広島カープブログ

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    高橋建

     【3月12日】

     鳴尾浜球場のビジターベンチを訪ねると、佐々岡真司と懐かしい話になった。自軍のエラーを喜ぶなんてあり得ない。でも、あの夜だけは…。1999年5月8日だから18年前。僕が取材者として唯一現場で目撃したノーヒットノーラン。古い話になるが、その主役に当時を振り返ってもらった。


     「九回は足がガクガク震えたな…。野手もガチガチだったよ。のむさんは『エラーして良かったと思ったのはあのときだけ』と言うとった。最後は皆マウンドで喜んでくれてね。あ、一人だけ俺にチョップしてきたやつがいたな…」

     3年前からカープ2軍投手コーチを務める佐々岡は球史に名を刻んだ中日戦を懐かしむ。「のむさん」とは野村謙二郎のこと。快挙まであと2人となった九回1死。中前へ抜けそうな当たりを遊撃手野村がはじいたが、記録は「E」。広島市民球場を包んだ大歓声を今もはっきりと覚えている。

     カープは佐々岡以来、2012年に前田健太が達成するまで12年間ノーヒッターは生まれなかった。阪神は04年の井川慶以来だからやはり12年間遠ざかる。念のため調べてみると完全試合を含むノーノーはやはりというかさすがというか、巨人が15度で最多だった。

     10日から阪神の2軍は広島と3連戦を戦った。甲子園の1軍と並行して鳴尾浜で取材しておきたかったのはローテ候補の現在地。前日は岩貞祐太、この日は横山雄哉。教育リーグで先発した彼らの印象を佐々岡に聞くと、「2人が上で働かないと阪神は苦しいだろうし、逆にフル回転すれば他球団はすごく嫌だな」。佐々岡はとくに岩貞はカープにとって鍵になる存在だという認識がある。なぜか。

     背番号17が昨季挙げた10勝の内訳はDeNAに4勝、巨人に3勝、ヤクルトに2勝、中日に1勝。広島にだけ白星を挙げられず6戦4敗、防御率4・59。被打率・163、防御率0・58と対戦別で最も得意にした巨人とは対照的である。だから、一転雪辱されれば怖いというわけだ。18年前、佐々岡のノーノーを広島のブルペンで味わった現阪神2軍投手コーチの高橋建に聞いてみた。元同僚の黒田博樹が完投を美学にしていたことに触れ、岩貞に期待を寄せる。

     「僕のエース理論は完投できる投手。どこが相手でも勝てる投手。長いイニングを投げられる投手。彼(黒田)は自分なりの美学を貫きましたよね。僕から見ると単純に格好いい。岩貞は完投を目指せる体力の持ち主だし、そういう投手であってほしいと思う」

     この日、巨人戦に先発した能見篤史もイニング数にこだわってきた男。岩貞には「イニングを伸ばしていかないと」と要求は高い。佐々岡は言う。「先発すればまず完全試合を目指し、次にノーヒット。そして完封、完投…。若い投手には足が震えるような経験をしてほしい。野手もガチガチになるような」。ちなみにあの夜、広島の左翼で足を震わせていたのは…マウンドで佐々岡に馬場チョップをかまして喜んだ、あの人です。=敬称略=(デイリースポーツ・吉田 風)


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170313-00000034-dal-base

     「広島春季キャンプ」(12日、日南)

     広島ドラフト2位の高橋昂也投手(18)=花咲徳栄=が12日、1軍キャンプに初参加し、ブルペンで64球の熱投を披露。しなるような腕の振りからキレのある球を投げ込んだ。今回は1軍の“1日体験”のため13日からは2軍キャンプに戻るが、投球を見守った松田オーナーや首脳陣は評判通りの実力を見せつけた左腕を大絶賛した。

     午前10時20分から始まった投手陣のブルペン練習。その先陣を切って高橋昂がマウンドに上がった。受けるのは正捕手の石原。その後方では緒方監督が目を光らせ、松田オーナーも視察に訪れた。右隣ではエース左腕のジョンソンも投球練習を開始。並の新人なら腕が縮こまってしまいそうなシチュエーションだが、強心臓の18歳は物怖じすることなく、快速球を投げ込んだ。

     自慢のストレートに2種類のカーブ、スライダー、フォーク、シュート。多彩な持ち球を駆使しながら64球の熱投。投げ終えると石原から「ナイスボール!」という賛辞とともにグータッチを求められた。高橋昂はちょっぴり戸惑いながらもコブシを合わせて1軍初投球を終えた。

     「あれだけ多くの人には見られたことがなかったので…。でも、思ったよりも自分のペースで投げられた。すごくいい経験をさせてもらいました」。この日は他の高卒新人3人とともに1軍を“1日体験”。前夜は、みんなで「1軍ってどんな雰囲気なんだろう」と想像をかき立てた。緊張感いっぱいで天福球場にやってきたが、そこは「高校BIG4」と評され、甲子園の大舞台も経験した左腕。少々のことで萎縮するような心臓ではない。

     畝投手コーチは「腕の遅れて出てくる感じはジョンソンとよく似ている。特に右打者の外へのボールはいい球だった」と話せば、緒方監督も「いい素材が入ってきた。楽しみを感じた」と絶賛。さらに松田オーナーも「監督が見ていて、石原が受けて、あの状況であれだけの球を投げられるのはすごいと思わんか?度胸がある。慌てることなく大きく育てていきたい」と、期待値の高さを口にした。

     大物の片りんを見せつけた高橋昂だが、足元はしっかりと見据えている。16勝右腕の野村の投球をじっくり観察。「テンポが良くてコントロールもいい。これぐらいの制球力と球のキレがないと1軍では通用しないんだなと感じた」と自らの目指すレベルも確認した。

