広島カープブログ

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    黒田博樹

     あっという間に借金完済だ。開幕ダッシュに失敗した広島は27日のヤクルト戦(神宮)に2―0で勝ち、破竹の8連勝で勝率を5割に戻した。ヒーローは先発の床田寛樹(24)だ。7回無失点の好投でリーグトップタイの4勝目(1敗)をマーク。左ヒジの手術を乗り越えた3年目左腕のブレークの裏には、意を決して読破した“秘伝の書”の存在があった。

     終盤まで息詰まる投手戦だった。相手先発の小川は8回1失点。1―0の7回には二死一塁から小川への四球でピンチを迎えたが、続く太田をスライダーで空振り三振に仕留めた。走者を背負った場面はいずれも三振で切り抜け、三塁を踏ませなかった。ヒーローインタビューでは「要所をしっかり締められた」と少しだけ胸を張った。

     プロ1年目の2017年は開幕ローテーション入りし、同4月12日の巨人戦でプロ初勝利を挙げた。しかし、程なく左ヒジが悲鳴を上げ、同7月に通称トミー・ジョン手術を受けた。

     昨年は8月に二軍戦で実戦復帰したが、一軍登板はなし。「早く戻らないと先はないと思っていた」という時期もあったが、ジッと耐えた。今季は初登板になった3月30日の巨人戦で黒星を喫したものの、その後は4連勝。13日のDeNA戦ではプロ初の完投勝利を挙げ、防御率1・83で初の月間MVPも見えてきた。

     そんな苦労人の左腕には目標とする“モデル”がいる。昨年限りで現役を引退した同じ左腕の巨人・杉内俊哉二軍投手コーチ(38)だ。「ユーチューブで杉内さんの映像を見て、投げ方とかをまねしたり参考にしている」そうで「杉内さんは、ゆったりした投球フォームなのに、ピュッと(打者の手元に)くるんですよ。映像を見て実際にやってみたりしています」。

     床田は基本的に「漫画しか読まない」が、生涯で一冊だけ読破した本がある。杉内コーチがソフトバンク時代に同じ左腕の和田毅投手(38)と共著で出版した「サウスポー論」だ。高校2年生の床田は書店で「何やろ」と手に取り、購入から2日で読了したという。

     2人が15の質問に答える形式で構成された同書で、杉内コーチは登板前の準備やマウンドで四球を与えたり失点した時に思うこと、メンタルの調整法などを述べている。床田にも「力の抜き方とかが参考になりました」と得るものが多く「最初で最後じゃないですか」と語る読書は、その後の野球人生に大きな影響を与えた。

     チームは開幕ダッシュに失敗して最大8つの借金を背負ったが、8連勝で一気に完済した。令和になって安定した貯金生活を送れるかどうかは、床田の左腕にかかっているといっても過言ではない。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190428-00000011-tospoweb-base

    「日本プロ野球名球会」は、日本プロ野球で偉大な功績を残した選手を顕彰し、野球を通じての社会貢献を行う団体だ。通称「名球会」。



    「名球会」の入会資格は当初、投手は「通算200勝」、打者は「通算2000本安打」の2つだけだったが、のちに「日米通算」も可能となった。さらに「250セーブ」も入会資格となった。また当初は「昭和生まれ」となっていたが、現在は「昭和以降生まれ」となっている。

     平成時代の「名球会」入会選手の投手の顔ぶれを見ていこう。

    【投手編】
    ◯200勝達成投手。達成日順。数字は最終の勝利数。

    平成元年5月13日 村田兆治(ロッテ)215勝
    平成4年7月16日 北別府学(広島)213勝
    平成16年8月17日 工藤公康(西武)224勝
    平成17年6月15日 野茂英雄(ロイヤルズ)201勝(日78/米123)
    平成20年8月4日 山本昌(中日)219勝
    平成28年7月23日 黒田博樹(広島)203勝(日124/米79)

     村田は1949年11月27日生まれの69歳。1983年にトミー・ジョン手術を受けて84年に復帰し、以後も勝ち星を積み重ねた。日曜日ごとに登板して「サンデー兆治」と呼ばれた。以後、NPB単独では北別府、工藤、山本昌が200勝のテープを切ったが、それ以降は途切れている。

