広島カープブログ

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    大野豊

     【球界ここだけの話】広島は今月8日、菊池涼介内野手(29)のポスティング制度を利用しての米メジャー挑戦を容認した。さらなる挑戦を求め、渡米する選手がいる一方でカープに野球人生をささげた選手もいる。

     「僕はメジャーに行こうとはまったく思わなかったね。向こうの生活が合わないと思った」

     菊池涼の報道が出る以前にそう語っていたのは佐々岡真司新監督(52)。現役時代(1990-2007年)は通算138勝106セーブをマーク。社会人NTT中国からドラフト1位で入団。2年目の91年に17勝9敗、防御率2・44でエースとしてチームをリーグ優勝へ導き、最多勝、最優秀防御率、ベストナイン、沢村賞、MVPとタイトルを総なめにした。同期入団で1学年下の野茂英雄氏(近鉄D1位入団→95年にドジャースへ移籍)とともにメジャー球団から熱視線を送られたが、赤ヘルひと筋を貫いた。

     一方で、大野豊氏(64)=野球解説者=は「メジャーに行かなかったのは少し心残りだね」としみじみ。1998年までの現役生活22年間で通算148勝138セーブを記録した左腕には、キャリアの晩年にエンゼルスから「年俸100万ドルと専属通訳、さらに米国での家も用意する」という当時では破格の条件での誘いがあったが、子供の教育や生活面などから断念したという。

     カープ出身者初の日本人メジャーリーガーは、野茂氏が海を渡った13年後だった。黒田博樹氏(44)が33歳のときの2007年オフに海外FA権を行使し、08年からドジャース、12年からヤンキースでプレーし、日本人初の5年連続2桁勝利(10-14年)を達成した。その後、09年に高橋建(メッツ、現阪神2軍投手コーチ)が、16年には前田健太(ドジャース)が広島を経てメジャーでプレーしたが、3人は全員投手で野手はまだいない。

     セ・リーグの二塁手では、史上初の7年連続のゴールデングラブ賞に輝いた菊池涼は現在、日本代表の一員として国際大会「プレミア12」に参戦中。12年の川崎宗則(ソフトバンク→マリナーズ、現台湾・味全)以来の内野手のメジャーリーガー誕生なるか、注目が集まっている。(柏村翔)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191110-00000535-sanspo-base

    ◆ 元“守護神”永川が先発で引退登板

     9月23日、マツダスタジアムで行われた中日戦。広島でクローザーとして一時代を築いた永川勝浩が現役最後の登板を行った。引退試合ということもあり、定位置だった9回ではなく2004年以来、実に15年ぶりの先発としてマウンドに登った永川。中日の先頭打者である大島洋平に対してのみの投球だったが、きっちりと凡打に抑え、有終の美を飾っている。

     そんな永川は2002年のドラフト会議で自由枠を用い、亜細亜大から広島へと入団した。1年目から一軍で起用され、シーズン中盤からクローザーに昇格すると、40試合登板で25セーブをマーク。木佐貫洋(巨人)や村田修一(横浜)と熾烈な争いを繰り広げたが、惜しくも新人王の受賞とはならなかった。しかし、期待の若手として大きな注目を浴びたことは間違いない。

     一転、2年目はクローザーを外れ、二軍落ちも経験するなど苦しんだ。1年目から登板数を減らし、22試合の登板に終わってしまう。しかし、3年目以降は中継ぎとしてフル回転。とくに2006年からは4年連続で27セーブ以上を記録し、リーグを代表する投手にまで成長した。

     それ以降は、不振や故障に悩まされることになるが、中継ぎとしてチームを支え、昨シーズンも22試合に登板。しかし今シーズンは、一軍昇格を果たすことができず、現役引退を決意した。


    ◆ 最優秀救援投手は大野、津田、江夏が獲得

     広島で歴代最多の165セーブを挙げた永川だが、最多セーブのタイトルを獲得するには至らなかった。自己最多の38セーブをマークした2008年は、クルーン(巨人)が41セーブでタイトルを獲得しており、惜しくも手は届かなかった。

