広島カープブログ

広島カープのまとめブログです!試合速報、日程、選手、グッズ情報など広島カープに関連する情報を配信していきます!

    山本浩二

     「プロ野球ドラフト会議」(17日、グランドプリンスホテル新高輪)

     広島・佐々岡新監督がドラフト会場のホテルに入った。前日16日に明大・森下をドラフト1位で指名すると公言。競合が予想され、くじ引きとなれば佐々岡監督の出番だ。現在は「結構な緊張よ」と心境を明かした。

     2種類用意していた勝負パンツからお気に入りをチョイス。「色まで言わんよ」と笑ったが、「さっき履き替えた」と明かした。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191017-00000067-dal-base

     監督就任が濃厚となった佐々岡ピッチングコーチ。その決め手は、カープを愛し、愛されてきた生え抜きOBとしてのプロ野球人生にあります。

     1990年、ドラフト1位で入団。

     「小さいころからの夢、憧れ。」(佐々岡真司投手・当時)

     山本浩二監督の前で、こう語った青年は、スライダーを武器に、先発・中継ぎ・抑えとフル回転します。

     印象深いのが、10年目で達成したノーヒット・ノーラン。投球の幅を広げ、のちの大勲章につなげます。

     「100勝100セーブを達成。」(当時の実況)

     「どのポジションでも投げようと思ってました。結果として100セーブができて、うれしいです。」(佐々岡真司投手・当時)

     18年の現役生活を終えると、RCCの野球解説者として活躍。グラウンドの外で7年間を過ごしました。

     「カープ野球はピッチャーを中心として守り勝つ野球。」(解説者時代の佐々岡真司さん)

     2015年、再びユニフォームに袖を通すと、今シーズンからは一軍のピッチングコーチとして緒方監督を支えました。

     佐々岡コーチは、実績にこだわらず、ファーム時代からの教え子たちを積極的に起用。2年ぶりに復活勝利を挙げた床田や、先発へ配置転換し、勝利を挙げたアドゥワ、そして、山口や遠藤といった、将来のエース候補たちに「勝つ喜び」を経験させました。

     「楽しみな選手のひとり…」(佐々岡真司コーチ)

     素顔の佐々岡コーチは温厚でムードメーカー的な側面もあり、鈴木球団本部長は「人柄は言うことない」と評価。監督として、まず、「チームが勝つこと」、そして、「投手陣の底上げ」を期待しているということです。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191004-00362800-rccv-l34

     広島の緒方孝市監督監督(50)が2019年10月1日、マツダスタジアムで会見し、今季限りでの退団を発表した。

     今季は球団初のリーグ4連覇を目指してスタートを切ったものの、開幕から5カード連続の負け越しでつまずきスタートダッシュに失敗。レギュラーシーズン最終戦までAクラス残留をかけての戦いが続いたが、チームは2015年以来の4位でシーズンを終えた。緒方監督はこの責任を取る形でユニフォームを脱ぐことになった。

    ■過去、指導者経験なしの監督はミスター赤ヘルのみ

     緒方監督の退任に伴い、チームの再建が急務となったフロント。来季に向けての第一歩となるのが新監督の選定だ。鯉党からは前監督の野村謙二郎氏(53)の復帰待望論が根強く、リーグ3連覇の土台を作った実績は評価が高い。理路整然とした野球論にも定評があり、「実績」、「知名度」、「期待度」は他の監督候補らの上を行く。

     「知名度」でいえば、広島、ヤンキースなどで活躍した黒田博樹氏(44)も群を抜く。MLBで複数球団からオファーがあったものの、それを蹴って2014年に古巣・広島に復帰。黒田の「男気」は多くの野球ファンから称賛された。また、現役時代「孤高の天才」と称された前田智徳氏(48)のカリスマ性、昨年引退した新井貴浩氏(42)のリーダーシップは高く評価されている。