     ローテーションが確立され、200勝は「絶滅危惧種」的な記録になっている。現役ではヤクルトの石川雅規の163勝が最多だ。日米通算ではヤンキース田中将大の165勝(日99/米66)が最多。令和に入ってもしばらくは達成者は出そうにない。

    ◯250セーブ達成投手

    平成12年7月16日 佐々木主浩(横浜)381セーブ(日252/米129)
    平成15年8月16日 高津臣吾(ヤクルト)313セーブ(日286/米27)
    平成22年6月16日 岩瀬仁紀(中日)407セーブ

     セーブはNPBでは1974年から導入されたが、平成になって投手の分業が進み、セーブ数は増加している。名球会入りした3人のクローザーは、いずれもNPB単独で基準となる250セーブ以上を記録している。

     現役選手ではソフトバンクのサファテが234セーブ、阪神の藤川球児が225セーブだが、サファテは故障明けで出遅れ、藤川もクローザーではない。現役のクローザーではオリックスの増井浩俊が151セーブしているが、250セーブまではまだかなりある。

     打者とは対照的に、投手は令和に入ってしばらくは「名球会」入り選手は出てきそうにない。近年は、セットアッパーの役割が大きくなっている。今年に入って日本ハムの宮西尚生が史上初の300ホールドを記録したが、今後は「ホールド」あるいは「HP(ホールドポイント)」が入会資格になる可能性もあるだろう。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190429-00358728-fullcount-base

     セ・リーグ4連覇を目指す王者が開幕からもがいている。

     現在6カード連続勝ち越しなし。ここまで連勝は1度もない。勝率・294、52得点、92失点、21失策、チーム打率・210はいずれもリーグワースト。5勝12敗で借金7の最下位という惨状に、日に日にやつれていくように見えるのは、就任5年目の緒方孝市監督(50)である。

     7日、3カード連続負け越しとなった阪神戦後に会見を拒否。10日のヤクルト戦で、延長戦史上ワーストとなる1イニング12失点を喫した際には、「今日は勝ち切れるチャンスもあった。自分の采配も含めて反省したい」と言うと、報道陣の質問を受けつけなかった。

     最近、緒方監督が選手に話しかけることが急激に増えたという。これまではあまりなかったことで「監督、大丈夫かな?」とナインから心配されているのだが、ある広島OBは「大敗した16日の巨人戦後も『オレの采配や判断』と自分を責めていた。責任感が強過ぎる一本気な九州男児。チームがいつまでもどん底から抜け出せないままなら、いつ途中休養と言いだすか」と懸念する。

     緒方監督は1年目の2015年こそ4位に終わったものの、翌16年からリーグ3連覇を達成。当然、球団の評価は高い。昨オフに契約を1年更新した際、フロント幹部は長期的にチームを託す可能性をほのめかしていた。しかし、オフに2年連続MVPの丸がFAで巨人へ流出。精神的支柱だった新井貴浩氏(42)が引退するなど、今季は大幅な戦力ダウンを余儀なくされた。それが分かっていながら、効果的な手が打てず、チームの悪い流れを止められない。球団内では、さらなる長期政権という雰囲気ではなくなってきているという。

    ■野村氏vs佐々岡コーチのはずが…

     そもそも広島は、よほどのことがない限り、5年を一区切りにして指揮官が交代している。前監督の野村謙二郎氏(52)もしかり。つまり、緒方体制が既定路線なのは今季いっぱい。もちろん、大逆転でV4を達成すれば続投の可能性は広がるが、もしV逸すれば、今季限りでの退団が濃厚となってきた。

     問題はその次である。有力候補とみられる佐々岡真司投手コーチ(51=顔写真)は今季、球団に二軍担当から一軍に引き上げられている。

    「昨年まで二軍の投手コーチとして育成を学び、満を持して一軍のチーフ格に昇格した途端、チームがこれでしょう(リーグ5位のチーム防御率4・35)。今や崩壊しつつある投手陣の責任者ですから。そのうち、チームが低迷する一因とされ、やり玉に挙げられる可能性もある。仮にV逸して緒方監督が引責辞任した場合、いくら球団が保護したとしても、佐々岡コーチが次の監督に座るのは説得力に欠ける。責任感が強く、緒方監督と一緒に身を引くことも考えられます。球団にとってこれは大誤算でしょう」(球界関係者)

