広島カープブログ

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    高橋慶彦

    【名伯楽「作る・育てる・生かす」】#21

     1990年、ロッテへ移籍した高橋慶彦に代わり、入団2年目の野村謙二郎がショートのレギュラーに定着した。

     足は速いし、小力がある。入団当初は外野を守っていて守備力も高かった。しかし、1年目のキャンプで膝を痛めた。ドラフト1位指名を受けた後、オフの間に体重が増え、それが膝に負担をかけた。今のように新人は徐々に慣らしていくという時代ではない。同じ駒大出身の大下剛史ヘッドコーチは、野村をどう育てるか、どう使うか、構想を練っていた。次のショートをつくろうと思っていた矢先、すぐに故障してしまったのだ。

     大下ヘッドは当然、凄いけんまくで野村を怒った。

    「貴様なんか荷物をまとめて広島へ帰れ!」

     ドラ1の有望株。チームの期待も高かった。でも、野村はのんびり構えているようなところがあって、“鬼軍曹”のカミナリが落ちたのだ。

     すると、不思議な現象が起きた。「全治1カ月」という診断だったはずが、なんと膝の痛みが消えたというのだ。我慢していた可能性もある。今のようにMRI検査もない。当時の医師も驚いた現象で、野村は2、3日で戦列に復帰した。

    ■初球から振っていく積極果敢な1番

     大下ヘッドが怒ったのは、駒大の後輩でもある野村の1位指名を球団に進言したからでもあった。プロとしての自覚を持て、というのはもちろん、自分の置かれている立場をよく考えろ、ということだったようだ。

     打順は主に1番。当時はまだ、「1番打者はボールをよく見ていけ」という時代。初球から打つなんて常識外れだった。

     しかし、野村は四球を選んで塁に出ようとはしない。第1ストライクから振りにいくタイプで、超積極的な1番だった。

     今は軸足に体重を残し、球を呼び込んで打つのが主流だが、当時の野村は打ちにいきながら、間合いを取り、体の前でさばくスタイル。どんどん振りながらタイミングを合わせていた。ポイントを前にして打った方が打球は飛ぶが、落ちる変化球など、ボール球を振りやすい。案の定、ワンバウンドに手を出すなど、粗っぽさが目立ったが、山本浩二監督、大下ヘッドら首脳陣は、野村のスタイルを尊重。「なぜボール球を振るんだ」と責めることなく、我慢しながら見守っていた。今となっては「好球必打」という打撃の基本を、当時から貫いていた。

     そんな野村が、「感謝の意を込めて」と私にバットを持ってきたのは、1999本目を打ったその日のことだった。

    (内田順三/前巨人巡回打撃コーチ)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200206-00000007-nkgendai-base

    レジェンドをうならせた! 広島ドラフト1位森下暢仁投手(22=明大)が10日、宮崎・日南キャンプでブルペン入りし、今キャンプ最多の76球を投じた。阪神、広島などで活躍し、通算206勝を挙げた江夏豊氏(71)が森下の真後ろから初視察。注目の右腕に太鼓判を押した。

       ◇   ◇   ◇

    黒いサングラスの奥に光る鋭いまなざしが、背番号18に向けられた。森下がブルペン投球を行うレーンの捕手の真後ろ。パイプ椅子にどっしり座った江夏氏は、ネット越しにドラ1右腕の76球全てを見届けた。「ボールだけを見させてもらえば十分即戦力。特に縦に割れるカーブがある。あれをうまく使っていけば、投球の幅も増える」。投球後は森下を絶賛する言葉が次々と口を突いた。

    江夏氏は実働18年で最多勝2回(68、73年)、最優秀防御率1回(69年)、最優秀救援投手5回と数多くのタイトルを獲得したレジェンド左腕。自身の経験を踏まえ、プロで生きていく上でメンタル面の重要さを説いた。「彼の性格は分からないからなんとも言えないけど、投手は性格的なところで左右することがある。強気過ぎても、弱気過ぎてもダメ。その辺の切り替えがどれだけできるか」。

