広島カープブログ

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    日本ハムファイターズ

     広島は18日の日本ハムとのオープン戦(マツダ)を、「黒田博樹特別ユニホーム」を着用する特別試合にすると発表した。

     緒方監督、コーチ、選手が昨季限りで現役引退した黒田氏が入団した当時のユニホームをモチーフに、金の刺しゅうが施されたユニホームを着用する。左胸には「黒田博樹ワッペン」がつく。デザインは13日にお披露目される予定。試合前セレモニーでは、黒田氏による始球式、黒田氏のレリーフ除幕式、選手らへのチャンピオンズリング贈呈式が行われる。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170311-00000066-spnannex-base

     広島カープが25年ぶりにリーグ優勝を達成した。ファンの中には、今回の優勝を1975年の初優勝に重ねる向きが少なくない。あの時は球団創設26年目での悲願達成だった。

     41年前、不動のリードオフマンとしてチームを牽引したのが大下剛史である。地元出身の大下は74年のオフに、日本ハムからトレードで移籍してきた。

     アマチュアの名門・広島商、駒澤大で持前の俊足好打好守を磨き、“暴れん坊軍団”と呼ばれた東映では切り込み隊長として活躍した大下は、どのようにして広島を変えたのか。洗いざらい語ってもらった。




    物議を醸した「ワシのトレード」

     ―東映で1年目からレギュラーとして活躍し、日拓・日本ハムとチーム名を変えながらもスタメンを張っていた大下さんが74年オフ、トレードで広島に移籍してきたことは驚きでした。何が原因だったのでしょう。

     大下 結局は水原茂と三原脩の確執ですよ。僕は水原のオヤジさんに世話になっていたので、73年に球団社長に就任した三原さんにすれば水原色を消したいという狙いがあったんじゃないかな。

     おもしろい話があってね、ワシが広島からトレードを打診された直後に(東映時代からの先輩の)張本勲さんから電話が入ったんです。「剛史、このトレードはすぐに断れ。行くんやない!」と。そんなこと言われても、こちらはどうすることもできない。

     ワシの次は大杉勝男さん、そして張本さんと相次いで、主力がトレードでチームを去っていった。時間をかけて三原さんは水原色を一掃したんです。

     ―74年オフに広島の打撃コーチから監督に昇格したジョー・ルーツが大下さんのプレーを買っていたという話を聞いたことがあります。

     大下 それはワシも後で知ったんだけど、74年のカープとのオープン戦で、ワシがコーチの制止を振り切って走ったシーンがあったらしい。それを見ていたルーツが、監督になる条件のひとつとして「オオシタを獲ってくれ」と球団に頼んだというんです。「オオシタのプレースタイルはオレのやる野球にマッチしている」とね。

     ―トレードではレギュラークラスの渋谷通、上垣内誠との二対一でした。大下さんへの期待の大きさがわかります。

     大下 これも後で聞いたんじゃけど、球団代表の重松良典さんは契約書にハンコを押す時、手の震えが止まらんかったらしいよ。球団にすれば、ひとつの賭けだったんでしょう。


    引用元 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170212-00050787-gendaibiz-bus_all

     広島・野村が2日、広陵で1学年上だった吉川の日本ハムから巨人への移籍を“歓迎”し、投げ合いに意欲を示した。「1つ上の先輩でかわいがってもらいました。日本シリーズではできなかったですが、球場で一緒になることがあったら、いつもあいさつに行っています。対戦することがあれば、うれしいですし、負けないようにしたい」。選出されている侍ジャパンの強化試合へ向けて調整したマツダスタジアムで電撃トレードの一報を伝え聞いて反応した。

     高校時代はエースナンバー「1」を引き継いだ間柄でも、2年連続リーグ制覇のためには先輩だからといって遠慮はしていられない。黒田の現役引退もあり、先発陣の軸として強い自覚をにじませた。

     リーグが違ったこともあって投げ合った経験はない。吉川が自己最多14勝でパ・リーグMVPを獲得した12年は明大からドラフト1位で入団して1年目。9勝11敗で負け越しながら防御率1・98の好成績で新人王を獲得した。来季からは同一リーグで競い合うことになり、さらなる刺激を受けることは必至だ。(柳澤 元紀)

    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161103-00000075-spnannex-base