     そこで有力になるのは前監督の野村氏だ。さるチーム関係者がこう言う。

    「V3を果たしたことで、球団内で前監督を再評価する動きがある。丸、菊池、田中、鈴木誠也といったV3を支えた主力を1年目から辛抱強く起用しながら育成したことで、5、5、4、3、3位だった功績を見直そうというのです。現チームの種をまいた人物でもあり、2回目の監督を任せてみようという意見もある。長らく候補といわれる前田(智徳氏=47)は本人にその気がなさそうなので除外されます」

    ■若い世代は黒田氏、新井氏も…

     失速する佐々岡コーチと2度目の野村氏の一騎打ち。黒田博樹氏(44)、新井氏といった若い候補も控える中、とんでもない大物OBが割って入ってくるという話がある。なんと阪神前監督の金本知憲氏(51)が急浮上しているというのだ。

     広島で4番を張った金本氏はFAで2003年から阪神へ移籍。15年から阪神の監督を3年間務めたものの、4、2、6位で昨季限りで電撃辞任した。契約を2年残した限りなく解任に近いものだった。

     阪神では「育成」に重きを置き、「勝利」との両立を追求した。「チルドレン」といわれる無名の若手を次々とグラウンドへ送り出し、「広島で10年かかることを、阪神では5年でやりたい」とブチ上げたものの、内野も外野も騒々しい阪神という“伏魔殿”では、契約年数という基本的な約束すら果たされなかった。

    「金本の方針は阪神で合わなかっただけ。そもそも若手を鍛え上げて育てた生え抜きのスターを中心に、チームを編成するというのは広島の考え方。阪神や巨人ではよくあることでも、契約を残してチームを去るのはさぞ無念だったろう。全責任をかぶった潔さが広島で評価されています。かつてはFAで広島を去った選手は二度と球団に戻れないという暗黙の了解があった。それでもFAでメジャー、阪神に移籍した黒田、新井が復帰し、V3に貢献してくれたことで、今となっては幹部もかたくなではない。球団トップの松田オーナーも、金本の復帰は反対ではないようです」(別のチーム関係者)

     まだ対戦が2回り目に突入したばかりだが、金本氏という新候補を交えた次期監督争いが、早くも水面下で始まろうとしている。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190420-00000012-nkgendai-base

    マイナスからのスタート!? 開幕まで残り10日となり、広島緒方孝市監督(50)がチームづくりのビジョンを明かした。「丸の穴」「守り勝つ野球からの転換?」といった外野の声に惑わされず、「個」ではなく「組織」を、「今」だけではなく「近未来」を見据えている。底上げのために変化を恐れず、若い可能性に懸ける覚悟もぶれない。頂点までのプロセスをイメージし、タクトを振る。


      ◇    ◇    ◇

    開幕まで10日、オープン戦も19日のヤクルト戦(神宮)を含めて残り6試合となった。それでも緒方監督は野間に2軍降格を告げ、捕手坂倉を外野で起用。さらに田中の打順を変えるなど試行錯誤を続ける。迷い、ではない。確固たる覚悟がぶれない采配につながっている。

    「新しい選手を入れようと思えばマイナスからのスタートになる。チームを成長させるためには、それは覚悟しないといけない。その覚悟がないと、チームは変わらない」

    可能性や上積みを感じられるからこそ「マイナスからのスタート」を受け入れられる。2年連続MVPの丸が抜けたが「あれだけの選手の穴がすぐに埋まるわけがない。いろいろな可能性を探りながらやっていかないといけない」と腹を据える。個による穴埋めではなく、チーム全体の底上げに主眼を置く。若い力の潜在的な能力を引き出してこそ、チームは新しい姿に変貌する。リスクを恐れていては、何も変わらない。「個」ではなく「組織」、「今」だけではなく「近い未来」を見据えていた。

    実績ある長野も、実力を認めた上で「丸の代役」とは捉えていない。長野には長野の特長があり、スタイルがある。個人にとっても、チームにとっても最善の形を模索する。外国人5投手の起用法も、21日ヤクルト戦(同)の先発が見込まれるケーシー・ローレンス投手(31=マリナーズ)の結果次第では流動的となりそうだ。5投手を1軍枠の中でいかに“助っ人”として補うか。開幕しても入れ替えながら外国人4枠を有効活用するプランを練っていく。

