広島カープブログ

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    黒田博樹

    【取材のウラ側 現場ノート】今でも自戒とともに思い出すのは、黒田博樹氏(45=現野球評論家)が2016年の日本シリーズ開幕直前に引退を表明したときのことだ。現在も“レジェンド”としてファンからの人気は高いが、当時の黒田氏の注目度も尋常ではなく、周囲は「今後は何をするのか?」「ユニホームを着るのか?」など引退後のことが話題となっていた。

     そんな中、当時担当外ながら応援で広島取材に来ていた私に耳を疑うような噂が飛び込んできた。「引退したら、黒田さんはたこ焼き屋を始めるらしい…」。にわかには信じ難い話だったが、聞くところによると黒田氏は大阪出身とあって、たこ焼きへの愛情は人一倍。自ら作ることもあり、焼き具合や食べ方にとてつもないこだわりがある。そのため自分好みのたこ焼きを広めるために店をオープンする、ということだった。


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    引用元 https://www.tokyo-sports.co.jp/baseball/npb/1891161/

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    開幕から1カ月半が経過し、広島は大方の予想に反して最下位に低迷する。主要因は投手陣。抑えを含む救援陣の不安定さが1点差試合の0勝6敗に表れる。この現状をどう見ているのか、OBで日米通算203勝を誇る黒田博樹氏(45)を電話取材した。苦境打破と投手再生へ、同氏は「鈴木誠也をキャプテンに攻撃的な野球を」と緊急提言した。(構成・江尾 卓也)


    《スポニチ独占インタビュー》  ――ここまでのカープの戦いをどう見る?  「ファンの皆さんと同じで、チーム力を考えれば今の順位はちょっと予想外ですね」  ――チーム防御率(4・46)が示す通り、投手陣が苦しい。とりわけ中継ぎ、抑え。ただ、勝ちパターンの整備には時間がかかる。  「当然そうです」  ――何か打開策は?  「リリーバーが投げながら技術を上げるのは難しい。でも、メンタル面から技術が向上することは多々ある。そう考えると、僕の個人的な意見ですが、今できるのは攻撃的な野球を展開し、投手が打者だけに集中しやすい環境をつくることかな…と。幸いにチーム打率(・281)がリーグトップの打線を持っていますから」

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    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/3146e352df6619430c5bd731c32d3d2e7c493d67

     米カリフォルニア州ロサンゼルスの自宅で自主トレを続けるツインズの前田健太投手(32)が26日深夜放送のフジテレビ「石橋、薪を焚べる」(火曜深夜0・25)にゲストとしてリモート出演し、日本球界復帰について話した。

     MCの「とんねるず」石橋貴明(58)から「もし黒田(博樹)君みたいに最後の1、2年、“もう1回広島で”みたいな気持ちはあるんですか?」と聞かれた前田は、「そうですね、日本には帰ってみたいなと思いますね。日本でもう1度プレーしたいっていう気持ちはあります」と答えた。石橋の「それでまた18番背負って?」には、「求められなきゃいけないんですけど、求められる状態で帰ることが出来ればベストかなって思いますけれどね」と言い、さらに「そのころ、黒田君とか新井(貴浩)君が監督とかで盛り上がって」と問われると、「そうなったらおもしろいですね」と笑顔を見せていた。



    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/cceb52fe541ce92a296347d74d00139023a20173

    【ロサンゼルス発】ツインズの前田健太投手(32)はユーチューブの「マエケンチャンネル」を18日午前(日本時間18日夜)に更新。「2010年、前田健太、覚醒の秘密」と題し、同年に球団史上初、セ・リーグ史上最年少の投手3冠(最多勝、最優秀防御率、最多奪三振)を獲得するきっかけとなった一球と、その極意を明かした。

     広島の新エースとして期待されていたプロ4年目。どれだけ腕を振っても速球のMAXが148キロだった前田が150キロを連発するようになったのはある一球のおかげだという。「(シーズン始まって)1勝1敗で迎えた第3登板目、ここで前田健太覚醒するんですよ。神宮のヤクルト戦で田中浩康さんに投げた一球。本当にこれだけで覚醒したんですよ」

     10年4月8日のヤクルト戦の0―0の3回二死無走者で打席は2番の田中、2ボール2ストライクの5球目だった。「四球は出したくなかった。ヒットはOK」と真ん中に置きにいったストレートが運命を変えた。「今までに見たことのない軌道でキャッチャーミットに収まった。つかんだと思った」と明かした。

