広島カープブログ

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    梵英心

    「梵」…この名字、読めますか? 姓氏研究家・森岡浩が日本人の難読名字を紹介します。

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    2017年までプロ野球の広島カープに「梵英心」という選手がいたので、野球ファンにはおなじみの名字。しかし、極めて珍しい名字のため、その他の人はまず読むことができない。

    今では、武士に限らず農民でも江戸時代から名字を持っていたことはわかっているが、そうした中であえて名字を持たなかったのが僧侶である。僧侶は出家した際に、俗世間から離れるために名字を捨てて、僧侶としての名前を名乗っていた。

    しかし、明治になるとこうした僧侶達も名字を名乗ることを強制され、僧侶たちは仏教用語や経典の言葉などから新しい名字をつくることが多かった。

    「梵(ぼん)」とは、仏教において宇宙を支配する根源的な原理、というようなもののこと。そして、「梵」という漢字の本来の意味が、「木の上を風が吹く様」であることから、「梵」を「そよぎ」と読ませたものである。

    なお、広島県にある梵選手の実家もお寺で、現在はJFE西日本硬式野球部コーチをつとめている。

    ◆森岡 浩 姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。学生時代から独学で名字を研究、文献だけにとらわれず、地名学、民俗学などを幅広く取り入れながら、実証的な研究を続ける。NHK「日本人のおなまえっ!」にコメンテーターとして出演中。著書は「47都道府県名字百科」「全国名字大事典」「日本名門名家大事典」など多数。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200520-11256870-maidonans-life

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     「オープン戦、中日3-1広島」(29日、ナゴヤドーム)

     新型コロナウイルス感染拡大防止のため、オープン戦史上初の無観客開催が実施された。静寂に包まれる中、広島の小園海斗内野手(19)は七回に中前打を放ち、オープン戦3試合連続安打をマーク。守備では四回からオープン戦初の三塁の守備にも就いた。新助っ人ピレラが三塁守備に不安を抱える中、打撃好調な若鯉が三塁手として初の開幕スタメンに名を連ねる可能性が現実味を帯びてきた。



     びっしりとむき出しに並んだ椅子が、その異様な雰囲気を物語っていた。新型コロナウイルスの感染拡大防止策として無観客で行われた一戦。そんな中、小園が静寂を切り裂く。七回、又吉から中前打を放った。

     「アピールしないといけない立場なので」

     右腕が投じた初球。真ん中低めのスライダーを迷うことなく振り抜いた。力強いライナー性の打球が内野手の頭上を越えた。持ち味の積極性で、好調ぶりを印象づけた。

     これでオープン戦は3試合連続安打となった。2月23日の阪神戦で二塁への内野安打を放つと、同24日の巨人戦では一発を含む3打数3安打。そしてこの日と猛アピールが続くが、復活を目指す田中広の状態がよく、実績なども考慮すると、小園が遊撃で出場するのは現実的には難しい状況だ。それでも非凡な打撃は魅力。首脳陣は他ポジションでの起用も視野に入れている。

     これまでのオープン戦では途中出場して二塁と遊撃手を守った小園だが、この日は公式戦、オープン戦通じて自身初めて四回から三塁に就いた。六回無死一塁では高橋が打ったゴロを難なく処理し、二塁に送球。軽快なグラブさばきで封殺した。春季キャンプでもノックを受けてきた守備位置。「練習もやっていましたし、イメージのままできた」と納得の表情を浮かべる。

     この日も新助っ人のピレラが三塁でスタメン出場したが、三回に平田の平凡な打球を処理後に悪送球。一塁手の堂林がジャンプしても捕れないほどの送球で、無死二塁のピンチを招いた。以前の練習試合でも失策をするなど、三塁守備に不安を抱えている。高ヘッドコーチは「ちょっと実戦に入ってからミスが多いね」と渋い表情をのぞかせ、「まだまだ、決まっていない」と正三塁手白紙を強調。首脳陣は今後もピレラを三塁で起用する方針だが、本当に三塁で使えるのか、本職の外野で起用した方がいいのか見定めていく。

     小園としては遊撃手として出場するのが目標だ。しかし朝山打撃コーチは「いろんなポジションで出ても得るものはある。見え方が違うし、絶対にプラスになる」と遊撃以外での出場を後押しする。「がむしゃらにやって(スタメンを)絶対に勝ち取れるように頑張ります」と小園。“開幕三塁”も視野に、背番号51は貪欲にレベルアップに励んでいく。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200301-00000021-dal-base

     広島の安部友裕内野手(30)が24日、マツダスタジアムに隣接する屋内練習場での合同自主トレに合流し、広島OBの梵英心氏(39)から指導を受けたことを明かした。22日まで沖縄で行っていた自主トレに梵氏が特別参加。新人王やゴールデングラブ賞に輝いた名手から学んだ守備と打撃で、三塁の定位置をつかむ。