     しかしタイトルを獲得できなかったのは永川だけではない。意外なことに、最多セーブ(1974年・75年、2005年~)のタイトルホルダーを振り返ると、永川だけでなく広島からの受賞者はひとりもいない。これはセ・リーグでは広島だけ。他の5球団からは、最多セーブのタイトルホルダーが生まれている。

     ちなみにセーブポイント(セーブ数+救援勝利数で算出)が基準だった最優秀救援投手(1976年~2004年)では、大野豊(1991年)、津田恒美(1989年)、江夏豊(1979年・80年)と3人が受賞。とはいえ、直近の大野でも28年前のこと。長きに渡ってクローザーが受賞するタイトルホルダーが現れていないのだ。

     当然ではあるが、セーブ数はチームの勝利数が多ければ多いほど伸びやすい数字だ。1991年から25年間に渡って優勝から遠ざかっていた広島からタイトルホルダーが生まれなかったのも必然か。しかし、Aクラスの常連となっている近年であれば――。永川が獲得できなかった同タイトルを獲得する後輩が現れる日も近いかもしれない。

    <通算成績>
    ▼ 永川勝浩(広島)
    527試合(582回)38勝42敗165セーブ79ホールド 防御率3.47

    ▼ 過去15年の広島守護神
    ※カッコ内は同年の最多セーブ投手とセーブ数
    05年 24S:ベイル(岩瀬仁紀/46S)
    06年 27S:永川勝浩(岩瀬仁紀/40S)
    07年 31S:永川勝浩(藤川球児/46S)
    08年 38S:永川勝浩(クルーン/41S)
    09年 36S:永川勝浩(岩瀬仁紀/41S)
    10年 11S:横山竜士(岩瀬仁紀/42S)
    11年 35S:サファテ(藤川球児/41S)
    12年 21S:ミコライオ(岩瀬仁紀・バーネット/33S)
    13年 27S:ミコライオ(西村健太朗/42S)
    14年 25S:ミコライオ(呉昇桓/39S)
    15年 29S:中崎翔太(呉昇桓・バーネット/39S)
    16年 34S:中崎翔太(澤村拓一/37S)
    17年 23S:今村 猛(ドリス/37)
    18年 32S:中崎翔太(山崎康晃/37)
    19年 12S:フランスア

    ※数字は2019年9月23日終了時点


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190925-00203881-baseballk-base

     広島ひと筋にエースとして通算213勝をマークしたプロ野球解説者の北別府学さん(61)が6日夜、自身のブログを更新。同日行われた西武との交流戦(メットライフD)で3回までに2本塁打を含む7安打を浴びて5失点降板した広島・山口翔投手(20)にエールを送った。

     山口はプロ初先発となった5月30日のヤクルト戦(神宮)で7回2死までノーヒットノーランの快投を見せ、7回1安打無失点でプロ初勝利。だが、2度目の先発となった西武戦では味方打線に初回2点先制してもらいながら、その裏、秋山にスライダーを右翼スタンドへ運ばれ先頭打者本塁打とされると、1死一、三塁から森の右犠飛で2―2の同点。2回には1死二塁から金子侑の左前適時打で勝ち越しを許すと、3回には山川にスライダーを右中間へ特大2ランされた。

     試合開始直後に「期待の山口投手です!!今書いたら一点取られましたが、これで気が引き締まると思いますよ。少し高めに来ていますが、ストライクを先行していて良いですよ」とブログを通じて声援を送っていた北別府さんだが、山口は昨季パ・リーグ王者の強力打線に飲み込まれ、無念のKO。

     その後、改めて「学んで大きくなれ」とのタイトルで更新したブログで「オーマイガー!!ど真ん中に行ってしまったな」と記すと「しかし、バッターもあれだけ身体が開いてるのにあそこまで飛ぶ?恐るべし」と西武打線の迫力に驚がくした。

