広島カープブログ

広島カープのまとめブログです!試合速報、日程、選手、グッズ情報など広島カープに関連する情報を配信していきます!

    大野豊

     広島のヘロニモ・フランスア投手(26)が11日、本拠地で投手の分離練習に参加。春先から取り組む下半身強化のため、佐々岡監督直々のノックを15分間にわたって受けた。助っ人左腕には、広島OBでスポニチ本紙評論家の大野豊氏(64)が3カ条の金言を既に伝授。防御率1点台を誇り、リーグ3連覇に貢献した18年の輝きを取り戻す。

     午前中に本拠地であった投手練習。他の面々とマウンド上でノックを受け終えたフランスアは、サードに移って指揮官が打つゴロを15分間にわたって1人で追った。課題解消へ、春先から一貫して取り組むメニューだ。

     「下半身を強化している。投手には下半身が大事。強くすれば速い球が投げられる。いい投手になりたい」

     守護神候補に挙げられながら、今春オープン戦は登板2試合で防御率4・50。3月24日にあった中日との練習試合でも1点優勢の8回に救援登板して逆転され、翌25日に2軍再調整が決まった。DJと同様に、現在は1軍練習に参加中の身だ。

     左腕のそんな惨状を憂慮し、救いの手を差し伸べたのが大野豊氏だ。佐々岡監督を通じ(1)右足を上げ過ぎず、体を水平にマウンドの傾斜をうまく使う(2)右膝に意識を置き、体の開きを抑える(3)左肘が下がらないよう投球時にL字を意識する…の金言を伝授。フランスアは感謝しきりだ。

     「いい時(の状態)に戻るために、オオノさんが助けてくれた。いいアドバイス。今も守っているよ」

     以来、投球練習を控える中で筋力トレやランニング、ノックなどで下半身を徹底強化。5月1日の投球再開後も継続する。佐々岡監督は「今年は以前に増して球が走らず、本人も考えるところがあったと思う。今もトレーナーが付いて強化している」と語った。

     いまだ記憶に鮮烈なフランスアの18年。力で打者をねじ伏せ、救世主的な働きで3連覇に貢献した。土台再強化で復調へ。実現すればV奪回が見える。(江尾 卓也)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200512-00000005-spnannex-base

    昨季限りで広島カープを退団した緒方孝市前監督(51)が今春、日刊スポーツ評論家に就任することが12日までに決まった。


    緒方氏は監督として球団史上初のリーグ3連覇を達成した名将だ。世の中は新型コロナ・ウイルスの影響で先の見えない状況に追い込まれているが、広島はもちろん、同じセ・リーグの阪神、そして球界すべてに夢と期待を込め、新たな道を歩む構えだ。

       ◇   ◇   ◇

    現在の球界で優勝は簡単ではない。連覇となればなおさらだ。そんな中、緒方氏が率いる広島は16年からリーグ3連覇を果たした。セ・リーグでは巨人以外、記録できなかった偉業だ。さらに、日本の主砲にまで成長した鈴木誠也を4番打者で起用。「育てながら勝つ」という課題を実現した。「名将」のレベルに達した緒方氏が新たな道を歩み始める。

    「3連覇は選手、関係者はもちろん、ファンのみんなで戦った結果。言うまでもなく、自分だけの力ではないです。でも、喜べる瞬間を共有できたのはよかったと思いますね。誠也にしても彼自身がやったこと。こっちが育てたとか、そんな風には考えていません。誠也に限らず、選手は自分で成長していくと思ってます」

    自身の実績を口にすることはないが、監督時代はナイターでも早朝から球場に詰めるなど、心身とも激務をこなした。5年の指揮を執り「これ以上は…」と昨季限りでユニホームを脱いだ。その後、表舞台に出ることはなかった。

    「監督は5年間でしたが高校を出てカープ入団以来、選手、コーチ時代を含めて33年間、ユニホームを着ていた。自分では全力で走り切った思いでした。次に何をやろうとか、辞めてからどうしようとかは決めていませんでした」

    一時は、野球と無縁の仕事はできないか、と模索したこともあるという。しかし熟考を重ねた末、やはり頭にあるのは野球だった。

    「野球で生きてきたし、これが自分の道。野球の良さ、すばらしさをいろんな方々から教えていただいてきた。次はそれを伝えていく立場にならないといけない。現場は引いたけど、外から見ることで、魅力、面白さを伝えていきたいと思っています」

    猛威を振るう新型コロナ・ウイルスの影響で現在、プロ野球の先行きは見えない。それでも緒方氏はプラス思考を捨てていない。チームの低迷、自身の故障など数々の困難を乗り越えてきた男は球界、社会に対してメッセージを持つ。

