広島カープブログ

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    OB

     広島カープOB会長を務める安仁屋宗八氏(75)が20日、成人T細胞白血病を公表した北別府学氏(62)にエールを送った。


     番組を見たという安仁屋氏は「びっくりした」と表情を曇らせたが、「こういう形で公表したのは、必ず病に打ち勝つんだという彼の強い決意の表れだ思う。治療に専念することで、しばらく番組などを休むことなるけど、みんなを心配させたくないという彼なりの配慮もあったんじゃないか」と北別府氏の心境をおもんぱかった。

     そして「我々としては絶対に治ると信じて見守っていくだけ。最近はいろんな治療法もあるし、薬もある。何よりも強い精神力の持ち主だから、きっとこの厳しい状況も乗り越えていってくれると思っている」と話した。

     ともに現役時代はカープのエースとしてマウンドに立ち、コーチと選手という立場でも苦楽をともにした。現在は“ご意見番”としてバックネット裏からカープに厳しくも温かい眼差しを向けてきた2人。安仁屋氏は「また、みんなでいろんなことをワーワー言いながら一緒にカープを盛り上げていきたい。早く戻ってきてくれることを願っている」と言葉に力を込めた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200120-00000142-dal-base

     ◇米国野球殿堂入り発表

     広島在籍後、ヤンキースなどで通算412本塁打を記録したアルフォンソ・ソリアーノ氏、アスレチックスなどで活躍した通算440本塁打のジェーソン・ジアンビ氏はともに6票で得票率5%未満(1・5%)だったため1年目で資格を失った。来年はツインズなどで活躍した外野の名手トリー・ハンター氏らが資格1年目を迎える。


    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200123-00000069-spnannex-base

     広島の元エースで通算213勝を挙げた北別府学氏(62)=野球評論家=が20日、コメンテーターとして生出演した広島ホームテレビ「みみよりライブ 5up!」で「成人T細胞白血病」であることを公表した。2年前に別の検査で判明し、昨年11月の検診で数値が上昇。21日から広島県内の病院に入院して抗がん剤治療を開始し、その後はドナーから提供を待って骨髄移植を受ける予定だ。


     突然の発表だった。番組の終盤。北別府氏が自らの状況を語り始めた。いつもと同じ優しい表情ながら、発せられたのは衝撃の告白だった。

     「2年ほど前に成人T細胞白血病という診断を受けました。数値が上がらなければ大丈夫だったんですが、毎月、血の検査をして、昨年11月から数値が上がりだした。化学治療に踏み切ろうかということになりました」

     2年前、違う病状で検査を受けたときの血液検査で発覚した。白血病に見られるようなけん怠感や発熱などの症状は見られなかったため驚いたという。その後は、白血球の数値が治療を受けるまで高くなかったことから、月1度の定期検診で経過観察してきた。

     この日、テレビ出演を終えたあと本紙の取材に応じた際も「前兆はなかった。微熱も全然なくて。だから初めて聞いた時は『何ですか、それ?』という感じだった」と振り返った。

     昨年11月の検査で数値の上昇が確認されたことで医師と相談し、治療を行うことが決まった。「いよいよ治療をしないといけないと言われた時は、ちょっとね。心の準備はできていたつもりだけど、やっぱり食欲も落ちたし口数も減ったんだよ」。それでも年が明けると気持ちは前向きになり、「ようやくスタートラインに立った」と言えるようになった。

     21日から広島県内の病院に入院し、抗がん剤治療が始まる。無菌室にも入る。そして定期的に化学治療を受けながら白血球の数値を抑え、ドナーからの骨髄提供を待つという。

     「昔は不治の病と言われたけど、今は生還している人もたくさんいるからね」。昨年12月には「急性リンパ性白血病」と診断された競泳女子の池江璃花子が退院を発表した。「僕も勇気をもらったから。僕が完治をすれば、同じ病気の人に勇気を与えられるかもしれない」と力を込めた。