     そして「山口投手若いうちに色々と学べ」と高卒2年目右腕にエール。「私も2年目に大きな壁にぶつかり学びました」の言葉でブログを締めた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190607-00000143-spnannex-base

    「日本プロ野球名球会」は、日本プロ野球で偉大な功績を残した選手を顕彰し、野球を通じての社会貢献を行う団体だ。通称「名球会」。



    「名球会」の入会資格は当初、投手は「通算200勝」、打者は「通算2000本安打」の2つだけだったが、のちに「日米通算」も可能となった。さらに「250セーブ」も入会資格となった。また当初は「昭和生まれ」となっていたが、現在は「昭和以降生まれ」となっている。

     平成時代の「名球会」入会選手の投手の顔ぶれを見ていこう。

    【投手編】
    ◯200勝達成投手。達成日順。数字は最終の勝利数。

    平成元年5月13日 村田兆治(ロッテ)215勝
    平成4年7月16日 北別府学(広島)213勝
    平成16年8月17日 工藤公康(西武)224勝
    平成17年6月15日 野茂英雄(ロイヤルズ)201勝(日78/米123)
    平成20年8月4日 山本昌(中日)219勝
    平成28年7月23日 黒田博樹(広島)203勝(日124/米79)

     村田は1949年11月27日生まれの69歳。1983年にトミー・ジョン手術を受けて84年に復帰し、以後も勝ち星を積み重ねた。日曜日ごとに登板して「サンデー兆治」と呼ばれた。以後、NPB単独では北別府、工藤、山本昌が200勝のテープを切ったが、それ以降は途切れている。

     ローテーションが確立され、200勝は「絶滅危惧種」的な記録になっている。現役ではヤクルトの石川雅規の163勝が最多だ。日米通算ではヤンキース田中将大の165勝(日99/米66)が最多。令和に入ってもしばらくは達成者は出そうにない。

    ◯250セーブ達成投手

    平成12年7月16日 佐々木主浩(横浜)381セーブ(日252/米129)
    平成15年8月16日 高津臣吾(ヤクルト)313セーブ(日286/米27)
    平成22年6月16日 岩瀬仁紀(中日)407セーブ

     セーブはNPBでは1974年から導入されたが、平成になって投手の分業が進み、セーブ数は増加している。名球会入りした3人のクローザーは、いずれもNPB単独で基準となる250セーブ以上を記録している。

     現役選手ではソフトバンクのサファテが234セーブ、阪神の藤川球児が225セーブだが、サファテは故障明けで出遅れ、藤川もクローザーではない。現役のクローザーではオリックスの増井浩俊が151セーブしているが、250セーブまではまだかなりある。

     打者とは対照的に、投手は令和に入ってしばらくは「名球会」入り選手は出てきそうにない。近年は、セットアッパーの役割が大きくなっている。今年に入って日本ハムの宮西尚生が史上初の300ホールドを記録したが、今後は「ホールド」あるいは「HP(ホールドポイント)」が入会資格になる可能性もあるだろう。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190429-00358728-fullcount-base

     広島・大瀬良大地投手(27)が、OBでスポニチ本紙評論家の大野豊氏の直撃インタビューに応じ、今季への意気込みを語った。

     大野 春季キャンプが終わった。ここまで調整は順調かな?

     大瀬良 投げることや走ることで疲れは感じていないし、例年よりも体は元気です。順調だと思います。

     大野 キャンプで課題として取り組んだことは何だろう。

     大瀬良 真っすぐを追求し、よりいいものにしたいのが一点。球速ではなく質の面で。それと、横の移動を長くしたいと思ってフォームを微妙に変えました。セットポジションでの両手の位置も。

     大野 ここから本格的な実戦期間に入るけど、手応えは?

