広島カープブログ

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    OB

     毎日放送ちゃやまちプラザ(大阪市北区)で開催中の「広島カープVまつり」に3日、本紙野球評論家の大野豊氏が来場、トークショーを行った。

     25年ぶりにリーグ優勝したカープについて「黒田、新井らベテラン勢と成長著しい若手がうまくかみ合って、シーズンを通して安定した戦いぶりだった」と振り返った。さらに「日本シリーズに敗れはしたが、若手にとっては貴重な経験となった。この悔しさを胸に来季は日本一を目指してほしい」とエールを送った。6日まで開催。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161104-00000104-spnannex-base

     ドジャースの前田健太投手(28)が29日、自身のインスタグラムを更新し、日本一を逃した古巣の広島ナインをねぎらった。

     前田は27日に帰国。この日は生観戦はならなかったが、テレビに映るマツダスタジアムのセレモニーの映像をアップし「日本中を赤く染めた一年。胸を張って上を向いて終わってほしいな! カープかっこよかった」とつづった。

     また、10年ぶりの日本ハムにも「おめでとうございます!」と祝福を送った。


    引用元 http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20161029-OHT1T50249.html

     25年ぶりにセ・リーグを制し、32年ぶりの日本一を目指す広島カープ。引退を表明した黒田博樹の魂のピッチングや、高卒4年目の22歳、「神ってる」鈴木誠也の大ブレイクなど、選手たちの躍動が、地元ファンの熱狂的な応援とともに、全国的な話題を呼んでいる。


    引用元 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161026-00012612-davinci-spo

     【ロサンゼルス24日(日本時間25日)】今季の戦いを終えた米大リーグ、ドジャースの前田健太投手(28)が、シーズンの総括会見を行った。メジャー1年目の日本投手では最多の16勝(11敗)を挙げ、「8割方いいんじゃないですか。(この成績で)駄目だっていったら自分がきつくなる。今年ぐらい褒めておかないと」と“80点”の自己評価を与えた。

     先発ローテーションを守り抜き、一流の証しとされる32先発で4年連続の地区制覇に貢献した。年俸の総額は出来高を含めて890万ドル(約10億5020万円)に達した。近日中に帰国予定。「温泉に入りたい。マツタケとか土瓶蒸しとか食べたい」と息をついた。

     近日中に帰国の途につく前田は、日本シリーズを戦う古巣・広島の戦況を気にかけている。「日本に帰ってテレビ(中継)を見ます。勝ってほしいし、日本一になってくれればすごく最高。頑張ってほしい」。守護神を務めている中崎ら後輩とはメールのやりとりをしながら、激励している。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161026-00000026-sanspo-base

     ソフトバンクが前中日チーフバッテリーコーチの達川光男氏(61)=野球解説者=に、ヘッドコーチ就任を要請することが16日、分かった。工藤監督の就任後設置していなかった同コーチを豊富な指導歴を持つ達川氏に託し、来季就任3年目となる工藤監督を全面的にサポートしてもらう考えだ。

     3年連続日本一の夢が絶たれ、来季の組閣が本格化する。目玉は3年ぶりに設置されるヘッドコーチ。後藤球団社長兼オーナー代行は「監督をサポートでき、信頼をもとに監督が助言を受けられる方」と説明した。詳細は控えたが、達川氏に白羽の矢を立てる。

     達川氏は広島監督も含め計4球団で指導歴があり、明るいキャラクターを含めて円滑なベンチワークを進めるに当たって適任者と判断したもようだ。


    引用元 http://www.daily.co.jp/baseball/2016/10/17/0009587756.shtml

     今季25年ぶりにリーグ優勝を決めた広島東洋カープ。2位以下を寄せ付けない圧倒的な快進撃でペナントレース優勝を果たした。次はクライマックスシリーズのファイナルステージで勝利し、1984年以来32年ぶりの日本一を目指す。広島が最後に日本シリーズに出場した1991年、80試合以上で4番を任されたのが、現在、四国アイランドリーグplusの香川オリーブガイナーズを率いる西田真二監督だ。優勝した年は、打率.289ながら4割を超える出塁率(.406)で「つなぐ4番」として大きく貢献。現役引退後は、達川光男監督の下で1軍打撃コーチに就任した1999年に、入団1年目だった新井貴浩の才能を見出した。現在も広島に居を構え、広島に大いなる愛着を持つ西田氏に、広島が優勝した要因と新井貴浩選手との出会いなどについて語ってもらった。

    新井も勝負強い打撃で100打点突破…2016年セ・リーグ打点20傑

    ――1991年以来25年ぶりのリーグ優勝ということで、広島は大いに盛り上がっています。

    「まあまあ久しぶりということで、(2009年に)球場も新しく変わって、やはり活気づいていますね。カープのスカウティングを含めた戦略が、ようやくここまで来たっていう感じかな。やはり感じるのは、黒田(博樹)と新井(貴浩)が『絶対に勝ちたい』っていう気持ちが強かったこと。その先輩の背中を見ながら、若手もよくやった」