    ◆SMBC日本シリーズ2016 ▽第6戦 広島4―10日本ハム(29日・マツダスタジアム)

     「SMBC日本シリーズ2016」第6戦が行われ、日本ハムが広島を下し、10年ぶり3度目(東映時代を含む)の日本一となった。4―4で迎えた8回2死満塁、中田の押し出し四球で勝ち越し。レアードの満塁弾も飛び出し一挙6得点で突き放した。2連敗から一気の4連勝で頂点に立った。今シリーズで1本塁打、5打点を挙げた中田が、スポーツ報知に独占手記を寄せ、初めて味わう日本一の喜びを爆発させた。

     リーグ優勝に続いて、なんとか日本一に立つことができました。第1、2戦とパンパンとやられたけど、札幌に戻ってからウチらしい戦いができた。正直、連敗した時点で日本一は無理だと。シリーズ前に黒田さんは現役引退って言うし、チームは押せ押せ。しかも、広島の街はカープの熱気でホンマすごかった。

     これが人生初の日本一。日本一は縁がないと思っていた。大阪桐蔭の甲子園の時も1年夏は田中さん(現ヤンキース)のいた駒大苫小牧、2年夏は早実、3年春は常葉学園菊川…。ウチが負けているチームが全部優勝。中学時代も県選抜チームに選ばれたことはあったけど、チーム自体は9人が集まらない時もある弱小チーム。日本ハムではリーグ優勝を2回経験させてもらって、また1つ階段を上らせてもらいました。

     争った相手が小さい時から見ていた地元のチームというのも、個人的には縁を感じる。あの赤いユニホームには親近感がわく。しかも緒方監督は特別な存在。実は小学校の時に監督の家に行ったことがあるんだ。当時の家のすぐ近くの高層マンションが緒方監督の自宅。「サインをもらおう」と思ってインターホンを鳴らしたら「上まで上がってこい」と玄関先まで上げてくれて。そこでサインを書いてくれた。

     当時は大きいな、という印象。オーラもあった。あまり球場で試合を見たことはないけど、緒方監督は走攻守3拍子そろった、かっこいい選手。サインはすぐに家に飾ったし、今も実家にしっかり置いてある。いつか緒方監督みたいにプロで活躍する、と純粋に思った。少しは恩返しができたかな。

     とにかく大谷翔平はすごかった。すぐにメジャー行っちゃうだろうけど、野球人生の中で翔平のようなスゴイ選手と一緒にできて幸せだよ。CS突破を決めたソフトバンクとの第5戦(10月16日)。165キロを出した時は笑うしかなかった。どこまで、すごくなっちゃうんだって。右翼の近藤は両手を広げて「はぁ?」と驚いた顔しているし。だって「165キロって何?」ってレベルでしょ。しかも、ここで完成形という選手もいるけど、もっともっと成長できると感じさせる。オレは米国にウォシュレットがないのが合わなかったけど、翔平ぐらいのレベルの選手がメジャーへ行くと思っている。

     野球やってなかったら…。プロレスラー、ラグビーか。コンビニでアルバイトしていたかもな。野球がなかったら、本当にダメ人間だった。体だけが無駄にでかくて。頭が少々良かったら、仕事の幅も広がるやん。頭悪いから無理。いずれにしても体を使う仕事しかないだろうな。

     大阪桐蔭へ進学するまで毎日、家の近くの鶴見公園(広島市中区)で夕方から21時頃まで練習。雨が降ろうが関係なく。遊びたい盛りの中学校の時は野球に集中できない時期もあった。学校からのオカンの呼び出しはいつものこと。何をもって「やんちゃ」と言うか分からんし、あとは想像に任せるけど、親には迷惑をかけてばかりだった。でも、オレには野球しかないと思った。よくプロ野球選手がけがで野球できない時期に野球がしたくなるって言うじゃん? あれと一緒。しんどいし疲れるけど、ちょっと野球から離れると無性にやりたくなるんだよね。

     リーグVの時に見せた涙。あの涙は「よっしゃ! 見返してやったぞ!」という思いが強かったから。開幕前はウチを評価しない人たちがいっぱいいた。「このチームは若い選手ばかりで、お前が引っ張らないと無理」とか。その意図は分かるけど、経験ない選手ばかりで、これだけチームがまとまって強くなったんだ。野球は独りじゃできない。とにかく長く感じたソフトバンクとのCS、あっという間に感じた日本シリーズ。今は分からないけど、これも何かの財産になると思う。今日は朝まで飲みたい。(日本ハム内野手)