     大瀬良 まだ100%じゃないし、確率も高くないですけど、ハマッた時はいいボールが行っています。シートで投げた時も球速は落ちていないので、方向性は悪くないかな…と。開幕に間に合うように実戦の中で固めたい…と思っています。

     大野 その新フォームで24日、DeNAとのオープン戦(宜野湾)に先発した。3回3失点は満足できないと思うけど、投げた感覚はどうだった?

     大瀬良 うーん…ボール自体は悪くないと思います。ただ、厳しいコースで空振りを奪っても、決め球が甘くなった。勝負勘や決めに行く時の細かな制球を、もう一度詰めていかないといけない…と痛感しました。

     大野 観戦したけど、確かに本来の制球ではなかったね。

     大瀬良 はい。セットポジションの時に甘くなっていました。

     大野 フォーム自体は問題ない?

     大瀬良 そこに関しては、そこまで違和感はなかったです。

     大野 じゃあ、課題を修正する…と。

     大瀬良 はい。

     大野 昨季の活躍を踏まえ、大瀬良がエースという声も聞くけど、自分でも?

     大瀬良 いや、全くないです(笑い)

     大野 エースになるには今年が非常に大事。昨季の投球回数は182イニングか。

     大瀬良 200イニングを目指したいと思います。エースと呼ばれた方は、その数字を超えるイニングを投げている。200を目標にし、クリアできれば勝ち星、防御率もついてくると思うので。

     大野 目標がイニング数なら、先発完投へのこだわりも?

     大瀬良 投げる試合は全部完投したいですし、去年も降りたくないと言ったことがあります。コーチに“代わるぞ”と言われ、“行きたいです”と。

     大 野 リリーフ陣のことを考えても、そういう気持ちは大切。今は言える投手が少なくなっているからね。1イニングでも長く、できれば完投できる投手になってほしい。そうすればエースの称号をもらえると思う。

     大瀬良 はい。自分の立場を確立していくのに、今年は大事な一年になります。エースと言われる投手になりたいので、厳しい道のりだとは思いますが、チャレンジしたい。リーグ4連覇と日本一に貢献し、皆さんに認めてもらえるように頑張りたいと思います。

     大野 ここのところ2年連続で活躍する投手が出ていない。その意味でも、変なジンクスを破る安定した投球を期待したいね。(構成・江尾 卓也)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190228-00000070-spnannex-base

    丸をえぐる! 広島3年目の床田寛樹投手(23)が28日、先乗りしているキャンプ地宮崎・日南で61球の投げ込みを行った。すでに今月4度目で、全球種を投げ込む仕上がり。特に左打者をえぐる内角球の精度向上を重点に置く。2年ぶりの開幕ローテーション入りへ、元チームメートの巨人丸をものけ反らせる切れ味を磨いていく。


       ◇   ◇   ◇

    思い描いた球筋がホームベースの内側に入ると、マウンドの床田は首をひねった。左肘手術の影響で昨年の今ごろは投球練習もできない状態。だが、今年は早くも4度目のブルペン入り。全球種を使って61球投げ込んだ。特に意識したのは、左打者の内角球。左打席に立つ打者のイメージは、元チームメートの先輩丸だ。

    「甘くなるくらいなら、体をのけ反らせるくらい厳しくいった方がいい。1回でも投げれば(内角球が)あると思わせられる」

    1軍で3試合先発した17年は右打者への被打率2割5分に対し、左打者は2割1分7厘と抑えた。だが「外だけでは一流の打者は抑えられない」と警戒する。DeNA筒香やヤクルト青木ら左の好打者は多い。巨人へ移籍した丸にも遠慮はしない。「対戦するのが楽しみですね」とニヤリと笑う。

    17年に新人でただ1人、開幕ローテ入り。2度目の先発でプロ初勝利をマークした。だが、3試合目に左肘の違和感を覚え、7月下旬に左肘関節内側側副靱帯(じんたい)再建手術と尺骨神経剥離手術で長期離脱。実戦復帰は1年以上たった昨年8月8日のことだった。

