広島カープブログ

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     新井貴浩内野手(39)の2000安打が秒読み段階に入り、黒田博樹投手(41)の日米通算200勝も間近に控える広島で、新米広報マンが奮闘中だ。河内貴哉氏(34)――。大記録を前に、球団には相当数の取材申請が届いている模様だが、選手との距離感の近さを背景に手際よい対応が目立つ。河内広報は屈託なく笑う。

     「すべてが初めてのことだから、ボクの中ではこれが普通。でも、2人の大記録が懸かっているので、申請の数は確かにスゴいらしいです」

     いまさら説明するまでもない。3球団が競合した99年ドラフトで1位入団した左腕。翌00年5月3日、プロ初登板初先発となったヤクルト戦(旧広島市民)での投球は、今でも脳裏に浮かんで消えない。5回を6安打2失点。150キロ近い直球をズバズバ決め、うれしくなった記憶がある。

     育ちだろう。すこぶる付きの好人物。ただ、プロ野球人としては大成したと言い難い。自身も認めるように、現役時代は第三者の助言を聞こうとする余りにフォームを見失った。左肩関節唇の再建手術を受けるなど、大きな故障も経験した。それでも常に健気(けなげ)だった。挫折は時に人間を磨く。彼の誇るべき財産だ。

     「思い描いたようにはいかなかったけど、いい人生経験でした」

     昨秋、16年間の現役生活にピリオドを打った。第2の人生。国学院久我山高の先輩を通じ、某新聞社からの誘いもあったようだが、球団からのオファーを二つ返事で受けた。「球団にお世話になろうと考えていたし、どんな仕事でもやろうと思っていた。チームに携われるのがうれしいです」

     命じられたのが広報担当。同じ元投手の小松剛広報が2年前から活躍しており、「いろいろ教えてもらい、助けてもらっています」。選手やチーム、球団をいかにPRするか。カープを取り上げてくれるメディアに感謝しつつ、間を取り持つ広報マンとして独自色を出そうと模索する。

     「選手時代の経験上、このタイミングで(取材が)来たらイヤだな…と思う時は、気を使うようにしています。選手を守りつつ、いかに売り出すか。さじ加減が難しい。自分なりに工夫しながら色を出していけたら…。日々、勉強です」

     最後に大記録が目前に迫る新井に、河内広報の切り盛りぶりについて尋ねてみた。「ダメ。使えない!」。この距離感。愛すべきいじられキャラの、第2の人生は始まったばかりだ。(江尾 卓也)

     昨季、広島でプレーしたネイト・シアーホルツ外野手について、地元紙「デトロイト・フリー・プレス」が特集を組んだ。タイガースとマイナー契約を結び、メジャーキャンプに招待選手として参加している元助っ人は、日本でのプレー経験について「勉強になった」と振り返っている。


     シアーホルツは昨年4月に広島に加入。大きな期待を寄せられたが、コンディション不良もあり、65試合で打率.250、10本塁打、30打点と結果を残せず、1シーズンで退団した。

     しかし、32歳の外野手は日本での経験によってアメリカの野球をより深く理解できるようになったという。

    「明らかに向こう(日本)でプレーされている試合は少し違う。向こうで外国人選手として対処しなければならないことは、ここで対処しなければならないことに比べてもっとたくさんあった」

     記事の中でそう振り返っているシアーホルツは「最初のひと月で最も難しかったのは、どう人とコミュニケーションを取り、どこで食べるかを学ぶことだったかもしれない。自分には何の見当もつかなかった」とも振り返り、「そういう状況下に置かれたことは初めてだったから、勉強になった」と日本での経験に感謝している。

     プロとして野球をプレーすることの素晴らしさを改めて実感したというシアーホルツはスプリングキャンプで充実した日々を過ごしているようだ。

     【球界ここだけの話】

     25年ぶりの優勝を目指す広島だが、外国人選手の整備はほぼ完了。昨季からブラッド・エルドレッド内野手(35)、クリス・ジョンソン投手(31)が残留。新たにジェーソン・プライディー外野手(32)、エクトル・ルナ内野手(35)、ジェイ・ジャクソン投手(28)、ブレイディン・ヘーゲンズ投手(26)が加入することが決まった。

     6人のうち4人が新外国人。ここで気になるのが昨季活躍した助っ人の進路だ。「ここだけの話」広島編で最多登場を誇ったのがポッチャリ体形で人気を誇ったマイク・ザガースキー投手(32)だが、いまだに所属するチームが決まっていないようだ。

     米国で家族とともにつかの間のオフを楽しんでいる左腕に今季の契約について問うと「いくつかの日本のチームと話をしたが契約には至らなかった。だから、2016年は米国でプレーすると思う。二、三の選択肢から最高のものを選びたい」と明かしてくれた。15年は19試合の登板で防御率2・40と助っ人としては物足りない成績に終わっていただけに、日本でリベンジを果たしたい気持ちがあったに違いない。

     「日本の素晴しい野球ファン、特に広島のファンが恋しいね」と最後にメッセージも送ってくれた。昨季は日本の野球ファンを楽しませてくれたが、33歳となる今季は母国のファンを楽しませてほしい。(玉木充)

    <さよならプロ野球>

     2015年も多くの選手が球界に別れを告げた。「さよならプロ野球」で新たな人生を歩み出した元選手を紹介する。

     2016年4月から学生に戻る。15年オフ、広島から戦力外通告された鈴木将光(28)は、鍼灸(しんきゅう)師を目指し、来春から広島市内の専門学校へ通う。夜間課程で、昼間は治療院でアルバイトをしながら生計を立てる。最低でも3年間、受講をしなければならない地道な道のり。それでも現役時代ケガに泣かされた男は、第2の人生でアスリートを支えていく覚悟を決めた。

     球団から戦力外を通告された15年10月26日以降、多くの人にいくつか企業を紹介された。だが「ビビッとくるものがなかった」。答えを出せないまま11月中旬を迎えた。「せっかくプロで10年やれた。次のステップでも何とか生かすことはできないか。つなげていくことはできないかと思っていた」。ビビッと来たのが鍼灸師だった。

     現役時代、ケガで始まりケガに終わった。遊学館から広島入りした06年春に右肩痛、秋にはヘルニアの手術を受けた。その後も度重なるケガに見舞われ、15年も終盤に左太ももを肉離れ。「サポートする側に回って、今度はケガをしないように選手を支えていきたい。野球をして、ケガをした僕だからできることがあると思う」。学生からプロ、そして再び学生となる。両親の理解もあり、ゼロからのスタートを切る。

     不思議と不安はない。「ドラフトで指名された直後のような気持ち。よし、やってやるぞってね。いつか信頼される治療師になりたい」。その目は、広島から指名を受けたあの日のように輝いていた。【前原淳】

     ◆鈴木将光(すずき・まさみつ)1987年(昭62)4月8日、富山県富山市生まれ。05年高校生ドラフト1巡目で遊学館から入団。7年目の12年に1軍初昇格。初打席初安打を記録し、翌13年のWBC日本代表強化試合では内海(巨人)から本塁打を放った。通算6試合出場、11打数2安打。182センチ、85キロ。右投げ右打ち。

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