    「誰もが影響を受けている。でもこうなった以上、“経験”が重要だと自分は思うようにしています。予想できなかった状況を経験した上で、それを乗り越える。そこから先を見据えることができると思います。今できることをやって、マイナスをプラスにしていくことが大事だと思います」

    広島に3連覇をもたらし、球界を盛り上げた緒方氏ならではの視点で見る真剣勝負。古巣はもちろん、阪神、そして球界すべてを独自の視線でチェックしていく。開幕が待ち遠しい。

    ◆緒方孝市(おがた・こういち)1968年(昭43)12月25日、佐賀県生まれ。鳥栖から86年ドラフト3位で広島入団。俊足強打の外野手としてチームをけん引する。95年の10試合連続盗塁は現在もセ・リーグ記録。95~97年盗塁王。95~99年外野手でゴールデングラブ賞。09年現役引退。通算1808試合、1506安打、241本塁打、725打点、打率2割8分2厘、268盗塁。現役時代は181センチ、80キロ。右投げ右打ち。15年広島監督に就任し、16年からセ3連覇。19年に退任した。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200413-24100478-nksports-base

     V奪回を目指す広島は、投手陣容を固め切れないまま開幕延期を迎えた。新型コロナ禍の終息が見えない過酷な状況でも、この期間をうまく活用して先発、抑えを整備したいところ。本紙評論家の大野豊氏(64)は抑え候補との秘話を明かしつつ、難しい調整を強いられる投手陣に「自分との戦い。辛抱強く、我慢強く」とエールを送った。(構成・江尾 卓也)

     投手陣の陣容が固まっていない中で、開幕の再延期が決まった。新型コロナの感染が広がっている折り、自己中心的に好都合とは言うまい。ただ猶予期間を与えられたことで、課題解消の可能性が出てきたのも事実だ。

     最大の懸案は、リードした展開の7~9回を誰にするのか。投手出身の佐々岡監督が就任し、どんな答えを出すか注視したが、肝いりで先発から中継ぎに配置変換した岡田と、実績のあるフランスアが低調だったのは大誤算だったと思う。

     中でもフランスアは悩ましい。持ち味のストレートが走らない上に、制球難で四球絡みの失点も目に付く。目に見えない疲れがあるのかもしれないが、強い球を投げようとして腕や上半身の力に頼り過ぎ、手投げになってしまっている。

     実は先日、佐々岡監督に確認し、フランスアに左肘の使い方などを助言した。肩と手首が離れて肘が下がり気味なので、90度ぐらいの角度を意識して投げてはどうか…と。走り込みで体の切れや下半身に粘り、強さを出すことも必要だろう。

     フランスアと抑えを争う新外国人には明暗が出た。パワー系で期待したDJは内容に乏しく、逆にスコットはスライダーなどを駆使して結果を出した。現状での判断なら抑えは後者だ。ただ開幕は1カ月強、いや、もっと伸びるかもしれない。

     それなら中崎も候補になる。実戦が組めないため、どの程度でき上がったか読みづらいが、暖かくなれば状態はもっと上がるはず。フランスア、DJ、スコットに中崎を含め、開幕の時点で最も確かな投球ができる者を、後ろに当てはめることになるだろう。

     先発は床田までの4人が決まり。5、6番手を九里、薮田、遠藤が争い、中崎と同じ故障明けの野村が割り込んでくる構図だろう。本来なら野村はローテーションに入って後輩・森下の教育係ができたはずだ。出遅れた時間を有効に使い、意地を見せてもらいたい。

     延期に延期を重ね、先が見通せない開幕。調整は難しく、選手は大変だと思う。試合ができないのが一番つらい。実戦で試してみないと、見えないものがたくさんある。現時点で打者にどの程度するかもわからず、不安を抱く者もいるだろう。

     ただ、フランスアがそうであるように、選手には個々に課題がある。考えようによってはチャンスだ。いい時間をもらえたと受け止め、クリアできるように努めてほしい。基本練習に汗を流すと同時に、少しでも技術が向上するよう取り組む。

     確定したものは、あるようでない。自分との戦い。取り組み方一つで、自分を強くできる期間にもなる。辛抱強く、我慢強く。体調管理にはくれぐれも留意しつつ、いずれ迎える開幕に向け、1軍で力を出し切れる状態は自らがつくる気持ちを忘れないでほしい。(本紙評論家)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200406-00000004-spnannex-base

