広島カープブログ

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    澤崎俊和

    全国高校野球選手権大会が100回大会を迎える2018年夏までの長期連載「野球の国から 高校野球編」の、元球児の高校時代に迫る「追憶シリーズ」第26弾は黒田博樹氏(42)が登場します。甲子園出場がなく、公式戦登板も数えるほどしかなかった上宮(大阪)での3年間。チームで控え投手のままだった右腕は苦しい日々の中でどう過ごし、何を感じたのか-。全10回で振り返ります。



      ◇   ◇   ◇   

    栄光を積み重ねたマツダスタジアムの記者席で、黒田は言葉を絞り出すように話した。高校時代の3年間に思いをはせ、「走らされていた記憶しかない」と振り返った。フラッシュバックするのは、苦しかった当時の情景ばかり。できれば思い出したくなかったのかもしれない。

    広島だけでなく、米国の名門ドジャースやヤンキースでも輝かしい足跡を残した日米通算203勝の大投手も、上宮では3番手投手だった。3年夏は登板さえかなわなかった。無力さとともに味わった悔しさが野球人生の礎となり、糧となり、黒田博樹という投手をつくってきた。出場辞退という予期せぬ形で、甲子園出場がかなわなかった悲運もあった。

    黒田 同級生に聞かれると何を言われるか分からないけど、いま考えれば(甲子園に)出られなくて良かったかなと思う。当然、当時は出たかった。でも出なかったから、今の野球人生があると思う。

    中学時代まで楽しいと思っていた野球が、高校で一瞬にして楽しくなくなった。練習試合に投げれば制球を乱し、罰走を命じられた。自信もなく、自分を支える実績を積み重ねることができなかった。頭角を現した専大でも、確かな自信を得ることはできなかった。それはプロ入りしても変わらない。広島でエースとなっても、米大リーグで名門の大黒柱となっても変わらなかった。自信がないから常に全力を意識した。「1球の重み」と表現したように、マウンドではすべてをかけて腕を振った。

    広島でエースと呼ばれるようになった2000年代から他球団に所属する先輩後輩へのあいさつを避けるようになった。たとえ先輩選手であっても、あいさつに行かないことも増え、後輩からのあいさつも敬遠してきた。オフになれば他球団の選手から食事に誘われる機会もあったが、断った。

    黒田 (エースとしての)立ち居振る舞いがある。へらへらするのが嫌だったし、チームの士気にも影響すると思っていた。違うユニホームの選手には敵対心を持って戦わなければいけない。チームメートは守らないといけない。そういう意識が強かった。そうしないとマウンドで目いっぱいインサイドに投げられない。

    生きるか死ぬかの世界で生き抜くすべだった。「自分が弱いことを知っているから。それくらい徹底しないとこの世界では、結果を残せないと思っていた」。高校時代に辛酸をなめた経験から、導き出されたスタイルでもあった。

    06年に広島でFA権を取得し、高額オファーを受けても、国内他球団への移籍は考えられなかった。移籍が活発な米大リーグでも7年間で所属したのは2球団のみ。黒田の謙虚さは、より良い条件を求めて球団と交渉する代理人には珍しく映り「メジャーリーガーで最も自己評価が低い選手」とまで言われていたほどだ。

    甲子園出場がかなっていれば、黒田の野球人生は大きく変わっていたかもしれない。いや、変わっていただろう。本人も認める。

    黒田 たぶん変わっていたと思う。でも、そこからおかしくなっていたかもしれないし、野球をやめようと思ったかもしれない。万が一、いい投球をしていたら、そこでプロに入れていたかもしれない。そうなると違う球団でプレーしていたかもしれないし、ここまで野球をできていたかも分からない。全く違う人生だったと思う。

    高校時代に日の目を見なかった右腕が、大投手への階段を上がったサクセスストーリーは、多くの高校球児たちに夢を与えるに違いない。(敬称略=つづく)【前原淳】

    ◆黒田博樹(くろだ・ひろき)1975年(昭50)2月10日生まれ、大阪市出身。「オール住之江」から上宮へ進学。1年秋からベンチ入りするも、3年間で公式戦登板はわずか。3年夏も3番手投手で出番がなかった。専大を経て、96年ドラフト2位(逆指名)で広島入団。01年に初の2桁勝利をマーク。04年アテネ五輪で日本代表として銅メダル獲得に貢献。05年最多勝、06年最優秀防御率のタイトルを獲得。07年オフにFAでドジャースへ移籍し、12年1月にヤンキース移籍。15年に広島復帰、16年のリーグ優勝に大きく貢献した。日米通算533試合に登板して203勝184敗1セーブ、防御率3・51。大リーグ通算79勝は野茂(123勝)に次ぐ日本人2位。現役当時は185センチ、93キロ。右投げ右打ち。

    (2017年12月12日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190108-00434613-nksports-base