     ただ、黒田氏ら3人に共通しているのが指導者の経験がないこと。前田氏は2013年に一軍の打撃コーチ補佐と選手を兼任していたが、指導者としての実績はほとんどない。黒田氏、新井氏もまた、引退後はスポーツ紙の評論家や野球解説を務めるなど、ともに現在は現場から離れている。広島の歴史を紐解くと、指導者の経験がなく、いきなり監督になったのは事実上、ミスター赤ヘル・山本浩二氏(72)だけである。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191001-00000007-jct-spo

     広島・永川勝浩投手(38)が23日、マツダスタジアム内で引退会見を行った。ユニホーム姿で会見場に現れ、心境を語った。引退を告げた際の家族の反応は「『もういいんじゃない』という感じでした」と振り返りつつ、「僕自身やりきった感じはあったので」と17年間広島一筋のプロ生活を振り返った。以下、一問一答の要旨(1)。



     (自らあいさつ)「広島東洋カープで17年、大学を卒業して野球をやってきましたけど、今年で引退をして17年に区切りを付けたいと思います。今まで応援ありがとうございました」

     -いつぐらいから引退を考えていたのか。

     「ここ数年はケガもありながら、なかなかいい成績を残せなかったですから、そういうところでいろいろ考えることはありました」

     -きっかけは。

     「今年に入ってトレーニングをしても体がどこか痛くなったりとか、練習でいいパフォーマンスが出ても試合で出せなかったり。そういうところを総合して心が折れたというところです」

     -これまで何度も逆境をはね返してきたが今回ばかりは…。

     「そうですね、若い子たちが頑張ってる中で自分がそれと同等以上のボールを投げられなくなってきて、どこかで当然自分も考えないといけないことなので。今回は体をいろいろ考えながら、限界を感じてしまいました」

     -周りの反応は。

     「家族には7月前ぐらい、6月半ばぐらいには伝えましたけど、反応はそんなに大した感じではなかったので(笑い)。『もういいんじゃない』という感じでしたから、僕自身もやりきった感じはあったので。そういう感じでした」

     -思い出は。

     「いい思い出と言われたら、1年目から山本浩二監督にクローザーを任せていただいて、そういう道を作っていただいたというのはこの17年間というのはその最初のスタートがあったからこそだと思うので、そういう意味では感謝していますし、いい思い出だと思います」

     -広島出身で広島のチームに入団した。

     「広島で生まれて、広島で育ってきましたので、広島東洋カープに誘っていただいた時は、ものすごくうれしいというか。プロ野球選手である以上、広島にまた帰って故郷でプレーできるのはすごく良いものと言うと簡単ですけど、そういう気持ちがあったので、広島というところには愛着がありますね」

     -165セーブを挙げた。ストッパーの難しさは感じたか。

     「僕の場合は何回も失敗を繰り返しながら、いろんな人に迷惑をかけながら助けられてやってきたので、クローザーに対しての難しさというのは感じなかったですけど、本当にここ何年かはどうやったら人に迷惑をかけずに生きていけるんだろうということをよく考えていたので。そういう意味では、クローザーという職にはそこまで難しさは感じなかったですね」

     -野球への考え方の変化はあったか。

     「本当にいろいろ試行錯誤しながらコーチであったり、トレーナーであったり、時には後輩であったり。そういう方たちに支えられて、いろいろトライしてきましたけど、やっぱりプロの世界はそう簡単なものじゃないなというのは最後の方でつくづく感じました」

     -変化を恐れないイメージ。

     「昔は結果もそこそこ出てましたし、変化をしなくてもというところはあったと思います。本当にすぐに調子に乗る性格であり、何でも簡単にできると思ってしまう性格なので、ここ数年でいろんな意味で大人にしてもらったし、広島東洋カープに最後まで育ててもらったおかげで今の自分があると思うので、若い子たちには変化していかないといけないというのも伝えていきたいなと思いますね」

