広島カープブログ

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    達川光男


    ◇セ・リーグ 広島1―2DeNA(2020年6月21日 横浜)  元広島監督で野球解説者の達川光男氏(64)が21日、NHK「サンデースポーツ2020」(日曜後9・50)に出演。開幕第3戦となった同日のDeNA戦(横浜)で7回零封の好投を披露しながらチームのサヨナラ負けで初勝利新人一番乗りを逃した広島のドラフト1位ルーキー、森下暢仁投手(22=明大)を絶賛した。


     この日がプロ初登板初先発だった森下は7回8奪三振の4安打無失点と好投。だが、1―0で迎えた9回裏に登板した新守護神・スコットが先頭から4連打されてチームは1―2で悪夢のサヨナラ負けを喫し、森下は両リーグ新人一番乗りとなる初勝利を逃した。  この結果を受け、達川氏は「自信持ったと思いますよ。なぜかというと、立ち上がりすごく悪かったんですよ」と2回には2安打1四球で2死満塁のピンチも招いた森下の投球に触れてから「途中から、5回、6回のピッチングあたりはね、もう非の打ちどころがないです。素晴らしい」とキッパリ。

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    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/2735b833020f602e50ae742c1baa795b1d0699c8

    みなさん、こんにちは。先日、元カープの助っ人ラロッカの奥さんからFacebookで「夫(ラロッカ)のデッドボールの記録はまだやぶられてない?」と聞かれたザ・ギース尾関です。



    さて、東京は自粛となり3週間が過ぎました。毎日家での生活が続きますね。早く日常に戻って、あの広い球場で思う存分野球をみたい…。

    というわけで野球不足の現状を打破すべく、今回「プロ野球の名シーン弁当」を作ってみました。これで野球不足を少しでも補って頂けたらと思います。まずはこちらの名シーンから。

    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/01dbc529481b2db6e3267908405bc9c1804e1604

     暗い話題が多い、こんな時だからこそ、楽しいことを考えないと!! そこでスポニチが独断と偏見に想像力も働かせて、つくってみました。時代を超えた「ご当地オールスターチーム」。一時代を築いた名選手たちが同じチームだったら……。読者の皆さんも本紙選定チームを叩き台にしてオリジナルチームを選考してみては。今回は広島です。

     各地区のドリームチームの中でも、広島の外野のレベルの高さは群を抜く。ミスター・赤ヘル山本浩二(廿日市)、世界の鉄人・金本知憲(広陵)、そしてトリプルスリー・柳田悠岐(広島商)と現役を含めて、各世代を代表する名手がそろっている。

     金本のプロ入団時の監督が山本だった。子供のころからの憧れ。「監督がスタメンに悩むことのない存在になりたい」というのが、フルイニング出場へのこだわりとなった。大差がついても、雨が降っても、骨にヒビが入っても、金本は試合に出続け、1492試合連続フルイニング出場の世界記録につながった。

     阪神でも03年、05年のリーグ優勝に貢献。「アニキ」としてファンに慕われた。00年にはトリプルスリーも記録。柳田もパMVPに輝いた15年にこの勲章を手にした。打力だけでなくスピード、肩を兼ね備えた外野陣だ。南海、松竹などで活躍した「神主打法」の岩本義行(広陵中)も50年に・319、39本塁打、34盗塁で初代のトリプルスリーを記録した外野手だ。

     日本記録の3085安打をマークした安打製造機・張本勲(松本商・浪華商)は45年8月に広島で被爆した体験を今も語っている。「物干し竿」と呼ばれた長尺バットで一世を風靡(ふうび)した藤村富美男(呉港中)は押しも押されもせぬ初代ミスタータイガース。チームが8球団中、6位に沈んだ49年には安打、本塁打、打点のシーズン記録を更新し、MVPに選ばれたほどだ。

