広島カープブログ

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    広島

     2017年WBCにおいても攻守に活躍し、決勝トーナメント進出に大きく貢献した一人に挙げられた小林誠司。2019年は炭谷銀仁朗らと切磋琢磨する小林はいったいどのような高校球児だったのだろうか。10代の成長過程を知る恩師・中井 哲之監督に話をうかがうべく、小林選手の母校、広島・広陵高校に向かった。



    「あの子がプロ野球選手に?」と言いたくなる選手だった


    「いやぁ、最初の印象と言われても特にないんですよねぇ…」
    広陵高校に到着し、監督室を訪ねると、中井 哲之監督が出迎えてくれた。早速「教え子の入学時の印象」というテーマを投げかけてみると、冒頭のコメントが苦笑いとともに返ってきた。
    「ぜんぜん目立たない子でした。入ってきた頃のことは正直、ほとんど覚えてないです。まさに『あの子がプロ野球選手になるとは…』と言いたくなる選手なので…」

     大阪・堺市出身の小林 誠司。中学時代は大阪泉北ボーイズに所属し、ポジションは遊撃手兼投手だった。中学卒業後は親元を離れ、広島・広陵高校での寮生活を選択。同学年には現広島カープの野村 祐輔投手がいた。以前、取材を通じ、小林と高校入学時の話になったことがある。中3当時のスピードは125キロ。「中学でピッチャーの楽しさに目覚め、高校でもピッチャー志望。野村を完全にライバル視していました」と語った。

     ところが高校1年の秋、小林は敗戦後のチームバスの中で突然、捕手コンバートを中井監督より言い渡される。理由は伝えられなかった。野球を始めて以来、捕手は一度も経験したことがないポジションだったが「はい」という他なかった。

     以前、野村 祐輔がこの日のバスの中での出来事を話してくれたことがあった。
    「一年生大会で負けた帰り道のことでした。重苦しい空気の中、突然中井監督が叫んだんですよ。『おい、小林~!おまえ今日からキャッチャーやれ!』って。そりゃあびっくりしましたよ。そんな発想、監督以外は誰にもなかったと思いますから。あのシーンとしたバスの空気はいまだに忘れられません」


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190902-00010004-hbnippon-base

     東京銀座にある広島県のアンテナショップ「ひろしまブランドショップTAU」は、9月2日10時30分からカープ坊やのスタンプラリー用の冊子「2019 HIROSHIMA RED PASSPORT」を数量限定で無料配布する。


     カープ坊やのスタンプラリーは、広島県内の23市町と山口県の7市町の計30市町をイメージしたオリジナルデザインのスタンプを集め、集めたスタンプの数に応じて抽選でさまざまな賞品が当たるというもの。

     すべてのスタンプを集めると、もれなくカープ坊やのクリアファイルがプレゼントされるほか、20個以上でカープの沖縄キャンプ見学、10個以上でレプリカユニフォーム、5個以上でカープ応援グッズが抽選でプレゼントされる。

     なお、対象地域以外で冊子が配布される唯一の機会となる。1200冊限定での配布となる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190828-00000021-impress-life

    (10日、岡山学芸館6―5広島商)

     大正、昭和、平成、そして令和の四つの元号で夏の甲子園出場を成し遂げた広島商。伝統に支えられたプレーの数々に、OBたちも目を細めた。

     5度目の優勝を果たした1973年夏の大会に1番・三塁手として出場した浜中清次さん(62)=広島市西区=は、内野席で試合を見守った。

     あの年、元広島カープの達川光男さんらを擁するチームは公立の強豪校を次々に破り、決勝で静岡(静岡)を相手に劇的なサヨナラ勝ち。当時の浜中さんのユニホームは、球場内にある甲子園歴史館に展示されている。