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161030-00000063-sph-base

    ◆SMBC日本シリーズ2016 ▽第6戦 広島4―10日本ハム(29日・マツダスタジアム)

     広島・緒方孝市監督(47)は2連勝からの4連敗で日本一を逃し、自身を責めた。「敗れたのは監督である私の責任。力足らずで申し訳ない」と開口一番にざんげした。

     同点の8回にジャクソンが中田に押し出し四球を与えた後も続投させ、一挙6点のビッグイニングとされた。「自分の判断ミス。交代のタイミングを間違えた。日本一を勝ち取って(黒田に)花道を作って送り出してあげたかったけど、申し訳ない」とひたすら悔いていた。

     広島ホームテレビは26日、25日に中継したSMBC日本シリーズ第3戦・日本ハム-広島戦(札幌ドーム)の広島地区での平均視聴率が59・6%だったと発表した。これは同局歴代1位で、広島地区歴代2位となる。瞬間最高視聴率は報道ステーション枠内の21時55分で74・1%だった。


     またゴールデンタイム(19時から22時)の平均視聴率は62・4%、プライムタイム(19時から23時)の平均視聴率は58・9%でいずれも在広歴代1位の数字をたたきだした。

    (数字はビデオリサーチ調べ、広島地区の数字は1989年以降)


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161026-00000043-dal-base

     ◇SMBC日本シリーズ第4戦 広島―日本ハム(2016年10月26日 札幌D)

     広島・岡田が26日の第4戦に先発する。

     チームの新人投手がシリーズで先発するのは86年長冨以来2人目で「(1年前は)想像できなかった」と驚きつつ、「自分の投球ができるようにしたい」と力を込めた。1年目の今季は4勝3敗、防御率3・02。札幌ドームのマウンドは傾斜がやや強く硬めで「得意だと思う」と話しており、快投に期待が懸かる。


    引用元 headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161026-00000011-tospoweb-base

    <SMBC日本シリーズ2016:日本ハム4-3広島>◇第3戦◇25日◇札幌ドーム

     安部友裕内野手(27)が9回2死三塁から同点打を放った。

     9回の先頭鈴木が三塁打を放って無死三塁。しかしエルドレッドと松山が倒れて2死三塁となった。安部は初球の直球に振りまけることなく引っ張った。「人生1回、一度きり。覇気で打つだけです」と意気込んでいたタナキクマル世代の27歳が鮮やかな一打を放った。

     広報を通じて「打ったのはストレート。初球から積極的にいきました。覇気でつぶしました」とコメントした。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161025-01729287-nksports-base

    ◆SMBC日本シリーズ2016 ▽第3戦 日本ハム4x―3広島=延長10回(25日・札幌ドーム)

     広島・黒田博樹投手(41)が、6回途中に緊急降板。日本シリーズ初勝利は飾れなかった。

     6回1死の場面、この試合で2本の二塁打を許していた日本ハム・大谷を左飛に打ち取り2死としたところで、両ふくらはぎがつった。ベンチ裏でテーピングを施し、一度はマウンドへ戻って投球練習を行ったが、今度は両太もも裏に張りを感じたため、5回2/3を4安打1失点でヘーゲンズとの交代を余儀なくされた。「こういう試合で、自分のあれ(わがまま)で迷惑をかけるわけにはいかない」と、レジェンド右腕は試合後に話した。

     チームはサヨナラ負けを喫したが、黒田らしい投球を“魅せた”。初回1死二、三塁から中田の遊ゴロの間に先制点を許したが、逆転してもらった2回裏以降はカットボールとツーシームを内外に投げ分けた。4回無死二塁、5回1死二塁のピンチでも後続を断ち、リードを守った。

     日本シリーズが第7戦(30日・マツダスタジアム)までもつれるようなら、登板の可能性も残る。「状態次第ですが、次の登板の可能性があれば準備していくだけ」と黒田。最後までチームのために力を振り絞る覚悟を示した。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161025-00000240-sph-base

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