広島カープブログ

広島カープファンが作る、広島カープのまとめブログです!

    松田元

     ◇球団トップに聞く!広島・鈴木清明球団本部長(上)

     昨季25年ぶりのリーグ優勝に沸いた広島。その立役者となった黒田、新井の復帰に尽力したのが鈴木清明球団本部長(62)だ。12球団による実行委員会メンバーとしても最古参の15年目。歓喜の舞台裏、黒田引退後のビジョン、球界が抱える懸案などについて、率直な思いを語った。

     黒田博樹と新井貴浩。14年オフに古巣へ戻ってきた2人の存在と活躍を抜きにして、悲願だった昨季の25年ぶりリーグ優勝は語れない。前者は引退の花道を飾り、後者はセ・リーグ最優秀選手(MVP)を受賞。その復帰に尽力した鈴木本部長は、彼らの影響力を「想定外」としながら感慨に浸った。

     「ここまでうまくいくとは思わなかった。ベテランがあれだけ練習し、歩み寄るから、若い選手も彼らに近寄り、付いて行く。2人の仲がいいから全体が一つになり、いいチームになったよね」

     77年、東洋工業(マツダ)に入社。松田元(はじめ)オーナーも当時は同じ部署に勤務し、遊び仲間だったという。その縁で83年に広島東洋カープへ。故松田耕平前オーナーの方針で、グッズ販売などの拠点施設・カルピオ(カープベースボールギャラリー)を新規に立ち上げ、初代店長を務めた。

     並行して、入団間もない緒方監督らを引率し、米国での野球留学に2年間付き添ったことも。帰国すると、開校目前のカープアカデミーで工事の遅延が判明。ドミニカ共和国へ急きょ飛び「芝生を植えたり、現場監督のようなこともやった」と笑う。90年秋のことだ。

     「何でこんなことを…と思うこともあった。でも、不思議なもんよね。こうなれば、当時の経験はよかった…と思う」

     リーグ優勝の陰の立役者だ。ヤンキースからFAとなっていた黒田、阪神を自由契約となった新井との交渉役。とりわけ、黒田には10年オフからラブコールを送り続け、与えられた権限の中で最大限の誠意を示してきた。彼らの存在は若いチームを活性化させ、ファンの共感も呼んだ。そこに球団の努力やチームの快進撃も重なり、昨季主催試合の入場者数は過去最高の215万7331人を記録。フロント冥利(みょうり)に尽きる結果ではないか。

     「そこまではないよ。30代のレギュラーがどうしても欲しかったけど、俺が仕組んで道をつくったわけじゃないし、説得したわけでもない。あくまで接点。2人が帰るちょうどいいタイミングだったということ」

     セ界の頂点へと押し上げたベテランと若さの融合。鈴木球団本部長は笑って首を横に振るが、繁栄への道筋をつけたのは間違いない。 (江尾 卓也)

     ◆鈴木 清明(すずき・きよあき)1954年(昭29)3月6日、広島県呉市生まれの62歳。修道高から慶大に進み、77年東洋工業(マツダ)に入社。83年に広島東洋カープに転職し、商品販売部長、球団部長などを歴任。取締役球団副本部長となった03年から12球団の実行委員会に参加し、球界再編など諸問題の解決に当たる。05年から常務取締役球団本部長。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170110-00000070-spnannex-base

     開幕ダッシュじゃ! 広島は5日、広島市内の球団事務所で仕事始めを迎えた。1979、80年以来のリーグ連覇、そして33年ぶりの日本一に向け、松田元オーナー(65)は「4月に貯金を3から5は作って欲しいんじゃ」とノルマを設定。大型補強を敢行した巨人については、ソフトバンクからFA移籍した変則左腕、森福允彦投手(30)を名指しで警戒した。

