広島への原爆投下から74年の「原爆の日」を迎えた6日、広島・床田寛樹投手(24)が亡くなった方の無念を背負い、被爆者の声援に応える投球を誓った。

 2016年12月14日。カープの一員になった入団会見の翌日、家族とともに初めて広島平和記念資料館を訪れた。被爆した3歳児の遺品で赤さびた「伸ちゃんの三輪車」を目にして「衝撃を受けました。大変なことがあったんだなと思いました」と振り返る。

 被爆者と思われる高齢者の応援は、特に心に染み込んでくるようになったという。「投手にできることは限られていますが、どれだけ負けてても(リードされてても)あきらめず頑張りたいと思うようになりました。自分たちのプレーで勇気を与えられたら」。死没者に祈りをささげ、広島市民の期待に応える投球を続ける。


引用元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190806-00000086-sph-base
名無しさん : 2019/08/06 16:27:36
大阪在住ですが、祖母が広島でカープファン歴48年です。
小生も広島に来たときは資料館行きます。

広島で生活を始める前に平和記念資料館を訪れる、素晴らしいじゃないか。
野球ができる平和があってこそのプロ野球なんだから。
名無しさん : 2019/08/06 18:22:07
素敵なご両親に育てられたことが分かりますね。
先日のテレビでの放送でも感じられました。

床田投手、勝ちが付かなくもどかしい思いもあるかと思いますが、応援しています!!
名無しさん : 2019/08/06 16:36:31
本日この日は特別な日であり、傷付いた方々の思いは消える事はありません。
広島の方々を元気付ける為にも、床田の快投を期待してます。
名無しさん : 2019/08/06 16:52:57
入団会見翌日に、ご家族のみなさんと原爆資料館を訪れてくださって、広島出身者としてとても感激しました。

広島では小学生の頃から、原爆、戦争の恐ろしさを学んでいますが、広島、長崎以外では忘れ去られている気がします。

カープの選手の活躍は広島の人たちの喜びです。
カープの選手のみなさんが原爆について知って、平和についての意識を高めてくださるのは本当に嬉しいことです。
名無しさん : 2019/08/06 17:18:05
1945年8月6日に広島市内が原爆投下により一瞬にして、街、人が焦土化した。
それから4年後に広島市商工会等が中心となり復興のため市民に夢と希望を与えることが目的でプロ野球チームの結成に立ち上がった。
それが広島カープが誕生した経緯である。
その後、紆余曲折はあったが今ではリーグ連覇を果たすまでの球団となった。
名無しさん : 2019/08/06 16:40:16
広島生まれ育ちですが、昔、大学時の友達を原爆資料館へ連れてって、見終わった後、開口一番
「マジで人に対して、死ねとか、言っちゃいけんね」って言ってました。
国内で、一個人の身勝手な想いで人が殺される事件が相次ぐ今日、多くの人に見てもらいたいと、本日改めて思いました。
名無しさん : 2019/08/06 16:51:34
自分は原爆が落ちる5日前の8月1日が誕生日
両親は広島市内に住んでいたが小生が生まれる為一週間前に田舎に疎開していて助かったそうだ
人の命は分からないものである
何処に居ても8月6日の8時15分は黙祷している
そして共に歩んできた道を振り返り感慨に耽っている
名無しさん : 2019/08/06 16:46:42
カープという球団の成り立ちを考えるとね。
ジョンソンも行ったらしいし。