    ――シーズンを通じて、とにかく投打のかみ合った強さが光りましたね。

    「交流戦の終盤から11連勝したあたり(6月14日西武戦から11連勝)が、1つの分かれ目だったと思うんですよ。その後は、8月に一度ジャイアンツに4.5ゲーム差くらいまで詰め寄られたけれど、そこからまた突き放した。(8月24日に)マジック20が点灯してから、また強かった。大まかに言えば、カープの勢いに各チームが圧倒されたわけだけど、タイガースにしても、この前、金本(知憲)監督と話した時は、一番悔しそうな顔してましたけどね」

    ――機動力を生かした、他球団とはひと味違ったスタイルが、広島の魅力だと思います。

    「ここまで来るのに、かなり時間は掛かっている。カープは自前で選手を育ててきた。その成果が出たっていうことですよね。総決算って言ったらおかしいな。これは続けていかないといけないから(笑)。でも、素晴らしいってことですよ。脂の乗った選手が、1番(田中広輔)2番(菊池涼介)3番(丸佳浩)と、自前で揃っている。それに鈴木誠也。控え選手のバランスもいい。投打のバランスもいい。黒田や新井といったベテランも含め、選手たちが本当に1つの目標に向かって戦った。優勝したいっていう気持ちが、球団、プレーヤー、ファンの皆さん、みんな1つになった。これが結果につながってきたんじゃないかな」


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161006-00010011-fullcount-base

    【越智正典「ネット裏」】土曜日からCSである。セでは広島が、この次のファイナルステージに、巨人が来るか、DeNAが来るか、待ち構えている。JR山手線目白駅近くの四輪馬車ビル、3F「CAFE HAGI」に、巨人、広島(1976→82年)、ヤクルトの萩原康弘を訪ねた。47年11月17日、横浜子安生まれ。ハマッ子らしくさっぱり男である。

     目白は学習院、川村学園…静かな町だが「HAGI」ではおっとりしている人たちがお茶をしている。飲みものは全500円。チョコレート、ケーキ…食べもの持ち込み自由、二杯目からはフリー。すると彼はチーズ、煎餠雪の宿をスイと添えて行く。カウンターで私もお茶。ひょいと見るとカープ優勝(レギュラーシーズン)の号外が。となりにカープの地元中国新聞社の封筒。わざわざ送ってくれたのだ。これだけでも彼の広島での奮闘がわかる。

    「カープ女子も来てくれるんです。ネールは黒田、黒田黒田…。彼女たちから情報を貰いました。どんな練習をしているか、わかりました。広島の優勝は練習の勝利です」

    「凄い町でした。試合が終わってからはずれで飲んでいてもお客さんにひっぱたかれました。“飲んでるヒマがあったら練習せい”」。そこで彼は仲がよかった江夏豊(阪神、南海、広島、日本ハム、西武)と、よくシュークリームを食べていた。「居残り練習をして市民球場から三篠町の合宿所に帰るとき、タクシーに乗ると運転手さんがちゃんとわかっていて“練習ご苦労さんです。オカネはいりません”。タダになりました。お客さんがボクたちを育ててくれました。ポジションを与えられるのはダメです。ポジションを取ると、うれしくなって練習しちゃうんです」。大きな窓から広い空が見える。居心地がいいので長居をしたが彼の口から何十回「練習」が飛び出したことか。

     カープが3度目の優勝を決めることになる80年10月17日。ナインはM2で甲子園球場で対阪神最終戦。午後2時試合開始。高橋慶彦、山崎隆造、ジム・ライトル、山本浩二、萩原康弘、衣笠祥雄、一軍昇格がウエスタン・リーグ阪急戦で4打数4本塁打だった水谷実雄、萩原の中央大の先輩水沼四郎、ベンチ→マウンド全力疾走の“トンちゃん”こと池谷公二郎。萩原は0―1の6回、あの江川事件で巨人→阪神の小林繁の内角球を右翼に逆転満塁ホームラン。広島6―3。これでM1。ナインは新神戸から新幹線で帰広。ひかり号が姫路に近づいたときナイターの2位ヤクルトが中日に敗れた。カープは“車中優勝”であった。その写真が店に飾られていない。もう一度カウンターを見ると、号外の下に中国新聞の復刻紙があった。写真を見ると、彼の頬は大福餠のようではなかった。やつれていた。真にペナントレースを戦った男の顔であった。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161007-00000010-tospoweb-base