     総帥の頭の中には早くも、しっかりと青写真が描かれていた。球団37年ぶりのリーグ連覇への挑戦。仕事始めを迎えた松田オーナーが、明確な数字のノルマを示した。

     「早いうちに、貯金を作って欲しいな。4月に貯金3から5ぐらいは、作って欲しいんじゃ。そうしたら、その後が楽になると思う」

     25年ぶりに優勝した昨季も16勝12敗、貯金4の2位(1位巨人と0・5差)で4月を終了。好スタートを切ると、交流戦終盤からの11連勝で一気に混戦を抜け出し、独走態勢を築いた。

     理想は「貯金5」。大型補強した宿敵巨人に対抗するには、まずは開幕ダッシュが不可欠だ。なにしろ今季のGは、ソフトバンクから森福、DeNAから山口俊、日本ハムから陽岱鋼と3選手をFA獲得。元楽天のマギー(前タイガース)に164キロ右腕カミネロ(前マリナーズ)…とオフの話題を独占している。

     3月31日の開幕戦(マツダ)で激突する金本阪神や、昨季3位と躍進したDeNAなどライバル5球団が打倒鯉で臨んでくるが、やはり怖いのは巨人。「山口(俊)が巨人で活躍できるかはわからない。それよりもソフトバンクから入って来た森福の方が嫌じゃな」。1番・田中、3番・丸ら左打者がキーポジションに座っているだけに、“左キラー”の異名をとる変則左腕には、特に警戒心をあらわにした。

     もちろん今季もカープは“我が道”を行く。

     「(今年は)びっくりするぐらい選手個々の力が伸びたけど、日本シリーズに勝つためには、もうひと伸びして欲しい。また一段、二段とステージに上がって欲しい」

     今オフは大黒柱の黒田が引退し、ルナも退団。従来通り、チーム力の底上げで、連覇、そして1984年以来33年ぶりの日本一へ挑む。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170106-00000019-sanspo-base

     広島の松田元オーナー(65)がデイリースポーツ単独インタビューに応じ、25年ぶりのリーグ優勝でファンへの感謝と、連覇に挑む来季への展望を語った。カープの総帥が描く理想のチーム像とは…。33年ぶり日本一へのキーマンとは…。カープ愛に満ちた言葉をたっぷり語り尽くした。

      ◇  ◇

     -25年ぶりのリーグ優勝に沸いた1年だった。

     「肩の荷が下りた1年。ある意味では逆に苦しい1年でもあった。勝つチャンスがあっただけに“逃したら…”という気持ちもあって苦しかった。達成して肩の荷が下りたという思いが強いな」

     -終わってみれば17・5ゲーム差の独走。

     「それは全く関係ない。最後の最後まで安心はできなかった。とにかく1日でも早く、と。何が起こるか分からんわけだから」

     -41年ぶりの優勝パレードも実現。オーナーは初めて参加した。

     「本当のことを言えば、ああいった場所に出るのは苦手だが。喜んでいる方々の顔を見るのが一番うれしかった。遺影を掲げながら泣く人や、車いすの人たちも前の方におっちゃった。非常に感慨深いものがあった」

     -引退した黒田選手の15番を永久欠番に。

     「世の中の価値はお金の多寡が、全ての判断基準になっている。それは当然で仕方ないが、彼が帰ってきてくれたことでそれは違うんだというものを身をもって示してくれた。それを歴史の中に残しておかないといけない。10年、20年たった時にこの話が、人々の記録に残らないのではないか。だからこそ永久欠番にすることで、残しておいたほうがいいのではと思った」

     -将来的に再びユニホームを着る存在だ。

     「また、男気を出してもらわないといけないかもしれない。現時点ではなんとも言えないが、現場との関わりをずっと持ち続けてくれたら、それはありがたい話だと思う」

     -チームとしてのオーナーの理想像とは。

     「(昭和)54年、55年のチームは強かった。江夏さんがおっちゃって、パターンを確立させた。1人でチームを一変させたように思う。自分の感覚で言えば59年とか、61年が本当に強いチームだと思っている。ウチらしいというか、負けているのに粘って追い付いて、追い越してしまう強さ。あの強さがほしい。(61年は)日本一にはなれなかったが、我々としては相手がものすごく嫌なチームで、今後目指したいところだ」