     8月19日に行われた横浜DeNA対広島18回戦、今季40試合目の登板となった広島の中継ぎ・アドゥワ誠投手(19)に対し、野球解説者の小田幸平氏が体を気遣う場面があった。

     この日の試合は9対7で横浜DeNAの追い上げをかわした広島が勝利し、マジックを「28」とした。アドゥワの出番が訪れたのは7対2でリードしている5回だった。

     広島2番手・今村をリリーフする形で40試合目のマウンドに上がったアドゥワは、2イニングを投げ無失点。ランナーは出したものの要所を締めて4勝目を手にした。試合後にヒーローインタビューに応じたアドゥワは6回のピンチを振り返り「キクさんのファインプレーに助けられた。残り試合はまだあるので、1戦1戦しっかりと戦っていきたい」と答えた。

     この試合を終えて防御率は2点台(2.96)となり、優勝を目指すチームの貴重な中継ぎとして期待されるアドゥワの今後について、AbemaTVで解説を務めていた小田幸平氏は「体のケアが十分にできているか心配」と言及すると、自身の経験を踏まえて次のように述べた。

     「彼はまだ19歳。自分は21歳で社会人から巨人に入りましたけど、マッサージしてもらいたいなと思っても先輩方がいて、ビタミン剤を飲むふりだけして部屋を出たことも多々ありました。ビタミン剤が欲しいわけではなかったんですが(笑)。桑田さんら先輩がいるのに、自分が、というわけにはいかなかった。19歳で40試合も投げているんで、ちょっと心配になりますね」と、将来有望な若鯉のコンディションを気遣った。

     2年目のアドゥワは今季開幕から1軍で中継ぎを任されている。4月26日の横浜DeNA戦でプロ初ホールドを記録し、この時の「19歳6ヶ月」は球団最年少記録となっている。ナイジェリア出身の父と日本人の母の間に生まれ、母は元バレーボール選手。アドゥワ自身も196cmと恵まれた体格を受け継いでいる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180820-00010006-abema-base

     広島の新井貴浩内野手(40)が21日、本拠地で全体練習に参加。投内連係プレーの確認やシートノック、フリー打撃などをこなし、若鯉に負けず約2時間、みっちりと汗を流した。交流戦を終えて2日間の休養を挟んでおり、動きは軽快だった。

     23日からリーグ戦が再開、本拠地で2位阪神との3連戦を控える。「一試合一試合の積み重ね。(阪神とも)まだ3カードしか終わっていないし、どこが相手でもしっかり戦うだけ」。対戦成績は3勝6敗と負け越しているが、平常心を貫く。登板が予想される左腕・能見に対して「調子がいいみたいだね。新しい球も投げているみたいだし」と新球のシンカーを警戒。「胸を借りるつもりでぶつかっていく」と宣言した。

     また、20日に今季限りでの現役引退を表明したロッテ・井口への思いも語った。駒大時代、2歳年上の青学大・井口は目標だったという。「(井口さんは)東都のスーパースターだった。神宮で試合前のフリー打撃を見るのが楽しみだった。バックスクリーンに大きな打球を飛ばしていたし、憧れの人だった」と振り返り、「そういう(引退する)年齢だし、寂しい気持ちもあるが、お疲れさまでしたという思い」とねぎらった。

     チーム最年長がリーグ戦再開後も精神的支柱としてナインを引っ張る。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170622-00000025-tospoweb-base

     広島にシンデレラボーイが現れた。3日・中日戦(マツダ)でプロ初登板初先発したプロ4年目の中村祐太投手は、打線の援護もあり5回3失点でプロ初勝利を挙げた。昨年25年ぶりにセ・リーグ制覇した広島は、10勝を挙げた黒田博樹投手が現役を引退。戦力ダウンは否めないが、次から次へと若手が出てきてセ・リーグ首位にいる。


     ペナントレースで好位置をキープするが、チーム状況は決して明るいわけではない。特に投手陣はエースのジョンソンが咽頭炎の影響で長期離脱。守護神・中崎もいない。加えて開幕から先発ローテーションに入っていたドラフト3位・床田(中部学院大)も左ひじ痛で出場選手登録を抹消されている。野手も2日に松山が故障離脱した。

     そんな有事にもすぐに新外国人ペーニャが1軍に昇格し、結果を残している。故障者が出ても1軍に次々と戦力を供給する2軍は、人員不足に悩まされる。2軍のローテーション投手が足りないほどだが、水本勝己2軍監督は「1軍が勝てばいい」と愚痴の一つもこぼさない。

     昨年から2軍の指揮を執る。名前になじみがない。それもそのはず。プロでの現役生活はわずか2年。1軍実績ゼロである。昨年、2軍監督に阪神は掛布、中日は小笠原、オリックスは田口と一流選手ばかりが就任した。昨年の開幕前に「トラウマはあるよ」とポツリともらしたこともあった。