     新たな発見に安部の言葉が弾んだ。現役時代から親交が深かった梵氏に直接指導を受けた。「守備では足さばきや送球姿勢、ステップも学びました。肩や肘に負担の少ない投げ方も教わった」。日焼けした表情から充実感がにじんだ。

     過去にもグアム自主トレに同行した間柄。社会人野球エイジェックの選手兼コーチだった同氏は、昨年限りでユニホームを脱いだ。2人の都合が一致したことで今回の梵塾入門が実現した。

     安部は昨季114試合で10失策。守備力向上を課題とする。梵氏は10年に遊撃でゴールデングラブ賞を獲得。田中広の台頭後は三塁を主戦場とした経験がある。「準備を早くして待つことが大事だと言われた」。1日7時時間のハードトレ。技術以外に心得を直接学ぶことができたのも収穫だった。

     新外国人のピレラや堂林、メヒアらと三塁を争う。昨年の秋季練習では一塁や外野でノックを受けたが、三塁へのこだわりはある。「やっている以上はレギュラーを目指す」と力を込めた。

     昨季も抱えていた腰痛は、筋力トレや治療の効果が出ている。「不安はないです」。最高の状態で臨む春季キャンプ。梵氏に受けた指導をグラウンドで体現し、サバイバルレースを勝ち抜く。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200125-00000031-dal-base

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     今季は70勝70敗3分と、惜しくも4位で終えた広島。しかし2010年代には球団初の3連覇を達成するなどAクラスに5度入り、Aクラス入りのなかった2000年代と対照的な、勢いのある10年間を過ごした。そんなこの2010年代を支えたベストナインを選出したい。


    【投手】
    先発 前田健太
     2007年に広島へ入団。2010年、2015年の2度、15勝を挙げて最多勝と沢村賞を手にした。さらに2012年の防御率1.53など3度の最優秀防御率、2011年まで2年連続で最多奪三振も獲得。その圧倒的な成績で、メジャー移籍前の2015年までエースとして活躍し続けた。

    中継ぎ 今村猛
     2010年に入団し、プロ入り2年目から中継ぎとして頭角を現した。3年目の2012年には69試合を投げて防御率1.89、25ホールド4セーブと好成績を残す。2016年には25年ぶりのリーグ優勝に貢献しただけでなく、日本シリーズでは最多タイとなる6試合に登板した。

    抑え 中崎翔太
     プロ入り4年目の2015年には開幕1軍入りを果たし、69試合を投げて29セーブ11ホールド、防御率2.34と大活躍。2016年からの3連覇も60試合前後を投げて貢献。中でも2016年にはリーグ2位の34セーブを挙げている。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191231-00649320-fullcount-base

     2017年まで広島でプレーし、この2年間は社会人野球のエイジェックで選手兼コーチを務めていた梵英心氏(39)が今季限りでの引退を決めた。

     11月上旬、広島市のおりづるタワーで行われた引退報告会にはファン160人が詰めかけた。梵氏は「これまで多くの方にサポートしていただいて感謝しています。広島で引退を報告することができ、ほっとしたというか、すっきりした気持ちです」と語った。

     「松坂世代」でもある梵氏は三次高から駒大、日産自動車を経て05年度の大学社会人ドラフト3巡目で広島に入団した。06年に新人王に輝き、10年には俊足好打を武器に盗塁王を獲得。ゴールデングラブ賞も受賞した守備の名手でもある。13年にはカープ初のCS進出にも貢献した。「あそこからカープは常勝チームになった。それに関われたのは僕の財産」と振り返る。

     しかし、世代交代の波にのみ込まれ、徐々に出場機会が減っていき、17年のオフに広島を退団。NPB球団からオファーはなく、人材派遣・紹介業のエイジェックが18年2月に栃木県を拠点に発足させた野球部に選手兼コーチとして加入した。

     自身2度目の社会人野球は「毎日刺激的でとても楽しかった」と話す。若手選手への指導も熱心に行い、「プロ野球で感じられないプレッシャーだったり、責任感だったり、会社一体となって戦う姿勢だったり、そういうものがとても新鮮に感じた。プロ野球だけでなく、社会人野球も多くの人に興味を持ってもらえれば」と、社会人野球の魅力を再認識した。

     そして、今季限りで現役引退。「39歳になるまでプレーできたのは恩師やチームメートらたくさんに人のサポートがあったから」と感謝の言葉を口にする。今後はチームから離れるものの、エイジェックのスポーツ部門に籍を置きながら、野球解説や小中学生の指導に携わる。「エイジェックでの2年間は今後の自分に生きてくると思うので、この経験をどういうふうに生かしていくか模索しながらやっていきたい」

