広島カープブログ

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    野村謙二郎

    【名伯楽「作る・育てる・生かす」】#22

    「絶対に2000本を打たせたい」

     2002年のオフ、巨人から広島の一軍打撃コーチに復帰した私に、山本浩二監督が言った。

     チームリーダーの野村謙二郎のことだった。その時点で通算1763安打。2000安打まで残り237本としていたものの、36歳のベテランになって肉体的にも技術的にも難しい時期に差し掛かっていた。長いシーズン、一年を通じてレギュラーで出るのはもう難しい。要所で活躍できるような状態をキープさせることが、打撃コーチである私の仕事だった。

     山本監督は続けて、「2年で達成させたい」と言った。結局、03年は打率・274で85安打、04年は同・270で97安打。目標の2年間では達成できず、残り55本で05年シーズンを迎えた。

     先発出場の機会も減っていたが、山本監督は「シーズン前半だけはスタメンを多くしよう」との方針を打ち出した。野村は生え抜きの幹部候補生で、95年にトリプルスリーをマークするなどカープの功労者。その功績に報いてやりたいという監督の親心だった。

     そうして始まった、05年のある日の試合後のこと。帰宅して夕食を取っていると、インターホンが鳴った。出ると、野村が玄関先に立っている。何事かと思ったら、やおらバットを差し出し、「プレゼントします」。その日の試合で2000安打へマジック1とするヒットを放った際の“記念のバット”。そこには「1999本」「みんなに感謝」と記してあった。

     記録を達成すると記念品を作る。しかし、そういう人に配るためのバットではない。1999安打を放った実物を持ってきてくれた。粋なことをすると感激した。すでに最多安打と盗塁王を3度ずつ獲得している選手。駒大の後輩ではあるが、少しは後押しできたのかなとうれしく感じた。まさにバッティングコーチ冥利に尽きることだった。

    ■「左投手には牽制させろ」

     監督時代の野村は緻密な野球にこだわった。例えば左投手に牽制球を投げさせると、打者へ投げる際も開きが早くなる傾向がある。甘い球がきやすくなるのだから、一塁走者は意識してリードを取ること。牽制された際、何歩のリードなら戻れるのか。ヘッドスライディングでギリギリ戻れる場所はどこか。球界では「走塁が一番難しい」といわれるが、そういうことを選手に求めた。

     野球は点取りゲーム。走者が一、二塁止まりか。一、三塁にするのか。足が速い、遅いは関係ない。一つでも前の塁へ進塁する。少しでも点を取りやすい状況に持っていく。たとえ足が遅い新井貴浩でも、1本の安打で一塁から三塁へ進塁する意識を持っている。これがカープ野球の原点だ。野村監督の功績は他にもある。

    (内田順三/前巨人巡回打撃コーチ)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200208-00000007-nkgendai-base

    【名伯楽「作る・育てる・生かす」】#21

     1990年、ロッテへ移籍した高橋慶彦に代わり、入団2年目の野村謙二郎がショートのレギュラーに定着した。

     足は速いし、小力がある。入団当初は外野を守っていて守備力も高かった。しかし、1年目のキャンプで膝を痛めた。ドラフト1位指名を受けた後、オフの間に体重が増え、それが膝に負担をかけた。今のように新人は徐々に慣らしていくという時代ではない。同じ駒大出身の大下剛史ヘッドコーチは、野村をどう育てるか、どう使うか、構想を練っていた。次のショートをつくろうと思っていた矢先、すぐに故障してしまったのだ。

     大下ヘッドは当然、凄いけんまくで野村を怒った。

    「貴様なんか荷物をまとめて広島へ帰れ!」

     ドラ1の有望株。チームの期待も高かった。でも、野村はのんびり構えているようなところがあって、“鬼軍曹”のカミナリが落ちたのだ。

     すると、不思議な現象が起きた。「全治1カ月」という診断だったはずが、なんと膝の痛みが消えたというのだ。我慢していた可能性もある。今のようにMRI検査もない。当時の医師も驚いた現象で、野村は2、3日で戦列に復帰した。

    ■初球から振っていく積極果敢な1番

     大下ヘッドが怒ったのは、駒大の後輩でもある野村の1位指名を球団に進言したからでもあった。プロとしての自覚を持て、というのはもちろん、自分の置かれている立場をよく考えろ、ということだったようだ。