     メンバーには入らなかったが、記しておかなければならない広島出身の野球人がいる。石本秀一(広島商)は監督として広商野球の礎を築いた後、プロ野球6球団で監督を務めた。戦前1936年には大阪タイガース2代目監督となり、打倒巨人の意識を浸透させ、今日の伝統の一戦に繋げた。50年には広島の初代監督にもなった。

     さらにタイガース創立時のメンバーで、いずれも広陵中出身の捕手・小川年安、遊撃・岡田宗芳、同じく巨人の初代メンバー田部武雄はそれぞれ召集され、戦死。認知度も低い職業野球に情熱を注ぎ、戦争に苦しんだ先人の思いを、危機に直面した今、思い起こしたい。

     さてメンバーは捕手・達川光男(広島商)、一塁・新井貴浩(広島工)、二塁・大下剛史(広島商)、遊撃・広岡達朗(呉三津田)で出そろった。エースはロッテで通算215勝したマサカリ投法の村田兆治(福山電波工)。現阪神投手コーチに福原忍(広陵)、現ヤクルト監督の高津臣吾(広島工)ら控えも多彩だ。

     監督として日本プロ野球最多の1773勝を誇る鶴岡一人(広島商)が、広島のじゃけえ軍団を率いる。「グラウンドには銭が落ちてる」と選手の目の色を変えてみせるはずだ。(鈴木 光)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200421-00000012-spnannex-base

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    <ドラフト名場面:セ・リーグ編>

    17日に運命のドラフト会議が行われる。悲喜こもごも…数々のドラマを生んできた同会議だが、過去の「セ・リーグ名場面」を振り返る。



    <ドラフト喜怒哀楽>

    ◆広島 99年に3球団競合で河内貴哉(国学院久我山)を引き当てた達川監督は、松田オーナー代行にもらったお守り代わりのたばこ「ラッキーストライク」を上着の左ポケットに入れていた。交渉権を獲得すると、たばこの箱を取り出し喜びをアピール。

    ◆広島 13年1位で3球団競合の末、大瀬良大地(九州共立大)を引き当てた。阪神和田監督、ヤクルト小川監督にはさまれながら当たりを引いたのは田村恵スカウト。「交渉権確定」の印を確認するとガッツポーズを見せ、眼鏡の奥の瞳を潤ませた。大瀬良は「テレビで田村さんの姿を見ていると、カープがとってくれるんじゃないかと思いました」。まだ無名だった長崎日大3年から見続けてくれた担当スカウトとの縁は深かった。

    ◆ヤクルト かつては相馬和夫元球団社長がくじに強く、社長就任以前から82年荒木大輔(早実=2球団)83年高野光(東海大=4球団)84年広沢克己(明大=3球団)と3年連続で当てると、社長就任後の85年伊東昭光(本田技研=3球団)87年長嶋一茂(立大=2球団)も交渉権獲得。くじを左手で引くことから「黄金の左」と呼ばれた。

    ◆ヤクルト 10年の抽選連敗は吉と出た? 1位の抽選で小川監督が4球団競合の斎藤佑樹(早大)を外した。再入札で楽天と塩見貴洋(八戸大)を争い、これも外して2連敗。3度目の山田哲人(履正社)もオリックスと抽選になり、ようやく交渉権確定となった。小川監督は17年も清宮幸太郎(早実)の抽選に敗れたが、外れ1位で抽選勝ちした村上宗隆(九州学院)が大ブレーク。

    ◆ヤクルト 15年、高山俊(明大)を巡り抽選で阪神と一騎打ち。開封と同時に真中監督は雄たけびを上げ、ガッツポーズを繰り返した。阪神金本監督は、自分のくじを確認しないまま苦笑い。ところが「交渉権確定」の印字があったのは、金本監督のくじだった。真中監督は、NPBマークを当たりだと勘違い。これをきっかけに、外れくじには印字をしないようになった。

