広島カープブログ

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    新井貴浩

    活躍への感謝を込めたポスターが車内にあふれています。

    今季限りで現役引退したカープの新井貴浩選手の特別電車をJR西日本が特別編成しました。

    JR広島駅に滑り込んできた電車の外観はいつもの通勤電車でした。

    しかし、一歩車内に入った乗客はいつもと違う様子に気づきました。

    「すごいですね、新井さん。お疲れさまでしたという感じです」
    (女性客)

    6両編成のうち前から3両は、全ての広告枠が新井選手への感謝を伝える113枚のポスターで埋まりました。

    写真は、クライマックスファイナルで同点打と決勝打を放った新井選手と菊池選手が肩を組んでファンからの祝福に応えるシーンでした。

    乗客は携帯電話で写真を撮影したり、SNSにアップしたりしていました。

    「黒田選手と抱き合った時にすごく感動したので、お疲れさまでしたと言いたいですね。盛り上げてくれてありがとうございます」

    「こういう企画はあまりないので珍しいと思いますし、長く続いてほしいと思います」
    (以上 男性客)

    この特別電車は11月下旬まで毎日、山陽線と呉線、可部線のいずれかの区間を走ることになっています。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181109-00212100-rccv-l34

     広島・松山竜平外野手(33)が9日、マツダスタジアムで会見し、今季取得した国内フリーエージェント(FA)権を行使せず残留することを表明した。今季限りで現役を引退した新井貴浩内野手(41)らに相談したといい、「新井さんみたいな選手になりたい」と決意表明した。

     熱い思いとともに、カープ愛を貫く。丸々とした風貌と勝負強い打撃で鯉党から“アンパンマン”の愛称で親しまれる松山が、国内FA権を行使しないことを宣言。生涯カープを誓った。

     「残留して、カープでやらしてもらうことになりました。やっぱりこのチームがすごく好き。ここでずっとやりたいと思っています」

     6月に国内FA権を取得した今季はプロ11年目で初の規定打席に到達。打率・302、12本塁打、74打点でリーグ3連覇に貢献した。一塁と外野を守れ、長打も打てる左打者は今年の「FA市場」で貴重な存在。水面下で調査を進める球団もあったが…“アニキ”の言葉が心に響いた。

     2007年オフに阪神へFA移籍した新井(15年に広島復帰)や、13年オフにFA権を行使せず残留を決めた石原に、何度も相談したという。

     「絶対、カープに残った方がいい。家族のためにも一番」

     先輩の温かく熱いメッセージ。夫人からの「あなたの判断に任せます」という言葉も、うれしかった。3人の子供を育てるパパ。「もし他にいってダメなら路頭に迷うことになる」と決心した。

     「チームで年長組になる。新井さんみたいな選手になりたいと思っている。プレーで引っ張っていけるタイプではないので、チームに明るさを出していきたい」

     残りの野球人生を赤ヘルに捧げる松山は、引退する「アライさん」に代わって「マツヤマさん」を目指すことを誓った。丸のFA宣言で揺れるカープだが、来季4連覇へ向けて、まずは大きな“補強”となった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181110-00000018-sanspo-base

     広島にドラフト6位で指名された亜大の正随が同大学で指名あいさつを受け、56~59年に広島で外野手としてプレーした祖父の三原卓三さんに恩返しを誓った。

     影響を受けて野球を始め、幼い頃は一緒に練習。「とにかく遠くに飛ばせ」が祖父の口癖で、東都大学リーグでは通算9本塁打の長距離砲として活躍した。「祖父も喜んでくれて“活躍してね”と言われた。チームに必要とされる選手になって、恩返ししたい」と意気込んだ。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181111-00000040-spnannex-base

    結局、新井は凄かったーー。11月5日付の中国新聞に掲載された広告が、広島カープファンを感動させている。
    【BuzzFeed Japan / 徳重辰典】



    新井とは、もちろん今シーズン限りで引退する新井貴浩さんのこと。広告を出したのは元カープの選手であり、新井の盟友でもある黒田博樹さんだ。

    新井さんの広告は2面で構成されており、1面はこれまでの新井選手のプレーを伝えた新聞記事の切り抜きで構成されている。

    記事は「新打線 新井ブレーキ」「流れを変えた空振り」など、新井選手がミスをしたりした場面ばかり。新井さんが失敗している文章には青のペンで線が引かれ、黒田さんの活躍に触れた部分には赤のペンで引かれている。