     打順は主に1番。当時はまだ、「1番打者はボールをよく見ていけ」という時代。初球から打つなんて常識外れだった。

     しかし、野村は四球を選んで塁に出ようとはしない。第1ストライクから振りにいくタイプで、超積極的な1番だった。

     今は軸足に体重を残し、球を呼び込んで打つのが主流だが、当時の野村は打ちにいきながら、間合いを取り、体の前でさばくスタイル。どんどん振りながらタイミングを合わせていた。ポイントを前にして打った方が打球は飛ぶが、落ちる変化球など、ボール球を振りやすい。案の定、ワンバウンドに手を出すなど、粗っぽさが目立ったが、山本浩二監督、大下ヘッドら首脳陣は、野村のスタイルを尊重。「なぜボール球を振るんだ」と責めることなく、我慢しながら見守っていた。今となっては「好球必打」という打撃の基本を、当時から貫いていた。

     そんな野村が、「感謝の意を込めて」と私にバットを持ってきたのは、1999本目を打ったその日のことだった。

    (内田順三/前巨人巡回打撃コーチ)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200206-00000007-nkgendai-base

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     広島の小園海斗内野手(19)がデイリースポーツの新春インタビューに応じ、2年目となる今季へ向けて遊撃の定位置奪取を目標に掲げた。ルーキーイヤーの昨季は58試合に出場しプロ初安打、初本塁打を放つ一方で、守備では失策でチームの足を引っ張ったこともあった。すべての経験を力に変え、大きな目標へ突き進む。=インタビュー1

      ◇  ◇

     -あけましておめでとうございます。2年目を迎えた。春季キャンプ、そしてシーズンへ向けての目標は。

     「あけましておめでとうございます。もちろん、ショートでレギュラーを取りたいと思って去年の秋季キャンプを過ごし、自主トレもやっています。その思いで臨みたいと思っています」

     -遊撃への思いは。

     「去年は1年目から1軍で試合に出場させてもらいました。悔しいことがいっぱいあったので、さらに活躍してやろうと強く思うようになってきた。その気持ちがうせたら野球選手は終わり。そう強く思いながら春季キャンプに入っていきたい」

     -昨季は開幕1軍をつかみ、58試合に出場し打率・213、4本塁打、16打点、1盗塁だった。

     「こんなに試合に出られるなんて考えてもいませんでした。すごく大きな経験になったし、もっともっと成長したいと思うようになりました。プレーの内容や成績については、全く満足はしていません。チャンスで1本打っていたらチームが勝っていたという試合がある。守備も同じ。自分がエラーをしたことによって負けたことがあった。1日1日が濃くて、本当に良いシーズンを過ごさせてもらったのは確かです。でも悔しかった記憶が大半ですね」

     -6月には3試合連続で失策したこともあった。

     「ファンの方からの声援とかがすごくて、最初のころは緊張が続いていました。大事に捕りにいき過ぎて、足が止まってしまったのが原因。自分の武器は守備でも積極性なんですが、このときはちょっと消極的になっていた自分がいた。ちょっとした余裕じゃないけど、それくらいの気持ちでグラウンドに立てていれば違っていたかもしれません」

     -良い思い出は。

     「プロ初打席で初ヒットを打ったり、ホームランも4本打つことができました。猛打賞や4安打の固め打ちもしたかな。そんなに打ったことは2軍ではなかったことなんです」

    去年の経験生かす

     -苦しい経験も良い経験も、2年目への財産になる。

     「再昇格したときは積極的なプレーができました。苦い経験を反省できたからこそです。今後、もっと苦しいことがあると思うけど、そのときにどうやって壁を乗り越えていけるかが大切。去年の経験を生かして、いろいろ考えながら自分の幅を広げていければと思っています」

     -春季キャンプから競争が始まる。主に田中広とのポジション争いになる。

     「守備、打撃、走塁、経験値など、すべての面で勝っているものはありません。その中で自分の持ち味を出していきたい。若さだったり積極性だったりを。チャンスは少ないと思うので、それを確実につかみ取りたいです」

     ◆小園 海斗(こぞの・かいと)2000年6月7日生まれ、19歳。兵庫県出身。178センチ、84キロ。右投げ左打ち。内野手。背番号51。今季推定年俸1000万円。報徳学園から2018年度ドラフト1位で広島入団。プロ1年目の19年6月20日・ロッテ戦(マツダ)で初出場初先発(1番・遊撃)。




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200106-00000032-dal-base

    【核心直撃】広島の小園海斗内野手(19)が来季へ向け、宮崎県日南市で行われている秋季キャンプで猛練習に励んでいる。今季はルーキーイヤーながらシーズン終盤に遊撃のスタメンをつかみ、58試合に出場し打率2割1分3厘、4本塁打、16打点の成績を残した。飛躍を期す若鯉に現在の取り組みと今後の目標を聞いた。