     広島OB会の副会長に大野豊氏(64=本紙評論家)が新たに就任することが5日、分かった。7日に広島市内のホテルで開かれるOB会総会で承認され、正式決定する。

     同郷・島根の後輩にあたる佐々岡新監督のもとでV奪回を目指す来季。大野氏は「OB会としては誰が監督でも応援するんだけど、(佐々岡監督は)同県人だからね、頑張ってほしい。陰ながら応援するし、出しゃばらない程度に助言させてもらう」と語った。

     就任7年目を迎える安仁屋宗八会長は「ワシの後を任せられる人材。(まずは)副会長というところから。みんなを支える意味でも適任」と期待した。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191206-00000009-spnannex-base

    もう1度はい上がる。広島今村猛投手(28)が5日、マツダスタジアム内の球団事務所で契約交渉に臨み、700万円減の年俸8000万円で更改した。今季は勤続疲労の影響で27試合登板にとどまった。2年連続の減俸ながら下げ幅は抑えられ、昨季までの貢献度が考慮された。いつもは冷静な右腕は球団に感謝し、再復活を決意。500試合登板を通過点に偉大な先輩・大野豊越えを誓った。(金額は推定)


      ◇    ◇    ◇

    2年続けて登板数を減らした結果が、2年連続減額での契約更改となった。それでも今村は普段通り淡々と言葉を紡いだ。ただ、自身を奮い立たせるような、自分に期待するような言葉、そして表情に熱が帯びた。

    「またチャレンジ。いろんなことにチャレンジしないといけない。自分の体を見つめ直して、いいところも悪いところも受け入れてまた成長したい。やるからにはチームの勝敗を左右するようなポジションで。いいポジションで投げたい」

    今季は勤続疲労の影響もあり、開幕を2軍で迎え、1軍昇格は7月3日と大きく出遅れた。27試合登板にとどまり、3勝1敗1セーブ4ホールド、防御率3・55に終わったが「毎年70試合、72試合を目標にしている。また来年から目標にしたい」と切り替えた。

    プロ10年で425試合に投げてきた。「来年、再来年に500試合にいける。そこを目標にしている」。球団との交渉の席で別のターゲットも見えた。「大野豊さんがたくさん投げていると。いけるんじゃないかと言われた。また1つ目標ができた」。鈴木球団本部長から広島一筋、707試合登板の大野越えを期待された。入団時に育ててもらった投手コーチであり、尊敬する先輩の背中は新たなモチベーションとなった。

    11年から3年連続50試合以上登板も、14、15年は2年で38試合登板と苦しんだ。はい上がった経験があるからこそ、前を向ける。来季に持ち越した国内フリーエージェント(FA)権取得も目標の1つ。「来年FAを取って、順調にいければ再来年500試合。節目が続くので、楽しみだなと」。11年目へマウンドへの意欲は薄れるどころか、高まる一方だ。外国人投手や今季台頭した投手との争いも待っているが「楽しみではあります。それはそれで」と不敵に笑う。逆境にも動じない強さこそ、はい上がる力となる。【前原淳】


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191205-12050749-nksports-base

     【球界ここだけの話】広島は今月8日、菊池涼介内野手(29)のポスティング制度を利用しての米メジャー挑戦を容認した。さらなる挑戦を求め、渡米する選手がいる一方でカープに野球人生をささげた選手もいる。

     「僕はメジャーに行こうとはまったく思わなかったね。向こうの生活が合わないと思った」

     菊池涼の報道が出る以前にそう語っていたのは佐々岡真司新監督(52)。現役時代(1990-2007年)は通算138勝106セーブをマーク。社会人NTT中国からドラフト1位で入団。2年目の91年に17勝9敗、防御率2・44でエースとしてチームをリーグ優勝へ導き、最多勝、最優秀防御率、ベストナイン、沢村賞、MVPとタイトルを総なめにした。同期入団で1学年下の野茂英雄氏(近鉄D1位入団→95年にドジャースへ移籍)とともにメジャー球団から熱視線を送られたが、赤ヘルひと筋を貫いた。

     一方で、大野豊氏(64)=野球解説者=は「メジャーに行かなかったのは少し心残りだね」としみじみ。1998年までの現役生活22年間で通算148勝138セーブを記録した左腕には、キャリアの晩年にエンゼルスから「年俸100万ドルと専属通訳、さらに米国での家も用意する」という当時では破格の条件での誘いがあったが、子供の教育や生活面などから断念したという。

     カープ出身者初の日本人メジャーリーガーは、野茂氏が海を渡った13年後だった。黒田博樹氏(44)が33歳のときの2007年オフに海外FA権を行使し、08年からドジャース、12年からヤンキースでプレーし、日本人初の5年連続2桁勝利(10-14年)を達成した。その後、09年に高橋建(メッツ、現阪神2軍投手コーチ)が、16年には前田健太(ドジャース)が広島を経てメジャーでプレーしたが、3人は全員投手で野手はまだいない。

