広島カープブログ

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    OB

     巨人の大竹寛(33)が26日の広島戦で今季初登板初先発。6回3失点で黒星を喫した。

     二軍スタートとなった春季キャンプ初日からミソをつけた。練習中に左太もも裏の肉離れを発症して離脱。直前には故障防止に関するミーティングが開かれ、「太腿・ふくらはぎ肉離れ防止マニュアル」が配布された直後だった。球団を挙げたプロジェクトだけに、球団も現場のコーチも「タイミングが悪いだろ」とカンカンだった。

     二軍では8試合に登板して3勝3敗、防御率2.53。今季、一軍の先発ローテが谷間の時に二軍から呼ばれたのは平良、江柄子、長谷川、ベテランの内海。大竹のケガはとっくに治っていた。二軍のローテでフル回転しているというのに、やっと声が掛かったのは47試合目だった。

     広島を出ていった男。それでもマツダスタジアムでブーイングされないという。広島の球団関係者は「勝っても負けても1年間ローテを回る馬力。広島でフル回転していたのをファンは知っているから」という。一軍にいなかった春先、東京ドームでは広島ナインがこんなウワサをしていたことがある。

    「(大竹)カンちゃんって元気ですか? 大丈夫なんですかね……」

    ■3年契約の最終年

     広島時代の大竹に世話になった若手は多いという。巨人の選手が一軍にいもしない大竹のウワサをすることはまずないが、二軍でくすぶる境遇が古巣の選手には心配されていた。前出の広島関係者がこう続ける。

    「うちでは実直な人柄も評価されていた。何といっても松田オーナーの大のお気に入り。右肩を故障した10年は、携帯の待ち受け画面を大竹のイラストにしていたほどで“息子”のようにかわいがっていましたから。FA権を取得した際も『ケガで苦労した。いいコーチになる』と言っていた。カープに残留していたら今年もローテで回っていたでしょう。FA移籍した阪神で完全に終わったと思っていた新井が出戻って完全復活。2000安打をクリアし、打点王を取ろうかという勢い。39歳にして今や4番です。再生工場じゃないけど“息子”が巨人で必要とされていないなら、うちに戻そうという流れになるかもしれません」

     巨人は巨人で、ダメになったFA選手がたどる末路は決まっている。清原、広沢、豊田、最近では小笠原らが、追われるように他球団へ移籍した。

     大竹は今年が3年5億円の契約最終年。この日は粘投したといっても負けは負け。このオフ、古巣への電撃復帰があるかもしれない。

     巨人は敵地で広島に3タテを食らって泥沼の5連敗。首位広島とのゲーム差は3・5に広がり、ついに貯金がなくなった。

     新井貴浩内野手(39)の2000安打が秒読み段階に入り、黒田博樹投手(41)の日米通算200勝も間近に控える広島で、新米広報マンが奮闘中だ。河内貴哉氏(34)――。大記録を前に、球団には相当数の取材申請が届いている模様だが、選手との距離感の近さを背景に手際よい対応が目立つ。河内広報は屈託なく笑う。

     「すべてが初めてのことだから、ボクの中ではこれが普通。でも、2人の大記録が懸かっているので、申請の数は確かにスゴいらしいです」

     いまさら説明するまでもない。3球団が競合した99年ドラフトで1位入団した左腕。翌00年5月3日、プロ初登板初先発となったヤクルト戦(旧広島市民)での投球は、今でも脳裏に浮かんで消えない。5回を6安打2失点。150キロ近い直球をズバズバ決め、うれしくなった記憶がある。

     育ちだろう。すこぶる付きの好人物。ただ、プロ野球人としては大成したと言い難い。自身も認めるように、現役時代は第三者の助言を聞こうとする余りにフォームを見失った。左肩関節唇の再建手術を受けるなど、大きな故障も経験した。それでも常に健気(けなげ)だった。挫折は時に人間を磨く。彼の誇るべき財産だ。

     「思い描いたようにはいかなかったけど、いい人生経験でした」

     昨秋、16年間の現役生活にピリオドを打った。第2の人生。国学院久我山高の先輩を通じ、某新聞社からの誘いもあったようだが、球団からのオファーを二つ返事で受けた。「球団にお世話になろうと考えていたし、どんな仕事でもやろうと思っていた。チームに携われるのがうれしいです」

     命じられたのが広報担当。同じ元投手の小松剛広報が2年前から活躍しており、「いろいろ教えてもらい、助けてもらっています」。選手やチーム、球団をいかにPRするか。カープを取り上げてくれるメディアに感謝しつつ、間を取り持つ広報マンとして独自色を出そうと模索する。

     「選手時代の経験上、このタイミングで(取材が)来たらイヤだな…と思う時は、気を使うようにしています。選手を守りつつ、いかに売り出すか。さじ加減が難しい。自分なりに工夫しながら色を出していけたら…。日々、勉強です」

     最後に大記録が目前に迫る新井に、河内広報の切り盛りぶりについて尋ねてみた。「ダメ。使えない!」。この距離感。愛すべきいじられキャラの、第2の人生は始まったばかりだ。(江尾 卓也)

     昨季、広島でプレーしたネイト・シアーホルツ外野手について、地元紙「デトロイト・フリー・プレス」が特集を組んだ。タイガースとマイナー契約を結び、メジャーキャンプに招待選手として参加している元助っ人は、日本でのプレー経験について「勉強になった」と振り返っている。


     シアーホルツは昨年4月に広島に加入。大きな期待を寄せられたが、コンディション不良もあり、65試合で打率.250、10本塁打、30打点と結果を残せず、1シーズンで退団した。

     しかし、32歳の外野手は日本での経験によってアメリカの野球をより深く理解できるようになったという。

    「明らかに向こう(日本)でプレーされている試合は少し違う。向こうで外国人選手として対処しなければならないことは、ここで対処しなければならないことに比べてもっとたくさんあった」

     記事の中でそう振り返っているシアーホルツは「最初のひと月で最も難しかったのは、どう人とコミュニケーションを取り、どこで食べるかを学ぶことだったかもしれない。自分には何の見当もつかなかった」とも振り返り、「そういう状況下に置かれたことは初めてだったから、勉強になった」と日本での経験に感謝している。

     プロとして野球をプレーすることの素晴らしさを改めて実感したというシアーホルツはスプリングキャンプで充実した日々を過ごしているようだ。

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