     この日、五回表に山路祥都君(3年)が本塁打を放つと、身を乗り出して打球の行方を追い「あの大会の達川さんの本塁打を思い出すなあ」と懐かしがった。

     孫の清水真翔(まなと)君(同)も七回に代打で登場。敵失で出塁し、好走塁で貴重な追加点のホームを踏むと、「ほっとした」と胸をなで下ろした。

     広島商らしい堅守が光る場面も多かった。七回裏、5―3に追い上げられ、なお1死一、三塁のピンチで、二塁手の北田勇翔君(同)や遊撃手の水岡嶺君(同)らが連係して併殺にすると、「これぞ広商野球、勢いを攻撃につなげてほしい」と拳を握りしめてたたえた。

     惜敗したが、浜中さんは「甲子園は広商にとって『庭』みたいなもの。選手たちは伝統を守り、土を持ち帰らなかった。後輩たちに必ず戻ってこいというメッセージだろう」と夢をつないだ。(東谷晃平)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190811-00000007-asahi-spo

     ◇第101回全国高校野球選手権大会 第5日2回戦 広島商5―6岡山学芸館(2019年8月10日 甲子園)

     15年ぶり23度目出場の広島商は、2回戦で岡山学芸館と対戦し惜敗。夏は優勝した1988年以来、31年ぶりの勝利を手にできなかったが、大正、昭和、平成、令和と4元号での出場を果たし、伝統の力を随所に見せつけた。

     逆転への願いは届かなかった。5―6の9回2死一、二塁、代打川口が一邪飛に倒れると、全力で戦ったナインは一様に天を仰いだ。重く、重くのしかかった1点差。「仲間ともっと戦いたかった。みんなと野球がしたかった」と話す主将の真鍋の目からは止めどなく涙があふれた。

     攻守で「広商野球」を体現した。0―1の2回無死、真鍋が中前打で出塁すると犠打、中前打で一、三塁。7番・杉山が二塁前に同点のセーフティースクイズを決めた。6回には無死一、三塁から水岡の中前適時打、真鍋の左犠飛で2点を追加した。

     遊撃手の水岡は守備でも輝いた。4―1の6回2死一、三塁での右前打で、右翼手からの三塁送球のカットに入ると、一転、一塁ベースをオーバーランした打者走者をアウトにして失点を最小限に食い止めた。「次のプレーを常に考えてやる。普段の練習から、やっていることができた」と胸を張った。

     過去6度の優勝を誇る名門も04年以来15年ぶりの出場とあって三塁側スタンドは多くのOB、関係者や生徒、一般ファンで埋まった。応援バス37台は早朝に広島を出発。大会前にはプロで活躍する柳田(ソフトバンク)からバット10本、135人の部員全員分のTシャツが、岩本(広島)からも全員分のタオルが差し入れられた。73年夏の優勝メンバーの元広島監督・達川光男氏(64)からは臨時コーチとして指導を受けた。真鍋は「応援は心強かった」と振り返る。だからこそ「そういう人たちの期待に応えられなかったのが悔しい」と唇をかんだ。

     大正から4元号すべての出場となったが、平成時代に夏の勝利はなし。昭和最後の王者が新たなスタートを切るため、令和元年に戻ってきたが白星はお預けとなった。荒谷忠勝監督(43)は力を込める。

     「彼らが頑張って、15年出ていないところの扉を開けてくれた。出る素晴らしさも怖さも勉強した。持ち帰って新チームで頑張りたい。広商は、本当にこれからだと思います」

     全力で戦った2時間26分は、新たな伝統の礎となる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190811-00000066-spnannex-base

     被爆74年を迎えた6日、広島市南区のマツダスタジアムでは「ピースナイター」と銘打ち、プロ野球広島―DeNA戦があった。3万人以上が応援に駆けつけ、五回終了時には原爆ドームの高さと同じ25メートル付近の客席に座ったファンらが赤い紙を掲げて「ピースライン」をつくった。

     犠牲者を悼んで黙とうし、広島の選手たちは原爆ドームをデザインしたワッペンを袖に付けて試合に臨んだ。球場には原爆に遭った「被爆ピアノ」が持ち込まれ、広島県出身の音楽家、藤江潤士さん(40)による「イマジン」が流れるなか、ピースラインが掲げられた。【園部仁史】