     しかし、現役引退後にブルペン捕手を長く務め、ブルペンコーチ補佐、3軍統括コーチ、2軍バッテリーコーチなどを歴任した苦労人は熱いハートで2軍を引っ張る。あるチーム関係者が水本2軍監督のことを「だれにでもモノが言える人」と評した。曲がったことの嫌いな人間で、だれにでも平等に接する。

     若手にもベテランにも平等に接し、多角的な目でチームを見る。1軍予備軍の調整、将来への若手選手の育成、そして試合での勝利。3つのバランスを保ちながら指導する。

     現在、2軍には来年以降の助っ人となる可能性があるバティスタ、メヒアのドミニカからの育成選手がいる。「向こう(ドミニカ)ではなかなか試合ができる環境がなく、野球を知らなかった。去年から野球を教えている」。試合では2枠さいて、実戦を積ませながら来季以降の戦力になるように育てている。

     2軍で勝敗にこだわらないわけではない。それでも同級生の緒方監督が求める戦力補充に努める。水本2軍監督は「1軍が強かったらなんでもいいんよ。1軍が強くなるために、何を補うかを考えながらやっている。パズルをするように」と話す。1軍へ選手を送り、将来を見据えて若手を育成。常勝球団を目指すチームにおいて水本2軍監督の役割は重要だ。

     今、1軍の選手はベテランと呼べるのは新井と石原くらい。投打とも20代の選手がほとんど主力で2軍選手にとっては厚い壁もある。「だからこそチームは強くなる。厚い壁を打ち破って入っていけるのかどうか、そこの差でしょ」と熱く語る。次なる中村祐になる選手を1人でも多く1軍に送り込むために、水本2軍監督は熱い気持ちで指導している。(デイリースポーツ・岩本 隆)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170505-00000056-dal-base

     6日・中日戦(ナゴヤドーム)に先発予定の広島・大瀬良大地投手(25)が3日、マツダスタジアムでの練習に参加。キャッチボールなどで調整した。

     前日2日は同期入団の九里が今季初先発初勝利。「ロッカーで、テレビ中継を見ていました。彼本来のピッチングを見れてすごく熱いものを感じました。同期として一緒に頑張っていきたいです」と力を込めた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170403-00000057-dal-base

     春季キャンプ中に右脇腹の違和感で離脱していた広島・大瀬良大地投手(25)が7日、マツダスタジアムに隣接する室内練習場で約1カ月ぶりに打者相手の投球を再開した。実戦を想定した打撃練習で下水流、西川と対戦。力強い投球で順調な回復をアピールした。緒方監督は次回の2軍戦登板を明言。開幕ローテ入りへ期待を寄せた。

     本番さながら強烈なデモンストレーションだった。とても約1カ月ぶりの本格投球とは思えない。直球のキレ、変化球の精度ともに申し分なし。開幕まで3週間あまり。大瀬良が開幕ローテ入りへ一気に浮上した。

     「球の出来も良かったし、差し込めているような反応も多かった。思ってたよりもいい状態でここまでこれた。しっかりとしたフォームで投げられた。あれだけ空振りを取れると思っていなかった」

     大瀬良自身、大満足の復帰登板だ。注目度の高さが期待の大きさを物語る。高ヘッドコーチ、畝投手コーチ、佐々岡2軍投手コーチら首脳陣の視線を受けてマウンドへ。31球の投球練習で肩を温めると下水流、西川相手のフリー打撃に登板。球種を告げながら20球を投げて、安打性2本に封じた。

     ここからが本番だ。防球ネットを外して、さらにギアを上げる。捕手のサインにうなずき、カウントを数える実戦を想定した打撃練習に移行。直球にカットボール、カーブなど変化球を交えた本格投球を披露。打者のべ8人に対して、安打性の当たりは2本と好投。カットボールで西川を空振り三振、内角直球で下水流を見逃し三振に斬る場面もあった。

     2月12日に右脇腹の違和感を訴え、キャンプを途中離脱。無念さを抱きながら、懸命に前を向いた。

     「大事な時期ですごく悔しい気持ちもあったけど、その期間で良かったと思えるように切り替えた。開幕ローテを諦める気持ちはさらさらない。ピッチを上げて食い込んでいけるように準備したい」

     次回は12日のウエスタン教育リーグ・阪神戦(鳴尾浜)に2回40球をメドに登板予定。緒方監督は右腕の心意気を買った。開幕ローテへの決意を伝え聞き、「その意識をもってやってもらえればいい。彼からしたら一発テストになる。結果、内容を出してくれればこっちも考えている。結果を出せなければ難しくなる」と見通しを示した。

     開幕ダッシュへ、大瀬良の存在は欠かせない。“ポスト黒田”の大本命が、逆転ローテ入りを射程に捉えた。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170308-00000010-dal-base

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