    カープが弱かった時代を知る黒田さんと新井さんだから成り立つジョークであり、そして労いだ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181105-00010001-bfj-base

     ◇SMBC日本シリーズ第6戦 広島0―2ソフトバンク(2018年11月3日 マツダ)


     広島は3日、ソフトバンクとの日本シリーズ第6戦(マツダ)に0―2で敗れて4連敗を喫し1984年以来、34年ぶりの日本一には届かなかった。今季限りで現役引退する新井貴浩内野手(41)は8回に代打で出場したが遊ゴロに終わった。20年間のプロ人生に終止符を打ち、本紙に独占手記を寄せた。

     最高の舞台を最後にユニホームを脱ぐことができた。こんなに幸せな野球人生はない。今回と同じように引き分けから始まった32年前の日本シリーズ、当時は小学4年生のカープファンだった。第8戦に敗れた後、引退する山本浩二さんが胴上げされた光景を覚えている。同じように…とは思わない。ただ、完全燃焼できたと胸を張って言える。やり残したことは何もない。

     後輩たちには感謝しかない。この6試合。勝敗を超えて素晴らしい戦いだった。ベンチから応援する時間が多くても、一緒に戦えたことが誇らしい。みんな2年前の日本シリーズから成長し、本当にチームとして一つにまとまった。誠也は自分が打った時だけでなく、チームメートが打った時も全身で喜びを表した。初めて4番を任され、自分のことで精いっぱいだった昨季とは違う。ひと回りも、ふた回りも大きくなった。みんな自慢の後輩たち、自慢の弟たちだ。日本一の夢は弟たちに託したい。きっとやってくれる。

     すべての人との出会いに感謝したい。入団当時は駒大の先輩で大下剛史さんがヘッドコーチだった。厳しく指導された。だから、いまがある。歴代の監督にも感謝しかない。山本浩二さんには迷惑ばかりをかけた。金本知憲さんには若い頃はかわいがってもらって、どこ行くにも一緒だった。不振で一番落ち込んだ時に打撃を教えてくれた。

     そして、黒田博樹さん。自分にないものを持っている。プロとしての厳しさであり、プライドだ。実績を積んだメジャーから帰ってきても全く変わっていなかった。だから格好いい。ぶれない。自分をしっかり持っていて、どこにいこうが流されない。

     野球の神様はいる…と信じてやってきた。中学でも高校でも大学でも自分よりもうまい選手はたくさんいた。長所は何か…と考えた時にへたくそでも、とにかく一生懸命やる、全力で何事も取り組むしかないと思った。プロである以上、結果は大事だ。同時に結果が全てではないとも思う。だから、20年間を振り返った時に誇れるのは数字や記録ではない。どんな時も一生懸命にやるという原点だけは忘れなかった。

     もう二度と戻れないと思ったカープで最高の時間を、それも4年間も過ごすことができた。復帰後最初の打席では罵声を覚悟した。なのに…。あの大歓声はいまも胸に残る。もうユニホームを脱いでもいいとさえ思った。それほど大切な宝物をもらった。ファンの方には感謝以外ない。本当にありがとうございました。(広島東洋カープ内野手)

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181104-00000073-spnannex-base

    <SMBC日本シリーズ2018:広島0-2ソフトバンク>◇第6戦◇3日◇マツダスタジアム


    ありがとう、新井さん-。広島新井貴浩内野手(41)が、20年間のプロ野球生活に幕を下ろした。日本シリーズはソフトバンクに1勝4敗1分けで敗退し、新井の現役最後の試合となった。8回、先頭打者の代打で登場し、本拠地の大歓声の中、遊ゴロ。34年ぶり日本一で花道を飾ることはできなかった。