     セ・リーグの二塁手では、史上初の7年連続のゴールデングラブ賞に輝いた菊池涼は現在、日本代表の一員として国際大会「プレミア12」に参戦中。12年の川崎宗則(ソフトバンク→マリナーズ、現台湾・味全)以来の内野手のメジャーリーガー誕生なるか、注目が集まっている。(柏村翔)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191110-00000535-sanspo-base

    ◆ 元“守護神”永川が先発で引退登板

     9月23日、マツダスタジアムで行われた中日戦。広島でクローザーとして一時代を築いた永川勝浩が現役最後の登板を行った。引退試合ということもあり、定位置だった9回ではなく2004年以来、実に15年ぶりの先発としてマウンドに登った永川。中日の先頭打者である大島洋平に対してのみの投球だったが、きっちりと凡打に抑え、有終の美を飾っている。

     そんな永川は2002年のドラフト会議で自由枠を用い、亜細亜大から広島へと入団した。1年目から一軍で起用され、シーズン中盤からクローザーに昇格すると、40試合登板で25セーブをマーク。木佐貫洋(巨人)や村田修一(横浜)と熾烈な争いを繰り広げたが、惜しくも新人王の受賞とはならなかった。しかし、期待の若手として大きな注目を浴びたことは間違いない。

     一転、2年目はクローザーを外れ、二軍落ちも経験するなど苦しんだ。1年目から登板数を減らし、22試合の登板に終わってしまう。しかし、3年目以降は中継ぎとしてフル回転。とくに2006年からは4年連続で27セーブ以上を記録し、リーグを代表する投手にまで成長した。

     それ以降は、不振や故障に悩まされることになるが、中継ぎとしてチームを支え、昨シーズンも22試合に登板。しかし今シーズンは、一軍昇格を果たすことができず、現役引退を決意した。


    ◆ 最優秀救援投手は大野、津田、江夏が獲得

     広島で歴代最多の165セーブを挙げた永川だが、最多セーブのタイトルを獲得するには至らなかった。自己最多の38セーブをマークした2008年は、クルーン(巨人)が41セーブでタイトルを獲得しており、惜しくも手は届かなかった。

     しかしタイトルを獲得できなかったのは永川だけではない。意外なことに、最多セーブ(1974年・75年、2005年~)のタイトルホルダーを振り返ると、永川だけでなく広島からの受賞者はひとりもいない。これはセ・リーグでは広島だけ。他の5球団からは、最多セーブのタイトルホルダーが生まれている。

     ちなみにセーブポイント(セーブ数+救援勝利数で算出)が基準だった最優秀救援投手(1976年~2004年)では、大野豊(1991年)、津田恒美(1989年)、江夏豊(1979年・80年)と3人が受賞。とはいえ、直近の大野でも28年前のこと。長きに渡ってクローザーが受賞するタイトルホルダーが現れていないのだ。

     当然ではあるが、セーブ数はチームの勝利数が多ければ多いほど伸びやすい数字だ。1991年から25年間に渡って優勝から遠ざかっていた広島からタイトルホルダーが生まれなかったのも必然か。しかし、Aクラスの常連となっている近年であれば――。永川が獲得できなかった同タイトルを獲得する後輩が現れる日も近いかもしれない。

    <通算成績>
    ▼ 永川勝浩(広島)
    527試合(582回)38勝42敗165セーブ79ホールド 防御率3.47

    ▼ 過去15年の広島守護神
    ※カッコ内は同年の最多セーブ投手とセーブ数
    05年 24S:ベイル(岩瀬仁紀/46S)
    06年 27S:永川勝浩(岩瀬仁紀/40S)
    07年 31S:永川勝浩(藤川球児/46S)
    08年 38S:永川勝浩(クルーン/41S)
    09年 36S:永川勝浩(岩瀬仁紀/41S)
    10年 11S:横山竜士(岩瀬仁紀/42S)
    11年 35S:サファテ(藤川球児/41S)
    12年 21S:ミコライオ(岩瀬仁紀・バーネット/33S)
    13年 27S:ミコライオ(西村健太朗/42S)
    14年 25S:ミコライオ(呉昇桓/39S)
    15年 29S:中崎翔太(呉昇桓・バーネット/39S)
    16年 34S:中崎翔太(澤村拓一/37S)
    17年 23S:今村 猛(ドリス/37)
    18年 32S:中崎翔太(山崎康晃/37)
    19年 12S:フランスア

