広島カープブログ

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    黒田博樹

     米カリフォルニア州ロサンゼルスの自宅で自主トレを続けるツインズの前田健太投手(32)が26日深夜放送のフジテレビ「石橋、薪を焚べる」(火曜深夜0・25)にゲストとしてリモート出演し、日本球界復帰について話した。

     MCの「とんねるず」石橋貴明(58)から「もし黒田(博樹)君みたいに最後の1、2年、“もう1回広島で”みたいな気持ちはあるんですか?」と聞かれた前田は、「そうですね、日本には帰ってみたいなと思いますね。日本でもう1度プレーしたいっていう気持ちはあります」と答えた。石橋の「それでまた18番背負って?」には、「求められなきゃいけないんですけど、求められる状態で帰ることが出来ればベストかなって思いますけれどね」と言い、さらに「そのころ、黒田君とか新井(貴浩)君が監督とかで盛り上がって」と問われると、「そうなったらおもしろいですね」と笑顔を見せていた。



    引用元 https://news.yahoo.co.jp/articles/cceb52fe541ce92a296347d74d00139023a20173

    【ロサンゼルス発】ツインズの前田健太投手(32)はユーチューブの「マエケンチャンネル」を18日午前(日本時間18日夜)に更新。「2010年、前田健太、覚醒の秘密」と題し、同年に球団史上初、セ・リーグ史上最年少の投手3冠(最多勝、最優秀防御率、最多奪三振)を獲得するきっかけとなった一球と、その極意を明かした。

     広島の新エースとして期待されていたプロ4年目。どれだけ腕を振っても速球のMAXが148キロだった前田が150キロを連発するようになったのはある一球のおかげだという。「(シーズン始まって)1勝1敗で迎えた第3登板目、ここで前田健太覚醒するんですよ。神宮のヤクルト戦で田中浩康さんに投げた一球。本当にこれだけで覚醒したんですよ」

     10年4月8日のヤクルト戦の0―0の3回二死無走者で打席は2番の田中、2ボール2ストライクの5球目だった。「四球は出したくなかった。ヒットはOK」と真ん中に置きにいったストレートが運命を変えた。「今までに見たことのない軌道でキャッチャーミットに収まった。つかんだと思った」と明かした。

     09年は8勝14敗、防御率3・36、193回、147奪三振だった前田は10年に15勝8敗、防御率2・21、215回2/3、174奪三振と活躍。初の沢村賞に選出され、球界のエースに成長した。

    「一番大事なのはリリース」としてトレーナーにボールを持ってもらって力の入れ具合をレクチャー。「投げる時に『せーの』と力入れる。この感覚だけで150キロが出るようになった」と解説。最後は「これを見て『覚醒しました』『プロに行けました』とかドラフトの時に聞けたらうれしい」とまとめた。

     視聴者からも「分かりやすい!」「すごいためになりました!ありがとうございます!」「1球だけで人生が変わるの凄い」などと、多くのコメントが寄せられている。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200519-01857984-tospoweb-base

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     広島のエースとして通算213勝を挙げ、1月20日に「成人T細胞白血病」を患い療養に入ることを公表した野球解説者の北別府学さん(62)が2日、自身のブログを更新。広島の後輩で、解説者の黒田博樹さん(45)と新井貴浩さん(43)が新型コロナウイルスと闘う医療機関などを支援するため計7万枚のマスクを広島県へ寄贈したことに感謝した。

     「カープOBの黒田氏と新井氏が医療関係者にマスクを7万枚も送ってくれたとの事」とこの日最初の投稿で書き出した北別府さん。「2人の行動、素晴らしい!」と称賛し、「お礼と私も元気だったら届ける役を手伝わしてもらいたかったなと思います」と付け加えた。

     新型コロナウイルス感染拡大の影響で当初は4月半ばに予定されていた息子がドナーとなる骨髄移植が延期となり、現在は自宅で静養している北別府さん。

     前日1日のブログでは「今朝、こんなものが置いてありました。引き出しにあった風呂敷?で思いついたそう」と3月から布マスクを手作りし続けている愛妻が作った真っ赤な布にかわいらしい目まで施した鯉のぼり仕様のマスク写真を掲載。「カープファンの方々が元気になれそうだ(^^)」と喜んでいたが、この日は妻の新作マスクも披露。「年に数回、レジェンドシートの解説の仕事をいただく際、タオルもお土産にいただいています」と巨人からもらった「YGマーク」と「2016」入りのタオル写真をアップ。「そのタオルがこのように↓↓↓昨夜の作品」と見事マスクに“変身”した写真を掲載し「これは、広島では使用して歩けません」とちゃめっけたっぷりにブログを締めくくった。