    森下は同じくブルペン入りしていた大瀬良に連れられて江夏氏の下にあいさつを行った際、「頑張れよ」とエールを送られたという。この日はクイック投法に加え、新たにチェンジアップも解禁したこともあり「集中していたので、後ろは気にすることはなかったです」と冷静だった。クイックについては「思ったより強い球を投げられていますし、変化球がばらつかないように意識して投げました」と振り返った。

    江夏氏はあらためて広島期待のホープについて「先発ローテーションの一角となって1年間投げることができれば、2桁勝てる要素はある。2桁勝てれば新人王も狙えるだろう」と太鼓判を押した。加えて自ら大瀬良の名を挙げて「これからエースを助けてあげないといけない。大瀬良がカープのエースに育っていくためにも、良い意味でライバルとなってほしい」。球界を代表する投手からお墨付きをもらった右腕。ますます注目度が上がりそうだ。【古財稜明】



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200210-02100873-nksports-base

     西武は25日、来季のコーチングスタッフを発表した。選手層をより厚くし、育成のさらなる強化を図るため3軍制を導入。前1軍監督の田辺徳雄氏を3軍統括コーチに起用し、今季まで広島で3軍投手コーチを務めた青木勇人氏を3軍投手コーチに招聘(しょうへい)した。

     3軍制について渡辺久信ゼネラルマネジャーは「3軍といっても試合をするのではなく、強化や育成に特化したもの。それとリハビリ組。しっかりと若手を育成する」と説明。昨年までセ・リーグで3連覇した広島の育成手法が導入の背景にあったことを明かし「広島は2、3年目のピッチャーが(1軍に)出てくる印象があった。中崎、山口、遠藤と。アマチュア時代に見ていた選手が意外と早く出てくる」と話した。

     現役時代に西武から移籍し、引退後にそのまま広島で9年間コーチを務めた青木氏を招いたことについては「西武から(広島に)いって、長年コーチとして契約していたのはしっかりしたものを持っているから。経験のあるコーチの方が安心して任せられる」と新設の3軍にうってつけの存在だったことを強調した。

     また、フロント入りしていた田辺氏の起用については「若手育成にたけている。真面目で熱心なところも一番合っているし、早起きしてやってくれる。あのポジションに監督経験者を置くというのは球団として真剣に考えているということ」と話した。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191025-00010016-nishispo-base

    話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、7月11日に行われたフレッシュオールスターゲームでMVPに輝いた、広島・小園海斗選手のエピソードを取り上げる。


    (中略)


    ちなみに、フレッシュオールスター(ジュニアオールスター時代も含む)で先頭打者ホームランを打ったのは、76年の高橋慶彦(広島・高卒2年目)、83年の定岡徹久(広島・大卒1年目)に次ぐ、36年ぶり3度目の快挙。3人ともカープの選手ですが、高卒1年目で打ったのは小園が初めてです。

    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190712-00000002-nshaberu-base

     広島の西川龍馬(24)が6日の西武戦に「5番・左翼」で出場。1打席目に痛烈な右犠飛を放ち、1打点は挙げたものの、3打数無安打に終わり、「令和」が始まった5月1日の阪神戦から続いていた連続安打が27試合でストップした。更新が期待された広島の先輩・高橋慶彦がマークした33試合連続安打の日本記録には届かなかった。

     記録は途切れたが、その5月1日から絶対的4番・鈴木誠也の後の5番に定着。小技や機動力も使えるクリーンアップとしてチームの快進撃を支えてきた。

     バットコントロールのうまさには定評があり、チーム内では「打撃は天才的」と言われる。春のキャンプの段階で「あいつは隠れ首位打者候補」と言う首脳陣もいたほど。が、この時、西川は苦笑い交じりにこう頭をかいていた。