       ◇   ◇   ◇

    新井コールが幾重にも連なった。8回、代打で2-2から武田の直球をフルスイングした。遊ゴロ。歯を食いしばって一塁へ疾走。全力プレーを貫いた。家族が見守る中、これが最後の打席となった。9回は守り慣れた一塁に入り、終戦を迎えた。ベンチで腕組みし、ソフトバンクの胴上げを見つめた。

    「最後まであきらめていなかった。もちろん悔しさもあるが、それ以上にみんなにありがとうという気持ちが強い」。敗戦直後はチームメート1人ずつと握手して感謝を伝えた。

    体力、技術の衰えは感じない。食欲もそう。よく同席する球団スタッフは変わらぬ食事量に驚く。動体視力の低下もないという。「よくベテランが真っすぐを捉えたと思って空振りとか言うでしょ。でも自分は去年、12球団で真っすぐをヒットにする確率が一番高かったんですよ」。今季は変化球で攻められ「それを狙い打った」。まだまだ現役でやれる。でも、惜しまれつつ、ユニホームを脱ぐ。「自分が決めたことだから」と後悔はしていない。

    金本前阪神監督とチームメートだった中堅時代、大目玉を食らった。チャンスで凡退し、悔しくてベンチにヘルメットを乱暴に置いた。試合後、尊敬する兄貴分から「あの行動は何や! 野球は1人でやるんとちゃう。チームの雰囲気が悪くなる」と殴られかけた。怒りを示すより先にやることがあると教えられた。それが今も生きている。チームは家族同然なんだと。

    今シリーズ第5戦は7回に代打で登場。そのまま指名打者に入ったが、延長10回は代打曽根を送られた。「自分が代わったことじゃなくて、海成、頑張れと思っていた。頼むぞと。代打でバントってすごくプレッシャーがかかる。すごいよね。一発で決めるんだから」。悔しさよりも、後輩を全力応援。その姿勢が実に新井らしい。

    「カープは家族のようなチーム。今みんなすごく結束している。引き継いでいって欲しい」。果たせなかった日本一は後輩に託す。記録にも記憶にも残る希代のスター。ありがとう、新井さん。感謝を込めた歓声は、いつまでも続いた。【大池和幸】

    ◆新井貴浩(あらい・たかひろ)1977年(昭52)1月30日、広島県生まれ。広島工-駒大を経て98年ドラフト6位で広島入団。05年に球団タイの6試合連続本塁打。07年オフにFAで阪神移籍。08年北京五輪では日本代表の4番を打った。同年12月から12年まで労組プロ野球選手会会長。

    14年オフ、阪神に自由契約を申し入れ広島復帰。通算2000安打を達成した16年に打率3割、101打点でリーグMVP。05年本塁打王、11年打点王。ベストナイン2度、ゴールデングラブ賞1度。実働20年の通算成績は2383試合、7934打数2203安打(打率2割7分8厘)、319本塁打、1303打点。189センチ、102キロ。右投げ右打ち。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181104-00381878-nksports-base

    ◆SMBC日本シリーズ2018第6戦 広島0―2ソフトバンク(3日・マツダスタジアム)

     広島はセ・リーグ3連覇の黄金期を築いたが、またも1984年以来の日本一に届かなかった。新井貴浩内野手(41)は有終の美を飾ることができず、20年のプロ生活に別れを告げた。客席で最後の雄姿を見届けた父の浩吉さん(68)が、スポーツ報知に手記を寄せた。

     最後は勝って終わってほしかった。でも20年間、本当によく頑張ってくれたと思います。

     広島が初優勝した1975年、旧市民球場まで日本シリーズを見に行きました。阪急の山口高志さんの真っすぐが本当に速くてね。ちょうどその時、女房のおなかの中にいたのが貴浩です。私もゴリゴリだし、貴浩も生まれながらのカープファン。親子としてこれ以上にない幸せです。

     いつも息子に温かい応援を頂いて感謝しかありません。ただ、一度だけカープファンを恨めしく思ったことがあります。

     貴浩が阪神に移籍した2008年の春。初めて市民球場に帰ってきた時、とんでもないブーイングを浴びました。汚いヤジが止まりません。「裏切り者!」「ツラ見せるな!」と罵声を浴びていました。