     広島OBで日刊スポーツ評論家の山本一義氏が、9月17日に尿管がんのため、広島市内の病院で亡くなっていたことが3日、分かった。78歳だった。


     ジェントルマンだった。一義さんはすれ違う人全員に右手を上げてあいさつする。「今日は暑いのう」。絶対にジャケットを着て、香水も欠かすことはなかった。一方で機械には弱く、携帯には出ないし、パソコンを不思議そうに見つめていた。50歳も離れている私に「お前はすごいのう」と笑ってくれる人だった。

     今季は球場に来られなかった。野球の話がしたいです-。手紙にしたためると、電話がかかってきた。「しゃべれるうちに全部伝えとく。メシを食おう」。弱みは絶対に見せない人だったが、野球選手が自分の体を分からないはずがなかった。でも、一義さんは強かった。昨季評論した新聞記事をパネルにして持って行くと「病気に勝つんじゃ。ワシも勝負じゃ」。強い抗がん剤治療にも耐え、そのたびに「勝ったんじゃ」と元気な声で伝えてくれた。

     野球の話は尽きなかった。戦争の話、ノムさんの自宅に行った話、荒川道場に入門した話、金田さんににらまれた話…。どれも楽しかった。そして「かわいがってもろうたんじゃ」。いつもそう言って話は終わった。「誇りなんよ」。聞けば香水もジャケットも、先輩方に「プロとは」を教わったからだった。

     一時退院していた5月9日には自宅に伺った。山のような新聞のスクラップと、連続写真を重ねて待っていた。「一生勉強。打撃に答えはないんじゃけえ」。コーヒーは冷め、メロンが汗を出し切っても、話は続いた。身ぶり手ぶり。私にも分かるように伝えてくれた。最後は「(同僚記者の)前原の分も」とお菓子を持たせてくれた。格好いい人だった。

     緒方監督も畝コーチも新井さんも、みんな心配していた。それでも詳しい病状は「言わんといてくれ」の一点張りだった。亡くなる2週間前。「絶対また電話してくれの」と言ったのに。あれから1度も出なかった。どこまで格好いいんだ、一義さん。どうか安らかに。合掌。【池本泰尚】


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161005-00000095-nksports-base 

     西武は1日、木村昇吾内野手(36)、竹原直隆外野手(36)、宮田和希投手(27)、山口嵩之投手(27)、中崎雄太投手(25)の5選手に、来季の契約を結ばない旨を通達した。

     木村は昨季広島からFA宣言し、テスト生を経て入団。7月に、断裂した右膝前十字靱帯(じんたい)の再建手術を受けて戦線を離脱していた。まだランニングも再開できておらず、11月のトライアウトは受けられない状態。「せっかく入団させてもらったのに、恩返しできず申し訳ない。昨年のFAの時とは違って、非常に難しいと思いますが、次の移籍先を探したい」と話した。

     また球団は田口昌徳バッテリーコーチ(46)、小野寺力2軍投手兼育成コーチ(35)から退団の申し入れがあり、これを了承したことも発表した。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161001-00000089-nksports-base

     楽天の栗原健太内野手(34)が1日、コボスタ宮城で引退会見を開き「わたし、栗原健太は今シーズンをもちまして、現役引退を決めたことを報告させていただきます」と晴れやかに話した。

     栗原は昨年、広島を自由契約となり、秋季キャンプでテストを受け、楽天に加入。引退を決めた理由として「楽天に入団してから、自分の中で今年1年が勝負という気持ちでやってきた。1軍の戦力になれず、このへんが引き際。自分の思うようなバッティングができなくなった」と語った。

     家族には「いつも近くで支えてもらった。けがをしてから心配をかけた」と感謝し「復活して欲しい気持ちでいたと思う。辞めると伝えた時“一生懸命やっているのを見ていたので悔いはないよ”と言ってくれた」と話し始めると、目元を押さえ涙をこらえた。

     プロ野球生活を振り返り「悔いは本当にない」としながらも「1つあげるとしたら、リーグ優勝の経験がないこと」とぽつり。古巣・広島は今季25年ぶりにリーグ優勝を果たしたが「その中に自分がいられなかったのが残念。カープファンが待ち望んでいたことなので、自分もうれしかった」と正直な気持ちを吐露。

     それでも「イーグルスに入ってチームの力になりたいと思ってやってきた。1軍に上がることができなかったけど、皆さんよくしていただいて、良い経験になった」とこの1年を振り返った。

     会見後、球団職員から花束を受け取ると、涙は消え、最後は満面の笑み。度重なる右肘の故障に悩まされたが、栗原健太にとって野球とは問われ「小さい時に野球を始めてからずっと野球のことを考え、生活の一部だった。野球を通して色んな人と出会えた。こういう経験は中々ない。栗原健太をつくってもらった」と野球の神様に感謝の気持ちを伝えた。


    引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161001-00000114-spnannex-base

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