断ち切るためにも、今こそチーム一丸となってもらいたいものだ。(本紙専属評論家)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170509-00000006-tospoweb-base

    【大下剛史「熱血球論」】予想通りと言えば予想通りの展開だ。広島は3カード、9試合を戦い終えて7勝1敗1引き分けで単独首位に立った。もともと戦力的に抜けていると思っていたし、これぐらいはやって当然だろう。

     開幕前に唯一、心配していたのは黒田の抜けた穴をどうするかだった。しかし、現時点では九里がしっかりと穴埋めしてくれている。先発枠では5、6番手のポジションで、首脳陣も「抑えてくれれば儲けもの」ぐらいの気持ちだったかもしれないが、ここまで2戦2勝。2日の阪神戦は6回1失点で、この日も7回2失点と安定した投球を見せた。開幕ダッシュの立役者と言ってもいいだろう。九里の働きぶりは大瀬良や岡田、ルーキーの床田、加藤ら他の若手投手にもいい刺激になっている。

     それにしても広島はバランス良く野球をしていると思う。1番の田中は打率3割9分5厘と好調で、菊池も数字こそ上がっていないが中軸へのつなぎ役を果たしている。6番のエルドレッドまで打線が固定されており、緒方監督も打順を決めるのに悩む必要がない。

     開幕2戦目から1引き分けを挟んだ7連勝で、本拠地のマツダスタジアムも大いに沸いていた。だが、この好成績には相手が弱すぎたという側面もある。ここまで戦った阪神、中日、ヤクルトはいずれも昨季のBクラスチームで戦力も乏しい。

     広島は明日11日から東京ドームに乗り込んで巨人との3連戦に臨む。順番通りなら相手先発は菅野、内海、吉川光で、広島は野村の後に床田、大瀬良と若手が続く。ファンのフィーバーに水を差すつもりはないが、喜ぶのは巨人3連戦が終わってからでも遅くない。(本紙専属評論家)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170410-00000035-tospoweb-base

    <黒田博樹氏の侍ジャパン随行記>

    <WBC:侍ジャパン1-2米国>◇準決勝◇21日(日本時間22日)◇ドジャースタジアム

     日米通算203勝の黒田博樹氏(42)が、日刊スポーツ独占でお届けする「侍ジャパン随行記」。米国に惜敗したものの、先発菅野をはじめ投手陣の能力の高さからも、あらためて「力の差はない」と分析。特に、若い選手には、今回の貴重な経験を日本に持ち帰り、今後の球界発展に生かしてほしい、と締めくくった。

     世界一には届かなかったが、力の差はないに等しいと感じた。試合の勝敗は、コンディションや運も関係するもので、仕方ない部分もある。ただ、日本の投手がメジャーリーガー相手に、しっかり抑えられることも証明した。特に、米国戦は対戦経験のある選手が多かったこともあり、自分ならどう投げるか、をイメージしながら見ていた。なかでも、菅野は2次ラウンドの反省を生かし、内角を攻めきるなど、しっかりと修正した。小林も内角高めを要求するなど、ミーティングなどで研究して実戦に入っていたと感じた。

     その一方で、勝敗とは別に、あらためて野球とベースボールの質の違いも感じた。日本の投手はきれいなフォーシームを武器にするが、米国にはこの日好投した先発ロアークのように、ボールを動かしてメジャーの中で生き抜いていく選手も多い。8回裏、筒香の打順で救援した変則右腕ニシェクはそのいい例で、あんなユニークなフォームの投手は、日本では間違いなく出てこない。継投にしても、あの場面、普通なら左投手が起用されるはずで、セオリーにとらわれないのも米国野球のおもしろいところだ。

     そもそも、日米では子供の頃、野球を始めた時から環境が違う。基本に忠実な日本の投手はタイプが似通っている選手が多く、それだけ対応もしやすくなる。米国に個性派が多いのは「最終的に結果を出したものが強く、生き残る」という考え方が、根底にあるからだ。たとえ、どんな投げ方、ボールであっても問題ではない。ナックルボールでサイ・ヤング賞を取れば、すごい投手になる。そのあたりの価値観は、明らかに日本と違う。