    1軍登板は17年4月19日を最後に遠ざかる。それでも周囲の期待は高い。定評のある制球力に加え、合同自主トレを視察した首脳陣は「いい球投げているな」と口をそろえて評価していた。長い地道なリハビリを乗り越えた今、ただ投げられることに満足はしない。「この2年間は何もしていないので、チームに貢献したい思いが強い」。空白期間を埋めるだけでなく、成長した姿を見せるつもりだ。

    広島の開幕ローテは昨年2冠の大瀬良とジョンソンの2投手のみが内定。3番手以降は決まっていない。野村や岡田、九里らとの争いは激しさを増す。貴重な左の先発として左打者を封じる武器を磨き、2年ぶりの開幕ローテを狙う。【前原淳】

    ◆床田寛樹(とこだ・ひろき)1995年(平7)3月1日生まれ、兵庫県出身。箕面学園では甲子園出場なし。中部学院大から16年ドラフト3位で広島入団。17年に3試合に登板し初勝利も挙げたが、昨季は1軍登板なし。181センチ、85キロ、左投げ左打ち。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190129-00462297-nksports-base

     プロ野球の若手選手たちの体作りを支える寮の食事。栄養バランス、ボリューム、品数など、あらゆる角度から計算し尽くされた“プロの料理”を随時紹介していきます。セ・リーグ3連覇を果たした広島の大野寮のメニューとは…。


      ◇  ◇

     朝昼晩と、日々食事が繰り返される大野寮の食堂。2、3軍の若手選手らが生活し、ここから土台を作って1軍の舞台へ羽ばたいていく。若鯉に食事を提供して34年目となる宮本悦夫料理長は「食べる相手が変わらないので、やはり家庭料理が理想です。飽きずに、いくらでも食べられる料理を」と重要なポイントを説明した。

     一日4000~5000キロカロリーを目安に、バラエティーに富んだ食事が並ぶ。新人施設見学も行われた11日の昼食(写真)は海鮮丼、ハマグリのお吸い物をメインに自由に選べるサラダなど。バランスへの意識はもちろん、「食べやすいように」と殻付きの食材などは極力選ばないという。

     量を取ってもらうため、最大限に工夫を凝らす。例えば夜は肉、魚のメイン、小鉢2品、汁物、サラダ。さらにフリーのサブメニューを4、5品用意する中には「若いと特に肉系統を体がほしがる」と、必ずローストビーフなど肉メニューが盛り込まれている。

     選手の要望にも応える。宮本料理長は選手個々の嫌いな食べ物リストを作成し、代用できる食材を作ってきた。ドミニカカープアカデミーもあることから、1993年に宮本料理長は約2週間現地でドミニカ料理を学んだ。現在も提供しており、今季フル回転したフランスアは「ポジョギサード」という母国の鶏肉料理がお気に入りで食べていたという。

     球団史上初の3連覇に貢献したナインもこの食事を胃袋に収めてきた。鈴木は若手時代「夏場痩せるので、ください」と一日4~5食をかき込んでいたといい、アドゥワも体重が増えにくいことから自ら食事の回数を増やしていたという。

     また、宮本料理長は未来のスポーツ界を担う中高生のアスリートへも助言した。オススメの料理は鍋料理。「野菜も栄養素も入っている。バランスが最高です」とし、作る側の両親へ「嫌いなものは嫌いと認めてあげて、代わりを食べれば問題ない」と言葉を送った。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181212-00000049-dal-base

     今秋もドラフト会議が行われ、育成選手を含めて125人の若者がプロの門を叩くことになった。栄光の1位から、まずは支配下を目指す育成まで、プロの世界はスタートの時点で序列のある世界だ。ノンフィクション作家の田崎健太氏(50)はこのほど「ドラガイ」(カンゼン・税別1700円)を出版。ドラフト外での入団から成功をつかんだ7選手の野球人生を描いた。なぜ、彼らは指名漏れから成り上がることができたのか。一冊に込めた思いを、田崎氏に聞いた。(構成・加藤 弘士)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181124-00010004-spht-base

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