     -来年に目を向けると、日本シリーズで敗退した悔しさが残る。

     「日本一というのを、みんなに見てもらいたい気持ちはあった。選手は立派だったと思う。ただ、申し訳ないと思っているのは外国人選手の補強。野手が十二分に行われていない。新人はある程度、補強できたが」

     -巨人、阪神など他球団が補強を進めた。

     「阪神は糸井を獲ったが、着々とチームを切り替えようとしている。巨人パターンの同じ繰り返しをするのではなく、一生懸命選手を作っていこうとする強い姿勢、思想を感じる。来年どうかと言えば分からないが、何年かすれば手を付けられないチームになる可能性を秘めているように思う。巨人は来年1年をみたら怖い」

     -これまでキーマンに掲げた選手が、翌年に活躍してきたが。

     「来年は堂林に期待する。本人も相当な覚悟でいるようだ。意を決して変わろうとしている。きっかけはどうしても必要だ。それはなんでもいいから、伸びていってほしい。投手は福井。これから3年はエースとして、もしくはエース格として頑張ってもらわないといけない」

     -着々と常勝への道を歩んでいるようだ。

     「いや、それはまだ甘い。勝つのが当たり前、見下せるだけの力を持っているわけではない。だからこそ、もう一段上に成長してほしい。Aクラスであり続けるための(他球団との)何か差を確立してほしい。そのために努力することはたくさんある」


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161231-00000035-dal-base

     仕事納めを迎え、広島の松田オーナーは「ものすごい1年だった。一つの区切りがつき、肩の荷が降りた」と、25年ぶりのリーグ優勝を果たした今季を総括した。

     連覇を狙う来季に向けては「チャンピオンとして恥ずかしくない戦いを続けることが重要」と強調。キーマンには福井、堂林を指名し、前者には「コンスタントに10勝」、後者には「長打と勝負強さ」を期待した。約1億円を投じた球場トイレの改修にも言及。「照明を明るくし、ラジオの野球中継が流れるようにする。快適性を少しでも高めたい」と語った。

    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161229-00000018-spnannex-base

     ◇黒田引退会見

     広島の松田元(はじめ)オーナーは「優勝という形で送り出せるのは、私たちも光栄。彼がいなかったら優勝はなかったと思うし、2人(黒田と新井)の影響を持って優勝できたと思う」と語った。

     指導者としての将来的な現場復帰についても言及。「本人がその気になるかどうか。また、男気を発揮してもらわないとな」と笑顔で話した。

     ◇プロ野球ドラフト会議

     【広島2位 高橋昂也 投手 花咲徳栄】3人が1位に名を連ねた「高校ビッグ4」。最後の一人、高橋昂はウエーバー順で2位指名の最後に名前を呼ばれた。「優勝チームから指名されて光栄」と喜び、「自分は自分。他の(3人の)選手に劣らないように精いっぱいやりたい」と負けん気ものぞかせた。

     昨冬に花咲徳栄の岩井隆監督に勧められ、広島で先発、抑えとして活躍した大野豊氏(本紙評論家)のフォームを参考に体重移動の仕方を修正した。この効果で145キロだった最速が152キロまでアップ。今夏埼玉大会で37イニング無失点と驚異の数字を残してチームを甲子園出場に導いた。「1軍で活躍できるように」と意欲十分で、広島の松田元(はじめ)オーナーも「即戦力に近い。2位はおいしい」と期待した。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161021-00000035-spnannex-base

     ◇セ・リーグ 広島6―4巨人(2016年9月10日 東京D)

     広島・松田元(はじめ)オーナー(65)が25年ぶりリーグ優勝に込めた思いをスポニチ本紙に明かした。地域やファンの思いが詰まった球団創設からの歴史を踏まえ、恩返しがかなったことを喜んだ。

     ―リーグ優勝を待ち焦がれていたのでは?

