広島カープブログ

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    野村克也

     ◇セ・リーグ 広島3―2阪神(2017年9月18日 甲子園)

     広島のリーグ連覇は1979、80年以来、37年ぶりだ。当時、守護神として連覇に貢献した江夏豊氏(69=野球評論家)が当時を振り返った。(聞き手・内田 雅也)

     18年間のプロ野球生活で広島にいた3年間が最も幸せな楽しい時期だった。80年は開幕前から「勝てる」感覚があった。79年に優勝して適材適所で人材がいた。決して層が厚いわけではなかったが、監督の古葉さん(古葉竹識氏)が「この場面ではこの選手」という用兵を把握していた。

     レギュラーをつくるのは比較的簡単だ。問題は代打、代走、守備要員、投手なら中継ぎ、リリーフをいかにつくり、うまく起用していくかにある。その点、今の緒方監督も選手の特長を生かしてやりくりしている。センターラインの1、2、3番を固めた。15年の就任後、実績のなかった中崎を抜てきするなど今の継投の形をつくった。しぶといチーム。連覇もうなずける。

     南海時代の77年に野村克也監督から「革命を起こそう」と言われ、リリーフ専門となった。79年は広島に移って2年目。春にサチ(衣笠祥雄氏)が「おい、今年は優勝するぞ」と言った。「ウチの穴をおまえが埋めてくれたからな」との言葉はうれしかったが、半信半疑だった。何しろ自分は優勝を知らない。阪神で73年に巨人と最終戦まで優勝争いを演じたが、当時のカープはまた雰囲気が違った。チーム一丸というのかな。自分もその空気に乗せられていった。

     カープでは首脳陣が選手と同じレベルで悩んでくれたり、相談に乗ってくれた。キャンプ地の日南は昼間は喫茶店、夜はスナックになる店があってね。首脳陣と一緒にわいわいやった。恐らく今のカープもそんな雰囲気じゃないのかな。家族と言えば親子だが、首脳陣とも兄弟という間柄のような関係にある。それもまた強みかもしれん。(談)

     ◆江夏 豊(えなつ・ゆたか)1948年(昭23)5月15日、奈良県生まれ。大阪学院高から66年1次ドラフト1位で阪神入り。68年、プロ野球新記録のシーズン401奪三振。73年にはノーヒットノーラン達成。76年に南海へ移籍し抑え投手に転向。78年に広島へ移り、2連覇に貢献した。81年に移籍した日本ハムでも優勝。84年西武で現役引退した。通算206勝158敗193セーブ、防御率2・49。

     ▽広島の前回連覇 1975年の初優勝から4年、79年は7人が規定打席に到達する盤石のレギュラー陣で優勝した。高橋慶彦が初の盗塁王、山本浩二が初の打点王。投手陣は南海から移籍2年目の江夏豊が9勝22セーブで初のMVPと最優秀救援に輝き、北別府学が17勝を挙げた。近鉄との日本シリーズを制し初の日本一。第7戦のラストは9回無死満塁をしのぐ「江夏の21球」だった。

     翌80年はマジック2で迎えた10月17日に阪神とのデーゲームに勝ち、新幹線で大阪から広島へ移動中に2位・ヤクルトが敗れて連覇を決めた。山本が本塁打、打点の2冠王でMVP。江夏が9勝21セーブで2年連続の最優秀救援を獲得した。
    引用元 https://news.infoseek.co.jp/article/sponichin_20170919_0075/

     犠打や進塁打と制約の多いイメージがある2番打者。今季はペゲーロ(楽天)、梶谷隆幸(DeNA)といった攻撃的な2番打者が主流になりつつあるが、広島の菊池涼介は数少ない自己犠牲のできる2番打者だ。