     -2017年は膝の故障もあった。

     「手術してまで契約してもらえるとは思ってなかったので、そこで契約してもらったからこそ、手術をさせてもらったからこそ昨年があったと思いますし、そういう意味ではいろんな人に支えられて、感謝するのは簡単にできますけど、本当にいろんな人に感謝したいと思います」

     -優勝、優勝旅行も経験した。

     「そうですね…、3連覇している中で、最初の2連覇の時はほぼ結果を出すことができず、昨年もそこまで出したとは言えないんですけど、最後に連れて行っていただいて、僕だけじゃなく、家族がすごく喜んでいましたし。本当に昨年の復帰登板であり、いろいろ印象に残って、周りがすごく、僕が若い時より大人な選手が多くなったと思います」


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190923-00000042-dal-base

     ◇セ・リーグ 広島―ヤクルト(2019年9月3日 神宮)

     広島の鈴木誠也外野手(25)がヤクルト戦(神宮)の5回に二塁盗塁を決め、自身初となるシーズン20盗塁をマーク。すでに25本を放っている本塁打と合わせて「20本塁打&20盗塁」を達成した。

     鈴木は「3番・右翼」で先発出場。2―0で迎えた5回、ヤクルトの先発左腕・高橋から中前打を放って出塁すると、続く4番・長野の2球目に二盗に成功した。

     「20本塁打&20盗塁」は球団では2016年に20本塁打&23盗塁した丸佳浩外野手(現巨人)以来3年ぶりで、25歳シーズンまでの達成は1970年に当時24歳だった“ミスター赤ヘル”山本浩司(1975年に浩二と改名)がマークして以来49年ぶり2人目の快挙となった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190903-00000181-spnannex-base

     【江尻良文の快説・怪説】

     日本野球機構(NPB)は25日、怠慢プレーの野間に激怒し、平手打ちした緒方孝市監督(50)を「厳重注意処分」にした広島球団の対応を了承。新たな制裁を科さないと明かした。

     「広島から報告を受けています。NPBとしての新たな処分はありません。あってはならないことなので繰り返さないように伝えた」(井原事務局長)

     一件落着という形だが、まさに時代の流れを感じさせられる。弱小・広島を1975年に球団創設初優勝に導いたのをはじめ、常勝赤ヘル軍団に育て上げた元監督・古葉竹識氏(83)は、見かけは紳士だが、グラウンドでは熱血漢で妥協を許さないスパルタ主義だった。元祖・体罰監督といえる。

     ベンチでの定位置は、バットケースの陰。身を隠すようにしていたが、それにはワケがあった。怠慢プレーをして戻ってきた選手を、テレビカメラに映らないように笑顔で蹴飛ばすのだ。鉄拳制裁では見え見えになってしまうが、下半身はバットケースに隠れているので、笑顔を見せながら、懲罰の蹴りを入れているのはわからない。赤ヘルナインにとっては恐怖の古葉キックだった。

     日本ハムから広島に移籍した大下剛史氏は現役引退後、コーチになってから古葉スパルタ教育の継承者になり、「12球団一の鬼軍曹」として鳴らした。赤ヘルナインだけでなく、他球団の選手にも恐れられていた伝説の鬼コーチだ。

     巨人長嶋第二次政権の時、筆者は「今の巨人の選手には厳しさ、気迫が足りないから、伝説の鬼軍曹・大下コーチを招へい。スパルタ教育をしてもらい、鍛え直してもらったら良いのでは」と、長嶋監督に真面目に提案したことがある。

     ところが「大下は厳しく徹底指導する、素晴らしいコーチだが、ウチの選手には無理。大下と聞いただけで、ちびってオシッコを漏らしちゃうよ」と冗談めかしながら語った。

     その長嶋氏も青年監督だった第一次政権の時には超スパルタ主義。「勝負して打たれるのは仕方ない。だが、逃げまくって四球を乱発するのは絶対に許せない」と、若手投手に鉄拳制裁していたのだ。