     現役時代に数々の試練を乗り越え、通算213勝を挙げた大投手はこの日、テレビ局から帰宅する際の最後に「行ってきます」と結んだ。前向きな言葉に、病気に打ち勝つという強い意志が込められていた。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200121-00000021-dal-base

     【球界ここだけの話】3度のノーヒットノーランを達成した男、元広島・外木場義郎氏(74)=野球解説者=が現代の先発投手についてもの申した。

     「私の時代は先発投手は責任を持って最後まで投げ切るのが当たり前だった。今は分業化が進んでいることも理解できるが、中6日で、6回、7回で降板していては物足りない」

     沢村栄治(故人、巨人)と並ぶ通算3度の無安打無失点試合(1完全試合)を記録するなど、広島ひと筋15年で131勝138敗3セーブ、防御率2・88をマーク。1975年には20勝を挙げ最多勝と沢村賞を受賞する活躍で球団のセ・リーグ初優勝に貢献するなど、まさにエースだった。

     1メートル75、78キロと投手としては小柄だったが、右のオーバーハンドから投じる剛速球とドロップ、そして強い闘争心がハンデを補った。古き良き赤ヘルの一例として「私が投げた試合で水谷(実雄氏)が九回にあと1人のところで簡単な外野フライを落とした。捕っていれば勝てた。べンチに戻ったときにお前、何やってくれてんだと。昔は同僚でもけんかした」と懐かしむ。

     エースとしてすべての勝敗を背負う覚悟で通算118完投、同27完封を積み上げた。昨年10月に沢村賞が19年ぶりに該当者なしとなったことについて「今の時代は“10完投”は難しい。新しい基準を作った方がいい」と提言。現在の15勝、150奪三振、10完投、防御率2・50、200投球回、25試合登板、勝率6割の7項目について再考すべき時期にきているのかもしれない。

     現在は解説者として野球への情熱を燃やし続ける同氏は広島の地元テレビやラジオで活躍中。16日には広島・廿日市市の大野練習場での合同自主トレを電撃視察し、大瀬良大地投手(28)らを激励した。

     「俺が投げる日は中継ぎを休ませるという気持ちを持ってほしい」

     後輩たちが真のエースと呼ばれる日を心待ちにしている。(柏村翔)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200119-00000517-sanspo-base

     ◇田淵幸一氏 野球殿堂入りエキスパート表彰

     田淵氏の法大時代の同期で「三羽ガラス」として活躍し、北京五輪でともに星野監督をサポートした山本浩二氏(73)も、殿堂入りを喜んだ。

     山本氏が田淵氏と出会ったのは1964年、東京五輪が終わった直後の12月、兵庫県洲本市で行われた法大のセレクションだった。そこからチームメートとなって56年。東京五輪イヤーに田淵氏は殿堂入り。「ブチ、野球殿堂入りおめでとう。もっと早く入っても良かったと率直に思う。間違いなく天国の仙(星野仙一氏)も喜んでいるだろう。長い付き合いになった」と自分のことのように喜び、祝福した。

     法大で富田勝氏とともに「法大三羽ガラス」として、しのぎを削ったが、入学当初は違った。「春のリーグ戦が始まると神宮球場で切符切りしていた私たちを尻目にブチは1年春からベンチ入り。そんな姿はうらやましかったし、ブチへのライバル心は私の支えになった」と振り返る。投手として、65年6月4日に行われた新人戦の慶大戦(東大球場)で投手を務めた山本氏は人生で1試合だけ、田淵氏とバッテリーを組んだ。「なぜか真っすぐしか要求してこない。“何でや?”と文句を言うと“オヤジさん(松永怜一監督)から真っすぐしか投げさせるなと言われてるんだ”という。打たれて投手を諦めさせたかったらしい」。2年から山本氏は野手に転向。プロでは「ミスター赤ヘル」として通算536本塁打を放った。