     




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200502-00000158-spnannex-base

     ツインズの前田が将来的な古巣・広島への復帰を希望した。メジャー5年目を迎えた32歳の右腕は「インスタライブ」で視聴者から広島に復帰する可能性を問われ「求められればですけど、求められれば行きたい。最後は日本でもう一回やりたいです」と答えた。

     かねて自身の「YouTubeチャンネル」などを通じ、気になる広島の後輩を挙げるなど“古巣愛”を語っていた。現在は自宅があるロサンゼルスで調整中。コロナ禍で大会が中止になったアマチュア選手への助言を求められると、自身の現状と重ね「まだ人生は続く。ここで諦めてしまうともったいない。今の時間を大切にすることで他人と差をつけられる」と語った。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200430-00000018-spnannex-base

     巨人の田口麗斗投手が4日、ジャイアンツ球場で個人練習に参加。ブルペン入りし捕手を立たせて47球、投げ込んだ。個人調整期間中に新しい球種にもチャレンジしており「充実しています」と話した。

     広島県出身の左腕は5日の子どもの日を前に幼少期の憧れの選手を語った。「子どものころの憧れは黒田投手ですね!テレビでよく見てましたから。後は嶋選手!赤ゴジラね!」と明かしていた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200504-00000106-dal-base

    近畿大学野球部の田中秀昌監督(63)の監督人生を振り返る連載の2回目です。田中さんの指導者としてのキャリアは、母校の上宮高校(大阪)で始まりました。34歳だった1991年8月に野球部の監督に就任。このときの2年生ピッチャーに、のちにヤンキースでも投げることになる黒田博樹(元・広島)がいました。



    努力できる才能のあった黒田博樹


    黒田の立場は右の本格派の西浦克拓、左の溝下進崇に次ぐ3番手の投手だった。当時の上宮にはのちに明治大に進んで中日に入団した主将の筒井壮(現・阪神コーチ)もいて、能力の高い選手が多かった。田中さんの構想は徐々に形になっていき、秋の大阪を制すと、近畿大会でも準優勝。翌年春の選抜大会出場が確実視されたが、前監督時代の不祥事で選抜出場の推薦辞退に追い込まれた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200505-00010001-fyears-base

     広島テレビでは「みんなでがんばろう!カーププレイバック中継」と題し、5月の週末にこれまで同局が中継した中からよりすぐりの試合を放送する。


      【放送予定】

     ◆5月2日 19年5月15日・ヤクルト戦(7点差大逆転・鈴木誠サヨナラ弾)

     ◆同9日 19年7月19日・巨人戦(5点差逆転、会沢決勝弾)

     ◆同16日 15年3月29日・ヤクルト戦(黒田博樹氏が凱旋登板勝利)

     ◆同17日 13年10月3日・中日戦(前田智徳氏の引退試合)

     ◆同23日 19年3月29日・巨人戦(開幕戦で大瀬良が丸から4連続奪三振)

     ※各日とも13時55分から放送。23日の試合は変更の可能性あり。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200429-00000067-dal-base

     記者席から思わず身を乗り出した。打席からのけ反って尻もちを付いた黒田博樹投手が、マウンドに立つ藤浪晋太郎投手をにらみ付ける。両軍選手、首脳陣がホーム付近に集まり、不穏な空気が流れた。乱闘寸前。投手が打席で魅せた闘志は、長く低迷したカープナインの意識を変えた。


     2015年4月25日の広島-阪神戦(マツダスタジアム)。この年、「広島に僕を待ってくれる人がいる。1球の重みを感じられる」と、電撃復帰を決めた黒田が先発した。チームは最下位と低迷。1-1で迎えた二回、1死一塁で打席に立った。バントを試みたが、藤浪の投球が2球続けて頭部付近を襲った。