     今や「鉄拳制裁=パワハラ」の時代。今回の広島・緒方監督の騒動は象徴的で、プロ野球界も大きく変貌を遂げている。(江尻良文)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190727-00000016-ykf-spo&pos=2

     三省堂は9日、「広島カープ」仕様の国語辞典として3月初旬に発売した「三省堂国語辞典 第七版 広島東洋カープ仕様」(3000円、税別)で、用例に登場している11人のカープレジェンドを発表した。


     同書は、装丁だけでなく用語例など内容の一部もカープにまつわる文物や人物に言及し、オリジナル用例を掲載している。うち11の用例には、誰もがレジェンドと認める広島の選手が登場。この日発表されたレジェンドは達川光男氏、江夏豊氏、前田智徳氏、新井貴浩氏、高橋慶彦氏、北別府学氏、衣笠祥雄氏、大野豊氏、津田恒美氏、黒田博樹氏、山本浩二氏だった。

     「球(きゅう)」の項に登場した江夏氏の用例は「(野球などの)たま。ボール。『内角-・一九七九年の日本シリーズを決した江夏の二十一-』」。「-さん」の項に登場した新井氏の用例は「-さん(接尾)(1)人名や人をあらわすことばなどのあとにつけて尊敬の気持ちをそえることば。『新井-・患者-・お客-・(他社をさして)◯◯銀行-』」などとなっている。

     今回発表となった企画は、同書を購入し11人の中から3人以上を見つけ、100人にノベルティが当たるというもの。4月30日に締め切られ、総数1270件の応募があったという。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190509-00000104-dal-base

    日刊スポーツ評論家の谷繁元信氏(48)が広島・日南キャンプを訪問。FAで抜けた丸佳浩外野手(29)の影響に絞って戦力をチェックした

       ◇   ◇   ◇

    丸の穴は埋まるのか。リーグ4連覇に挑む広島は、巨人にFA移籍した丸の約100打点分を誰が補うのか、に浮沈がかかっている。

    中堅の守りは野間の守備力で埋まる。得点の部分は左翼手、一塁手、そして三塁手が大事になる。左翼手は新加入の長野、外野転向の西川で、松山、バティスタは左翼と同時に一塁手の候補になる。緒方監督がポイントに挙げていたのは三塁手。安部が1年間、ケガなくいければ一番形がいい。どの選手が入るかで100打点は可能だし、それ以上の可能性もある。

    鈴木誠也のすごみも伝えたい。昨年は一昨年の右足首故障の影響で出遅れたが、今年はこの時期にして、さらにレベルが上がったと感じる。打撃でタイミングの取り方が一定して、バットもコンパクトに出ていく中で、インパクトの強さがさらに上がった。芯で捉えた音も、極端に言えば倍くらいに感じる。

    バットを見せてもらったが、メーカーのマークが刻印された右側面に打点があるのが珍しかった。普通、右打者はマークを投手側に向け、バットを少し寝かせながら打つため、マークの左側面に打点が集まる。理由を聞くと「投手側にマークを向けるとスイングの時に目に入って気になる」と答えていた。インパクトの瞬間を目で捉えているのだろう。すごいところが見えているなと感じた。

    昔、イチローと日米野球に出た時のことを思い出した。練習でイチローがバットがなく、鈴木尚典に借りて5、6球を打ってバットを見たら、打点がすべて寸分狂いなく同じで驚いたことがある。いい打者にはすごみが備わっている。

    丸が抜けた影響がないとは言わない。ただ初めて広島の日南キャンプを訪れ、感じたことがある。施設が小規模ということもあるが、グラウンドにいる選手が常に「何か」に動いている。選手個々がやらなきゃいけないことを理解し、メニューに関与している。空白の時間がなく、グラウンドに動きを感じられる。3連覇したチームとして洗練され、選手の個々の力量もあり、丸の不在は感じさせない。(日刊スポーツ評論家)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190205-00471767-nksports-base

    このページのトップヘ