     13日から再び2軍での練習が始まるが、「できるだけ早く(1軍の戦力として)チームに貢献したい」ときっぱり。この日の貴重な経験を胸に刻み、未来のエース左腕はさらなる進化を誓った。


    引用元 https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2017/02/12/0009910799.shtml

     「巨人4-6広島」(10日、東京ドーム)

     広島カープがついに、ようやく、25年ぶりにリーグ優勝を手にした。12球団で最も遠ざかっていた頂点。就任2年目の緒方孝市監督(47)が7度、宙を舞った。

      ◇  ◇

     年のせいではないだろう。涙が自然と流れた。なにせ25年ぶりの優勝だから。緒方監督をはじめコーチ、選手、裏方さんや球団関係者、カープに関わったみんなにありがとうと言いたい。松田オーナーはもちろん亡くなった先代オーナーも喜んでいるだろう。ワシをはじめOBも大喜びじゃ。

     今年は春季キャンプに臨時コーチとして参加させてもらった。キャンプでは「あいさつと笑顔を忘れるな」と何度も言った。それがチームワークにつながると思ったから。

     シーズン中、野村が内野手にミスが出てムッとした表情を見せたことがあった。同じ投手として気持ちは分かる。ただ、翌日「あんな顔をするな。“もう1回行くよ”と声をかけろ」と注意した。その後は味方が失策を犯しても声をかけていた。今季は攻撃陣が良かったが、野球は持ちつ持たれつの部分がある。その点ではチームが一つにまとまっていた。

     1997年限りでユニホームを脱いで評論家になった。05年に現場に戻ったが、それ以外の年は開幕前の順位予想で「カープ優勝」と言ってきた。意地になった部分もあるし、優勝してほしいという願いもあった。信じてきてよかった。

     思い返せば沖縄から広島に来て半世紀。言葉も違えば風習も違う。野球を辞めたら沖縄に帰るつもりでいた。

     75年の初優勝時は阪神にいた。カープを見返そうと頑張ったが、最後はカープのユニホームで現役を終えたかった。ちょうど黒田や新井のように。現役を終えてコーチまでさせてもらい、今も野球に携わることができている。

     ワシの人生はカープなくしてなかったこと。先輩や後輩に恵まれた。それだけにカープへの思いは強い。今はOBとしてじゃなく、一番のカープファンと思っている。

     今季はチーム一丸で勝ち取った優勝。みんなで勝利の美酒に酔いしれてほしい。ただ、ここがゴールじゃない。キャンプ最終日に「日本一」と言った。カープファンの思いを成就してもらいたい。(広島カープOB会長、デイリースポーツ評論家)



    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160911-00000035-dal-base

     ドジャースの前田健太が現地時間6日(日本時間7日)、パドレス戦でメジャー初登板・初先発し、6回を無失点に抑え初勝利を飾った。前田は日本時代、広島でプレーし長年エースとしてチームを引っ張った。

     その広島から海を渡った選手はメジャーで活躍した選手が多い。昨季8年ぶりに広島に復帰した黒田博樹がその一人。黒田は07年オフにFA宣言し、ドジャースへ移籍。1年目の08年に9勝を記録すると、翌09年には日本人投手では史上3人目の開幕投手を務めた。

     メジャー挑戦3年目の10年に11勝を挙げると、11年も13勝をマーク。ヤンキースに移籍した12年は自己最多の16勝を記録し、14年まで5年連続で二ケタ勝利を飾った。

     黒田は日本時代ストレートを主体とした投球スタイルだったが、メジャー挑戦後はストレートとはほぼ変わらないスピードで微妙に変化するツーシームを軸に打たせて取る投球スタイルに変更。この球種で並みいる強打者たちをねじ伏せた。

     黒田が広島を退団した後の先発の大黒柱コルビー・ルイスは、現在もメジャーでプレーする。ルイスは08年から2年間広島でプレー。その間、2年連続二ケタ勝利、2年連続最多奪三振のタイトルを獲得した。

     09年オフに家族の健康を理由からアメリカでプレーすることを希望し退団。翌10年、レンジャーズに加入し、2年連続で二ケタ勝利をマークするなど、2年連続地区優勝に大きく貢献した。

     12年と13年は故障に泣かされ、13年はメジャー登板なし。故障が癒えた14年に復帰し、7月30日のヤンキース戦で黒田との“元広島同士”の投げ合いが実現。7回2失点でルイスが勝利投手となった。15年は、防御率こそ4.66だったが、4年ぶりに200イニングを投げ、自己最多となる17勝を記録した。今季は6日のマリナーズ戦に先発し、6回を投げ3失点に抑えている。

     野手でもすでに現役を引退しているアルフォンソ・ソリアーノが、メジャーで大活躍した。ソリアーノは96年から2年間広島に在籍。2年目の97年に一軍で9試合に出場し、2安打を記録した。

     日本では大きな活躍を見せる事ができなかったが、名門・ヤンキースに移籍しブレイク。01年にレギュラーを掴むと、02年には41盗塁を記録し盗塁王のタイトルを手にする。ナショナルズ時代の06年には「40本塁打、40盗塁」を達成。メジャー通算1975試合に出場して、打率.270、412本塁打、1159打点、289盗塁と素晴らしい成績を残した。

     巨人出身の松井秀喜、上原浩治、高橋尚成もメジャーで躍動したが、広島から海を渡った選手は長くメジャーでプレーし、活躍しているケースが多い。昨季まで広島のエースに君臨した前田も、黒田、ルイス、ソリアーノのように長くメジャーでプレーできる選手になりたいところだ。

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