    ◆巨人 73年1位指名は、全日本大学選手権で早大を完封した下手投げの小林秀一(愛知学院大)。当時は指名順を抽選で決め、巨人は10番目で江川卓(作新学院)を待っていたが、6番目の阪急に指名されてしまった。そこで急きょ小林となったが、熊谷組への就職が内定していた小林は将来教員になる夢もあり、プロ入りには消極的。結局、1位指名選手に入団を拒否される失態となった。巨人の1位指名拒否はこの1件だけ。

    ◆巨人 92年、13年ぶり監督復帰の長嶋監督が松井秀喜(星稜)を引き当てる強運を発揮した。阪神、中日、ダイエーと4球団競合。最後にくじを引いた長嶋監督が封筒を開けると、右手の親指を立てて満面の笑み。松井は13年、長嶋監督と一緒に国民栄誉賞を受賞している。

    ◆巨人 09年1位で「巨人愛」を貫いた長野を指名。長野は日大時代の06年大学・社会人ドラフトで日本ハム4巡目を拒否。ホンダでは08年ロッテ2位を断っていた。晴れて入団にこぎつけ、新人王、首位打者、最多安打と期待通りの活躍。だが、これも運命か、FA加入した丸の人的補償で広島へ移籍した。

    ◆DeNA 大洋時代の69年、巨人とアトムズ(現ヤクルト)以外には行かないと表明していた荒川尭(早大)を1位指名。拒否した荒川が70年1月、2人組の暴漢に襲われ後頭部を強打する事件が起きた。荒川は交渉期限が切れる同10月、大洋入団。すぐにヤクルトへ移籍するトレード前提の入団となり、開幕から1カ月出場停止処分を受けた。殴打事件の影響からか左目の視力低下に悩み、5年限りで引退した。

    ◆DeNA 88年1位は高校生捕手の谷繁元信(江の川)。夏の島根大会では5戦連続で計7本塁打を放っていた。当時の木庭取締役スカウトは「社会人を通じてもNO・1。ことにキャッチングがうまい。大洋では土井(淳)以来の逸材」と絶賛。「日本一のキャッチャーになりたい」と目標を語った大型ルーキーに対し、捕手では珍しい背番号1が用意された。

    ◆DeNA 89年1位で佐々木主浩(東北福祉大)を強行指名した。持病の腰痛もあり、社会人のヤマハ入りを決意していた佐々木は、1位で指名されても拒否を表明。だが、東北高の先輩、若生取締役スカウトらの熱意ある説得で最終的に翻意。「ハマの大魔神」は日米通算381セーブで殿堂入りした。

    ◆中日 68年、1位で指名した星野仙一(明大)は巨人入りを熱望していた。巨人が指名したのは島野修(武相)。星野は「島と星が違う!」と怒り、打倒巨人へ燃える男となった。

    ◆中日 与田新監督が昨年、4球団競合の根尾昂(大阪桐蔭)を引く強運。4球団の最初に抽選箱に右手を入れた。下から2つ目の封筒を引き上げ、開封を待った。「いくつか触って、感覚でこれだ! と思って引いた」。現役時代にストッパーとして修羅場をくぐってきた勝負強さを発揮した。

    ◆阪神 04年、ドラフト史上最年少となる15歳の辻本賢人投手(米カリフォルニア州マタデーハイスクール)を8巡目で指名。辻本の自宅は兵庫県。メジャーを含む9球団が関心を示す中、星野仙一オーナー付シニアディレクターが「そんなに有望な選手は地元の球団が支えなアカン」と獲得指令を出した。

    ◆阪神 12年甲子園で春夏連覇した大阪桐蔭のエース藤浪晋太郎を1位で指名。4球団競合の末、和田監督が引き当てた。阪神は85年清原から1位の抽選で12連敗中。和田監督らはドラフト当日、都内の神田明神で3万円を投じて祈念。「良縁祈願」のお札をドラフト会場の控室に飾り、担当記者にお守りを配った。夏の甲子園優勝投手が阪神入りしたのは59年金子哲夫(西条)以来となった。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191005-09260481-nksports-base

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