     1日の西武戦で、これぞ2番打者という仕事を見せた。初回、先頭の田中広輔が二塁打で出塁し迎えた第1打席。この場面、田中を三塁に進めたいところ。菊池は2球連続でバントを試みるも失敗。2ストライクと追い込まれたが、1ボール2ストライクからの5球目、先発・十亀剣が投じたインコースのストレートを右方向へ二ゴロ。連続でバントを失敗したが、結果的には田中を三塁へ進塁させ、最低限の役割を果たした。

     この二ゴロにニッポン放送ショウアップナイターで解説を務める野村弘樹氏は「送りバント2つ失敗して、難しいインコースのストレートを簡単に逆方向。この辺でしょうねカープの強さというのは…。自己犠牲を含めてアウトになっても(走者を)進めることができる。そうなると次に入る丸も楽になる」と絶賛。丸佳浩が投ゴロ、4番鈴木誠也が空振り三振に倒れ、得点には繋がらなかったが、広島の強さを象徴するようなシーンだった。

     また、野村克也氏も4月21日に放送された『ニッポン放送ショウアップナイター巨人 - 阪神戦』の中継の中で2番の役割について「典型的な脇役だと思うんですよ。進んで自己犠牲ができる選手が、2番を打つのが一番いいんです」と繋ぎの役割こそが2番打者だと話す。

     ただ菊池は自己犠牲もできるが、ヒットで後の打者に繋ぐこともできる。5月30日の西武戦では、8回二死一、二塁からライトへタイムリーヒット、9回には二死満塁からレフトへ2点タイムリー二塁打を放った。

     バント、右打ちなど何でもできる菊池涼介。“攻撃的な2番打者”にはない、魅力的な2番打者といえそうだ。

    (提供=ニッポン放送ショウアップナイター)

    <ヤクルト8-9広島>◇7日◇神宮

     広島新井貴浩内野手(40)がヤクルト12回戦(神宮)で、土壇場の9回2死一、三塁に代打逆転決勝3ランをぶっ放した。チームは9回に6得点。最大6点のビハインドをひっくり返した。


     ▼広島が9回に3本塁打などで6点を挙げ逆転勝ち。9回に5点差以上をひっくり返したのは、9回裏に6点を挙げてサヨナラ勝ちした14年8月6日ロッテ(2-7→8-7)以来だがビジターの9回表に逆転は11年5月20日中日(0-5→6-5)以来6年ぶり。

     ▼40歳5カ月の新井が9回2死から代打逆転3ラン。土壇場の9回2死から代打逆転本塁打は10年4月3日川本(ヤクルト=代打逆転サヨナラ2ラン)以来、7年ぶり。40代の代打本塁打はプロ野球通算47本目となり、広島では初。80年4月26日に44歳9カ月の野村(西武)が9回1死から代打逆転3ランを放っているが、40代の選手が9回2死から代打逆転本塁打はプロ野球史上初めてだ。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170708-01851858-nksports-base

     昨年25年ぶりのリーグ優勝を果たし、現役引退した広島カープの黒田博樹投手(42)の背番号「15」が永久欠番となることが決定したが、それについて、野球評論家、野村克也氏(81)が、自ら連載している2月20日発売の月刊『本の窓』(3、4月合併号)の「野村の日本プロ野球史」のなかで異議を唱えている。


     広島カープでの永久欠番は“ミスター赤ヘル”こと山本浩二の「8」、“鉄人”衣笠祥雄の「3」に続く三例目。松田元オーナーは、「理由はふたつ。彼の残した成績と優勝したこと。それとお金だけではない価値観をいまの社会に示した」と話した。

     また黒田は引退会見で、「話を聞いたときは鳥肌が立った。恐縮する気持ち。携わっていただいた方のお蔭。ぼく個人というよりも、皆さんの背番号かなと」と語った。このニュースを聞いた野村は、こう綴っている。

    「メジャー球団から年俸二十億円ともいわれるオファーを受けながらも古巣に復帰し、二十五年ぶりのリーグ優勝に貢献した“男気”が評価されたということなのだろう。とはいえ──黒田に対しては何のうらみつらみもないものの──このニュースを聞いて、正直、思った。“永久欠番も安っぽくなったなあ……”」

