広島カープブログ

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    永川勝浩

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     記者席から思わず身を乗り出した。打席からのけ反って尻もちを付いた黒田博樹投手が、マウンドに立つ藤浪晋太郎投手をにらみ付ける。両軍選手、首脳陣がホーム付近に集まり、不穏な空気が流れた。乱闘寸前。投手が打席で魅せた闘志は、長く低迷したカープナインの意識を変えた。


     2015年4月25日の広島-阪神戦(マツダスタジアム)。この年、「広島に僕を待ってくれる人がいる。1球の重みを感じられる」と、電撃復帰を決めた黒田が先発した。チームは最下位と低迷。1-1で迎えた二回、1死一塁で打席に立った。バントを試みたが、藤浪の投球が2球続けて頭部付近を襲った。

     「自分の体は自分で守らないといけない。それにチームの士気にも関わる。(藤浪の)闘う姿勢も分かるが、負けない気持ちを出した」。試合後、黒田は当該シーンについて、こう説明した。この回に1点を取って勝ち越すと、続く三回にも2点を追加。まさに気迫で奪った勝利だった。

     ただ、黒田は対戦の翌日、投げ合った藤浪にもエールを送っている。

     「一生懸命、闘う中で起こったこと。次の対戦があれば、思い切って腕を振って投げてくれたらいい。僕は(死球を)頭に当ててしまったことがある。いろんな経験をしてきた。それを乗り越えらないと強くなれない」

     そんな言葉通りに、順風満帆な野球人生だったわけではない。エースとして活躍した2000年代前半。市民球場のマウンドに立つと、空席の目立つ客席が見えた。「ファウルボールがスタンドに入っても、誰にも当たらずイスに当たっていた」。当時の主砲だった新井貴浩内野手と2人、口を開けば勝つための方法を探した。広島復帰後は、衰えが見え始めた体で闘った。全盛期は150キロ超の直球とフォークが主体。スタイルの変化に「当然葛藤はあった」という。だが投手である前に、プロとして生きざまを探した。

     この一戦を契機に、チームは闘う集団に変貌を遂げた。復帰2年目の2016年には、初めてリーグ優勝を経験した。スタンドを見渡せば客席は、真っ赤に染まっている。新井との抱擁シーンは広島だけではなく、プロ野球ファンの感動を呼んだ。カープは地方球団ではなく「地域球団」と呼ぶ。ファンと共に戦ってきた。この年限りで現役を引退。「常に野球の神様がいると思って投げてきた」という男に、最高のフィナーレが待っていた。

     今月の17日にはオンラインで臨時の12球団代表者会議が開かれ、5月中の開幕断念と交流戦の中止を発表された。2005年に始まった交流戦の中止は16年目にして初めてで、試合数削減を含めた大幅な日程の再編も必至。最短で6月中旬以降の開幕になるが、これすら先が見えない。開幕後も当面は無観客での開催になりそうだ。

     だからこそ、例年以上に「1球の重み」が感じられるシーズンになるだろう。プロ野球界から元気、勇気を届ける1年にしたい。連覇を狙う巨人に、覇権奪回を誓う広島。戦力を整えた阪神やDeNAも頂点をうかがう。闘志あふれる気迫の対決を楽しみに待ちたい。




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200425-00000043-dal-base

     今季から広島のコーチに就任した永川勝浩2軍投手コーチ(39)が、若鯉とともに日々奮闘している。現役時代は球団記録の165セーブを挙げるなど、守護神として数々の修羅場をくぐり抜けてきた同コーチ。選手には「ハングリーさ」を求め、“ギラギラした集団”を理想に掲げる。現役時代の自身の失敗談も交える指導法で、チーム力の底上げを図っていく。

     勝負師のような鋭いまなざしは、現役時代と変わらない。ブルペンでは捕手の後方、そして投手側からの目線でアドバイスを送る永川2軍投手コーチ。「若い子の話を聞いてあげないといけないと思います」と選手の声に耳を傾けることが、指導の基本スタンスだ。

     2軍という枠の中でも、1軍実績のある中堅選手から1軍出場機会がない若手に至るまで、選手の立場はさまざまだ。「1軍でやってきた人間と2軍にずっといる人間とは考え方が違う」。各選手に合った指導方法を模索し、勉強する毎日を過ごしている。

     その一方で、若鯉たちには物足りなさも感じている。「常にこう、1軍で活躍してやろうという、目がギラギラ光るような子たちになってほしい。昔はみんな、もっとギラギラしていたと思う」と自身の若手時代と比較する。

     同じユニホームを着ていながら、全員がライバル。選手一人一人が鼻息を荒くし、スターダムへ駆け上がる機会を虎視眈々(たんたん)とうかがう時代が、かつてはあった。「そういうふうな集団になっていけたら、2軍からもっと活躍する子が増えるんじゃないかなと思いますね。みんなが率先して頑張れる選手になってほしい」。ハングリーな姿勢、貪欲さを前面に押し出してほしいと願う。

     ルーキーイヤーの03年に25セーブを挙げ、華々しいデビューを飾った。07年から3年連続で30セーブを記録。チームの屋台骨を支え、球団最多記録となる165セーブを挙げたかつての守護神だが「僕がいっぱい、失敗してきたので」と苦笑いを浮かべる。

     過去に味わった自身の苦渋は、選手が花を咲かせるための“エキス”へと形を変える。「調子がいい時に調子に乗ってあまり練習しないとか、地味なことをおろそかにしていたらダメだと。『こういうことをやったら、失敗しちゃうよ』というのを伝えていけたら。当たり前のことをしっかりやっておこうという会話をしています」。基本の大切さと貪欲さの両輪で、後輩たちの成長を支えていく。

     ◆永川 勝浩(ながかわ・かつひろ)1980年12月14日生まれ、39歳。広島県出身。現役時代は右投げ右打ちの投手。新庄から亜大を経て、2002年度ドラフト自由枠で広島入団。07年から3年連続30セーブ。通算165セーブは球団歴代1位。19年限りで現役引退。通算527試合38勝42敗79ホールド、防御率3・46。20年から広島2軍投手コーチ。




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200419-00000019-dal-base

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