     「2008年の北京五輪で星野仙一監督の下、ブチと私でコーチを務めたことは一生の宝物」と話す。悲願の金メダルには届かず4位に終わったが、東京六大学時代からの盟友と同じユニホームで日の丸をつけた戦いの記憶は鮮明に残る。

     「昨年、私が体調不良の間も気に掛けて何度も電話をしてくれた。ブチの姿を見ながら、野球界に少しでも恩返しできればと思っている」

     2人の絆は昭和、平成、そして令和の時代に入っても色あせることはない。 (倉橋 憲史)

     ◆山本 浩二(やまもと・こうじ)1946年(昭21)10月25日生まれ、広島県出身の73歳。廿日市―法大を経て、68年ドラフト1位で広島入団。MVPを2度、本塁打王を4度獲得するなど、強打の外野手として活躍。通算536本塁打は歴代4位。広島の監督を計10年務め、91年にリーグ優勝。08年北京五輪で日本代表守備走塁コーチを務め、同年、野球殿堂入り。13年の第3回WBCでは侍ジャパンの監督を務めた。現日本プロ野球名球会理事長。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200115-00000062-spnannex-base

     プロ野球の広島、中日などで活躍した片岡光宏さん(57)は現在、宮崎市内で広島風お好み焼き店「かたおか」の代表を務める。場所柄、2月のキャンプ期間中は多くの球界関係者が訪れ、大盛況。過去には「星野ジャパン」の決起集会も開かれたほどだ。


     片岡さんは府中東の「4番打者兼エース」として1979年のセンバツに出場し、その年ドラフト1位で広島に入団した。期待の大きさは外木場2世として背番号「14」を受け継いだことでもお分かりだろう。しかし、右肘を故障し、投手としては登板わずか5試合。野手に転向後の88年には10本塁打をマークしたものの、その後は中日、横浜(現DeNA)にトレード移籍。腰痛に悩まされ、91年オフに自由契約となった。

     引退後は幼子を連れ、夫人の実家がある宮崎へ。当初は知人の紹介でとび職に就こうとしたが、腰痛で断念し、この店を構えたという。

     「広島時代からお好み焼きが大好きで、毎日でも食べたいと思っていたから。単純な発想ですよ」

     そばは本場広島から取り寄せた生麺を使用。美人の奥様の支えと日々研究を重ねたことで、地元に根づいていった。5年前からは「備後府中焼き広報大使」を務めるほど。その傍ら野球への感謝の気持ちは強く、社会人野球クラブチーム「宮崎ゴールデンゴールズ」のGMの肩書も持つ。

     「野球に興味を持ってもらうために少年野球教室を開催し、広島のOBを呼んで野球人口の底辺の拡大に協力してもらってます」

     そんな片岡さんにとって忘れられないのが2008年1月31日。当時日本代表の大野豊投手コーチから「奥の個室、空いてる?」と1本の電話が入り、予想外の展開になった。北京五輪に向けた強化合宿のため、宮崎入りしたばかりの星野仙一監督以下、コーチ陣がやって来るという。

     「この大事な時期に、しかも空港に着いてすぐ。星野さん、田淵さん、(山本)浩二さんがそろって、うちの店に来てくれた。あのときは度肝を抜かれましたよ」

     片岡さんが中日に在籍したのは89年のわずか1年間。いまは亡き星野さんの人柄が偲ばれる行動に「優しくて、面倒見がいいと聞いていましたが、本当でした。2011年、楽天の監督のときには新人だった松井(裕樹)ら主力選手20人くらいを連れて来ていただきました。殿堂入りした田淵さんも毎年のぞいてくれます」と感謝した。