    「首位打者ですか? ハハハ。ありがとうございます。そう言ってもらえるのはうれしいけど、その前に守るところを確保しないと。試合に出ないと何も始まりませんから」

     昨季まで首脳陣には「使いたいけど守るところがない」と言われた。主に三塁を守ったが、捕球にも送球にも難があり、今季から外野に転向した、はずだった。それが、「出場機会を増やすため」とキャンプでは投手、捕手を除く全ての守備練習を命じられた。便利屋の危機を乗り越えたのは、やはり自慢のバットだった。結局、長野や松山を押しのけ、丸が巨人にFA移籍して1枠空いた外野枠をゲット。今では「5番・左翼」に定着している。

     6日現在、打率は.293。ポジションを確保した今、「首位打者」争いまで食い込んでくるのか、見ものである。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190607-00000031-nkgendai-base

     「交流戦、西武-広島」(5日、メットライフドーム)

     広島・西川が27試合連続安打をマークした。

     8点リードの九回、2死。直前の鈴木が四球で歩き、チャンスが回ってきた。その初球、変化球にタイミングを外されたが、ボテボテの打球は二塁前へ。俊足を飛ばして一塁を駆け抜け、ラストチャンスで連続安打を継続した。送球も乱れる間に二塁へ進んだ。

     これで、球団単独2位に浮上。日本記録は広島・高橋慶彦の33試合連続安打。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190605-00000155-dal-base

     ◇交流戦 広島―西武(2019年6月4日 メットライフD)

     広島の西川龍馬内野手(24)がセ・パ交流戦初戦となった敵地での西武戦(メットライフD)に「5番・左翼」で先発出場。4回の第2打席で左中間フェンス直撃の二塁打を放ち、5番に定着し始めた5月1日の阪神戦(甲子園)から26試合連続安打をマークして1984年山崎隆造の持つ球団歴代2位記録へ35年ぶりに並んだ。

     西川は「打ったのはストレート。チャンスだったので後ろに繋ぐ気持ちでいきました。誠也がよく走ってくれました」とコメント。

     西川は令和がスタートした5月1日から5番打者に定着(11日のDeNA戦だけ1番)し、その日から連続安打をスタート。この日も「5番・左翼」で先発出場すると、0―4からバティスタの左翼スタンド上段に飛び込む2試合ぶりの16号ソロで1点を返し、なおも鈴木の左前打などで無死二塁で迎えた4回の第2打席で西武先発の右腕・今井が投じた2ボール1ストライクからの4球目、外角直球を叩いて左中間フェンス直撃の二塁打とした。

     球団記録はプロ野球記録でもある1979年高橋慶彦の33試合で、西川はその記録まであと7試合。順調に試合を消化し、記録を続けていけば12日の日本ハム戦(札幌D)で高橋の記録に並ぶ。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190604-00000164-spnannex-base

    <ヤクルト-広島>◇30日◇神宮

    ホプキンス超えだ。広島西川龍馬内野手(24)が1回2死一塁から一二塁間を破る右前打を放ち、連続試合安打を22試合に伸ばした。


    広島では76年ホプキンス、14年菊池涼(5月31日~7月2日)の21試合連続を抜き、97年ロペス、14年菊池涼(7月26~8月21日)の22試合に並ぶ球団4位の記録となった。

    自らの記録を伸ばす一打でランエンドヒットを成功させてチャンスを広げると、6番磯村の2点二塁打でリードを広げた。磯村は「ひと振りでしっかり捉えることが出来ました」と振り返った。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190530-05300608-nksports-base

    <ヤクルト-広島>◇28日◇神宮

    広島西川龍馬内野手(24)が3回、ヤクルト先発原から二塁手山田のグラブを弾く適時打を放ち、20試合連続安打とした。



    広島での20試合以上の連続安打は14年の菊池涼以来8人目。左打者では94年の野村以来25年ぶり4人目。

    記録を伸ばす一打が貴重な追加点を生み「チャンスだったので、しっかりと食らい付いていきました。いいところに飛んでくれましたね」と4試合連続打点を振り返った。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190528-05280717-nksports-base

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