    開幕は、19年型広島の完成を意味しない。丸や新井氏が抜けた今年は緒方政権下、最大の転換期かもしれない。ただ、前田(ドジャース)、黒田氏が抜けても頂点に立ってきた。ゴールは29日の開幕ではなく、その先にあるリーグ4連覇、日本一。指揮官は頂点にたどり着くまでのビジョンをしっかり描けている。【前原淳】

    <近年の緒方監督の哲学>

    「毎年同じメンバー、同じような戦い方で勝ち続けることなどできない。チームの色は毎年変わる。1つの色に染めようとは思わない」(毎年のように主力が抜けながらチーム内変化を促進)

    「カープはオフに大型補強して1年で違うチームを作れる球団とは違う。目の前の試合に勝つことが最優先なのは間違いないが、それだけではいけない。『育てながら勝つ』ことはカープで監督をやっている宿命だと思っている」(他球団が大型補強を進めても信念は揺るがない)

    「チームとして戦力はダウンするかもしれないけど、ダウンしたところから、あとはプラスの上積みしかない」(オフに丸、新井氏が抜けて決意)

    「チームを勝たせるのが重要なのは当たり前。ただ、それだけじゃない。ファンに喜んでもらう。カープの野球を見せる。これがすべて」(監督という仕事を問われ)

    「(選手の成長には)99%が選手自身の力。体力、技量など2軍で鍛えないといけないものもあるけれど、この場(1軍)でしか経験できないこともある。経験させて、何が足りないのかを(首脳陣が)分析して気付かせる。それの繰り返し」(選手育成論を問われ)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190318-03180779-nksports-base

     16日に行われた新井貴浩氏の引退セレモニーで、黒田博樹氏がサプライズ登場した。

     黒田氏は元広島監督の山本浩二氏とともに試合前のセレモニーに登場し「大飛躍(ジャンプ)銅像」と名付けられた記念品を贈呈した。現役時代の新井氏が、仲間のサヨナラ安打に喜んでジャンプした姿をモチーフにした銅像で、黒田氏は「40歳を超えて、無意識にこのジャンプができるのは新井しかいない」と笑った。



     事前に告知されていなかったこのサプライズ贈呈式について、黒田氏は「球団の人から話がきて、口止めされていたので2週間ぐらい前に(新井氏と)食事をした時も、何も言えなかった。今日も球場に来て隔離されていたので、本人も気づいていなかったと思う」と打ち明けた。銅像については「自分のヒットでもないのに、あそこまで喜べる。チームに対しての気持ちを象徴していると思うし、それで3連覇の源になっていたはず」と説明した。

     15年にともにチームに復帰し、翌年にはチーム25年ぶりの優勝を果たした盟友について「復帰した時はゼロか、もしかしたらマイナスからのスタートだったかもしれないのに、ここまで評価を変えられたのは彼の力」と称賛した黒田氏は「20年間やってきた彼の野球人生を示した像。玄関に飾ってくれるでしょう」と、最後は笑いをとっていた。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190316-00320199-fullcount-base

     【江尻良文の快説・怪説】

     巨人にFA移籍し、大ブーイングを覚悟していた丸を、まさかの拍手と歓声で迎えたマツダスタジアムの赤ヘルファン。次は“新井さん”の引退セレモニーでどんなサプライズが飛び出すか、興味津々だ。

     5日の広島-巨人戦の観客2万2572人は、平日のオープン戦ではマツダスタジアム開場以来最多記録。丸を迎える赤ヘルファンの天井知らずの関心度の高さがわかるが、意表を突いた拍手喝采とは粋な反応だった。

     地元の赤ヘルファンとすれば、その巨人との開幕3連戦の前にもう一つ“祭り”が待っている。16日のオリックス戦(マツダ)での新井貴浩氏(42)の引退セレモニーだ。老若男女を問わず一番人気のあった“新井さん”が始球式を務め、試合後にスピーチもするというのだから、ファンが狂喜し想像を絶するサプライズが飛び出してもおかしくない。

     なにしろ昨年のソフトバンクとの日本シリーズの最中、「引退撤回! 今なら間に合う新井さん」という大きな横断幕がマツダスタジアムに張られたほど。そして「代打・新井」が場内放送され、ベンチから出てくるだけでスタンドの盛り上がりは最高潮に達した。

     最強のチームリーダーと再会する赤ヘルファンの反応が、今から楽しみなような怖いような…。(江尻良文)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190308-00000003-ykf-spo