     ――今はどんなことに取り組んでいる

     小園 打撃なら(今は)一発で仕留められていないので、少しでもその確率を高められるようにやっています。いい投手をどう打っていくのか、ですね。守備なら入り方で、打球のバウンドのつかみ方とかです。どちらも自分だけではできないので、コーチやいろんな選手に聞いたりしてやっています。

     ――春季キャンプでは打撃は松山を参考にしていた

     小園 そうですね。それは今も変わらないです。松山さんもそうですし、(秋季キャンプに参加している)西川さんも同じ左打者でカープで一番いい打者なのでいろいろ質問できる機会だと思っています。

     ――一軍ではいろんな選手に質問していた

     小園(鈴木)誠也さんは右左で違うんですけど(打席に)どういうイメージで入っているかとか聞いていました。ボールの見方とかは一緒だと思うので。

     ――来年は遊撃のレギュラーを目指している

     小園 はい。自分はまだレギュラーではないと思っています。田中(広輔)さんがいるので、厳しいんですけど近づけるよう頑張りたいと思います。

     ――いずれ球界を代表する遊撃になりたいと言っていた

     小園 そうですね。周りの人にそう言われる選手ですね。(巨人の)坂本(勇)さんとか。守るだけじゃなくて、打って走ってっていうのが全部高いレベルでできる人ですね。日本を代表するような選手です。

     ――そのために何が必要か

     小園 走塁と打撃ですね。守備もまだまだなんですけど、自分の中で安定してできるようになってきたので。今年は8番が多かったんですけど、目標は3番とか中軸を打てるような打者を目指している。そこを打てるように頑張りたいです。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191108-00000028-tospoweb-base

     広島の緒方孝市監督(50)が1日、マツダスタジアムで会見し、今季限りで辞任することを表明した。

    「シーズン4連覇、悲願の日本一という目標の中で戦ってきたが、期待に応えることができず、それは監督としての責任。カープはいかに若い選手を育てながら戦い、試合に勝つか。そういう思いの中で戦ってきた。全力で最後までやり切ったという思いでいる」

     球団史上初のリーグ3連覇を達成したが、今季はFAで巨人に流出した丸の穴が埋められず、70勝70敗3分けで勝率5割。最後は6連勝した阪神に抜かれて4位に終わった。正遊撃手の田中広の不振、守護神を務めた中崎ら救援陣が安定感を欠いたこともあり、なかなか浮上できなかった。8月下旬に3番のバティスタがドーピング違反で戦線離脱。怠慢な走塁を見せた選手に緒方監督が暴力を振るったこともクローズアップされた。結局クライマックスシリーズにも進めず、責任を取る形でユニホームを脱ぐことになった。

    ■後任は佐々岡コーチと一騎打ち

     後任の有力候補は前監督の野村謙二郎氏(53)と今季一軍投手コーチを務めた佐々岡真司(52)。中でも野村氏が最有力とされるのは、球団にこんな思惑があるからだ。

     2010~14年までの前政権は5、5、4、3、3位。はっきりいって成績は良くないものの、1番田中、2番菊池、3番丸の「タナキクマル」が緒方時代の16年からのV3に大きく貢献した。この3人は野村監督時代に育成された秘蔵っ子である。広島のさるチーム関係者が言う。

    「主に4番を務め、首位打者になった鈴木誠也にしても、高卒の早い段階から野村前監督にチャンスをもらい、我慢強く起用してもらった恩義がある。新井ら若い監督候補もいる中、野村さんへの“先祖返り”が検討されているのは、チーム崩壊の危機を避けたいからではないか」

     今季、会沢、菊池涼、野村の主力3人が国内FA権を取得。会沢はリーグトップの得点圏打率・351をマークした打てる捕手で、二塁の名手・菊池は昨オフにポスティングシステムを利用したメジャー移籍を球団に要望している。今季6勝5敗、防御率4・06に終わった野村にしても、16年に16勝を挙げて最多勝に輝いた実績を誇る。

    「現段階で3人全員が流出の可能性があるから球団も頭が痛いところ。予定では来年には田中、今村。21年には大瀬良、中崎。22年には誠也と、毎年のように主力がFA権を取る。球団として流出に慣れているとはいえ、みんなに出て行かれたらチームは崩壊する。今の主力が駆け出しの頃に使ってもらい、頭が上がらないのが野村前監督。流出に歯止めをかけるための切り札になり得る監督なんです」(前出の関係者)

     これで困るのは巨人の原監督である。リーグ優勝は奪回しても、今季も広島に負け越し(10勝14敗1分け)。天敵の戦力を削ぐことも兼ね、FA権を持つ広島の質の高い選手に目を光らせている。野村氏の復帰で主力が相次いで残留を決断すれば、原監督は舌打ちすることになる。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191002-00000035-nkgendai-base