    ※数字は2019年9月23日終了時点


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190925-00203881-baseballk-base

     広島ひと筋にエースとして通算213勝をマークしたプロ野球解説者の北別府学さん(61)が6日夜、自身のブログを更新。同日行われた西武との交流戦(メットライフD)で3回までに2本塁打を含む7安打を浴びて5失点降板した広島・山口翔投手(20)にエールを送った。

     山口はプロ初先発となった5月30日のヤクルト戦(神宮)で7回2死までノーヒットノーランの快投を見せ、7回1安打無失点でプロ初勝利。だが、2度目の先発となった西武戦では味方打線に初回2点先制してもらいながら、その裏、秋山にスライダーを右翼スタンドへ運ばれ先頭打者本塁打とされると、1死一、三塁から森の右犠飛で2―2の同点。2回には1死二塁から金子侑の左前適時打で勝ち越しを許すと、3回には山川にスライダーを右中間へ特大2ランされた。

     試合開始直後に「期待の山口投手です!!今書いたら一点取られましたが、これで気が引き締まると思いますよ。少し高めに来ていますが、ストライクを先行していて良いですよ」とブログを通じて声援を送っていた北別府さんだが、山口は昨季パ・リーグ王者の強力打線に飲み込まれ、無念のKO。

     その後、改めて「学んで大きくなれ」とのタイトルで更新したブログで「オーマイガー!!ど真ん中に行ってしまったな」と記すと「しかし、バッターもあれだけ身体が開いてるのにあそこまで飛ぶ?恐るべし」と西武打線の迫力に驚がくした。

     そして「山口投手若いうちに色々と学べ」と高卒2年目右腕にエール。「私も2年目に大きな壁にぶつかり学びました」の言葉でブログを締めた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190607-00000143-spnannex-base

    「日本プロ野球名球会」は、日本プロ野球で偉大な功績を残した選手を顕彰し、野球を通じての社会貢献を行う団体だ。通称「名球会」。



    「名球会」の入会資格は当初、投手は「通算200勝」、打者は「通算2000本安打」の2つだけだったが、のちに「日米通算」も可能となった。さらに「250セーブ」も入会資格となった。また当初は「昭和生まれ」となっていたが、現在は「昭和以降生まれ」となっている。

     平成時代の「名球会」入会選手の投手の顔ぶれを見ていこう。

    【投手編】
    ◯200勝達成投手。達成日順。数字は最終の勝利数。

    平成元年5月13日 村田兆治(ロッテ)215勝
    平成4年7月16日 北別府学(広島)213勝
    平成16年8月17日 工藤公康(西武)224勝
    平成17年6月15日 野茂英雄(ロイヤルズ)201勝(日78/米123)
    平成20年8月4日 山本昌(中日)219勝
    平成28年7月23日 黒田博樹(広島)203勝(日124/米79)

     村田は1949年11月27日生まれの69歳。1983年にトミー・ジョン手術を受けて84年に復帰し、以後も勝ち星を積み重ねた。日曜日ごとに登板して「サンデー兆治」と呼ばれた。以後、NPB単独では北別府、工藤、山本昌が200勝のテープを切ったが、それ以降は途切れている。

     ローテーションが確立され、200勝は「絶滅危惧種」的な記録になっている。現役ではヤクルトの石川雅規の163勝が最多だ。日米通算ではヤンキース田中将大の165勝(日99/米66)が最多。令和に入ってもしばらくは達成者は出そうにない。

    ◯250セーブ達成投手

    平成12年7月16日 佐々木主浩(横浜)381セーブ(日252/米129)
    平成15年8月16日 高津臣吾(ヤクルト)313セーブ(日286/米27)
    平成22年6月16日 岩瀬仁紀(中日)407セーブ

     セーブはNPBでは1974年から導入されたが、平成になって投手の分業が進み、セーブ数は増加している。名球会入りした3人のクローザーは、いずれもNPB単独で基準となる250セーブ以上を記録している。

     現役選手ではソフトバンクのサファテが234セーブ、阪神の藤川球児が225セーブだが、サファテは故障明けで出遅れ、藤川もクローザーではない。現役のクローザーではオリックスの増井浩俊が151セーブしているが、250セーブまではまだかなりある。

     打者とは対照的に、投手は令和に入ってしばらくは「名球会」入り選手は出てきそうにない。近年は、セットアッパーの役割が大きくなっている。今年に入って日本ハムの宮西尚生が史上初の300ホールドを記録したが、今後は「ホールド」あるいは「HP(ホールドポイント)」が入会資格になる可能性もあるだろう。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190429-00358728-fullcount-base

    index



    このページのトップヘ