     三塁側席で一緒に見ていた嫁さんと娘はワンワン泣き出しました。こんなに悪いことしたのかな。まるで罪人扱いだなと。

     私も頭に来てね。家に帰って、女房に言いました。「あの応援団の旗を捨ててしまえ!」

     息子がFAの残留交渉の席で広島球団を通じて応援団から贈られたのが、特大の旗でした。ファンが息子へのメッセージを寄せ書きしてくれた大切な宝物です。

     あの時は本当に処分してしまえと思った。でも、女房はきちょうめんで律義なんです。私の気持ちも理解しつつ、8年間、大事に大事に自宅で保管してくれていました。

     ちょうど3年前、私設応援団から問い合わせがあって、返すことになりました。シリーズ中も右翼席に掲げられた25番の旗を見て、感激しました。「母ちゃん、ナイスホームラン!」って。息子も母親が大切に取っておいてくれたことに、感心しているんですよ。

     私はカープの選手になるのが夢で、広島の山陽高校に野球特待生として入学しました。でも家計が苦しい。働かざるを得なくなり、数か月で中退しました。その時から胸に秘めていました。「息子ができたら赤ヘル戦士になってほしい」と。

     子供に夢を託し、それをかなえてくれた。自分がプロ野球戦手になったように、実体験させてもらった。68歳になりましたが、周りのおじいちゃん連中にも「お前は幸せな男じゃのう!」と羨ましがられます。私にとっては、あっという間の20年でした。

     貴浩、本当にありがとう!今度、一緒にゴルフに行こうな。120も130も叩いたら恥ずかしいし、ちゃんと練習しておいてくれよ!

     ◆新井の応援旗 特大の背番号25に「ARAI」のローマ字が入った縦3メートル、横4メートルの旗。新井がFA権を行使し、阪神に移籍した07年オフ、残留を願う全国のファン約500人がメッセージを記し、球団を通じて交渉の席で贈られた。旗には「あなたには赤が似合う」「一緒に強いカープをつくろう」とつづられている。今年9月の引退表明後、私設応援団が旗の使用許可を申請。新井が打席に立つと、右翼席で振られるようになった。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181104-00000012-sph-base

     「広島」で「精神的支柱」と言えば、コイ党ならずとも新井貴浩内野手(41)を連想するだろう。スポニチで新井と精神的支柱が初めてセットになったのは、2006年11月29日にまでさかのぼる。新井は、まだ29歳。広島の選手会長に就任することが決定し、「黒田、前田の投打のキャンプテンとともに、バットだけでなく精神的支柱としてチームを支える」と書かれている。

     しかし、これ以降、精神的支柱と結びつけられるのは遠い先になる。翌オフにはFA権を行使して阪神に移籍。阪神時代には、中堅からベテランの域に差しかかっていたものの、そう表現されることはなかった。

     そして14年オフに広島に復帰。ともに古巣に移籍した黒田と赤ヘル一丸の象徴的存在となった。25年ぶりにリーグ優勝した16年に、新井を精神的支柱としたのは意外にも1度のみだったが、17年に7回、そして今年は15回(10月25日現在)と急増して定着。広島には復帰してからの4年間で、成績のみならず、存在感も含めて必要不可欠な存在に変わっていった。

     精神的支柱は和を重んじながら、赤ヘルをなれ合いのチームにはしなかった。元来、新井は自分の考えを押しつけたりはしない。技術論も後輩から聞かれればヒントを与えるスタンスを取る。それでも、昨年12月、大瀬良と会食した際には、はっきりと告げた。テンポも悪くて守りにくい――。今季、最多勝と勝率第1位の2冠を獲得した大瀬良が、「変わろうと思ったきっかけになった」と語る金言だった。「新井さんだからこそ言ってくれた言葉。直接聞けないと素直に入ってくることもない。あの言葉があったから今の成績が残せている」と言うのは本音だろう。