     広島の緒方孝市監督監督(50)が2019年10月1日、マツダスタジアムで会見し、今季限りでの退団を発表した。

     今季は球団初のリーグ4連覇を目指してスタートを切ったものの、開幕から5カード連続の負け越しでつまずきスタートダッシュに失敗。レギュラーシーズン最終戦までAクラス残留をかけての戦いが続いたが、チームは2015年以来の4位でシーズンを終えた。緒方監督はこの責任を取る形でユニフォームを脱ぐことになった。

    ■過去、指導者経験なしの監督はミスター赤ヘルのみ

     緒方監督の退任に伴い、チームの再建が急務となったフロント。来季に向けての第一歩となるのが新監督の選定だ。鯉党からは前監督の野村謙二郎氏(53)の復帰待望論が根強く、リーグ3連覇の土台を作った実績は評価が高い。理路整然とした野球論にも定評があり、「実績」、「知名度」、「期待度」は他の監督候補らの上を行く。

     「知名度」でいえば、広島、ヤンキースなどで活躍した黒田博樹氏(44)も群を抜く。MLBで複数球団からオファーがあったものの、それを蹴って2014年に古巣・広島に復帰。黒田の「男気」は多くの野球ファンから称賛された。また、現役時代「孤高の天才」と称された前田智徳氏(48)のカリスマ性、昨年引退した新井貴浩氏(42)のリーダーシップは高く評価されている。

     ただ、黒田氏ら3人に共通しているのが指導者の経験がないこと。前田氏は2013年に一軍の打撃コーチ補佐と選手を兼任していたが、指導者としての実績はほとんどない。黒田氏、新井氏もまた、引退後はスポーツ紙の評論家や野球解説を務めるなど、ともに現在は現場から離れている。広島の歴史を紐解くと、指導者の経験がなく、いきなり監督になったのは事実上、ミスター赤ヘル・山本浩二氏(72)だけである。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191001-00000007-jct-spo

     「広島-ヤクルト」(15日、マツダスタジアム)

     広島のブラッド・エルドレッド氏が15日、引退セレモニーを前にマツダスタジアム内で記者会見を行った。一問一答は以下の通り。

     -引退を決めたのはいつ?

     「昨年シーズンオフに再契約をしないということがあって、自分の気持ちとしてはどこかNPBのチームでやりたいなという気持ちがあったので、春先はそれに向けて準備をしていました。契約ができるデッドラインが近づいてくるに至って、何もオファーが来ないと。その期限の日が来た時に『じゃあもうこれでおしまいかな』と決断しました」

     -米国の生活でも日本の言葉は出るか。

     「時々ちょろっと言葉が漏れることがあります。子どもたちも自分の応援歌を口ずさんでいる時がありますし、言葉は思い出せませんが、そういうことはありますね」

     -打撃練習中、応援歌は聞こえていたか。

     「もちろん聞こえていました。やっぱりあの曲を聴くと、自分の応援歌だなと思い出しますし、耳に入ってくると現役時代の記憶が戻ってきます。本当にそういうのが聞こえなくなるというのはさみしいですけど」

     -打撃練習中に折れたバットはひびが入っていたのか。

     「そうです。折れていました。現役時代に彼(山下打撃投手)には何本もバットを折られたので、見返してやろうと。倉庫に折れたバットがあると聞いたので、それを持ってきて、『折れた』として、困らせてやろうと、演出です」

     -17年の優勝決定日に鈴木をおんぶしたのが印象的だが、今日は鈴木と言葉を交わしたか。

     「その場面のことの話はしていませんが、今日球場で誠也といろんな話をしました」

     -実際に使っていた自転車の今後は。

     「皆さんが自転車と自分をリンクさせてくれて、思い入れを作ってくれているのはうれしいです。それだけ日本の一つの文化に溶け込んでいるのかなと見てくれていると思うので、うれしいです。自分も最近自転車に乗っていないし、子どもを自転車に乗せていないので、もう一回やってみたいという気持ちもあります」

     -午前中の広大病院慰問とチャリティーオークションについて。

     「自転車をチャリティーオークションにかけると聞いて、いいアイデアと思いました。病気で苦しんでいる子どもたちに何か手助けできればやっていきたいと思っていたので、喜んでいます。病院の慰問は、子どもたちが笑顔で迎えてくれたので、彼らの中に少しでも明るい気持ちが芽生えたのであれば行ってよかったと思います」

     -カープのユニホームに袖を通した心境は。

     「おそらくカープのユニホームに袖を通すのは今日が最後。いろいろ考えていたけど、これから着ることをできないと考えるとさみしくなるけど、残り少ない時間を楽しもうと思います」


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190915-00000152-dal-base

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