     「ワシ自身が待ち焦がれていたと言うよりも、皆さんのために達成しないといけない。そういう気持ちが強かったね。カープには、地域やファンの思いが詰まって出来た経緯があり、皆さんにずっと支えられてきた球団じゃから、恩返しをしなければいけない…と。立派な球場ができ上がり、ファンの人が増えた。数選手も一生懸命に頑張った。そういう状況の中で、パズルに例えて言うと、どうしても必要なラストピースが優勝じゃったんよ。ようやくハメ込むことができ、ようやく恩返しすることができた」

     ―02年に亡くなられた先代の松田耕平オーナーも、心待ちにされていたと思います。

     「先日、父が1975年の初優勝の時に受けたインタビューの映像を見たんじゃが、同じことを言うとったよ。“ようやく、恩返しができた”と。創設からの25年間、父も球団の生い立ちや位置づけを分かっとるから。ツラーい時期があって、同じ言葉が真っ先に頭をよぎったんじゃないかな。たくさんの人たちに支えられ、恩を受けながら、なかなか返せなかったけんね」

     ―優勝の要因は多々あると思います。

     「一番はファンの人の後押し。これがやっぱり大きいと思う。本当にありがたいよね」

     ―グラウンドレベルではどうでしょう。

     「黒田と新井。ベテラン2人がチームを引っ張ってくれたことが大きいじゃろうね。シーズン通して1~3番を固定して戦えたし、鈴木誠也も成長した。選手会長の小窪も大きいと思う。表に出ないところで動いてくれとるはずなんじゃ」

     ―緒方政権は2年目。変化はありましたか?

     「子どものころ(18歳で入団)からよく知っとるけど、彼は一本気な性格なんじゃ。変化球は投げられんのよ。確かに、1年目はいろんなことがあった。監督として、変わらなきゃいけんという部分は当然、考えとったと思うよ」

     ―09年の新球場完成も要因の一つですね。

     「大きいと思う。黒田にしろ、新井にしろ、旧市民球場だったら、果たして戻って来てくれたかどうか。施設が老朽化しとった旧市民球場の時のように、相手球団に頭を下げて、肩身の狭い思いをしながら野球することは、今はもうない。広島の人たちをはじめ、皆が誇りに思える球場でプレーできることは、選手にとっては大きいと思う」

     ―1リーグ制が取り沙汰された04年の球界再編騒動。近鉄とオリックスの合併賛否が議論されたオーナー会議では唯一投票を棄権し、“カープは公共財。地域に健全な形で残すのが使命”と演説されました。

     「その思いは今も変わらんよ。当時が(経営的に)一番苦しかった。健全に…という意味は赤字にせんこと。絶対に、赤字にはするまいと思うとった。創設からずっと借金に苦しみ続け、(初優勝した)75年にようやく返済した。それ以降は黒字なんじゃけど、あの苦しい時期も、どうにか、やりくりして、黒字をキープしたい。努力せんにゃいけんと思いよった」

     ―放映権料が下がった。

     「当時で約30億円。それで選手の人件費を賄えればいいな…という感覚でおったんじゃけど、あれ以降は、どんどん巨人戦の価値が下がっていった。結構、堪えたよね。何かで(収入の)柱をつくらんといけん。グッズに力を入れ、当初は2億円ぐらいしかなかったものが、早い段階で2倍になり、旧市民球場の最終年(08年)には10億円ぐらいになった。マツダスタジアムに移転して15億円になり、以降もどんどん伸びて、今は30億円。少しずつじゃけど、カバーはできたと思うな」

     ―新球場は日本初のボールパークとして人を集めた。

     「新球場は3世代が一緒に見に来られる施設が望ましいと思うた。旧市民ではお父さんが子どもを連れて来ていたのが、今度は車椅子でおじいさんを連れて来る。その時に孫も一緒について来る。この話をしたら涙が出るわ…」