    たしかに、日本における永久欠番は、巨人軍・沢村栄治の「14」を嚆矢に、川上哲治、金田正一、長嶋茂雄、王貞治など、黒田以前にはわずか十四人しかいない。野村は続ける。


    黒田の功績にケチをつける気は毛頭ない。しかし、彼の背番号が永久欠番になるのなら、ほかになってしかるべき選手がいると思うのだ。その代表がこの私だ。おこがましさを承知で書くが、私の『19』が永久欠番になっていないのはおかしくないか? 

     
     私のほかにも、三冠王を三度も獲得した落合博満や、歴代二位の三百五十勝をあげた米田哲也、通算千六十五盗塁という空前絶後の記録を残した福本豊、川上さんと人気を二分した大下弘さん、稲尾とともに西鉄の黄金時代を築いた中西太さんもなっていない。



    引用元 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170219-00000020-pseven-spo

    【赤坂英一「赤ペン!!」】今回の日本シリーズ、勝っても負けても、広島で一番トクしたのは河田外野守備走塁コーチではないだろうか。第1戦では重盗で鈴木が本塁を陥れて先取点をゲット。第2戦では際どいタイミングで田中を本塁へ突っ込ませ、アウトの判定がセーフに覆って勝ち越し点をもぎとった。いずれも三塁コーチだった河田コーチによるサインや好判断のたまものだった。

     一躍注目の的となった河田コーチ、シリーズ中は常に報道陣に囲まれ、単独テレビインタビューも実現。シリーズ前より格段に知名度が上がったのは間違いない。田中のケースでは野村克也氏にテレビ番組で「本塁突入は間違い」と批判されたが、河田コーチは言う。

    「少々微妙なタイミングでも、どんどん(腕を)回すからな、と選手には言ってます。ぼくに計算違いがあったとすれば、日本ハムの近藤や西川が強い(速い)球を投げたこと。これはぼくが去年まで西武で見ていたイメージと違っていた。そこは修正していますよ」

     だが、第3戦では大谷にサヨナラヒットを打たれた場面で批判が続出。セオリー通り前進守備を敷かず、外野手を定位置より深めに守らせた判断が疑問視されている。

     これに河田コーチは、「首脳陣で協議した結論です。サヨナラの走者の西川を本塁で殺すより、大谷を(飛球を打たせて)アウトにすることを考えました」と回答。ただ、様々な批判には「何を言われても仕方がない」と反論せず。連日の取材攻勢にも「取材はもういいです。ウソだけど」と苦笑いを浮かべた。

     いろいろとあって知名度を上げた河田コーチに比べて、石井打撃コーチは随分控えめだ。第1戦では代役4番松山が大谷から本塁打、第2戦では緒方監督にスタメン起用を進言した小窪が先制打したが「打撃コーチは打てないときに囲まれる立場。選手が打っているときに言うことはない」と口にチャックである。

     ただし、松山が第1戦の試合後「シーズン中までは4番目のバッターのつもりでしたが、今回は4番バッターのつもりでした」と発言したことには、石井コーチも少々顔をしかめた。「あいつはずっと4番目のつもりでいないといかんのに」と言っていたら案の定、当たりがピタリと止まり、第4戦(7番で出場)の試合途中に野間に交代させられている。

     そんな舞台裏の気苦労が続くのも、長くてあと2試合。カープが日本一になり、両コーチが笑い合えればいいのだが。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161029-00000026-tospoweb-base

     今季の球界を沸かせたのは、開幕前の下馬評が高くない2チームだ。絶対的な戦力がなくても、勝てるのはなぜなのか。ベストセラー『師弟』の両著者、勝ち方を知る野村克也氏と宮本慎也氏が総括した。

    引用元 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49741

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