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190806-00000113-mai-base

    <全国高校野球選手権:組み合わせ抽選会>◇3日◇大阪フェスティバルホール

    広島商の初戦の相手が、隣県の岡山学芸館に決定した。15年ぶりの夏出場を決めた荒谷忠勝監督は「隣同士でやらなくても」と嘆いた。両校は練習試合を通して、よく知った間柄。6月には4ー1で勝利したが、指揮官は「どっちが勝ってもおかしくない」と話した。


    主将の真鍋駿内野手(3年)は、「相手の情報がある半面、相手もこっちの情報を知っているので」と警戒した。広島大会では、4回戦の神辺旭戦で延長10回に逆転サヨナラ勝ち。次の準々決勝、呉戦でもサヨナラ勝ちした。「あれでチームが勢いづいた。(練習試合のときよりも)成長できたと思う」と自信をみせた。

    真鍋は「目標は日本一」。昭和最後の覇者が令和最初の大会で優勝を目指す。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190803-08030979-nksports-base

    <高校野球広島大会:展望>

    センバツ出場の広陵や広島新庄など実力校がノーシードから頂点を目指す。広陵は、春は県大会序盤で敗れたが、夏も有力候補。投手陣が充実しており、150キロ右腕・河野佳(3年)を軸に、左腕の石原勇輝(3年)、森勝哉(3年)や、高太一(3年)らも控え、4本柱。打線は、22日に行われた広島県の招待試合で大阪桐蔭と対戦し、17安打を放って7-3で勝利するなど、攻撃力に磨きがかかっている。



    伝統校の広島商や如水館も力がある。広島商は古豪復活なるか。この春は、15年ぶりに県大会で優勝。長打力のある打者がそろい、高い攻撃力が武器。夏の甲子園出場は、04年以来15年間遠ざかっており、この夏はオールドファンからの期待が高まりそうだ。如水館は今春から、元南海大久保学監督(54)が就任し、春の県大会では、広陵など強豪を倒していきなり準V。強肩強打の山下尚捕手(3年)が攻守の要。大久保監督が「甲子園を狙えるチーム」と評する戦力で夏に挑む。

    広島新庄の桑田孝志郎投手、木村優介捕手(ともに3年)のバッテリーはプロ注目。呉は、センバツでも好投したエース・沼田仁(3年)に続く投手の台頭が待たれる。

    最速151キロの好投手・谷岡楓太投手(3年)擁する武田にも注目。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190629-06281253-nksports-base

     先日、出張で広島を訪れる機会があった。よっしゃ、うまいお好み焼きでも食うてきてけつかろ、とほくそ笑んでいたところ、出掛ける直前になって上司に呼び出された。



     「広島には赤いうどんがある。理由は…わかるよな?では食べてきてくれたまえ」

     数日後、私はJR広島駅にある「驛麺屋」の券売機の前にいた。

     ぶっかけうどん、ざるそばなどと並んで、確かに「がんばれカープ 赤うどん」と書かれたボタンが。麺が真っ赤なうどんの写真もプリントされている。

     なんておいし(くなさ)そうなんだ!

     こんなうどんではなく、私はお好み焼きを食べたい。410円の赤うどんを選ぶ指が怒りと悲しさで小刻みに震えた。

     店は立ち食い形式。すぐに出てきた赤うどんの実物をしばし見つめる。赤い。口に入れる。うまい。かつおのだしが効いていて、うまい。そう、味は普通のうどんと全く変わらないのである。その分、「赤い麺」という視覚情報が大変なノイズになっており、一瞬、脳が「コレハ、タベモノデハ、ナイ……アレレ?オイシイヨ!!!」と軽い混乱状態に陥ってしまう。他の人はどういうテンションで食べてるんだろう、と周囲の様子をこっそり窺ったが、どうも赤うどんを食べているのは私だけのようで…?

     後日、驛麺屋を運営する広島駅弁当株式会社の鉄道部長大林敦さんに電話取材を申し込んだ。

     -赤いうどん、おいしかったですけど、見た目と味がうまく結びつかず、混乱しました。どういう狙いで開発され、いつからメニューにあるのですか?

