広島カープブログ

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    津田恒実

     背番号はチームにとっても、選手にとっても代名詞といえる。今季からロッテを率いる井口資仁監督は現役時代と同じ「6」を背負うことになり、昨季のDeNA躍進に貢献した桑原将志は「37」から「1」へ“出世”を遂げた。

     一般的に1桁背番号は選手にとっても憧れの数字だが、偉大な選手が背負っていた番号として、“後継者”の出現を待つことも多い。また永久欠番となっている例もある。現時点で各球団の空いている1桁番号を探ってみた。 

    【パ・リーグ】 

    ◯ソフトバンク 「5」 
     ホークスは「5」が空き番。松田宣浩が2006年の入団から16年まで背負ったが、同年オフ、憧れていた長嶋茂雄が背負った「3」が空いていたため、変更となった。昨季「5」は誰もつけなかった。 

    ◯西武 「2」「4」 
    「2」は2013年から昨季まで金子侑司がつけたが、今季から「8」を背負うこととなった。過去には山崎裕之(1979~84年)や、吉竹春樹(1987~96年)らいぶし銀の選手が背負った番号だ。「4」は昨季から空き番。2016年はポーリーノが投手として初めてつけたが、1年で退団した。 

    ◯楽天 「3」「7」 
    「3」は昨季から空き番。創設時から08年まで吉岡雄二が背負い、09、10年はリンデン、11年はルイーズ、12年はフェルナンデスと続き、13年はマギーが背負って日本一に貢献。14年エバンス、15年はサンチェス、16年はゴームズとすっかり外国人選手がつける番号になった。「7」は創設から2011年まで山崎武司が、12年から17年まで松井稼頭央とレジェンド級の選手がつけた。松井が西武に移籍した今季は空き番。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180118-00102748-fullcount-base

     「炎のストッパー」と呼ばれた元広島投手、故津田恒美さんの長男大毅さんが、自転車で日本一周を行っている。先日、神戸市を訪れ、2019年夏に広島市にオープンする「津田恒美記念館」をPRした。

     昨年のカープ優勝を機に、記念館設立に動き出した大毅さんは、インターネットで資金を募るクラウドファンディングを開始した今年6月から自転車で日本一周に出発。北は北海道、南は沖縄までの都道県を回り、残るは近畿、東海地区を走り自宅のある埼玉県を目指す。

     日本一周の目的について「四つあるんです。記念館のPR、父がお世話になった人たちにお礼を言うこと、自分がやりたかったということ、そして自信を持つため。野球でも仕事でも中途半端というか、津田恒美の息子というのがすごく嫌で、結果を残していないというコンプレックスがあった。人がやらないこと、それが日本一周だった」と説明した。

     父は1981年度ドラフト1位で広島に入団。1年目の82年に11勝を挙げ、球団史上初の新人王に輝いた。2年目からケガと戦いながら86年には「炎のストッパー」としてリーグ優勝に貢献。91年に病に倒れ、93年7月20日に脳腫瘍のため32歳の若さで永眠した。通算成績は49勝41敗90セーブながら闘志あふれる投球は伝説となり、2012年には野球殿堂入りした。

     偉大な父を持つ大毅さんは、大学まで野球を続けたが、父の存在の大きさに反抗したこともあった。しかし、昨年、広島が25年ぶりにリーグ優勝したことをきっかけに父の偉大さを感じ、記念館設立プロジェクトを立ち上げた。そして日本一周をする中で「自分の考え方次第だったと思うんです。人がどう見ていようが、自分がしっかりすればいい」と感じるようになったという。

     全国を回っているうちに「みなさんにお礼を言わないといけないのに、逆に父から勇気をもらったとお礼を言ってくれるんです。どこへ行っても父のことを知っていると言われるし、すごいなあと思いました」とこの旅でも“津田恒美”の偉大さを感じ取った。

     中でも沖縄・西表島の大原中学校に父の座右の銘でもある「弱気は最大の敵」という文字を壁面に見つけた。当初、西表島に行く計画はなかったが、与那国島行きの船が欠航となり、西表島に行き先を変更して、そこで見つけた文字。「土曜日だったので、だれもいなくてなんでこの石碑があるか分からないんですけど」と残念がった。

     大原中学校に取材すると、壁面は水飲み場の壁で、宜野座淳司教諭は「卒業記念に壁面を白くして文字を入れようということになったんです。(当時の)3年生7人が提案した文字なんです。津田さんのお父さんの座右の銘というのは、津田さんがツイッターにあげるまで知りませんでした」と話した。父との関係はなくても、西表島での偶然は何かの縁だったのだろう。