     ―聞かせてください。

     「開場1年目じゃったと思うが、車椅子に乗ったおじいさんの手を小さな孫が引いて、お父さんが(車椅子を)押しとるんじゃ。一緒に手をつなぎ、皆でコンコースを歩いとった」

     (涙ぐみながら)

     「その光景を見て、ほんとによかったと思うた。球団の生い立ちを振り返ると、3世代、4世代に思いが引き継がれとるんじゃ。1年目から入場者数が結構増えたけど、お年寄りの人たちが随分来てくれちゃったんじゃ。お年寄り、年配の方たちが足を運べる球場が、ようやくできたと思うた。車椅子のおじいさんは、孫のお父さんが子どもの時に、旧市民球場に連れて行っとるはずなんよ。今度は、自分が新球場に連れて行ってあげようと。そういう気持ちが表れた光景を見たから、うれしかったね」

     ―FA制度で選手が流出し、ドラフトでも逆指名制度などで人材獲得に苦労した時期があった。

     「今にして思えば、イバラだらけじゃったけど、野球界のルールが変わっても道はあると思うとった。どういうことがあっても、ウチのスカウトは素質のある選手を見つけてきてくれると。ワシは皆が言うほど不利とは思わんかったけど、仮に不利だとしても、絶対に覆すことができると思うとった。過信だったかもしれんが、そこは自信を持っとったんよ」

     ―ファンは黄金時代の再来を期待しています。

     「菊池や丸らは脂が乗りきる一歩手前。脂が乗りきるのにもう少し時間があると思うけど、それまでに次のことを考えておく必要がある。来年、再来年のことも大事なんじゃが、鈴木誠也が中心になるような、次世代のチームづくりも考えんといけんよね。地域とファンの人たちの支え、期待に応えるためにもね」


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160911-00000082-spnannex-base

     ◇セ・リーグ 広島7-0阪神(2016年7月23日 マツダ)

     【黒田へ祝福メッセージ続々】

     ▼広島・松田元オーナー 200勝は終点ではない。これからはもっともっと楽な気持ちで勝ちを積み重ねてほしい。新井とともにチームを変えて活性化してくれた。チームのために働くのが一番で、その後に自分に勝ち星が付けばいいと考えているのだろう。

     ▼広島・鈴木清明球団本部長(14年末の電撃復帰の交渉役)一つの目標をクリアしてくれた。このプレッシャーの中でゼロに抑えられるのはたいしたものだ。

     ▼広島・緒方監督 黒田は投手陣だけでなくチームの精神的な柱でいてくれている。200勝はそうそうお目にかかれるものではない。光栄に思う。

     ▼山本浩二氏(黒田在籍時の01~05年に広島監督。現名球会理事長)唯一の中継ぎの1勝となった05年(10月7日、ヤクルト戦)は、私が監督として最多勝のタイトルを獲らせたかったし、彼の記録のために全員が一丸となったのを覚えている。投手の分業制が進み、200勝のハードルは高い。入会資格の見直しも含めて難しい課題もある中、価値を再確認させてくれた。

     ▼大野豊氏(スポニチ本紙評論家、99年は1軍投手コーチとして指導)99年にナゴヤドームでの中日戦で井上一樹に逆転3ランを打たれて、試合後に涙ぐんでいたのを覚えている。「この悔しさを忘れるなよ」と声を掛けた。まだメジャーで大きな契約も可能だったのにカープに戻ってきた。今季は優勝という大きな夢も見えてきた。最高の一年にしてほしい。

     ▼野村謙二郎氏(スポニチ本紙評論家)黒田が「帰ってきて良かった」と思いながら投げていること、そしてカープファンに愛されていることがうれしい。本当に野球に真面目な人間で責任感が強い。おめでとう!

     ▼ドジャース・前田 自分も米国に来て勝つ難しさというのを凄く感じている。改めて黒田さんのやってきたことの重みというものを感じます。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160724-00000082-spnannex-base

    このページのトップヘ