     「自分の体は自分で守らないといけない。それにチームの士気にも関わる。(藤浪の)闘う姿勢も分かるが、負けない気持ちを出した」。試合後、黒田は当該シーンについて、こう説明した。この回に1点を取って勝ち越すと、続く三回にも2点を追加。まさに気迫で奪った勝利だった。

     ただ、黒田は対戦の翌日、投げ合った藤浪にもエールを送っている。

     「一生懸命、闘う中で起こったこと。次の対戦があれば、思い切って腕を振って投げてくれたらいい。僕は(死球を)頭に当ててしまったことがある。いろんな経験をしてきた。それを乗り越えらないと強くなれない」

     そんな言葉通りに、順風満帆な野球人生だったわけではない。エースとして活躍した2000年代前半。市民球場のマウンドに立つと、空席の目立つ客席が見えた。「ファウルボールがスタンドに入っても、誰にも当たらずイスに当たっていた」。当時の主砲だった新井貴浩内野手と2人、口を開けば勝つための方法を探した。広島復帰後は、衰えが見え始めた体で闘った。全盛期は150キロ超の直球とフォークが主体。スタイルの変化に「当然葛藤はあった」という。だが投手である前に、プロとして生きざまを探した。

     この一戦を契機に、チームは闘う集団に変貌を遂げた。復帰2年目の2016年には、初めてリーグ優勝を経験した。スタンドを見渡せば客席は、真っ赤に染まっている。新井との抱擁シーンは広島だけではなく、プロ野球ファンの感動を呼んだ。カープは地方球団ではなく「地域球団」と呼ぶ。ファンと共に戦ってきた。この年限りで現役を引退。「常に野球の神様がいると思って投げてきた」という男に、最高のフィナーレが待っていた。

     今月の17日にはオンラインで臨時の12球団代表者会議が開かれ、5月中の開幕断念と交流戦の中止を発表された。2005年に始まった交流戦の中止は16年目にして初めてで、試合数削減を含めた大幅な日程の再編も必至。最短で6月中旬以降の開幕になるが、これすら先が見えない。開幕後も当面は無観客での開催になりそうだ。

     だからこそ、例年以上に「1球の重み」が感じられるシーズンになるだろう。プロ野球界から元気、勇気を届ける1年にしたい。連覇を狙う巨人に、覇権奪回を誓う広島。戦力を整えた阪神やDeNAも頂点をうかがう。闘志あふれる気迫の対決を楽しみに待ちたい。




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200425-00000043-dal-base

    【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】漫然と暖かい沖縄で調整していたわけではない。自らの希望を佐々岡監督が受け入れる形で、あえてのキャンプ二軍スタート。広島・菊池涼介内野手(30)は、一軍本隊から離れている間にも、チームとしての戦力底上げを意識していた。

     キャンプでは全体に気配りしている様子が印象的だった。若手にとっては目の前にいる手本。周囲への影響力が強いことは当然、意識している。その上で調整を任せられている責任も背負っている。

    「実際のプレーにしても、練習中の球拾いにしても『あの人があれだけやっているから自分たちもやらなきゃ』と感じてもらえればなとは思ってました。自分自身もちゃんとしなきゃという戒めも感じてやってました」

     菊池涼自身も、新井貴浩や黒田博樹ら低迷期からカープを支えた先輩の背中を見てきた。いい部分は吸収し、コミュニケーションを取り意見交換もしてきた。

     先輩となった今は、二軍キャンプ中は後輩を連れ出し食事の席でアドバイスも。席上では自らの財産である経験を惜しげもなく語り伝えたという。

    「去年と同じことを言われてるのは、それができてないから。克服できていればもう言われないわけで、それでやっと次の段階に進める。一つひとつ。毎年の積み重ねだよって」

     菊池涼は今季で9年目。11日に誕生日を迎えた。チームの軸でありつつ、今夏の東京五輪でもキープレーヤーとなる存在だ。カープのV奪還にも、侍ジャパンの金メダルにも欠かせない男。その野球力とコミュニケーション能力の高さが、2020年の日本球界を一層盛り上げてくれるはずだ。

     ☆ようじ・ひでき 1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、阪神などプロ野球担当記者として活躍。2013年10月独立。プロ野球だけではなくスポーツ全般、格闘技、芸能とジャンルにとらわれぬフィールドに人脈を持つ。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200311-00000027-tospoweb-base

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