     今月初めには自叙伝ともいえる著書「梵脳(ぼんのう)~失敗したらやり直せばいい。」((株)サンフィールド刊)を出版した。カープ時代の秘話、チームメートだった黒田博樹氏、新井貴浩氏らとの秘蔵エピソード、カープ退団の真相などがつづられており、「いろいろな失敗やつまずいたことも含めて書きました。一アスリートだった人間が書いた本ですが、読んだ人が少しでも参考になるものがあれば」と話す。

     新たな挑戦は始まったばかり。「これからもスポーツを自分のそばから離すことなく付き合っていきたい」。12年間在籍したカープ、2度にわたる社会人野球の経験を生かしながら、今後はより大きな視点でスポーツ界と関わっていく。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191127-00000088-dal-base

    広島安部友裕内野手が僧侶に扮(ふん)し、盛り上げ役に徹した。広島市内の本願寺広島別院で行われたトークショーに自前の着物で登場。


    今季の点数について「120点」とし、「シーズンは20点。シーズンオフは100点です。今年初めてのイベントなので本気を出しました」。今、一番欲しいものについては「ファンの笑顔がほしい。それだけで十分です」と会場を沸かせた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191124-11241047-nksports-base

     広島で万能選手として活躍した呉市出身の中東直己さん(38)は16年の引退後、広島を拠点に不動産業を営む「株式会社 大和興産」に勤務している。引退から今年で3年。現在の仕事内容や現役時代の思い出などを聞いた。



     広島市安佐南区の国道沿いにあるオフィスが中東さんの職場だ。「もう3年目になりました。あっという間ですね」。そう言って見せる笑顔は、現役当時と変わらない。

     戦力外通告を受けた後、迷った末に12球団合同のトライアウトに参加した。カープのユニホームを着るのは、この日が最後。スタンドから声援を送った家族の前で、打って走って守ってと全力でプレーした。「見てもらえて良かった」。他球団からの連絡はなく現役引退を決断。それでも夢舞台で駆け抜けた10年間に後悔はなかった。

     球団OBで元監督・山本浩二氏の紹介を経て入社した。現在は管理営業部に所属。主に安佐北区を担当し、オーナーが持つ不動産の資産運用、管理、保守、リフォーム提案、集金代行など、さまざまな業務に従事する。入社当初を振り返ると「パソコンもできなかったし苦労しました。大変な仕事だなと思いました」と苦笑いした。

     飛び込み営業ではインターホン前で門前払いされたこともある。それでも「人と話をするのは苦手じゃないので」。明るく前向きな性格が長所。小学校のPTA会長を務めるなど、仕事以外でも意欲的にチャレンジしている。

     「たくさんの人と話をして感じることは、本当にカープファンが多いということ。チームが負けたりすると、機嫌が悪い人もいます。だから広島の街にはすごい影響力があるんだって、改めて感じます。僕のことを知ってくださっている人もいて、本当にうれしいです」

     呉市出身。06年度の大学・社会人ドラフト5位でホンダ鈴鹿から入団した。思い出に残っている試合は、11年8月30日のヤクルト戦(神宮)だ。2-2の延長十回2死から栗原が二塁打で出塁し代走としてグラウンドへ。丸の打席の暴投で、二塁から一気に勝ち越しの本塁を奪った。

     「球が上に上がって。行けると思いました。初めてチームに貢献できたと思えた」。13年にはプロ初本塁打を放つなど1週間で3度のヒーローインタビューを受けたこともあるが、自分の武器を最大限に生かせたヤクルト戦が印象深いという。

     ファンを喜ばせることも“仕事”だった。雨天コールドになった試合では上本と一緒にAKBの「恋するフォーチュンクッキー」の曲に合わせて踊った。「最初はヨギさん(梵選手)に言われたのかな。むちゃぶりですよね。中止になりそうになると、そっちのことしか頭になくて」。スタメン出場するより緊張感があった。それでも声援を送ってくれる鯉党を喜ばせるために必死だった。

     不動産業は人と人をつなぐ仕事でもある。橋渡しをした人たちが笑顔になってくれるのが何よりも励みになっている。「野球をやっていたときも、いろいろな人に支えられ感謝しています。この仕事でも出会いを大切にしながら、頑張っていきたいです」。満面の笑みを浮かべながら言葉をつむいだ。

    (まいどなニュース/デイリースポーツ・市尻 達拡)

     ◆中東直己(なかひがし・なおき)1981年10月5日生まれ、38歳。広島県呉市出身。現役時代は右投げ左打ちの外野手。背番号00。広島工から東亜大、JR西日本、ホンダ鈴鹿を経て2006年度大学・社会人ドラフト5位で広島入団。プロ1年目の07年4月14日・中日戦(広島)で初出場(代打)。同年のフレッシュオールスターでMVPを獲得。16年に戦力外通告を受け引退。通算成績は315試合71安打2本塁打16打点19盗塁、打率・233。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191106-11001597-maidonans-life

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