     いまの「かたおか」があるのも星野さんのおかげだという。店を構えて3年目。まだ40代だった先ほどの3人がカウンターに並んだことがあった。

     「仙ちゃん、おいしいだろ?」と同意を求める浩二さんに「親しいヤツが本当のことを言ってあげないと、店の料理はうまくならない」と返したという。

     「あの言葉で気持ちが引き締まって、さらにおいしいお好み焼きをつくろうと思いました。浩二さんの気持ちもうれしかった」

     まもなく、キャンプイン。今年も宮崎が活気づく季節がやって来る。

     「2月は一番忙しい時期です。毎年が勝負。特にここ数年はカープが優勝したりで、キャンプに来る報道陣や、球団の幹部までが来てくださいます。広島時代の仲間とも久しぶりに会って、クラス会みたいな雰囲気になりますよ」

     人気メニューは「府中そばベジタブル500円」「府中そば炙りネギマヨ600円」「広島そば700円」など。コテを握り、片岡さんは今や遅しと待ち構えている。

    (まいどなニュース特約・吉見 健明)



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200118-11002820-maidonans-life

     2020年の全米野球記者協会による米野球殿堂入り投票の結果は21日(日本時間22日)に発表される。ヤンキースのデレク・ジーター氏や最終年のラリー・ウォーカー氏らが注目を集めているが、MLB公式サイトは元広島でヤンキースなどで活躍したアルフォンソ・ソリアーノ氏を特集している。


     記事では「間もなく少数のレジェンド達が野球殿堂入りを果たす。例えばデレク・ジーターのようなアイコンが。しかし、その他にも多くの2020年度で覚えておく価値のある選手がいる。面白かった選手。素晴らしいキャリアを送った選手」としてソリアーノ氏を紹介。ドミニカにあるカープアカデミー出身のソリアーノ氏は、1996年から広島で2年間プレー。1999年にはヤンキースでメジャーデビューし、メジャー通算16年で412本塁打、2095安打、289盗塁、打率.270の好成績を残した。

     盗塁王1回、球宴7回、球宴MVP1回と実績は十分だが、MLBで殿堂入りとなるとそう簡単にはいかない。「今年の殿堂入り候補者の中には、彼より実際には『野球が上手かった』選手は多くいる。ソリアーノはホームランを762本打ったわけではなく、ワールドシリーズ制覇を5度したこともなく、MVPに選ばれたこともない」と言及。選出される可能性は低いが、「しかし、彼はとってもカッコイイことをやってのけた。向こう見ずで、自由奔放で、力まかせのスイングをした」と印象に残る選手だったことを伝えている。

     ヤンキースとダイヤモンドバックスが対戦した2001年のワールドシリーズ第7戦では、1-1で迎えた8回にこの年22勝を挙げていたシリングと対戦。記事では「キャリア最高のシーズンを送っていた野球界の最高の投手と対戦したときは、通常なら緊張で硬くなったり、少しアグレッシブさが欠けたりするような場面だろう」と状況を説明。しかし「状況は関係ない。投球を受けるということは、ボールを遠くへ飛ばすチャンスが与えられた、ということだ」と一時は勝ち越しとなるソロ本塁打を放った。

     ソリアーノ氏の代名詞は初球からの豪快なフルスイング。「彼は、全てで(力一杯)スイングした。それはまるで、裏庭でふざけて友達にからかわれるリスクを払うかのようなプレーだ。彼はいつでも確実に隣の国にボールを飛ばすかのようなスイングをした。それが彼が最高である理由だ。彼のプレーの全ては、宇宙で最高の男になるように仕向けられていた」とその印象的なプレースタイルを振り返っている。

     積極的に次の塁を狙ったため通算289盗塁ながら盗塁死も84と多く、初球から打つことが多かったため通算打率.270に比べて出塁率.319と低かった。記事では「多分、効率的ではなかっただろう。だけど、それはとても楽しいことだった」と称賛。「彼は毎年そのバットを彼の前腕のように振りかざし、低い軌道のミサイルを放った。アルフォンソ・ソリアーノのライナーは、他の誰とも異なっていた」とパワフルなスイングからの弾丸ライナーを回顧している。