     09年は8勝14敗、防御率3・36、193回、147奪三振だった前田は10年に15勝8敗、防御率2・21、215回2/3、174奪三振と活躍。初の沢村賞に選出され、球界のエースに成長した。

    「一番大事なのはリリース」としてトレーナーにボールを持ってもらって力の入れ具合をレクチャー。「投げる時に『せーの』と力入れる。この感覚だけで150キロが出るようになった」と解説。最後は「これを見て『覚醒しました』『プロに行けました』とかドラフトの時に聞けたらうれしい」とまとめた。

     視聴者からも「分かりやすい!」「すごいためになりました!ありがとうございます!」「1球だけで人生が変わるの凄い」などと、多くのコメントが寄せられている。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200519-01857984-tospoweb-base

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     広島のエースとして通算213勝を挙げ、1月20日に「成人T細胞白血病」を患い療養に入ることを公表した野球解説者の北別府学さん(62)が2日、自身のブログを更新。広島の後輩で、解説者の黒田博樹さん(45)と新井貴浩さん(43)が新型コロナウイルスと闘う医療機関などを支援するため計7万枚のマスクを広島県へ寄贈したことに感謝した。

     「カープOBの黒田氏と新井氏が医療関係者にマスクを7万枚も送ってくれたとの事」とこの日最初の投稿で書き出した北別府さん。「2人の行動、素晴らしい!」と称賛し、「お礼と私も元気だったら届ける役を手伝わしてもらいたかったなと思います」と付け加えた。

     新型コロナウイルス感染拡大の影響で当初は4月半ばに予定されていた息子がドナーとなる骨髄移植が延期となり、現在は自宅で静養している北別府さん。

     前日1日のブログでは「今朝、こんなものが置いてありました。引き出しにあった風呂敷?で思いついたそう」と3月から布マスクを手作りし続けている愛妻が作った真っ赤な布にかわいらしい目まで施した鯉のぼり仕様のマスク写真を掲載。「カープファンの方々が元気になれそうだ(^^)」と喜んでいたが、この日は妻の新作マスクも披露。「年に数回、レジェンドシートの解説の仕事をいただく際、タオルもお土産にいただいています」と巨人からもらった「YGマーク」と「2016」入りのタオル写真をアップ。「そのタオルがこのように↓↓↓昨夜の作品」と見事マスクに“変身”した写真を掲載し「これは、広島では使用して歩けません」とちゃめっけたっぷりにブログを締めくくった。

     




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200502-00000158-spnannex-base

     ツインズの前田が将来的な古巣・広島への復帰を希望した。メジャー5年目を迎えた32歳の右腕は「インスタライブ」で視聴者から広島に復帰する可能性を問われ「求められればですけど、求められれば行きたい。最後は日本でもう一回やりたいです」と答えた。

     かねて自身の「YouTubeチャンネル」などを通じ、気になる広島の後輩を挙げるなど“古巣愛”を語っていた。現在は自宅があるロサンゼルスで調整中。コロナ禍で大会が中止になったアマチュア選手への助言を求められると、自身の現状と重ね「まだ人生は続く。ここで諦めてしまうともったいない。今の時間を大切にすることで他人と差をつけられる」と語った。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200430-00000018-spnannex-base

     巨人の田口麗斗投手が4日、ジャイアンツ球場で個人練習に参加。ブルペン入りし捕手を立たせて47球、投げ込んだ。個人調整期間中に新しい球種にもチャレンジしており「充実しています」と話した。

     広島県出身の左腕は5日の子どもの日を前に幼少期の憧れの選手を語った。「子どものころの憧れは黒田投手ですね!テレビでよく見てましたから。後は嶋選手!赤ゴジラね!」と明かしていた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200504-00000106-dal-base

    近畿大学野球部の田中秀昌監督(63)の監督人生を振り返る連載の2回目です。田中さんの指導者としてのキャリアは、母校の上宮高校(大阪)で始まりました。34歳だった1991年8月に野球部の監督に就任。このときの2年生ピッチャーに、のちにヤンキースでも投げることになる黒田博樹(元・広島)がいました。



    努力できる才能のあった黒田博樹


    黒田の立場は右の本格派の西浦克拓、左の溝下進崇に次ぐ3番手の投手だった。当時の上宮にはのちに明治大に進んで中日に入団した主将の筒井壮(現・阪神コーチ)もいて、能力の高い選手が多かった。田中さんの構想は徐々に形になっていき、秋の大阪を制すと、近畿大会でも準優勝。翌年春の選抜大会出場が確実視されたが、前監督時代の不祥事で選抜出場の推薦辞退に追い込まれた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200505-00010001-fyears-base

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