広島カープブログ

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    木村昇吾

     日本野球機構(NPB)は8日、17年シーズンに戦力外となった選手と引退した選手(日本人のみ)、合計126人の追跡調査結果を発表した。126人の平均年齢は29・4歳、平均在籍年数は8・1年。


     NPB球団、社会人野球、評論家など野球関係の職業に就いた人は70%にあたる88人。調査開始から過去11年の平均は71%で、例年通りの傾向となった。コーチや球団職員を含めてNPB球団へ進んだ人は62人で全体の49%。

     独立リーグや社会人野球、外国のプロ野球に進んだ人は24人で19%。軟式野球の相双リテックに進んだ前ロッテの脇本直人外野手、米独立リーグのゲーリーと契約した前DeNAの久保康友投手、オランダリーグに進んだ前ヤクルトの中島彰吾投手が含まれる。

     野球関係以外の道に進んだ人は38人で全体の30%。就職は18人、起業は2人。前広島の江草仁貴氏はデイサービス施設を立ち上げ、前DeNAの小杉陽太氏はイベント企画などを行う会社を起業した。前西武の木村昇吾氏はクリケット選手に転身している。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180508-00202491-nksports-base

     人気野球漫画「グラゼニ」に登場している本紙・セキネ記者が「元グラゼニ女子」で「ミス東スポ2017」の日里麻美とともに“野球人”を取材する月イチ企画も今回が最終回。最後を飾るのは広島時代は名バイプレーヤーとして知られ現在はクリケットに転身、先頃、日本代表に初選出されたことでも注目を集めている木村昇吾さん(37)。広島時代の秘話を語るとともに、松坂世代の一人としての思いを激白する。

     セキネ:いよいよプロ野球が開幕。リーグ連覇している広島を各チームが追う展開となりそうですが、古巣の戦いぶりをどう見ますか?

     木村:ケガ人なども多少出ているようですが、普通にやれば、今年も勝つと思いますよ。2016、17年と連覇しましたが、本当は僕が最後にいた年(15年)も優勝すると思ったんですよ。それぐらい力をつけていた。和というか、個の力が揃い始めたところに、エースのマエケン(前田健太投手=ドジャース)が抜けて、みんなで“やらなあかん”というところがプラスされたんだろうなと思っています。

     日里:エース離脱の危機感から力が結集されたんですね。

     木村:小窪とか赤松だったり、いろいろな選手に後で聞くと、16年はキャンプ時から「お前、何やってんねん!」みたいな形で互いに叱咤激励しながらやっていたらしいんです。だからキャンプから「これ、いける!」と。負ける気がしなかったと言ってましたね。

     セキネ:その優勝の前年(15年)オフに木村さんはFA宣言しました。決断に至った理由は?

     木村:当時の自分はどこでもこなせるバイプレーヤーということでいわば、ジョーカーですよね。どんなカードとしても切れる、でも裏を返せば、切れるからこそ、最後まで(ベンチに)取っておかざるを得ない状態にまでなっていた。つまり、出ようと出まいと評価が変わらないんですよ。安定しちゃったところが悩みでした。

     セキネ:モチベーションの維持の問題?

     木村:あくまでレギュラーでやりたかったのにそうなるとこの位置に満足しているというか…。「何してんの、自分?」となってしまったんですよ。これは環境を変えなあかんとなって。

     日里:ただ獲得に名乗りを上げる球団はなく、最後は西武にテスト入団でした。

     木村:ネットでは「セルフ戦力外」とか「身の程知らず」とか書かれましたね(笑い)。経緯はいろいろあったんですが、西武さんが手を挙げてくれて、ありがたかったです。

     セキネ:今年は中日に入団した松坂選手を筆頭に、村田選手(ルートインBCリーグ・栃木)など、再び“松坂世代”の生き方に注目が集まっています。
     木村 僕は松坂世代といっても本当に端くれなんで応援なんておこがましいんですが、(松坂)大輔にしろ、(村田)修一にしろ、いい方向に向かっていってほしいと思っています。みんな必死に頑張っていますしね。でもその死に物狂いにやっている中で、勝ち負けがついて淘汰されていくという世界ですから。ただ現役時代はドラフト1位、大嫌いでした。

     日里:そうなんですか!?

     木村:ドラ1の彼らを倒して名を上げたいとは常に考えていましたね。バッターボックスも一緒、投げているボールの大きさが変わるわけではない。でもベンチで見ていると「何でそんなことができるんだろう」とすごい距離がある。輝いているスターはやはり違うんですよ。結局はそういった彼らに負けたくないという気持ちがあったから、プロ野球の世界でも頑張れたという面はありました。

     日里:最後に現在、取り組んでいるクリケットについても聞かせてください。ある意味安定していたプロ野球の世界と違い、一からの挑戦ということでぶっちゃけお金の心配は? というか、生活できないんじゃないんですか?

     セキネ:まったくあんたは最後の最後まで、質問が直球すぎるわよ(怒り)。

     木村:まあまあ、お金の問題に関しては言いだしたらキリがないですからね。クリケットのトッププレーヤーの中には成功したらインド、豪州、英国などのリーグを転戦し、30億円稼ぐ選手もいます。長年野球を続けてきて、次に同じだけの情熱を注げるスポーツに出会えたことを今は幸せに感じています。応援、よろしくお願いします!