     今回、動く球に苦労したからといって、短期決戦だけのためにアジャストするのは難しい。大事な公式戦も控えており、それを求めるのは酷。ただ、日本の野球だけでなく、いろんな野球を経験できたと思う。世界には、自分の特長を最大限に生かして生き抜いている選手もいる。日本の若い選手にも、あらためて自分の個性を考えてほしい。侍に選ばれなかった選手も今後の野球人生を考え、いろいろなことを感じてほしい。

     最後に、侍の戦いぶりを応援しつつ、見守ってきた立場として、ひと言付け加えたい。2月からこのメンバーで日の丸を背負い、力を合わせて戦ってきたことに対し、心から敬意を表したい。これからも、プレーを通して、次の世代にいろいろなものを伝えていってほしい。そんな思いを強くした、WBCだった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170323-01796239-nksports-base

     25年ぶりにリーグ優勝を果たした広島カープ。この優勝を75年の初優勝に重ねる向きも多い。41年前、不動のリードオフマンとしてチームを牽引したのが大下剛史氏は“暴れん坊軍団”と呼ばれた東映では切り込み隊長として活躍した選手だ。

     彼はどのようにして広島を変えたのか。当時を洗いざらい語ってもらった。(その1はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50787)


    流れを変えた、捨てゲーム

     二宮 1975年の初優勝でカギになった試合は? 
     大下 6月19日のヤクルト戦じゃろうね。この試合までカープは5連敗しとった。もう投げさせるピッチャーがおらん。それで監督の古葉(竹識)さんがワシと(山本)浩二とサチ(衣笠祥雄)を呼んで「明日は、若い永本(裕章)を投げさせようと思うんだ」と言ったんだ。

     二宮 永本は4年前に地元の盈進高からドラフト2位で入団したピッチャーで、ボールは速いがノーコンで通っていました。

     大下 そうそう。それで古葉さんは、こう続けた。「もう、これ(永本)しかおらんから負けてもいい。なんならオマエらは休んでもええぞ」と。

     二宮 いわゆる“捨てゲーム”だったわけですね。

     大下 その試合にカープは3対1で勝ったわけよ(永本は六回三分の一を投げ勝利投手に)。それでカープは勢いに乗った。優勝する時というのは、こういう不思議な勝ち方があるんじゃろうねぇ……。

     二宮 予期せぬ戦力と言えば、アンダースローの金城基泰がそうでした。前年の74年には20勝(15敗)をあげ、最多勝に輝きました。ところがその年のオフ、交通事故に遭い、失明の危機に見舞われました。

     その後、薬の副作用と戦いながら8月に復帰を果たし、貴重なリリーフとして活躍しました。10月15日、優勝を決めた後楽園球場の最後のマウンドに立っていたのが金城でした。

     大下 まさか金城が戻ってくるとはねぇ……。古葉さんも、失明の危機に見舞われたピッチャーを、胴上げ投手に使うんじゃから、采配自体が神がかっていたね。ワシら守っていても鳥肌が立ったからね。

     優勝を決めた試合は八回途中から出てきた。ワシの顔を見るなり金城は笑いながら、こう言うたよ。「大下さん、ワシは打球が見えんのじゃけん、ピッチャーゴロでも安心しなさんなよ。バックアップにきなさいよ」ってね。



    引用元 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170212-00050790-gendaibiz-bus_all

     広島カープが25年ぶりにリーグ優勝を達成した。ファンの中には、今回の優勝を1975年の初優勝に重ねる向きが少なくない。あの時は球団創設26年目での悲願達成だった。

     41年前、不動のリードオフマンとしてチームを牽引したのが大下剛史である。地元出身の大下は74年のオフに、日本ハムからトレードで移籍してきた。

     アマチュアの名門・広島商、駒澤大で持前の俊足好打好守を磨き、“暴れん坊軍団”と呼ばれた東映では切り込み隊長として活躍した大下は、どのようにして広島を変えたのか。洗いざらい語ってもらった。