     投手と野手の壁をなくし、助っ人との障壁も取っ払った。バティスタらとは、積極的にコミュニケーションを取る。「俺はバティが活躍することがうれしいんだよ」と言った一言をドミニカンは忘れない。バティスタが練習で力んでいると見れば「パワーがあるから大丈夫だよ」と助言したその試合でホームランを放ち、喜びを分かち合った日もあった。さらに、故障で開幕は3軍でスタートした今季は、3軍にいた高卒新人の永井をいじって、新人との壁すら作らなかった。新井が「家族」と表現するチームは、間違いなく新井自身が築き上げた賜物(たまもの)だった。

     そんな家族団らんの生活も最大7試合となった。日本シリーズが終了した瞬間、現役生活に幕が下りる。それでも、「自分のことに感傷的になることは全然ない」とチームのためだけに戦うと決めている。新井さんと日本一になりたい――。引退表明後、ナインから何度も聞いた言葉に嘘偽りはない。最強家族の絆は、34年ぶりの日本一に向かってより強固になっている。(記者コラム・河合 洋介)

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181025-00000082-spnannex-base

     3連覇を達成し、CSファイナルSで巨人を下し、2年ぶり8度目の日本シリーズ出場を決めた広島に欠かせない選手がいる。入団6年目の上本崇司内野手だ。プロ入り後にスイッチヒッターに挑戦し、今春のキャンプでは外野手にもチャレンジ。代走、守備要員として、またムードメーカーとして今季のチームを支えてきた。



     直近で最も輝いたのは、巨人とのCSファイナルS・第2戦(18日、マツダスタジアム)だった。八回2死から松山が四球を選び代走に指名された。続く代打新井の5球目にスタートをきり、二盗を決めた。直後に新井の左翼線適時二塁打が飛び出し同点。なおも2死一、二塁から菊池の勝ち越し3ランが飛び出し日本シリーズ進出に王手をかけた。

     お立ち台にはど派手な活躍の新井、菊池が上がったが、八回2死から四球を選んだ松山、代走で二盗を決めた上本の存在なくして勝利は語れない。背番号0は「これが仕事。絶対走れというサインだった」と、歓喜に沸くグラウンドを背に胸を張った。

     上本を初めて取材したのは、プロ入り1年目の2013年だった。広陵時代の2年時には現在チームメートの野村らとともに夏の甲子園に出場し、準優勝メンバーとして活躍。明大でも1年春から持ち前の守備力でレギュラーとして出場した。高校、大学と野球の名門校で育ったドラフト3位は、打力不足で2軍で鍛錬を重ねていた。

     声をかけるとハキハキと受け応えし、好印象を受けた。同年のフレッシュオールスターに出場が決まり、カープから出場する選手の集合写真を頼むと、鈴木、高橋、戸田の後輩に「行くぞ」と声をかけ選手を集めてくれた。そのキャプテンシーに将来のカープにとって大事な選手になることを確信した。

     それがどうだろう。オフのファン感謝デーでは仮装をしてファンを笑わせる。マツダスタジアムで雨天のため試合が中止になればダイヤモンドを一周してホームにヘッドスライディング。今年の優勝決定試合でも最後にマイクを握ってファンに万歳を促していた。日本シリーズ出場が決まった19日の試合直後の勝利の儀式のジャンプでも一人グラウンドに尻もちをついていた。チーム内ではイジられキャラが定着している。明るい性格でムードメーカーと解釈すればいいのだろうが、どこかルーキーイヤーに感じたイメージと違っていた。

     しかし、上本の正体は、芯がしっかりして野球に対する姿勢も真剣そのもの。試合前、相手の練習を見る目は鋭かった。阪神にいる兄・博紀の話題を振ると「兄は兄ですから。僕は関係ない」とキッパリという。新人時代の13年に2軍で指揮を執っていた内田順三2軍監督(今季は巨人2軍打撃コーチ)は「野球勘といういのかな。われわれが教えることができないものをもっている」と言っていたのが思い出される。

     打撃力に課題は残るが、自慢の俊足と守りで今季は3連覇に貢献した。明るいムードメーカーとは対照的にプレーは堅実でいぶし銀の活躍を見せる。イジられキャラではあるものの、伝統校の高校、大学で培った“野球勘”は、CSファイナルS・第2戦の盗塁で証明した。二面性を持つ背番号0の今後に注目したい。(デイリースポーツ・岩本 隆)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181022-00000049-dal-base

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