    【グラゼニとは】講談社「週刊モーニング」で連載中の、中継ぎ左腕・凡田夏之介を主人公とした異色の野球漫画。球界では有名な「グラウンドには銭が落ちている」の言葉を体現すべく、がむしゃらに道を突き進んでいく凡田の姿とともに「カネ」を巡る野球界の赤裸々な裏事情も描かれ、人気を博す。原作・森高夕次、漫画・アダチケイジ。「グラゼニ」全17巻と「グラゼニ~東京ドーム編~」14巻までのシリーズ累計で300万部を突破。4月から「BSスカパー!」でアニメが放送開始。

    ☆プロフィル=きむら・しょうご 1980年4月16日生まれ。大阪府出身。尽誠学園高、愛知学院大を経て、2002年ドラフト11巡目で横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)に入団。08年に広島へ移籍後は内外野を守れる貴重なバイプレーヤーとして存在感を発揮した。16年から西武に所属し、昨年10月に戦力外通告。日本の元プロ野球選手が初めてクリケットに挑戦(本紙既報)することでも注目を集めている。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180330-00000005-tospoweb-base

     リーグ3連覇を目指す広島は2月27日、沖縄キャンプを打ち上げた。

     終盤の実戦でケガ人が相次ぎ、丸は右肩の違和感、鈴木は骨折した右足がまだ万全ではない。緒方監督はキャンプ総括で不安要素も口にしたが、それでも高橋昂や藤井皓、坂倉や高橋大など、続々と期待の若手が頭角を現し、広島はより一層、レベルアップした印象を受けた。

     とりわけ筆者の目に強く残ったのが、昨秋から本格的に外野守備に挑戦中の上本。レギュラー獲りへまい進する野手とは少し違ったアプローチで、一軍生き残りへ躍起になっていた。

     沖縄キャンプの初日に行われた紅白戦(5回制)では、両チームの一番下に、それぞれ上本の名が記されていた。これは胃腸炎を患った野間の一時離脱の影響によるものだったが、上本はこの試合、表裏関係なく全イニング外野守備に就き、左翼では頭上を襲う打球を軽快にランニングキャッチし、中堅では安打性のライナーをダイビングキャッチ。改めて身体能力の高さを示したと同時に、野間が居ぬ間に“外野・上本”のアピールに成功した。

     紅白戦では最後まで打席に立つことはなく「しょうがない。そういう選手なんで」と話した上本。それでも、その後の対外試合では途中出場で鋭い当たりを連発するなど、しっかりと打撃面でも成長した姿を見せた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180228-00145364-baseballk-base

     4月中旬の西武第2球場。育成選手で背番号「121」をつけた西武・木村昇は、観客もまばらなイースタン・リーグの試合で三塁を守っていた。37歳のベテランは「右膝前十字じん帯断絶」から約10カ月ぶりに実戦復帰。状態は万全に程遠いが、表情に焦りはなかった。「自分のイメージ通りに体が反応できないときがある。試合に出ていなかったから体もバリバリに張る。未経験なことなのでプラスにできるようにしたい」。

     移籍1年目の昨年6月22日。背番号「0」で新天地への恩返しを誓ったが、悲劇に襲われた。守備練習中に右足で三塁を踏んだ際、足が「逆くの字」に大きく曲がった。大きな痛みもなくそのまま練習に戻ろうとしたが、トレーナーに止められて都内の病院へ。検査の結果、じん帯断絶が判明した。「あまりにもひどくて笑っちゃいましたよ」。ショックがないはずがない。翌日から3日間、自宅のリビングで何もせず、放心状態だった。

     心が折れてもおかしくない。右膝をさすりながらその時を振り返る。「この膝は赤ちゃんなんです。できないことを考えたらきりがない。できることを考えて少しずつ前に進もうと」。2本必要だった松葉杖は1週間後に1本に。1カ月後に歩けるようになった。膝の曲げられる角度が60度、90度、120度と徐々に深くなった。歩く速度が少し上がった。走れるようになった。完治まで気の遠くなるようなリハビリ。ハードルを乗り越えるたびに、右膝を励まして労った。

     「昇吾、心が体を動かすんだ」。10年前の横浜(現DeNA)在籍時。谷川哲也2軍ストレングス&コンディショニングチーフコーチ(現西武チーフメディカルコーディネーター)に掛けられた言葉が、「感銘を受けた。宝物にしている」と今も心の支えだ。広島からFA宣言した15年オフ。移籍先がなかなか決まらず、翌16年の春季キャンプ中に西武への入団が決まった。年俸は4100万円から2000万円にダウンしたが、「自分で決断したことだから。昨年の広島のリーグ優勝も見ていました。みんな凄いなあって。刺激になります」と後悔はない。

     野球人生で味わう初めての大けがも、辛いことばかりではないという。リハビリ中は家で過ごす時間が必然に増える。「お父さんとの距離が近づいた気がする」と3人の子供たちに打ち明けられて心が温かくなった。過去に膝前十字じん帯の故障を乗り越えた中村、牧田、炭谷も相談に乗ってくれた。「サンちゃん(中村)に“昇吾さん、焦っちゃダメだよ。大丈夫だから”って言われて。3人ともバリバリの主力で活躍している。(気持ちを)共有できるのが心強い」と感謝を口にする。

     昨オフに育成選手で再契約を結んだ。支配下昇格の期限は7月末。「そこに意識がないと言ったらうそになる」と前置きした上で続けた。「みんなに笑われるかもしれないけど、僕の野球人生はこれからがピークだと信じている。40、50歳になっても野球をやりたいから」。プロ15年目。まだまだ道半ばだ。(記者コラム・平尾 類)


    引用元 http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/04/27/kiji/20170427s00001173018000c.html

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