    物議を醸した「ワシのトレード」

     ―東映で1年目からレギュラーとして活躍し、日拓・日本ハムとチーム名を変えながらもスタメンを張っていた大下さんが74年オフ、トレードで広島に移籍してきたことは驚きでした。何が原因だったのでしょう。

     大下 結局は水原茂と三原脩の確執ですよ。僕は水原のオヤジさんに世話になっていたので、73年に球団社長に就任した三原さんにすれば水原色を消したいという狙いがあったんじゃないかな。

     おもしろい話があってね、ワシが広島からトレードを打診された直後に(東映時代からの先輩の)張本勲さんから電話が入ったんです。「剛史、このトレードはすぐに断れ。行くんやない!」と。そんなこと言われても、こちらはどうすることもできない。

     ワシの次は大杉勝男さん、そして張本さんと相次いで、主力がトレードでチームを去っていった。時間をかけて三原さんは水原色を一掃したんです。

     ―74年オフに広島の打撃コーチから監督に昇格したジョー・ルーツが大下さんのプレーを買っていたという話を聞いたことがあります。

     大下 それはワシも後で知ったんだけど、74年のカープとのオープン戦で、ワシがコーチの制止を振り切って走ったシーンがあったらしい。それを見ていたルーツが、監督になる条件のひとつとして「オオシタを獲ってくれ」と球団に頼んだというんです。「オオシタのプレースタイルはオレのやる野球にマッチしている」とね。

     ―トレードではレギュラークラスの渋谷通、上垣内誠との二対一でした。大下さんへの期待の大きさがわかります。

     大下 これも後で聞いたんじゃけど、球団代表の重松良典さんは契約書にハンコを押す時、手の震えが止まらんかったらしいよ。球団にすれば、ひとつの賭けだったんでしょう。


    引用元 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170212-00050787-gendaibiz-bus_all

    【大下剛史 キャンプ点検=広島編=】 広島がキャンプを行っている宮崎・日南市の天福球場で、首脳陣やスタッフへのあいさつついでに「注目の選手」について尋ねると、まるで示し合わせたかのように同じ答えが返ってきた。「今年入った左ピッチャーはいいですよ」。話題の主は「高校ビッグ4」と評され、花咲徳栄高からドラフト2位で入団した高橋昂也投手(18)だ。

     いくら甲子園で話題になった選手でも、松坂大輔や田中将大のような超高校級でもない限り、キャンプが始まれば、かすんでしまうもの。そこまで言うのなら実際に高橋昂を見てみようと、天福球場から5キロほど離れた二軍キャンプ地である東光寺野球場まで足を運んでみた。

     水本二軍監督や佐々岡二軍投手コーチ、苑田スカウト統括部長ら、さまざまなセクションのスタッフに評判を聞き回ったが、高橋昂に関してマイナスの評価を口にするものは誰一人としていない。佐々岡コーチは「変化球の精度などの課題はありますが、ストレートは一級品です。低めの球がスーッと伸びてきます」とうれしそうに話し、大きく育てたいとの思いがある水本二軍監督は「いい評判が一軍まで届いてほしくないぐらいです」と本音をのぞかせた。

     将来性のある選手の育成は意外と難しい。無理をさせてケガでもされたら大変だし、かといって大事にしすぎても成長の妨げになる。そのあたりは佐々岡コーチの腕の見せどころになるだろうが、何よりも大きいのはプロで実績のない高卒ルーキーが早くもチーム内で話題の的になっていることだ。

     選手というのは、こういうことに敏感で、自然と「うかうかしていられない」という気持ちになるもの。ドラフト4位で日大三高から入った坂倉将吾捕手も「打撃センスが素晴らしい」と高評価を得ている。広島のキャンプが活気に満ちている理由がよく分かった。 (本紙専属評論家)


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170209-00000025-tospoweb-base

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