     殿堂入りは現実的ではないが、印象的なプレースタイルでファンから愛されたソリアーノ氏。投票ではどれくらいの票を集めるのかにも注目だ。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200113-00660096-fullcount-base

     元広島で、来季からロッテでプレーするジェイ・ジャクソン投手は26日(日本時間27日)、自身のインスタグラムを更新。1歳となった息子へ愛の溢れるメッセージを送った。



    「息子/プリンス/そして僕の全てへ」と書き出されたジャクソンのインスタには息子との写真を10枚アップ。「1歳のお誕生日おめでとう そして、レジェンドに向けての第一歩だね」と綴られている。その後も最愛の息子・ジェイデンくんへ愛の溢れるメッセージを綴った。

    「あなたがこの世に産まれて来てから、僕の人生は同じではないよ。全てが変わり、どんだけ君を愛してるかは、このメッセージだけでは伝えきれない。本当に、心の底から愛してるよ」

    「離れていても、いつでも側にいるし、すぐ駆けつけるよう! 誰が何を言っても、あなたを見捨てるようなことはしないよ!だって、あなたは、僕の宝物であり、僕はあなたの父親。一生、あなたの父親でいるからね」

    「あなたの父親、僕、ジェイ・ジャクソンは、あなたを愛してます。誰が何を言っても、今はインスタグラムで見る事しかできないけど。それだけは信じてね! 愛してるよ。僕の息子、ジェイデン。永久のジャクソン」

     グラウンドでは見られない父親・ジャクソンに、ファンからは感嘆のコメントが並んだ。

    「君は良い父親だね。誕生日おめでとう、JJジュニア」

    「ジャクソンが日本球界で再び投げる姿を考えるだけでワクワクするよ。応援してるからね、グッドラック」

    「君の息子が誕生日ということで、おめでとう」、「君の可愛らしい息子さんへ、誕生日おめでとう」

    「1歳の誕生日おめでとう。ジェイ、君は素晴らしい父親だよ」

    「君のことを思っているよ!」

    「とってもキュート」

     ジャクソンは16年から広島で3年間プレーし、セットアッパーとして広島のリーグ3連覇に大きく貢献。広島での3年間は通算175試合に登板して、10勝8敗2セーブ、92ホールド、防御率2.10。今季はブルワーズでプレーし、28試合登板、1勝0敗、防御率4.45だった。

     ロッテでは勝利の方程式と期待される右腕。息子への思いがマウンドでのエネルギーとなっているに違いない。




    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191228-00647199-fullcount-base

     広島のケイシー・ローレンス投手が19日、自身のインスタグラムを更新。今季、プレーをした“カープ愛”をファンに伝えている。カープの上下ユニホームを着た幼い“カープ女子”のファンの子どもと一緒に映った写真を投稿。少女の身長に合わせて、中腰になってフレームに収まっており、成績を残せなかったが、ファンへの感謝を述べている。


     ローレンスは昨オフにマリナーズから加入。メジャー通算38試合登板の実績を誇っていたが、広島ではわずか1試合の登板にとどまり、自由契約となった。ローレンスは「来年、広島に戻ることはありませんが、他のチームと一緒に戻る可能性を排除することはできません。それは素晴らしい経験であり、私たちは本当に日本の文化を楽しんだ。戻ってくる機会があることを願っています!」(原文のまま)と日本語でコメント。広島からは自由契約となったが、他のチームでプレーする可能がゼロではないため、もしも他球団でプレーすることになっても、広島での経験は「素晴らしい」ものだったと感謝を伝えている。

     今季の登板は7月3日のヤクルト戦のわずか1試合。5回4安打4死球6失点、防御率10.80と思ったような投球とはならなかった。悔しいシーズンを過ごしたローレンスだったが、広島ファンとの思い出は色あせることはない。



    引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191219-00639198-fullcount-base

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