     【新井さんが行く オリックス編】スポニチ本紙評論家の新井貴浩氏(42)がキャンプ地を巡る「新井さんが行く!!」はオリックス編。西村徳文監督(59)のもと、若手中心で生まれ変わろうとしている現状に注目を寄せた。

     西村監督とは共通の知人がいて以前から、お話しする機会が度々あった。対話をすごく大切にする印象がある。若い選手が多いオリックスにはフィットするんじゃないかな。頭ごなしに自分の考えを押しつけるのではなく、若い子と同じ目線に立って気持ちを共有できる方だと思う。

     まだ2年目の福田君を新キャプテンに指名した理由を聞いた。「若いチームだから、若い人に引っ張ってほしい」と。「困ったことがあったら、いつでも言って来い。俺たち(首脳陣)が助けてやるから」と背中を押してあげたそうだ。

     副キャプテンが山岡君だ。野手と投手の両方から新しいリーダー候補を選んだ形になる。「チームがうまくいかなくなると、野手と投手が、お互いに対して不満を抱えがちになる。だから、2人でコミュニケーションを取ってほしい」と期待していた。実は2人とも広島の高校出身。注目していきたいね。

     いまのオリックスは低迷していた頃の広島とかぶる。まだ20代だった頃、黒田さんが「俺が投手を引っ張るから、おまえが野手を引っ張れ。一つになってやっていこう」と言ってくれた。オリックスもベテラン選手が一気に抜けて新しいチームになろうとしている。今後がすごく楽しみだね。

     テストに合格した成瀬も本当によかった。北京五輪の時からよく知っている。けがもあってヤクルトでは思ったような力を発揮できなかった。こうして活躍できる舞台ができたことが自分のことのようにうれしい。がんばれ、成瀬!!




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190210-00000067-spnannex-base

     セ・リーグ3連覇を置きみやげに昨季限りで現役を引退したプロ野球・広島の“レジェンド”新井貴浩氏(41=現野球解説者)、お笑いコンビ「ザ・ギース」の“カープ芸人”尾関高文(41)が24日、東京・銀座の広島アンテナショップTAUでトークショーを行った。

     新井氏といえば、引退表明後の昨年11月5日、OBの黒田博樹氏(43)が私費を投じて中国新聞に出した「結局、新井は凄かった」の広告が話題を呼んだ。

     新井氏は「何も聞かされてなかったのでびっくりした。家にいた時にメールが入ってきて、何これとなった。裏の意味として『結局、黒田は格好良かった』と言いたかったんだと思う。黒田さんはやることが違う。さすが」と先輩を持ち上げた。

     自身は強肩・俊足が売りの上本崇司内野手(28)をかわいがっており「上本が引退する時にはやりたい気持ちはある」と話したが「僕は黒田さんみたいにお金を持ってないので」と笑わせた。

     その黒田氏とは先日、一緒にゴルフをラウンドしたという。「黒田さんがすごくうまくなっている。特にゴルフをしたかったわけではないが、悔しいので、ちょっとやってみようと思う」と、今年はゴルフに力を入れるようで、先輩へのリベンジを誓った。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190124-00000064-tospoweb-base

     昨季限りで現役を引退したプロ野球・広島の“レジェンド”新井貴浩氏(41=現野球解説者)、お笑いコンビ「ザ・ギース」の“カープ芸人”尾関高文(41)が24日、東京・銀座の広島アンテナショップTAUでトークショーを行った。

     ビシッとしたスーツ姿で現れた新井氏は「現役を終えて2?3キロ痩せた。もともと太りやすい体質なので、後輩たちにも『絶対太りますよ、期待してます』と言われていた。絶対太らないと思って、時間がある時はプールなどで体を動かしていた。今は筋肉痛がないのが違いかな。シーズンオフは週に5回トレーニングしていたので、朝起きたら必ずどこかが筋肉痛だった」と胸を張った。

     続けて「いつもならクリスマスが終わったあたりから『年越して2週間したら護摩行だ、それからキャンプだ』とゆううつになっていたが、今年は精神的に負担が減った。護摩行は行きたくないが、精神的に逃げたくなかった。今年も誘われたが、引退したので行かなかった。その代わり、夏に行こうと思っている。お弟子さんから、冬より夏のほうが死にそうにつらいと聞いたので、行ってみようと思っている」と新たな挑戦について明かした。