     一人旅は5カ月近くなる。風雨にさらされ、パンクなどトラブルも数え切れない。「野犬に襲われそうにもなりました」と笑う大毅さん。苦労しながら残り1カ月ほどでゴールを迎える。

     クラウドファンディングでは、予定の400万円を大きく上回る2627万円が集まった。旅を終えると返礼品の発送作業にとりかかる。

     当初は来年の命日(7月20日)を目標にしていたが「一度だけでなく、何度も足を運んでもらえる記念館にしたい」と、準備に時間をかけることになり、再来年のオープンを目指す。「父の命日より誕生日がいいと思うんです」-。2019年8月1日、広島市内に「津田恒美記念館」はオープンする。(デイリースポーツ・岩本 隆)
    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171110-00000049-dal-base

     今季からスタートし、大好評をいただいている達川光男ヘッドコーチ(61)のコラム「今昔物語」-。前回まさかの「最終回宣言」が飛び出したものの、多くのアンコールに応えての第4回です。今回の話題は24年前の夏につらすぎる別れとなった「炎のストッパー」の素顔と思い出。そして投手陣の多くの言葉に支えられた自身の現役生活を振り返りながら、珍しく!?真面目に、昔と今を紡いでいきます。最後にちょっとだけ、契約更改の(秘)交渉術も…。

    「キャッチャー防御率」について明かした達川ヘッドコーチ。契約更改のマル秘交渉術とは…

     西スポ読者のみなさん、どうも達川です。早いものでこのコラムも4回目じゃの。前回で一応、最終回にさせてもらうということを伝えとったんじゃけど、「アンコール」がたくさん届いたと記者さんから言われたもんじゃけえ。それはワシもうれしいし、そう思ってくれる読者がいる限りは続けんとな。ただ、ワシの面白い話を期待してくれる方がほとんどじゃと思うんやけど、今回は真面目な話をさせてほしい思うとるんじゃ。たまにはそういう回があってもええじゃろ。配球もそうじゃけど、何事も「緩急」いうもんは大事じゃからな。

     交流戦を最高勝率で終えて、先週の仙台での楽天戦でも勝ち越して今4連勝中と、チームはいい状態じゃと思うよ。で、早速今回のことわざなんじゃけど「寸土力耕(りきこう)、力耕我を欺かず」ということ。たとえ小さな土地であっても、力を込めて耕せば、そこでの実りは耕した人を欺かないという意味よ。いまの成績は、それぞれが自分の役割いうんかの、コツコツと自分の力を尽くしてくれているおかげじゃと思う。この言葉がピタリとはまるチームになってきている思うから、秋にはきっといい実りがあると信じとるよ。

     ただ昔から「夏を制するものがペナントを制する」とか、わしらの時代は「8月を制するものが…」とよく言われてきた。交流戦とかもあって、昔とは日程も変わってきているのは確かじゃけど「オールスター後からが本当の勝負」というのは、今も昔も変わらんと思うから気を引き締めていかんとな。オールスターにはワシも何度か出さしてもろうたけど、毎年この時期になると、つらいことを思い出すんよ。
    引用元 https://www.nishinippon.co.jp/hawks/article/341199/

     1993年に脳腫瘍のため32歳の若さで亡くなった元広島の津田恒美投手=登録名・恒実=の記念館が広島市内に作られる。津田さんの長男・大毅さんが6月19日からクラウドファンディングで賛同者からの資金集めをはじめたが、1日で目標金額の400万円に達し、現在も1000人以上の支援者が名乗りを上げ、たくさんの支援金が集まっている。

     大毅さんが「津田恒美記念館」設立に向け動こうとしている話を聞いたのは昨年だった。ちょうど広島のリーグ優勝目前に津田さんの妻・晃代を取材した時に「実家を記念館にしたいと言っているんです。これまでは(津田さんの)いろんな行事に行くのも“なんでおれが行くの”と、いやがっていたんです。それが180度違うからもうビックリです」と聞いた。

     25年ぶりのリーグ優勝をきっかけにファンが今でも津田さんのことを思っていることを知った大毅さんが、ファンや父に恩返しと考え、記念館設立を思い立った。大毅さんは現在、自転車で日本一周をして父の記念館設立をPRしている。「来年の命日までには」と開館に向け全力投球している。