     「地元企業としてカープを応援しようと、チームカラーの赤をイメージして始めました。が、すみません、いつ頃からあるのかは私も把握していません。10年くらい前からだと思いますが(※)」

     (※)店内に掲示されていた地元紙の紹介記事によると、2009年頃からのようです。

     「ぶっちゃけた話、麺が赤いのは着色しているだけなので、味自体は普通のうどんと変わりません。でも、目に留まるでしょう?多めのネギは球場の緑の芝をイメージしています。カープのロゴがデザインされたかまぼこもかわいいと思いませんか。話題性、インパクトを重視しています!」

     -なるほど、じゃあ結構売れているんでしょうか。

     「1日10~20食程度です。正直、そこまでではありません」

     -なんということでしょう。でも色はあんな感じですけど、味にもかなりこだわりがあるのでは?

     「その通りです。だしはかつおベースのオリジナルで、少し濃いめの味に仕上げています。立ち食いの店は急いでいるお客さまが多く、大半の人は汁を飲みません。だから、麺に絡みやすく、少量でもしっかりとまろやかな味がするよう調整しているんですよ。広島にお立ち寄りの際には、是非一度ご賞味ください」

     ありがとうございました。ちなみに私は赤うどんを食べた後にお好み焼きを食べました。(まいどなニュース・黒川裕生)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190612-00000094-dal-life

     プロ野球選手はつかの間の休息を終え、来季に向けて自主トレをスタートしていますね。一人で黙々と練習する選手、他球団の一流選手と合同で練習して技術を習得しようとする選手など動きは様々ですが、最も注目されるのはやはり新人合同自主トレではないでしょうか。中日・根尾昂内野手、ロッテ・藤原恭大外野手、日本ハム・吉田輝星投手のトレーニングの様子をテレビで見ると、17年前に新人だった時のことを思い出して懐かしい気持ちになりますね。

     新人の選手は新しい環境に慣れるだけでも大変な中、たくさんの首脳陣の方や報道陣がいる中で練習するため心身で疲労度が大きいです。僕も疲労困憊になった日々を思い出します。ドラフト7位で巨人に入団したので周囲から注目されていませんでしたが、少しでも首脳陣の方にアピールしたくて、まだ1月なのに常に100%を出してプレーしていました。春季キャンプがいらないぐらい必死に練習していましたね。

     どの球団の新人合同自主トレでも初日に持久力テストがありますが、巨人でも3000メートル走がありました。その練習を終えて、「このしんどい練習が毎日続くのか。プロの練習についていけるかな」と不安になったのは今でも記憶に残っています。練習の合間には先輩方に挨拶もしなければいけません。「あの先輩に挨拶したかな?」と同期で相談もしていました。それぐらい毎日色々な方が球場にいますから、人の顔も覚えきれない状況になってしまいます。中には新人の選手に2回挨拶された人もいると思います。

     挨拶の話を出しましたが、グラウンド外でも新人は神経を使わなければいけないことが多いです。高校、大学時代に寮生活で慣れている選手もいるとは思いますが、寮のルールなども覚えなければいけません。僕はプロに入ってから初めての寮生活だったので、ジャイアンツ寮に入ったときには朝に球団旗を揚げ、新聞をきれいにまとめて、アイシングの氷を用意するなど朝から準備しなければいけないことが多く、本当に苦労したのを覚えています。他にも住所変更、税金の手続き、春季キャンプまでに必要な生活用品の買い出しなどやることが山ほどあり、あっという間に時間が過ぎて春季キャンプインしていました。

     傍から見ればわかりにくいかもしれないですが、新人は新しい環境で目に見えない苦労がたくさんあります。ただ僕と違って根尾選手、藤原選手、吉田選手など今の高卒ルーキーはしっかりしているので余計な心配かもしれませんが……ファンの方々も温かい目で見守っていただけたらありがたいですね。プロ野球の世界で活躍する姿が楽しみですし、ケガだけには注意を払ってキャンプインの2月1日を迎えてほしいと思います。(元巨人、日本ハム、DeNA投手)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190121-00284424-fullcount-base

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