     現在、指導者としてのオファーはなく、再びカープのユニホームに袖を通すことについて「話はこないと思う」と謙遜気味に否定した。

    「期待するのは野間。30盗塁はしてほしい」と後輩にハッパをかけ、ドラフト1位の小園海斗(18=報徳学園)ばかりに注目が集まる若手について「会沢(翼=30)が、3位の林(晃汰、18=智弁和歌山)は『バッティングがすごく良くて、これまで見た高卒選手の中で一番』と断言していた」と話した。

     日本一の夢はかなわなかったが「僕は、ほとんど何もせずベンチで応援していただけ。若い選手が一生懸命やる姿を見て、悔いはない。今でも、ふとした瞬間に黒田(博樹=43)さんと抱き合った優勝したシーン(2016年)を思い出してジーンとくる。言葉にならず、2人でおえつした」と思い出を語った。

     今でも近くを通りかかると市民球場跡地を訪れるという。「苦しかった思い出が詰まった場所で、僕の原点。静かに昔を思い出す。今となってはすべていい思い出。苦しいことばかりの20年だったが、いろいろな出会いがあり、たくさんのファンに応援していただいた。本当に皆さんのおかげ」とファンに感謝した。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190124-00000054-tospoweb-base

    青天のへきれきだった。91年12月。秋季近畿大会で準優勝し、ほぼ確実と思われたセンバツ出場を辞退することになった。同年夏に勇退した前監督の行きすぎた指導が問題となった。ただ、現場の指導者、選手は関わっていない不祥事。黒田をはじめ上宮野球部員は突然の悪夢に襲われた。



    黒田は当時について「あんまり記憶にない。覚えていない」と多くを語らない。同学年の溝下進崇も同じで「記憶が飛んでしまっている部分がある」と吐露する。それでも断片的な記憶をつむいだ。

    溝下 聞かされたのは、沖縄の修学旅行のときだったと思うんです。離島へ行った宿舎の一室に集められて。決まったわけではないから、まずは修学旅行楽しんで、また帰ったら集合すると言われた。帰ったら「辞退します」と。正直、やる気がうせましたよね。怒りの矛先のない、憤りの中で記憶が飛んでしまっている。

    当時の教頭は部員や保護者を前に土下座してわびた。保護者からは署名活動を促すような声も上がった。ざわつく周囲とは対照的に、部員たちの時間は止まったようだった。高校球児にとって「甲子園」は夢以上の存在。溝下は2日間、家から1歩も出ることができなかった。

    溝下 高校野球をすることの意義の1つ。夢というぼやっとしたものではなく、上宮に選ばれて入った以上はそこに行かなければいけない使命感を持ってやっていた。本当にふ抜けになっていた。

    監督の田中は指導者として苦慮した。「本当にバラバラになりました。選手も選手の保護者もかわいそうだった」。学校に直談判し、自分たちが出るはずだったセンバツが始まる時期に九州遠征に出た。強豪校で野球専用球場を持つ上宮は他校の遠征を迎えることが多く、通常は遠征に出ることはない。「そんなことで心が和むとは思っていなかった。でも彼らに何かしてあげたかった。また強い上宮に戻したい気持ちがあった」と田中は述懐した。

    上宮野球部は何とか夏の大会へ向けて動きだしたが、黒田に前年秋の感覚はなかった。「冬になってボールに触れない中で、なかなか継続することは難しかった。甲子園に行っていたら変わっていたかもしれないが、春になってもあまり変わっていなかった」。加えて右手中指の腱(けん)を痛めてしまったことも投球を苦しめた。最大の武器だった真っすぐの力強さが戻ってこない。生まれて初めて痛み止めの注射を打って投げたこともあったが、結果は出なかった。オープン戦でめった打ちにあい、黒田の評価は急降下。最後の夏は、登板機会が1度も訪れないまま府大会5回戦で敗退。黒田の高校野球人生は静かに幕を下ろした。

    憧れた甲子園出場はかなわなかった。過酷な練習にも耐え抜いた3年間は無情な結末を迎えたが、高校3年間で何も得られなかったことが、結果的に何にも代え難い財産となったのかもしれない。(敬称略=つづく)【前原淳】

    (2017年12月18日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190114-00436000-nksports-base

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