     7月20日は、津田さんの命日だ。亡くなって24年がたとうとしているが、いまだにカープファンにとって忘れられない存在である。

     「命日の前後に1年に1回、津田さんを思い出していただこうと思っています」

     山田雅人さんは、7月17日・広島県民文化ホールでかたりの世界「津田恒美物語」の舞台公演を行う。広島での公演は今年で8回目。毎年、満員の大盛況で今年も前売り券は完売だそうだ。公演には津田さんのチームメートだったカープOBがゲストとして駆けつける。

     山田さんは「今年はダブルストッパーが実現するんですよ」と声を弾ませた。公演は二部構成。一つは「津田恒美物語」。もう一つはカープにちなんだ物語を披露するが、今年は「大野豊物語」を予定している。

     昨年は「津田恒美物語」が広島で披露されるきっかけとなった池谷公二郎氏の物語が披露された。これまで山本浩二氏や山崎隆造氏、津田さんの親友だった森脇浩司氏(現中日コーチ)も会場に駆けつけている。

     脳腫瘍が発覚した1991年の優勝は、まさに津田さんがチームを結束させた。それは、元気だった津田さんがみんなから愛されていたからだ。86年の優勝時には胴上げ投手にもなった。先発の北別府学投手が胴上げ投手を譲ったことが、津田さんがどれだけ愛されていたかを証明していると思う。

     当時の投手コーチでデイリースポーツの評論家でもある安仁屋宗八氏は「北別府はマウンドに交代を告げに行っても後ろを向いて代わろうとしないピッチャーだった。自分より力のないピッチャーだったら代わろうとしない」と語ったことがあった。そんな北別府氏が唯一、納得して交代したのが津田さんだったという。胴上げ投手を譲ったときも「北別府が了承しなければ代えてないだろう」と安仁屋氏はいう。

     マウンドで闘志むき出しに打者に向かっていく映像はよく目にする。そんな表情とは裏腹にひょうきんで気遣いを忘れなかった津田さんの人間性にほれこんだ仲間は多い。

     クラウドファンディングの返礼品に現在のユニホームのレプリカ津田バージョンがある。大毅さんは球団に許可をもらうため何度も広島に通ったという。「日本一周が終わったころに返礼品を発送したい」という大毅さん。父の残した功績の大きさを実感しながら、ペダルをこいでいる。(デイリースポーツ・岩本 隆)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170629-00000041-dal-base

     プロ野球・広島で「炎のストッパー」と呼ばれた津田恒実さんの長男大毅さん(28)が20日朝、日本一周の自転車旅行に出発した。恒実さんの記念館を広島市内につくる計画を進めており、「自分の思いを現地で会った人に直接伝えながら、どんな記念館にしていくか考えていきたい」との思いを抱いている。


     「もう一度投げたかった」と悔やみながら、恒実さんが32歳で亡くなってから約24年。当時4歳だった大毅さんが、父の記念館設立に向けて自転車の旅に出発した。ウェアなどを支援する工具専門店「ファクトリーギア」(東京都)のさいたま市内の店舗前で準備を整え、「不安はない」と笑顔でペダルを踏み出した。

     父と同じように野球で投手を務めた大毅さんは、父に重ねる周囲の重圧からいつも逃げることを考えていた。だが、昨年のカープ躍進をきっかけに「マウンドから逃げない父はすごかった」と向き合えるようになり、「これまで父のことを語り継いでくれた関係者やファンの方々に恩返しを」と記念館設立を思い立った。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170620-00000083-asahi-soci

    <日本生命セ・パ交流戦:広島-ソフトバンク>◇17日◇

     広島-ソフトバンク2回戦の試合前の始球式に、大のコイ党で知られる俳優の谷原章介(44)が登場した。投球前には菊池とキャッチボールで練習。本番では振りかぶらず、ノーワインドアップから投じた。「80キロは出たかな」と振り返るボールは、ソフトバンクの1番川崎のインローに吸い込まれた。


     マツダスタジアムでは14年のオープン戦以来2度目の始球式。「菊池選手とキャッチボールをさせてもらって夢のような時間でした。(前回は)客席が近くて緊張した思い出しかないです」と笑顔だった。

     プライベートでも観戦に訪れるほどのカープファン。ここまでの戦いを「黒田さんが抜けて、ジョンソン投手、野村投手もケガでいない時期もありましたが、よく若手選手が埋めてくれている。野手も選手層が厚いです」と分析。「今日、明日と勝ちきって、交流戦初の勝率1位をとってほしい」とエールを送った。

     また背番号14番は「大瀬良投手も好きですし、昔から津田恒実さんが好きで、つくっていただいた」と最後までカープ愛が止まらなかった。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170617-01841723-nksports-base

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